第97話 二人だけの家なのに。

1/11 木曜日 06:00


 朝起きると、いつもとは逆側に人の気配があった。 

 ノノン……やっぱり、一人で寝るのは嫌だったのかな。

 

 皆が寝付いた後に僕の隣に来るとか、なんだかいつも通りのノノンな気がして、安心した。

 薄明りの中、僕の右隣で眠る彼女のことを強く抱きしめる。

 ぽっかぽかで、なんだか普段と違う匂いがして、いつもよりも耳の形も違う気がした。

 愛情が故に変化を感じているのかも、だって、僕はノノンのことが好きだから。


「……大好きだよ」


 改めて、眠る彼女へと愛の告白をする。

 

「愛してる、早く二人きりになりたいね」


 みーこちゃんは確かに難題だったのだろう、国が決めた方針に振り回されてしまった僕たちだけど、こうして愛を囁きあうことが出来るんだ。四月までは灰柿はいがきさんとみーこちゃんが一緒なのかもしれないけど、今回のことで出来てしまった僕たちの溝を、一日でも早く埋めたいと思う。


「ノノン……」


 彼女の頭にキスをし、可愛い顔が見たくて、かかっている布団を剥いだ。


 ――――ひゅ


 思わず呼吸を吸い込んで咳き込みそうになる。

 布団を剥いで出てきた顔は、ノノンじゃなくて黒髪の美女、まいさんだった。


 ……っ、大丈夫だ、舞さんは眠っている。OK、慌てるな僕、まだ大丈夫だ。

 聞かれた訳じゃない、舞さんはきっと寝ぼけて僕のベッドに来ただけ。

 そうだ、そうに決まってる、そうじゃないと舞さんが僕の横で眠るはずがない。


 このまま彼女を起こさないようにベッドから出て、何食わぬ顔でリビングに居ればいい。

 そうだ、それだけのこと。よし、そうと決まればさっそくリビングへと行こう。


 部屋の扉へは、舞さんをまたがないと進めない。

 みーこちゃんと灰柿さんのスペースを作るために、頭の方には僕の机が置いてあるんだ。

 静かに布団から出て、沈む布団の感触におびえながら、ゆっくりと舞さんを跨ぐ。

 よし、左足OK、次は左手を枕元に置いて、身体全部を――――


桂馬けいま、風呂借りていいか」

「あひゅ!」


 いきなり開いた扉に驚いて、僕の左手と左足が布団と共に落ちてしまった。

 結果、舞さんに覆いかぶさるような形で落下してしまい、慌てて上体を起こす。

 それでも馬乗りの状態だ、なんてことだ、しかも――


「桂馬、お前」

「……最低」


 ――依兎よりとさんと灰柿さんが白い目で僕を見ている!

  

「いや! いきなり入ってくるから!」

「いきなり入っただけで馬乗りになんてならないから」

「こ、これ事情があってだね!」

「手、おっぱい揉んでる」

「あああ、揉んでない! 揉んでないから!」


 確かに、確かに僕の手が舞さんの大きくも整ったおっぱいに乗っていたけども!

 すべては不可抗力であり、神のいたずらとしか言えないのだが!?

 しかも舞さん、寝るときノーブラ派かよ! 

 柔らかすぎる感触に手が喜びを覚えてしまうのですが!?

 ――はっ、舞さんが耳まで真っ赤にしながら、うっすらとその目を開けている!


「桂馬君」

「舞さん」

「とりあえず、降りよ?」

「はい」


 舞さんに手を出してしまった、僕はなんてダメな男なんだ。

 冷たい視線を浴びながら、とりあえず言った。ごめんなさいと。



1/11 木曜日 06:30



「えっと……朝からなんかいろいろとあったけど」

「おお、アタシが体張って頑張ってる時に、まさか体張って頑張ってるとは思わなかったよ」


 依兎さんが冷たい。

 ぐぅの音も出ないです、はい。

 あ、コーンフレークお代わりですね、分かりました。

 満杯にして返させていただきます。


「依兎さんと灰柿さんは、その、大丈夫だった感じかな?」

「見れば分かるだろ」

 

 見れば分かる、うん、完全に灰柿さんは依兎さんにべったりだ。

 昨日までのノノンよりも甘えているように見える。

 依兎さんのテクニックがなせる技か、ちょっと、恐ろしいな。


「桂馬君」


 コーンフレークを食べ終えた舞さんが、口元を拭きながら僕の名を呼んだ。 


「今朝の一件に関しては、依兎さんの頑張りにより、不問にしてあげます」

「……え、僕が悪いんですか」


 僕はどちらかと言うと被害者なのではないか。

 そんな意見は無視され、舞さんは話を続けた。


「この後は、朝食の場にも顔を出さないノノンちゃんのケアなんだけど。それに関しては、土曜日に預かる時に私の方でなんとかするから。依兎さんと私でプランニングはしてあるんだけど、決め手に関しては桂馬君の方で考えて欲しいの」


「決め手ですか?」


「ええ、桂馬君にしか出来ないことよ。さてと、それじゃあそろそろ片づけして、学校に行かないとなんだけど。依兎さん、どうする? 今日は学校休む?」


 舞さんが心配してしまう程に、依兎さんが疲弊しているのが分かる。

 起きてからぼーっとしているし、目の下のクマも凄い。

 あと……キスマーク、かな。

 たるんだシャツから見える胸元とか、首筋に赤い点が沢山見える。


「……出来ることなら、休みたい」

「分かった。じゃあこのまま灰柿さんと一緒に家に帰って、そのまま休みましょうか」


 灰柿さんも? と思ったけど、彼女も彼女で同等に元気がない。

 そういえば、ノノンの時もこんな感じだったっけ。

 彼女の時は冬休みだったから、そのまま寝かせたけど。

  

 灰柿さんが休むということは、本来セットで僕たちも休まないといけない。でも、ノノンは元気だし、僕もこのあと普通に学校に行く予定だ。灰柿さんをこの家に一人にさせるのも問題ありそうだし、舞さんがみてくれるのなら、それが一番かも。


「じゃあ、夜に灰柿さん連れてくるから」

「うん、本当にありがとう。依兎さんも……」


 ありがとうを言おうとしたら、人差し指一本で唇を抑えられてしまった。


「そこから先は、土曜日にな」

「……わかった」


 依兎さんと二人きりで過ごす一日か、どんな一日になるのか。

 灰柿さんを見る限り相当なテクニシャンなのだろうから、やっぱり、ちょっと怖いかも。


 という訳で、僕は舞さんと依兎さん、それと灰柿さんを送り出し、登校の時間になっても顔を見せない、ノノンの部屋の前に立っている。


「ノノン、そろそろ学校に行く時間だよ」

「……」

「ノノン、起きてるんでしょ?」

「……」

「もう、勝手に入るからね」


 扉を開けて、暗い室内を見やる。

 ノノンはベッドで横になったまま、着替えてすらいない状態だった。


「ノノン」

「……」

「学校、休む?」


 ノノンから見て灰柿さんは、自分が何とかしなきゃって初めて頑張った相手なんだ。

 依兎さんの時も、四宮君の時も、ノノンは何も出来ていない。


 文化祭で成果を出して、なまじ自信が付いてしまったが故に、今回の件はショックが大きいのだろう。母親と子供は一緒にいた方が良いと発言したのも、ノノンの頑張りだったんだ。壁にかかる制服を見た後に、僕は表情を崩した。


「学校と保育園、連絡しておくね」

「……待って」


 暗闇の中、むくりを体を起こした彼女は、寝間着姿のまま僕へと歩み寄る。

 

「ノノン、学校、行く」

「大丈夫? 無理しなくていいよ」

「平気、朝ご飯も、食べる」

「ノノン?」

「この家は、ノノンと桂馬の、お家なの」


 廊下へと出た彼女は、リビングへとつながる扉の前に立つと、歩みを止めた。


「このお家は、ノノンと桂馬だけの、お家なんだよ」


 立ち止まった彼女は、両肩を張り、強く拳を握りながら、もう一度同じ言葉を口にしたんだ。


「それはそうだけど……ノノン?」 

「どうして、分かってくれないの、かなぁ」

「もしかして土曜日の話をしているの? それは交換条件だから、もう変えられないよ」

「……知らない、ノノンには、関係ないから」


 ノノンはキッチンへと向かうと、まだ洗い立てのお皿を手に持ち――床に叩きつけた。

 舞さんと依兎さんが使ったであろうスプーンを折ると、ゴミ箱へと投げ入れる。

 

「ノノン」

「いいの! 桂馬は学校でも、行けばいいじゃない! ノノンはご飯食べるの! だって、ここはノノンと桂馬の、お家だから! ノノンの好きにしていい、場所なんだから!」


 コーンフレークを山盛りにすると、ノノンは牛乳を沢山かけて一気にかき込んだ。 

 途中咳き込んだりもしたけど、それでも食べ終わると、キッチンに投げ入れて部屋へと戻る。

 元々暴れることを想定してのプラスチック製だ、皿が割れる事はない。

 でも、こういうのを想定してのことじゃない。

  

「学校! 行かない、の!?」

「……ノノン」

「行くんでしょ! 早く準備、してよ!」


 こんな状態の彼女と外に出ていいのか悩んだけど。

 これも、僕の判断が招いた事なんだと、覚悟を決める。

  

「分かった、でも、腕輪はめてもらうよ」

「……っ、そんなの」

「拒否権はない、君は選定者なんだ」


 歯を食いしばりながら、泣きそうな顔をになりながらも、ノノンは右腕を差し出した。

 める所を絶対に見ないようにしている様子は、とても悲しい。


「行こうか」

「……」


 零れ落ちる涙をコートの袖で乱暴にぬぐい取って、彼女は僕の手を掴んだ。

 怒っていても僕の手を握る、彼女の複雑な心境が、ここにあるような気がした。


 それにしても、怒っている彼女を見るのは四月以来かな。

 なんだか関係性が元に戻ってしまったような、そんな感じがするよ。


§


次話『強力な助っ人』

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