第103話 再会と氷解。

1/13 土曜日 19:00


 デート帰りのタクシーの中で、僕は鳴動したスマートフォンを眺める。

 

「どした? 誰からか連絡?」

「いえ、まいさんから、今日の報告が届いてましたので」


 スマートフォンは依兎よりとさんが持っているんだ、恐らくタブレットからであろう。

 舞さんからの報告に目を通すと、今日一日かけて、浅草周辺を散策したとあった。

 

「へぇー、スカイタワー行ったんだ。アタシも行きたかったなー」

「まだ転校まで時間ありますから、今度みんなで行きましょうか」

「お、そうだな。なんか今日でお別れ気分だったぜ」


 まだ二か月以上時間はあるんだ、思い出作りに励めば、それなりに踏破出来る。

 依兎さんとの思い出作りも大事なんだけど……舞さんからの報告、ちょっと気になるな。


 多分、舞さんの事だから、出来事そのままを書いているのだろうけど。

 ……これってまさか。いや、本人に聞けば分かるか。

 

§


「ただいまー!」

「お帰りなさい、今日は一日楽しかった?」

「おう! 最高の一日だったぜ!」


 二人のマンションへと到着すると、既に帰宅していた舞さんが出迎えてくれた。

 僕が住まうような厳重セキュリティではないけど、間違いなくここも億ションだろう。

 

桂馬けいま君も、お帰り」

「舞さん……」


 口数少なくなってしまった僕を見て、依兎さんが転校の件を教えてしまったのだと、舞さんは悟ったのだろう。


「しょぼくれないの、元気出しなさい」


 ぱんって、両手で僕の頬を挟むと、舞さんは優しくほほ笑むんだ。

 

「……そうしときます。灰柿はいがきさんとみーこちゃんは、まだなんですね」

「ええ、二人はもうちょっと掛かるみたい。というか、遅れてもらってる」

「遅れてもらってる? どういう意味ですか?」

「とりあえず、立ち話もなんだから、奥へとどうぞ」


 玄関を入って廊下を進むと、リビングへと繋がる一枚扉があって。

 すでに依兎さんは中へと消えているけど……そういえば、無駄に静かだな。


「失礼します――――」


 パパパパパパパパパーン!

 

 扉を開けた瞬間、沢山のクラッカーが音を立てて弾ける。

 花吹雪が宙を舞い、僕の頭にたくさん降り注いだ。


「桂馬君! お誕生日おめでとう!」

「桂馬、お誕生日おめー!」


 わー……ぱちぱちぱち。

 誕生日? 僕の誕生日、十五日だけど。

 

「え、まさか、祝ってくれるのって、僕の?」

「そうだぜ? だってあと二日で誕生日だろ? 学校じゃクラッカー使えないし、盛大にやるなら今日だろってな! それに、一緒にやっちまった方が楽でいいだろ?」


 ほれって、依兎さんに背中を押されて、クラッカー一個を握り締めたノノンが僕の前に出た。

 螺旋が描かれたパーティ帽子をかぶって、ノノンは申し訳なさげに、上目遣いに僕を見る。

 着ていたコートも脱ぎ、厚手のワンピース姿になったノノンは、ちょっと可愛さが暴力的だ。

 

「けーま」


 ぱんって、ノノンが手にしたクラッカーを鳴らした。


「けーま、お誕生日、おめでとう……ございます」

「ありがとう……でも僕、ノノンの誕生日、完全に忘れちゃってて」

「んーん、ノノンも忘れてたから、いっしょ。だから、今日いっしょに、お祝い、しよ?」

 

 目を細め、首を少しだけかしげながら、上唇を少しだけ噛ませて、ノノンは眉を下げるんだ。

 笑みひとつで心が奪われる。最愛の人だからか、何をしても僕の時が止まるんだ。

 

「舞さん、クラッカーって、まだあります?」

「あるわよ? 依兎さんのお姉さんたちの分だけど」

「ありがとうございます、じゃあ、一個だけ」


 ノノンのように一個だけ手に持つと、僕はそれをパンと鳴らした。


「お誕生日おめでとう、ノノン」

「……ありがとう、けーま」

「忘れちゃってて、ごめん」

「いーの、けーまがお祝いしてくれる日が、ノノンの誕生日、だよ」


 もじもじしながらも、ノノンはじりじりと近づいてきて。

 そして、僕のことをぎゅって抱きしめるんだ。

 改めて思う。ノノンのハグが、一番安心する。


「あのね、ノノン、けーまに誕生日プレゼント、かってきたの」


 ノノンが僕に? お金は? と思ったけど、舞さんが一緒だったんだ、確認するまでもない。

 後でお金は返すとして、今はノノンが僕のために選んでくれたプレゼントを楽しもう。


「これ……よかったら、つかってください」 

「ヘアワックス?」

「うん、けーま、髪まとめたほうが、きっともっと、かっこいい、から」

「ありがとう、確かに、あまり使ってこなかったかも」


 根っこがオタクなのバレるなぁ。

 髪の毛か、目にかかる程度の長さしかないけど、これからは意識しようかな。


「さてと、当然ながら、僕からもプレゼントがあるんだ」

「ノノンに?」

「うん、ノノンに」

「わくわく、するね」

「そうだね……でも、その前に、一個だけノノンに言わないといけない事があるんだ」


 リボンに包まれたプレゼントを手にしながら、僕は舞さんの報告から感じた疑問を、彼女へと伝えたんだ。


「ノノン……今日、ルルカと何回か入れ替わってるよね?」

 

 舞さんの報告を受けて、僕は即座にそれを連想した。  


「今日だけじゃない、灰柿さんが来てから何回か、ノノンはルルカと入れ替わってる」

「……」

「いろいろとおかしな点はあったんだ、でも、そう考えると合点がいく。このプレゼントは、ノノンに渡すプレゼントなんだ。ルルカのはまた別に用意してある。もし今ルルカなら、ノノンと入れ替わって欲しい」


 ノノンはそれまでの笑顔から一転、表情を一瞬で曇らせた。

 何も言わなくなったノノンに代わって、声をあげたのは舞さんだった。 


「ちょっと待って、ノノンさんとルルカさんが入れ替わってるって、どういう意味?」

「そのままの意味ですよ。うすうす感づいてはいましたけど、舞さんからの報告を読んで確信しました。恐らく、今日一緒にスカイタワーを上がったのはルルカです」


 雰囲気を変えるつもりはない、今日は僕たちの誕生日なんだ。

 でも、疑念は晴らしておきたい。

 

「ルルカ、ノノンは初めてに価値がないって、絶対に言わないよ」

「……」

「僕との初めてを大切にしているから、キスだってお預けになっているんじゃないか」


 初めてのキスは、綺麗な歯でしたいって言ったのはノノンだ。

 そのノノンが、初めてを大事にしないはずがない。


「僕との二人きりになった時にも、ルルカはきっと顔を出していたんだ。ノノンの代わりに怒ってくれてたんだよね? 〝分かってくれないかなぁ〟って言葉は、恐らく二つの意味を兼ねてたんだ。ノノンの気持ちと、ルルカの気持ち、入れ替わっていることに気づいて欲しくて、そう言ったのかな?」

「……」

「だとしたら、分かっていたよ」


 リュックからもう一個のプレゼントを取り出して、彼女へと差し出す。


「僕がノノンに対して〝選定者〟なんて言葉、使うはずがないじゃないか」


 ノノンが変わった。


「……アタシには、使うんだ?」


 足先の置き方、膝の曲がり具合、体幹、腕の仕草、首の曲がる角度。

 いま入れ替わったのか、まさかここまで自由自在だとは思わなかった。


「使うよ。ルルカならノノンほど傷つかないからね」

「へぇー、なら、もっと早く本体が病んでることに気づけば良かったのに」

「僕も同じぐらい傷ついてたからね、それに、ノノンの判断は許せない部分も多かったんだ」

「じゃあ、止めれば良かっただろ」

「あの時は正しい判断が、答えが分からなかったんだよ」


 今なら言える、あの時の判断は間違っているの一択だ。

 止めなかった自分を殴りたくなる。


「本体はな、褒めて欲しかっただけなんだ。文化祭の時みたいに、凄いねって言って欲しかっただけなんだよ。けれど、何も相談せずに、桂馬は本体からその役目を奪った。しかもその相手にだけ褒美まで用意したんだ。本体が桂馬をどれだけ愛しているか知っているだろ? どれだけ信用しているか分かるだろ? なのに、お前は何の断りもなく、ただの一言も言わずに役目を奪い、態度を変えたんだ。……本体は出てこねぇよ、少なくとも、今はな」


 ノノンが出てこない、なら、出させてやるだけだ。


「ルルカ」

「うん?」

「ルルカは、僕のことが嫌い?」


 腕を組み、僕のことを値踏みするように見る。

 ルルカになったノノンの目は、とてつもなく眼力が強いんだ。

 心の奥の奥まで見抜くような目で僕を見るも、彼女は返事をしなかった。


「僕は好きだよ、ルルカにはいっぱいお世話になっているからね。四宮しのみやの時にノノンを助けてくれて、依兎さんの命だって救ってくれた。二人だけの時間だって何度もあって、その都度、僕はルルカのことも大好きになっているんだ」


「なんだよ、急に」


「急じゃない。今日僕は大事な人の告白にハッキリと断りを入れた、他の人の告白だって断わってる。誰であっても、僕は告白を断り続けているんだ。当然だよね、僕はノノンが好きなんだから。でも、唯一、こんな僕でもノノン以外に告白をOK出来る女性がいる」


 僕が愛しているのはノノンだ、僕は彼女しか愛せない。

 でも、ルルカだってノノンなんだ、同じ身体に宿るルルカになら。


「それはルルカ、君だよ」

「……お前」

「唯一、浮気にならない相手だ。だってルルカだってノノンなんだから。以前ルルカは聞いたよね? アタシとノノン、どっちを取るかって。答えは両方だ、僕はルルカもノノンも両方とも選択するよ。だって、二人とも好きだから、二人とも愛しているから」


 下ろせる蜘蛛の糸は一本だ。

 だけど、それを握る女性が二人の魂を宿しているのだとしたら。

 

「僕は、火野上ノノンと、火野上ルルカ、両方と結婚する」


 無茶苦茶な告白かもしれない、こんなの卑怯と思われるかもしれない。 

 でも、これが彼女に対して、僕が出した答えだから。

 

「……ルルカ?」

「なんだよ、それ」


 彼女は肩を揺らして、笑うんだ。


「結局、何の答えにもなってねぇじゃねぇか」

「言われてみれば、そうだね」

「でもよ、本体が出たがってる。これ、作戦か?」

「……ご自由に、どうぞ?」

「まったくよぉ……それじゃ、変わるぜ」


 言葉が終わった瞬間、赤毛の彼女は僕に飛び込んできたんだ。


「けーまあああああぁ! ごめん、なさい! ノノン、ノノン、にげちゃって、だって、けーま、こわくて、でも、ルルカとけっこ、けっ、けっこん、けっこん、いやなの! ノノンとけっこんなの! けーまはノノンとだけ、ルルカじゃなくて、ノノンと、ひっく、うえぇ!」


「よしよし、落ち着こうか」

「うぐっ、えぐっ」

「大丈夫、大丈夫。それよりも、ノノン、何も言わずに依兎さんに頼ってごめん」


 ルルカの言葉は、そのままノノンの言葉なんだ。

 辛かったのは本当だろうし、嫌だったのも本当だろう。


「これからは、全部ノノンに相談してから行動するね」

「ひっく……ひっく、う、うん。ノノン、でも、またまちがえちゃう、かも」

「間違えていいんだよ。人間なんだ、間違えるのは当然なんだよ」

「うん……うん……けーまぁ」

「ノノン」


 背の小さい彼女は、つんっと背伸びをして、僕の頬に唇を当てたんだ。

 熱のこもったキスを受けて、僕は何度目かのときめきに支配される。 


「だいすき……」

「うん、僕も、愛してるよ」

「……ノノン、ノノンも、しゅきぃ……」


§


次話『未来へのプレゼント』


※ルルカは桂馬君のことを「桂馬」と呼びます。

 過去回で「桂馬」呼びしている部分がルルカです。

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