第102話 二人の想い、さよならの味。

「あー、泣いた。なんか思いっきり泣くと、結構スッキリするね」

「……スッキリ出来たのなら、良かったです」

「ふふっ、返事しづらいか。でもやっぱり、別れが寂しいとか思っちゃったのかも」


 帰りのバスの中で、依兎よりとさんはこんなことを口にしたんだ。

 確かに僕との恋愛は上手くいかなかったけど、それは元々分かっていたこと。

 ノノンがいるんだ、それに僕は彼女のことが好きだと明言している。

 別れるとかじゃないと思うんだけどな……と、思っていたら。


桂馬けいまには、やっぱりちゃんと言っておくね」


 依兎さんは僕を見ながら、とんでもない事を口にしたんだ。


「アタシとまい、三月いっぱいで転校することになったから」


 三月いっぱいで転校? 依兎さんと舞さんが?


「あは、嬉し。鳩が豆鉄砲を食ったような顔してる」

「そ、そりゃなりますよ。え、一体どうして?」


 嬉しそうに瞳を三日月に細めながら、依兎さんは手すりを使って頬杖をついた。


「新しい観察官の家に行くんだと。舞にも四月から新しい選定者が付くんだってさ」

「そんな、せっかく仲良くやってるのに」

「女と女じゃ、このプログラムの目的が果たせないからね」


 青少女保護観察プログラムの最大の成果は、観察官と選定者が幸せな家庭を育み、この国の礎になるような家庭を築くことにある。確かに、現状の舞さんと依兎さんはこの理念にそぐわない。でも、だからと言って、せっかく上手くいってるのに。


「いくら仲良くやってたって、アタシは桂馬とは一緒になれないし」

「……それに関しては、ごめんなさいとしか」

「ほんと、優しいんだから。まぁ、これで他の男の名前とか出されてたら、グーで殴ってたけどな」

 

 依兎さんは握り締めた手を、僕の頬へとあてた。


「……近く、なんですか?」

「いんや、めっちゃ遠い。アタシが長崎県、舞が岡山県だってさ」


 長崎と岡山、遠すぎる、飛行機を使って移動するレベルじゃないか。

 それに関東を離れてしまっては、半期に一度の報告会でも顔を合わすこともない。

 場合によっては、もう二度と――――


「そんな顔するなよ」

「だって」

「別に死ぬわけじゃないし、また会おうと思えば会えるだろ?」


 会おうと思えば会えるのかもしれない。

 でも、それは簡単なことじゃないって、依兎さんが一番分かってるはず。


 距離もそうだけど、選定者は連絡手段を持たないんだ。 

 こうして会うことだって難しくなる、いや、声すら聞けなくなるかもしれない。


「もしかして、このことお姉さんたちは」

「知ってる。だから、全部協力してくれた」


 知らなかったのは僕たちだけか。  

 二学期の始めに転校してきて、三学期の終わりに転校とか。 

 とても短い、こんなにも短い期間なのに、二人との思い出が物凄くて。


「泣いてくれるんだ?」

「……当然じゃ、ないですか」

「……ありがと」

 

 さっきとは逆だ。

 僕が泣いてしまい、依兎さんが優しく背中を叩く。


「アタシたちの為に泣いてくれる。そんな桂馬のことが、大好きだったよ」


 きっと、運命の神様は意地悪なんだ。

 一緒になれないのに、距離だけは縮めてしまう。


 想いに応えられない事を、嘆いてはいけない。

 それはきっと、ノノンに対して、とても失礼なことだから。

 

 でも、それでも、僕は涙を流すんだ。

 氷芽こおりめ依兎、椎木しいらぎ舞という、素晴らしい二人の女性の為に。 

 

§

 

 花宮の駅に到着すると、依兎さんは「んー!」っと伸びをした。


「それじゃ、買い物して、このデートを終わりにしますか」

「……買い物?」

「舞が言ってただろ? ケアの決め手は桂馬に掛かってるって。聞いたぜ? 桂馬、ノノンの誕生日やってないんだろ?」


 なぜそれを知っている。

 ……そうか、報告書。


「だから、いろいろな意味を込めて、誕生日プレゼントでケリを付けるんだよ。ノノンが自分の将来を見つめるような、これまでの思い全てを込めたって分かるプレゼントな。更に言えば、奈々子ななことの付き合い方をも変えられると最高なんだけど。……どう? この条件、クリアできるプレゼント、思い付きそ?」


 ノノンの将来、更にこれまでの全てを込めつつ、灰柿はいがきさんのケアにもつながるプレゼント。 


 ……そんなのあるか? エプロンじゃダメだし、アクセサリーも違う気がする。バッグもダメ、ピアスだって灰柿さんには関係ない。漫画や小説も違うし、ぬいぐるみも違う。料理関係か? 包丁やまな板……ううん、ダメだよな、灰柿さんのケアには繋がらない。


「ま、ここなら何でも揃ってるからな」

「シャトーグランメッセ……」


 二人して泣いてしまった一日だったのに。

 

「残り時間の全てを掛けて、最高のプレゼント、探してやろうぜ」


 依兎さんはそれでも笑顔になって、僕とノノンの為に考え、動いてくれるんだ。

 あと二か月もしたら、彼女はここからいなくなってしまうのに。


「依兎さん」


 だから、そんな彼女へと。


「僕も、依兎さんのこと、大好きでした」


 とても素直に、自分の気持ちを伝える。

 僕の告白を聞いた後でも、依兎さんは笑顔になるんだ。


「ばーか、とっくに知ってたよ」

「すいません」

「でも、ありがとな」


 差し出された手を、僕は人差し指と中指だけで握るんだ。

 このやろ! って、二本の指を依兎さんが力いっぱい握ってくれて。

 ちょっと痛くて、涙が出ちゃうくらいだった。


§


 プレゼント選びは難航したけど、依兎さんと一緒に何件も回ったおかげで、最高の一品に出会えることが出来た。これなら絶対にノノンは喜ぶし、彼女の未来の為にも必要になるはず。灰柿さんのケアという部分に関しては、本人次第という所なのだけど。


「しかし、高いな」

「大丈夫です、これでも観察官やってますから」

「いい顔しやがって、あーあ、ノノンが羨まし」


 てくてくと先を三歩ほど歩いて、くるっと振り返る。

 青い髪が揺れて、振り向いた笑顔が、女神のように見えてしまうんだ。


「なんてな、冗談だよ。そんな顔するな」


 神様。


「ほれ、タクシー乗るぞ。マンション戻ろうぜ」


 どうか、依兎さんに。

 僕よりもいい男と巡り合えるよう、宜しくお願いします。

 彼女にこれ以上の苦難は、もう、不要だと思いますから。


「……どうした?」

「いえ、なんでもありません。今日は一日、楽しかったです」

「そうだな、最高の一日だったよ。アタシからも、ありがとうな」


 口直しにって渡された梅味のグミは、とてもしょっぱくて。 

 悲しい気持ちを無理にでも笑顔にさせるような、そんな、さよならの味がしたんだ。


§


次話『再会と氷解』

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