第104話 未来へのプレゼント

1/13 土曜日 20:00


「あら、すっかり仲直りしたのね」

日出ひのでさん、はい、今日はありがとうございました」

「いえいえ、大事な妹の頼みでしたから」


 距離感を見抜いたのか、日出さんは僕とノノンを一目見て、和解したことに気づいた。

 朝からは想像も出来ないくらいに柔和な態度に変わったノノンを見れば、誰だって気づくか。

 さっきまでは僕にべったりだったし、今だって手は握られている。

 みーこちゃんがいるから、鎖は付けてないけど。 


「はわわわわ」

「まんま?」

「みーこちゃん、かわいい、です」

「はい! 妹は可愛いのです!」


 ノノンが抱っこしていると、勇気ゆうき君がみーこちゃんのことを妹といって褒めた。

 今日一日、ずっとお兄ちゃんをしてくれていたみたいで、なんだか微笑ましい。

 それから十分もせずに家のチャイムが鳴り、月美つきみさんと灰柿はいがきさんも合流したんだ。


「あら、私たちが最後になっちゃったか」

「月美さん、お帰りなさい」

「ただいまー、今日一日奈々子ななこちゃん連れまわしちゃったけど、この子どこ連れてっても人気者でね。お友達いっぱいになっちゃってもー大変、ね、奈々子ちゃん」


 奈々子ちゃん、と呼ばれた灰柿さん。

 出かける時は会話の一言も無かったのに。

 

「ノノン、依兎、この人凄いの。どこに行っても先生って呼ばれるの。奈々子もね、いっぱい褒められたの。みんな優しくしてくれて、それでね、歩いてるだけでサインとか、写真とか、なんだかお姫様になった気分だったの」


 相当嬉しかったんだね、言葉が止まらないくらいに喋りたいみたい。

 お団子にまとめたツインテールの黒髪を揺らしながら、両手を上下にわたわたしちゃって。


 灰柿さんのこれまで見てきた大人クズとは違って、月美さんは素晴らしい大人の一人だからね。

 さすがオリンピック候補選手、衆目を集める力は段違いだ。

 キラッキラの瞳でノノン達に報告している灰柿さんを見ると、良かったなって思える。


「ちょっと遅くなっちゃったけど、誕生日ケーキ、食べていってくださいな」


 あちらこちらで話題の花が咲いている時に、舞さんが冷蔵庫からケーキを取り出したんだ。

 

「ケーキだー!」


 勇気君がいの一番で飛びついた、舞さんが用意してくれたケーキ。

 大きなイチゴのホールケーキなんだけど、チョコプレートに書かれている内容が酷いな。


「舞さん、これ」

「ふふっ、いいでしょ?」


〝大事な彼女の誕生日を忘れた桂馬君と、忘れられた可哀想なノノンちゃん〟


 どういう風に依頼したらこんなの書けるんだよ。

 しかもチョコプレート四枚使用とか、無駄が過ぎる。


「ぷっ、なにこれ、酷くない?」

「あら? これ以上ない適切な表現だと思いますけど?」

「ははっ、確かに、桂馬は酷い男だからな」


 依兎さんが笑い、舞さんがツンとする。

 本当、いい組み合わせだと思うんだけどな。


 でも、ノノンと灰柿さん以外は、二人が遠くに行ってしまう事を知っているんだ。

 月美さんが以前言っていた、身内がどれだけお願いしても住所すら教えてくれなかったって。

 国が決めた事なんだ、個人の意見なんか通るはずがない。


 僕も抗うだけ抗ってみるけど、どうなることか。

 期待値は、十パーセントもないだろうな。

 

§


「桂馬」

「ん?」

「プレゼント」

「あ、そっか、渡してなかった」


 ケーキやご馳走を食べ終えて、お腹いっぱいになって満足してる場合じゃなかった。


「ノノン」


 結局ルルカは引っ込んじゃったし、ノノン用のも渡せてなかったや。

 赤いリボンが付いたプレゼントの箱を手にすると、ノノンは急に背筋を伸ばした。


「本当に、遅れちゃってごめん。十六歳の誕生日、おめでとう」

「あ、ありがとう、ござい、ます。……開けて、いいの?」

「いいよ、喜んでくれたら嬉しい」


 A4用紙みたいな大きさの箱、ノノンは丁寧にリボンを紐解いて、包装紙を破かないように一枚一枚テープをはがしてから、ゆっくりと開封した。


 出てきたのは高級感漂う漆黒のケース、ブランド名だけでは何なのかは分からないケースを、ノノンはこれまた丁寧に、ゆっくりと開いていくんだ。


「……これ」


 プレゼントを見たノノンの赤い瞳が、宝石のように輝いていく。

 丁寧に収納されていたのは、ピンク色をした美容用のハサミだ。

 それも一本ではなく、ヘアカット用のハサミがセットになったタイプ。

 

「けーま、これ」

「……美容師さんになりたいって、前にノノン言ってたから」

「いってた、いってたけど……覚えて、たの?」


 そりゃ覚えてるさ、毎日美容関係の動画見てるし、誰よりも可愛いに敏感なんだから。

 依兎さんに聞くと、女の子は自分のハサミを所持していることが多いらしい。

 髪が長いから、毛先の手入れとかは自分で出来てしまうのだとか。


 それに髪が長いのはノノンだけじゃない、灰柿さんだってとてつもなく長いんだ。

 膝裏まである髪をノノンがカットすれば、彼女だって喜ぶと思う。

 

 ノノンの将来を思い、更には灰柿さんのケアも兼ねる。 

 依兎さんの課題を見事こなしたような一品だと、僕は思うのだけど。


「おわ、ルミルエール!? ちょっと、これとてつもなく高いハサミなんじゃないの!?」

「あ、月美さん、ご存じでした?」

「ご存じよ! 私がヘアセットお願いする美容師さんも使ってるもの!」


 さすが一流アスリート、一流をご存じで。

 びっくり十万オーバーの代物だけど、これでも安い方だったんだ。

 ハサミの世界って怖いね、中には一本だけで十五万とかあったし。

 

「けーま、ノノン、けーまに、ヘアワックス……」

「ふふっ、いいよ、自慢の彼氏になれるように、もっと自分磨き頑張るからさ」

「うぅ……けーまぁ……」

「そうだ、ノノンにカットしてもらって、それでワックス使えばいいんじゃない?」

「……う、うん! うん! けーま、カットする!」


 ノノンのメンズカット第一号は僕に決定だな。

 ……どんな髪型になっても、泣かないでおこう。


「はい、そんな仲良しな二人に、アタシ達から誕生日プレゼントだよ」


 そう言いながら、依兎さんは部屋の奥から大きな箱を一個持ってきたんだ。


「え、用意してくれたの?」

「当然でしょ? それなりに考えて用意したから、喜んでくれると嬉しいな」

「にひひー、早く開けてみ」


 依兎さんと舞さん、二人からのプレゼントか……どんなのだろ。

 ノノンが開けるみたいで、先ほどの時と同様に、テープを一枚一枚丁寧にはがしている。

 

「ほわ、ぱじゃま」

「しかもペアルックのパジャマだ」

「よりと、まい! ぱじゃま!」


 わーい! って感じで手に取ると、さっそく体にあてがってぴょんぴょんしてる。

 袖が灰色で身体の部分がピンクと黒のパジャマ、ズボンの方もピンクと黒だ。

 真ん中にパンダが描かれていて、なんだか可愛らしい。

 パジャマだけじゃない、お風呂グッズも入ってる、凄いなこれ。


「寝間着がおそろいだと、無駄に楽しいだろ?」

「それに桂馬君の家のお風呂なら、きっとグッズも楽しめると思うから」


 た、確かに、ウチのお風呂でならどんなのでも楽しめる。

 おお、泡風呂になるのとかもあるぞ。

 ジャグジーで泡立てるのか、なるほど凄いな。


「ありがとうございます、こんな良いもの頂けるなんて思ってませんでした」


 いろいろと手に取りながら、ソファに座ってニマニマしている二人へと感謝を述べる。


「ふふっ、喜んでくれて何より」

「パジャマがアタシ達二人で、お風呂グッズが舞だな」

「え? ということは、依兎さんからまだ何かあるんですか?」

「それは桂馬の家に送っておいた。後で二人で楽しんでくれな」


 家に送った? どういうことだろう。

 でも、きっと依兎さんが選んでくれたんだから、僕たちが喜んでしまう物に違いない。


「私からも、あるんだけど」


 おずおずと、日出さんが挙手しているけれども。

 まさか日出さんまで? さすがにそれは申し訳ないと思うけど、断る方が失礼だよね。

 けれど、見た感じ、日出さんがプレゼントの箱を持っているようには見えない。

 

「プレゼントというか、提案なんだけどね」

「……はい」

「みーこちゃん、四月からどうなるか分からないんでしょ?」


 日出さんは、膝の上で眠るみーこちゃんの頭を撫でる。


 そういえば、渡部さんが言っていたんだ。灰柿さんは四月から選定者として保護観察に入るけど、みーこちゃんがどうなるかは分からないと。国の施設に預けることになるって言ってたけど、それだと多分、灰柿さんとみーこちゃんは会うことが難しくなる。


 それはきっと、あまり良い結果には繋がらない。

 灰柿さんが普通に喜べるのも、娘の存在があってこそだと思うんだ。

 甘える対象かもしれないけど、やっぱり灰柿さんは母親でもある。

 母と子は、可能なら一緒にいた方がいい。


「それでね、旦那とも相談したんだけど」

「……」

「みーこちゃんの里親に、私たちがなれないかなって、そう思うの」

「里親ですか?」


 僕が驚きの声を上げると、灰柿さんも顔を上げて、日出さんの話に耳を傾ける。


「ええ、勇気もみーこちゃんがいると嬉しいみたいでね。今からお願いすれば、奈々子ちゃんも近くの高校とかでプログラムに臨めるかもしれないでしょ? 自分の子供がどこにいるか分かってる方が、奈々子ちゃんも安心するでしょうし」

「え、でも、大学は……」

「まだ休学中だから、大丈夫。お金の問題も、お父さんの遺産で工面できるからね。それに旦那の稼ぎだってあるんだから、全然平気。……どうかな? 奈々子ちゃん、私たちがみーこちゃんの里親になっても、いいかな?」


 灰柿さんは、何が起こっているのか分かったような分かってないような顔をした。 

 でも、自分が産んだ娘に関することなんだ、やっぱり、分かるのだろう。


「みーこ、会える?」

「ええ、奈々子ちゃんが望めば、いつだって会えるわよ」

「……わかった」


 灰柿さんは、日出さんの膝の上で眠るみーこちゃんの頬に触れて。

 そのまま、一緒になって頬を触れ合わせながら、瞼を閉じたんだ。

  

 みーこちゃんが日出さんの養子になる。

 もしかしたら、それが一番良い解決方法なのかもしれない。 

 

「……あれ、奈々子ちゃん、寝ちゃった……」

「今日一日、疲れたのかもね」


 ぽかぽかの体温、幸せしかない親子の寝顔に、僕たちは笑みしか浮かべられなかったんだ。

 

「けーま」

「……うん」

「しあわせ、だね」

「……そうだね」


 まだ解決したとは言えないけど。

 全てにおいて、何かが一歩前進した。

 そんな感じがする、長い一日だった。


§


次話『平和なその後』

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