第96話 身体が触れ合うことで分かること ※氷芽依兎視点

1/10 水曜日 21:15


 桂馬けいまの家って相変わらず豪華で、マジでコッチの家に住みたくなっちゃうよ。

 シャワーも天井から降ってくるタイプとか、どこのラブホだよって感じ。


 はぁ、さっぱりした。

 でもま、この為に家のお風呂入って来なかった訳だし。

 とっとと堪能させて頂きますかねっと。


「うはぁー、気持ちいいー」

 

 湯舟に浸かると打たせ湯モードで肩から温まるし、極楽過ぎてのぼせそう。

 浴室テレビを見ながらお茶でも飲んで、小一時間半水浴したくなるけども。

 そうも言ってらんないんだよね、今日はやることあるし。


 灰柿はいがき奈々子ななこ、十四歳の母親。

 身上書がないから話だけ聞いたけど、この子もアタシよりヤバそ。

 

「さってと、どうしよっかなぁ」


 濡れ髪を掻き上げながら、鏡に映る裸婦らふなアタシを見る。 

 この身体を久しぶりに使うんだ、それなりに準備はしてきたものの。

 

 あの感じ、使わないで終わりそうな気もするな。

 ……まぁいっか、とりあえず、お風呂から出よ。


「はいはい、出ったよ~」

「また、依兎よりとさんそんな恰好で」

「いいのいいの、この家暖かいし、それにどうせ脱ぐんだし」


 まいのお小言はどこに行っても変わらないね。

 キャミソールとショートパンツって、家着の定番だと思うけど。 

 桂馬だってアタシの方を見て、ちょっとは興奮してくれてるみたいだし。


「まだ寝ないんでしょ? それまでちょっと暇つぶししててもいい?」

「暇つぶしって……別に構わないけど」

「にひひ、さてさて、ではではっと」


 リビングから見えるバカみたいに綺麗な夜景を前にして、なんとなく仁王立ちしてみた。

 バカと煙は高い所が好きって言うけど、本当だね。

 アタシ馬鹿だから、高い所本当に好きかも。


「~♪」


 鼻歌歌いながら左右に歩くだけで、達成感スゴ。

 無駄に全部脱いで、裸で歩き回りたくなっちゃうよ。

 無数に広がる明かりのどれか一つくらいは、アタシの裸を見ているのかも。

 そんな妄想をするだけで、ちょっと興奮出来ちゃう。


「ま、しないけどね」


 振り返ると、リビングの絨毯の上で赤ちゃんと遊ぶ、桂馬と舞の姿があった。  

 ノノンと灰柿はお風呂にでも行ったのだろう、全然気づかなかったけど。

 っていうか……舞め、桂馬と育児プレイしてるな? 

 赤ちゃんを任せるっていう、上の方の案は、意外と悪くないのかもしれないね。


「私、赤ちゃん欲しいって思ったことないんだけど、ちょっと考え改めないとかも」

「みーこちゃん、本当に可愛いですよね。僕も赤ちゃん欲しいって思いました」

「……そ、そうなんだ。桂馬君も欲しいんだね……」


 なんで舞が恥ずかしそうに髪をいじる。

 声に出さずに口だけ動かして「つくる?」とか質問するな。

 桂馬との赤ちゃんならアタシだって欲しいわ。

 

「アタシも混ぜろ」

「依兎さん、ほら、みーこちゃんだよ」


 二人の隣に膝をついて座って、丸くなりながら赤ちゃんとこんにちは・・・・・をする。

 ひよこの毛みたいにほわほわした白い髪の毛、瞳も銀に輝いてとろんとしてる。

 

「ああ、ヨダレが……ほら」

「あうあうあ」


 首に巻いたよだれかけで拭いてあげたら、ちゃんとお礼してくれた。

 あうあうあって言ってたけど、ありがとうって感じがする。

 え、この子もしかして天才? もしかして、アタシだから言ってくれたの?


「あうあー、うー……あー?」

「え、え、え、どうしてこっちに来るの?」

「みーこちゃん、依兎さんのこと、気に入ったみたいですね」


 指をぎゅって握ってきて……なんて小さい手なんだろう。

 アタシの人差し指くらいの大きさしかないんだ、でも、力は結構あるんだね。

 守ってあげたいと思う、こんなに小さくて無力な赤ちゃんを……。 


 ……あ、これが母性なんだ。

 ヤバイ、何か目覚めちゃった気がする。

 抱っこすると想像以上に軽くて温かくて、なんかもうヤバイ。語彙力吹き飛ぶ。


「……そろそろ、寝るよ」


 お風呂から出てきた元気のないノノンの声で、ふと我に返る。

 危なかった、戻ってこれないところだった。

 おーおー、灰柿ちゃんめ、アタシのことすっごい目で睨んできてるね。

 殺されちゃいそうだ、襲われないように気を付けないとかな。


「それじゃあ、部屋分けはこんな感じで」


 桂馬の提案で、アタシと灰柿ちゃんが元アタシの部屋で、舞はノノンの部屋、桂馬とノノンは桂馬の部屋って決めてたんだけど。


「……ノノン、一人がいい」


 ノノンちゃん、肘を抱え込みながら視線を逸らして、今にも死にそうな声だね。

 でも、そんなノノンのわがままも、桂馬の奴は「分かった」って受け入れたんだ。

 結果、各々自分の部屋ってことになって、さっそくアタシも部屋に入ったんだけども。


 灰柿の奴、部屋に入るなりベッドに潜り込んで、背を向けて寝ちまいやがった。

 一つしかないベッドだし、アタシも一緒になって眠るしかないんだけどね。

 何もしないで済むのなら、それでも良かったんだけど。



1/10 水曜日 23:38



 ……ベッドが揺れる。

 どうやら始まっちまったみたいだな。


 背を向けたままの灰柿だったけど、アタシの視線に気づいたのか、クルリと身体を反転させてきた。興奮で目が血走ってて、あはっ、スゴ、やる気まんまんじゃない。荒い吐息そのままに身体を起こして、アタシの身体を舐めるように見ちゃって……生意気な感じ。


「……いいんだよね」

「……どうぞ?」

「ノノン以上にしても、怒らないでね」


 ベッドで横になったアタシの両手首をつかんで、馬乗りになって睨みつけてくる。

 灰柿の黒い髪が無駄に長いせいで、なんか、なにかのホラー映画みたいだ。

 しかし……みーこちゃんの母親っていうのは、マジだな。

 コイツ、欲情してる時だけ目が白濁としてやがるぜ。


「脱いでよ」

 

 キャミソールとショートパンツしか着てないんだ、脱ぐのなんて秒で出来る。  

 灰柿も同じく全部脱ぐと、獣のようにアタシの肉体にむしゃぶりついてきやがった。

 ノノンと同じ……いや、若干コイツの方が傷は少ないかな? 

 それでも、普通女の子の身体に傷なんか付けないもんだけどさ。


「っとと……」


 押し倒された途端、灰柿の膝がアタシの股間をグリグリしてくる。

 両手で顔を抑えて強引に唇を奪われ、かといえば必死になって指を入れてくる。


 性欲が止められない感じというか……多分、灰柿がされたことを再現しているんだろうね。

 強く鷲掴みにされて、気持ち良くもない触り方で触れられて、したくもないキスをする。

 相手を服従させるようなやり方だ、これを好む女は少ない。

 

 小一時間相手をしていて分かった、コイツ、下手だ。

 性行為ってのは結局のところ人付き合いなんだ。

 相手がどうすれば気持ちいいか、相手のことがどれだけ好きか。

 知りたいという欲求が無ければ、そこに愛は生まれないし、気持ち良くもなれない。

 わがままな、エゴイズムのような性行為は、アタシは好きじゃないな。


「選手交代」

「……」

「ノノンじゃ教えられないこと、教えてあげるよ」


 今度はアタシの番。

 目一杯、愛してあげるからね。


§


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はっ、……っん、はっ、はぁっ、はぁっ」


 大汗かいちゃったな、灰柿も汗だくで呼吸がずっと荒いままだ。

 しょうがないか、休憩無しでずっとヤリ続けたし。


 時計は……夜中の三時か、結構時間かかっちゃったな。

 ベッドはめちゃくちゃだし、横になると背中が濡れてなんか冷たい。

 ピロートークは無しなのかな? それとも、やりすぎちゃったかな。

 でもまぁ、いいか。

 ベッドで横になりながら、薄明りの中、掲げた自分の手を開いて眺める。


「こうして身体を触れ合うとさ、結構分かることがあるんだよね」


 返事は求めてない、アタシが喋りたいから喋るだけ。


「アンタ、母親を求めてるだろ」


 灰柿との行為は、甘えん坊の男を相手にした時と似ている気がした。 

 ふれあいを求め、必要以上にを通そうとし、相手の優しさに溺れていく。

 今だってそうだ、アタシの腕を枕にして、おっぱいにしがみつきながら横になってる。


「みーこちゃんにくっついて離れないっていうのも、違うよな。自分の娘を愛しているんじゃなくて、アンタは娘に甘えているだけなんだ。自分が出来なかったから、これまで一度も甘えたことが無かったから、甘える対象を探して、必死になって甘えてるだけ」


 だから、ノノンじゃなくて、アタシでも受け入れることが出来るんだ。


 エゴイストってのはとどのつまりワガママな甘えん坊だ、灰柿はまさにそれの典型的なパターンとも言える。アタシをエッチの時に服従しようとしてきたのもそう、自分の甘えがどこまで許されるのかを図ったんだ。その後、立場が逆になったとしても、それでもきっと灰柿は嬉しかったのだろう。甘えを許してくれて、更にご褒美までくれるのだから。


「ま、アタシじゃどこまでアンタの母親になれるか分からないけど、出来る限りのことはしてやるからな」


 ぽんぽんっと頭を叩くと、灰柿は静かに頷いた。

 最初っから素直になれば良かったのに、まったく、エゴイストって奴は。


「とりあえず、もう一回する?」

「……うん」

「おいで……」


 可能な限り、受け入れてやろうと思う。

 互いに汗だくなのに、それでも灰柿はアタシを求めてきた。

 一晩で何回目のキスか分からないキスをして、互いの舌に吸い付きあう。


「んっ、ふふっ、甘いね」

「うん……ねぇ、名前、は?」

「アタシ? 依兎だよ」

「よりと……よりと、私、名前」

「奈々子、だろ? ほら、おいで、奈々子」

「……うん」


 甘えん坊は、徹底的に甘えさせてあげればいい。

 十四年間、甘えることが出来なかったのだから。

 

 奈々子は被害者なんだ、したくもないことを無理やりにされて、望んでもいないのに子を宿し、産んだら母として振舞えと強制させられる。十四歳でそれは無理だ、自ら命を落としてもおかしくない。……自殺しようとした、アタシが言えた義理じゃないけどさ。


 桂馬。


 アンタが大人になったら、こういう子が一人でも減る世の中に、してくれるんだよな。

 そのためなら、アタシ、なんでもしてやるからさ。だから、桂馬。


「よりと……」

「うん?」

「……好き」

「……おいおい」


 こんなバカなアタシたちでも、見捨てないでくれよな。……頼むぜ。   


§


次話『その時の椎木さん』


千文字程度のオマケです。

今日の午前中に投稿します。

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