第98話 強力な助っ人
1/13 土曜日 08:00
昨日と今日、予想に反し、ノノンはとても穏やかに学校生活を送っていた。
厳密に言うと、灰柿さんではなく、
「ノノン、今日は約束の日だから、準備しておいてね」
彼女の部屋に問いかけるも、返事はない。
でも、ノノンだって分かっているはずだ。
依兎さんがしてくれた事は、誰に出来ることじゃない。
誰でもない僕の為に頑張ってくれたのだから、報いは必要だ。
ポケットの中のスマートフォンが振動する。 皆が到着したらしい。
「下に到着したみたいだから、お迎え、行ってくるね」
言葉だけを残し、僕は二階のエントランスまで降りる。
「おはようございます、今日はお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます」
足早に表へと出て、舞さんと共にいる女性二人へと僕は頭を下げる。
舞さん一人でノノンと灰柿さん、それにみーこちゃんを預かるのは、さすがに無理だ。
だから今回に限り、助っ人をお願いした。
「いいよ、誰でもない桂馬君のお願いだからね」
スポーツジム『バルクアップ』のトレーナーであり、オリンピック候補選手でもある。
特徴である青い瞳、髪色が青く毛先が白いのは、氷芽家の遺伝だ。
さすがに今日は薄着ではなく、暖かそうなダウンジャケットを羽織っている。
下は動きやすそうなレギンスだけど、最近のは裏起毛とかあるから、寒くはないのかも。
「ブレイクダンスの動画、拝見しました。凄かったです!」
「え、見たの? やだな、なんか照れる」
「本当、絶対に真似できないと思いました。今度生で見てみたいです」
「……じゃあ、次の大会にご招待するね」
「本当ですか! 楽しみです!」
社交辞令ではなく、月見さんのダンスは本当にすごいんだ。
エアマスターと異名を持つ彼女のダンスが生で見れる事がどれだけ名誉なことか。
ヤバイ、なんか既に楽しみになってきたぞ。
「それと、
「あの時は恥ずかしい姿を見せちゃったからね、罪滅ぼしも兼ねて、どんと任せといて」
赤ちゃんの面倒を、何も知らない舞さんに任せる訳にもいかず。
保育園も断られてしまった為、現役お母さんである日出さんに助っ人をお願いしたんだ。
髪型を変えたのか、ソバージュにしてオールバックにしている。
薄いコートにジーンズ姿は、活発なお母さんって感じがして、とても頼もしい。
「あ、その子が日出さんの」
「ええ、
僕の太ももくらいの身長の子が走ってきて、礼儀正しくお辞儀してくれた。
「
ビシッと三本指立てて、とっても可愛らしい。
「おお、凄いね。今日は赤ちゃんが一緒だけど、仲良くしてあげてね」
「うん! お兄ちゃんになるの、楽しみです!」
ふふっ、何とも頼もしい助っ人だ。
月見さんが灰柿さんを、日出さんがみーこちゃんを預かる。
規約的にどうなのかと
ただ、ノノンと依兎さんの入れ替えに関しては、苦言を残された。
『
赤ちゃんを任せた結果、僕とノノンが不仲になってしまっては意味がない。
胃が痛い思いかもしれないけど、ここは我慢していただくしかないよね。
渡部さんにも後でちゃんと謝罪しておこう。それと、
周囲の協力を得て、僕は依兎さんと二人だけの時間を過ごす。
学校で過ごすだけなら簡単だけど、絶対にノノンか舞さんのどちらかがいるんだ。
誰もいないっていうのは、多分、もう二度とないと思う。
「ノノン……」
「分かってる、行くん、でしょ」
家に戻ると、既にノノンは私服へと着替えを終えていた。
厚手のワンピースに丈の短いファーコートを羽織り、もこもこしたブーツを履いている。
扉を開けるとつんけんした態度で、彼女は僕の顔を見ないようにして先を歩いた。
預けるんだ、鎖はもちろん外している。
「ノノン」
前を歩くノノンの背中へと、僕は声をかける。
「今日は、家に入らないから」
僕に出来るせめてものこと。
それだけを伝えると、ノノンは歩みを止めた。
「それと、お泊まりもしない。夜には迎えに行く」
「……わかった。できるだけ早く、むかえに来てね」
ハンドバッグを後ろ手に持ったノノンは、僕を見ずに返事をしてくれたんだ。
そしてまた歩きだして、エレベーターのボタンを押した。
今は、これでいい。
ノノンが嫌がることを避けて、かつ、依兎さんの願いも叶える。
そんなに難しいことじゃない。
ノノンが好きだという想いを変えなければ、何も難しくないさ。
「お待たせしました」
「ノノンちゃん久しぶりー! 相変わらず可愛いね!」
「つきみ、お姉さん……お久しぶり、です」
「うんうん、今度また一緒にストレッチしようね!」
日出さんの車にみーこちゃん、月見さんの車に灰柿さんを乗せて、もう一台、呼んであったタクシーにノノンと舞さんが乗り込んだ。灰柿さんはずっと何も喋らなかったけど、月見さんが相手なら何があっても大丈夫だと思う。
聞けば、今日は一日身体を使うアトラクションを回るらしい。
疲れ果ててしまえば、あとは眠るしかないだろうって話だ。
誰もいなくなったマンションだけど……あれ? 今日の主役の依兎さんの姿がないぞ?
依兎さんは選定者だからスマートフォンも持ってないはずだし、どう連絡を取ればいいんだ?
……と思ったら、僕のスマートフォンがポケットの中で振動を始めた。
画面を見れば、舞さんの名前が表示されている。
「……舞さん、依兎さんは」
『あはは、アタシだよ』
声の主は依兎さんだった。
画面に表示される番号は間違いなく舞さんなのに。
『今日は特別な日だからさ、舞にお願いしてスマホ貸してもらったんだ』
「禁止されてたはずじゃ……まぁ、誰にも言いませんけど。というか、依兎さんどこにいるんですか? もう皆いなくなっちゃいましたよ?」
『あははー、なんか姉ちゃんたちに顔見られるの恥ずかしくてさ。それに、今日はデートだろ? だったら待ち合わせが基本じゃない?』
依兎さんに恥ずかしいという概念があったのか、驚きだ。
デートの待ち合わせか、そう言われてみればそうだね。
『花宮の駅で待ってるからさ、なるべく早く来てな』
「わかった、全力で走っていくよ」
『ふふっ、待ってる。転んだりするなよ?』
ノノンとの買い物は何回も経験してるけど、デートって意識したことないんだよな。
考えてみれば、これが初のデートって事になるのかも。
「走るか」
雨じゃなくて良かった。
一月にしては陽気な太陽を背に受けて、僕は言葉通り全力で走る。
駅まで二キロもない、十分ちょっとで花宮駅の改札口へと到着すると、茶色い両の先端が腰まである、長めのマフラーを首に巻いた依兎さんの姿があった。
白い股下まである厚手のセーターに隠れる茶色いホットパンツは、一見しただけじゃ下に何も穿いていないように見えてしまって。太ももの半分以上を隠す黒いハイニーソックス、更には黒のロングブーツという装いは、見る者の足を無意識に止めさせる。
先が白い、けれども青髪な彼女は、僕を指さししながら笑うんだ。
「桂馬、全力すぎ」
「だって、全力って言ったの、依兎さんじゃ、ないですか」
全力ダッシュはダメだ、呼吸を整えないと会話すら出来ない。
はぁはぁしながら顔を上げると、白い歯を見せてにっと笑う依兎さんの顔が近くにあった。
「桂馬、待ち合わせって、いいな」
依兎さんは僕の腕をつかむと、身体全体を摺り寄せてきた。
「それじゃ、行こっか」
僕の腕に絡みついたまま、依兎さんは歩き始める。
ちょっと強引な彼女との初めてのデートが、こうして幕を開けたんだ。
§
次話『ちょっと強引な彼女との初めてのデート』
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