第99話 ちょっと強引な彼女との初めてのデート。

1/13 土曜日 09:10


 花宮の駅は埼玉一のターミナル駅だ。

 ここから都内から観光名所、どこへでも行くことが出来る。


 依兎よりとさんは笑みを絶やさず僕の腕にくっついたまま歩いているけど、これ、どこに向かっているのだろうか。どこに行くのか考えておこうか? って事前に話はしたものの、アタシが決めるから大丈夫って言われて終わったままなんだよね。


――おい、なんだよあのかわいい子。

――デートかぁ、いいなぁ。


 周囲の男たちから羨望の眼差しと恨めしい声が聞こえてくる。


 確かに、依兎さんは可愛い。服装もきわどいし、セーターのすぐ下が生足とか、男がどこを見てしまうのか分かってる服装だ。生足の数センチ下が黒のハイニーソックスであり、男好みしそうな服装、そんな印象を受ける。


 無論服装だけじゃない、ボブカットにした青髪は雪のように毛先だけが白く幻想的で、ぱっちりとした二重瞼、双眸は髪色と同じく青に輝き、綺麗な鼻梁と唇からは蠱惑的な魅力を感じてそまうことだろう。それに加えて抜群のスタイルの良さなのだから、衆目を集めるのも当然だ。


「電車ですか?」

「そ、久しぶりにね」


 そんな依兎さんと、二人で電車へと乗り込む。


 電車というと、ノノンがトイレに行っちゃったのを思い出すけど、依兎さんは平気そうにしてたんだよな。今もそう、土曜日の満員電車ですし詰め・・・・状態だけど、依兎さんは平気そうな顔をして、扉に背を預けて僕のことをニコニコと眺め続けている。


 手を扉につけて何とか依兎さん一人分のスペースは確保できたけど、かなり、きつい。

 電車自体にあまり慣れてないんだよな、こういう激混みの時にどうしていいのか。

 

「無理しないで、そのままアタシにくっついちゃえばいいじゃん」

「……そうは言っても」

「大丈夫だよ、ほら」


 とんとんって手を叩かれたから、やむなし、僕は伸ばしていた手を曲げる事にした。

 途端、後ろからの重圧で身体が一気に依兎さんへと掛かってしまう事に。

 しまった、苦しい思いをさせてしまったかも。


「桂馬」


 抱きしめあうみたいな形になってしまい、依兎さんの顔が僕の真横にある。 

 その状態で、囁くように彼女は呟いたんだ。


「やっぱり、楽しいね」


 その言葉を聞くことが出来て、僕は少しだけ安心することが出来た。

 押しに押されて密着しても、依兎さんは許してくれる。

 それどころか、僕の背に手をまわして、より一層くっつくよう促してくるんだ。

 

「依兎さん」

「いーの、今日だけは恋人」


 そうは言われても。

 僕の中にはずっとノノンがいる。

 それだけは、絶対に変わらない。


「よし、ついたか」

「池袋?」

「そ、アタシここの水族館とか行ったことなくてさ」

「水族館、良く行くんだ?」

「ううん、一回も行ったことない。だから初体験」


 ピースしながらウインクをする。可愛い。

 水族館に一度も行ったことないんだ。

 依兎さんの子供の頃って習い事漬けの日々だったから、自由とかなかったのかも。

 

「桂馬は?」

「僕もここは行ったことないな。八景島のなら家族で行ったことあるけど」

「あー、本当はアソコも行きたいんだけど、遠くてね」


 確かに、八景島に行くとなると一日がかりだ。

 そんな適当なことを考えていると。


「桂馬、ほら」

「……え」

「今日だけ、特別」

 

 依兎さんは僕の手を取ると、無邪気に笑うんだ。 

 まだ恥ずかしさが残る、互いの人差し指と中指だけを握る形。


 よく見れば、依兎さんの爪には雪の結晶が描かれていて。

 強く握ったらそれが取れてしまいそうな気がして、握り返す手の力が緩む。

 

「へへ、なんか、照れるね」

「無理して繋がなくてもいいんですよ」

「ああ、いや……やだ。絶対につなぐ」

「じゃあ、今日だけこれでいいじゃないですか」


 二指を握る形ではなく、五指全てを絡めてぎゅっと握り締める。

 俗にいう恋人つなぎだ。ノノンと歩く時は、僕はいつもこれで歩いている。


「わぉ、結構、大胆だね」

「というか、依兎さんが初心ウブなんですよ」 

「ははっ、そうだよ? わかる?」


 歩く速度を緩めた依兎さんは、僕の横顔を見ながらずっと嬉しそうに微笑むんだ。

 なんだか今日、朝からずっと笑顔の依兎さんしか見てない気がする。


「依兎さん」

「んー?」

「なんだか今日、ずっと笑顔ですね」


 手を握ったままそう伝えると、依兎さんはぼんっと赤面させて、そっぽを向いてしまった。


「……ごめん、ちょっと顔面コンディション整えるわ」

「え、大丈夫ですよ? とっても可愛かったですし」

「いやいや、桂馬から見たアタシって、そんなキャラじゃないはずだし」


 左手で顔をムニムニすると、くるりとこちらを見た。

 すん……とした表情、でも、それが保持できたのは一秒程だ。

 口元が緩みはじめ、結果噴き出して笑い始める。

 

「あははは! ごめん、なんか、今日のアタシダメだ―!」

「依兎さんらしくて、いいと思いますよ」

「なんだよそれー」

「だって、依兎さんって素敵な人ですから」


 すぐにまた赤面して、依兎さんは「へ、へぇー」とそっぽを向いてしまった。

 なんだか、今日一日でいろいろな依兎さんが楽しめそうな気がする。


§


 六十階建ての有名水族館は、土曜日ということもあり超満員だった。


「これ、魚を見に来てるのか人を見に来てるのか、どっちなんだろうな」

「そうですね……とりあえず諦めて、上に行きません? ペンギンとかいるみたいですよ」

「ペンギンかぁ、なんていうか、一番って感じがして好きじゃないんだよね」


 ペンギンが一番って、どういう意味だろう?

 独特の感性を持っているのかも、ならばと、僕たちは違う生き物へと向かう事に。


「カワウソ! やばい! なにこの可愛い生き物!」

「可愛いですよね、確か、ペットとして飼うことも出来るとか?」

「マジで!? 桂馬、飼おうよ!」

「ウチのマンション、ペット厳禁ですから」

「そっか……くぅー、残念だなぁ」

 

 というか、飼ったとしても一緒に住めないんですが。 

 ……なんて、野暮は口にする必要はないだろう。

 今日一日だけは恋人、きっとそれが依兎さんへのご褒美なんだ。

 

 人が多くて見れる場所が少なかったというのもあるけど、一時間ちょっとで水族館の出口へと到着してしまった。出口付近にあったお土産コーナーでカワウソの小さい人形を購入してあげると「マジで!?」と依兎さんは頬擦りしながら人形を抱きしめてくれて。


 買ってあげた甲斐があった、喜んでもらえるなら何よりだ。

 それにしても――


「意外と早く終わっちゃいましたね、次はどこに行くんですか?」

「んー……戻る感じになっちゃうんだけど、いいかな?」

「別に、どこでも大丈夫ですよ」


 池袋で軽く昼食を食べた後、僕たちは再度、埼玉方面の電車へと乗り込んだ。


「行きとは雲泥の差ですね」

「ガラガラだねぇ。お、桂馬、あそこ座ろうぜ」


 依兎さんとボックス席へと座るも、彼女は対面ではなく僕の横に座った。

 この席、車内の隣の席からしか見えなくて、他からの視界は遮られるんだ。

 そして、その隣の席も空席の状態である。


「……桂馬」

「はい」

「桂馬とノノンは、キスとか、まだしてないの?」


 横向きに座りなおすと、依兎さんは僕の左腕を絡み取り、胸と太ももで挟み込んだ。 

 生足の部分が冷えきっているも、それ以外はとても暖かい。


 ……というか、そこは不味いのですが。 

 これ、指先が完全に依兎さんの大事な場所に触れてる。


「キス、してないですね」

「ほんとに?」

「本当です」

「そか、残念。じゃあ、前と同じにしとく」


 前と同じ? 一瞬、嫌な予感がしたものの。

 

「……♡」


 依兎さんは僕の耳朶みみたぶを口に咥えると、以前してきたように、舌を這いずり回してきた。

 体を押し付けてきて、窓側に座る僕が逃げられないように、ぐっ、ぐっと全身を押し続ける。


 しまいには左足を僕の股に差し入れて膝立ちすると、顔を両手で抑えるようにし、ただひたすらに、僕の左耳を延々と舐め続けているんだ。依兎さんの熱い吐息が直に聞こえてきて、目を開けば彼女の胸があり、僕の視線に気づいた彼女はぐいぐいとそれを押し付ける。


「さわっても、いいんだよ」

「……依兎さん」

「桂馬だけ、男で触らせるのは、もう、桂馬だけだから」


 舐めていた耳から離れると、依兎さんは僕の左足を跨ぐようにして座った。

 落としていた僕の左手を掴み上げると、依兎さんは自分の胸へと押し当てる。


 いいや、それだけじゃ飽き足らず、セーターの中へと差し入れると、彼女は自らブラジャーのホックを外したんだ。固いワイヤーが外れ、下から指が入り込めるように隙間が出来る。

 するすると防御力を失った下着が上へと消えると、僕の手のひらには依兎さんのおっぱいがすっぽりと入り込んでしまっったんだ。

 

「柔らかいでしょ?」

「……ダメだよ」

「でもほら、先だけ固いの、分かる?」

「……依兎さん」

「……桂馬」


 ふっと耳に息を吹きかけると、彼女は僕から離れていった。

 気づけばどこかの駅に到着したらしく、新たな乗客がどんどんと乗り込んでくる。


「残念。また今度、ね」


 いつもよりも真っ赤な顔で、依兎さんはほほ笑むんだ。

 また今度がいつになるのか、僕の心臓はドキドキしっぱなしだ。


§


次話『デートってさ、何のためにするんだと思う?』 

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