読者選考特別短編 二人の可能性

2024年 3/12 火曜日 17:00


 平日の桂馬とノノンは、学校が終わるとどこにも寄り道せずに、自宅へと向かうことが多い。

 自宅の下階にほぼ全てが揃っているというのもあるが、理由は別にある。


 高級マンションの二階、住居者しか入れないエントランスの冷凍ロッカーを、二人は開けた。

 食材が入っている保冷箱を桂馬が持ち、今日の献立と書かれた一枚紙をノノンが手にする。


「みてみて、けーま、今日はしちゅーはんばーぐ、だって」

「シチューハンバーグか……今日はどうする?」

「むっふー、今日はノノンがつくるのです」


 うさぎさんマークの手袋をはめた手を腰に当てて、ノノンは高飛車に構えた。

 鼻を上に向けてふんぞり返るその様は、まるで天狗のようだ。


 彼女の料理の腕前はメキメキと上達し、最近では献立本を見なくても作ることが出来る。

 昔からは想像も出来ないことだが、今のノノンは昔とは違う。


 そして、二人の関係性も、昔とは違うのだ。


 静穏のままに停まったエレベーターへと乗り込むと、ノノンは桂馬の肩にぴとっと頬を寄せた。今の桂馬の両手には食材用の保冷バッグがあり、ふさがっていると言っても良い状態だ。だからこそ、ノノンはここぞとばかりに桂馬の身体に触れる。


 肩から腕、抱きつきながら全身で大好きをアピールし続けるのだ。

 学校では出来ないことを、家でなら出来る。


 二人が自宅へと向かう理由は言わずもがな。

 ノノンが桂馬にイチャイチャする為である。


『黒崎桂馬様を確認しました、開錠します』


 重厚な黒光りする玄関を開錠すると、ノノンはタタタッと廊下へと駆け込む。


 脱衣所へと向かい、靴下やワイシャツ、洗い物を洗濯カゴの中に放り込むと、着の身着のままの姿で自室へと向かった。数分すると、黄色と白のボーダー柄のもこもこした家着姿になって部屋から出てきて、冷蔵庫に食材を収納している桂馬に背後から抱き着く。


「着替えおわった! けーまも、はやくきがえて来てね!」

「うん、見たいものがあるんだっけ?」

「そうそう、今日なの、だからはやくぅ!」


 桂馬の背中にノノンのおっぱいが当たる。

 ノノンは身長百五十ちょっとしかないのに、胸だけはモデル並みだ。

 ぽにゅんとした感触を背中で感じながら、桂馬は性欲を抑え込みつつ、手の動きを速めた。


 桂馬がラフな家着に着替えリビングへと向かうと、ノノンはソファーに座り、おいでおいでと猫のように手招きする。とても可愛らしい仕草に、桂馬は誘われるがままノノンの隣に座った。座るなりノノンは桂馬にしがみついて、えへへ、と意味もなく鎖骨付近をなでなでする。


 眼下に赤い髪をした彼女の頭があり、わきわきと桂馬は触られ続けている。

 やられたい放題でも構わないのだが、桂馬としても少しだけやり返すことにした。


「あっ……けーま」


 左手で彼女の耳に触れ、右手を彼女の腰に添える。

 それまでのノノンの動きが止まり、逆に今度は若干距離を取り始めた。


「んっ」


 あれだけやりたい放題していたのに、やられ始めたら離れるのか。

 桂馬は追撃の手を止めず、離れようとするノノンを無理に引き寄せて、力強く抱きしめる。


 抵抗は無かった。

 ソファに座り、上半身をぴっとりと重ねると、次第に体温が熱くなっていく。

 心も体もぽかぽかになり始めたあたりで、桂馬から「ごめん」と離れた。


「きゅぅ……」


 ノノンはおめめをグルグルさせながら、桂馬という愛に酔いしれる。

 こんな幸せがあるんだなって思っていた所に、もっと幸せがあることを思いだした。


「そうだ! けーま、タブレット、かして!」


 何かを思い出したように、ノノンはタブレットをおねだりする。

 選定者であるノノンにはスマートフォンが禁止されている。


 タブレットも基本使わせないものだが、よほどの何かがあるのだろう、桂馬は充電してあったタブレットを手渡すと、ノノンが何を知りたがっていたのかを一緒になって眺める。


「今日ね、カクヨムコンテストっていうのの、どくしゃ……なんだっけ? なんかね、何かの発表があるって、ひよりが言ってたの。そこにね、ノノンたちがいるかも、しれないんだって!」

「カクヨムコンテスト……? そこに僕たちがいるの?」

「うん」

「ノノンが応募したの?」

「ううん、分からない」


 桂馬は少しだけ片方の眉をしかめた。


 勝手に応募されて勝手に受賞するというのであれば、それは詐欺メールであり、一億円当たったから手数料に十万くださいとかいう、意味不明系なのではないか? ノノンがフィッシングサイトに引っかからないか心配になっていた所で、あった! というノノンの声を耳にする。


「ほらほら、これこれ!」

「カクヨム……ああ、正規のサイトか」

「ここにね、今日カクヨムコンテストの……これ、なんて読むの?」

「読者選考って書いてあるね。へぇ、こんなに沢山小説があるんだ」

「うん、ここに、ノノンたちがいるかもって、ひよりが言ってたの」


 意味が分からないが、日和さんが言うのであれば、どこぞやから仕入れた情報なのだろう。

 コミュニケーションお化けの彼女の手にかかれば、何かしらの噂話は秒で入手が可能だ。

 

 噂話の信憑性の有無は、なんとも言えない所ではあるものの。


 さてとと、桂馬は日和の言う「自分たちがいるであろう読者選考結果」とやらに目を通すことにした。タイトル検索にもヒットせず、突破作品一覧を検索しても自分たちの名前はどこにも存在しない。当然だろう、桂馬たちは何も知らないのだから、あったらおかしい。


「冗談か何かじゃないかな?」

「えー? でも、古都も絶対にあるって、言ってたよ?」


 古都さんも? あの人が適当なことを言うはずが……あるかもしれない。

 だが、桂馬をからかう事はあっても、ノノンをからかう事は絶対にしないはずだ。

 彼女の性格上、からかう相手はある意味、心許した相手と決まっている。


「もういっかい、検索、してみよ」

「じゃあ、次はサイト全体にしてみようか」


 コンテストだけの縛りではなく、サイト全体のタイトル、及びあらすじ検索へと変更する。

 すると――――


「……あった」

「え、あった? あったの?」

「うん、ほら、あらすじに僕の名前がある。それにノノンの名前もあるよ」

「ノノンのも? わ、ほんとだ、ノノンのもあるね」


 興味津々にその小説をクリックするも、どういう訳か開くことが出来ない。

 せっかく自分たちを題材にした小説があるのなら、読んでみたかった所なのだが。


「わ! ほらほら、どくしゃせん……っこうにも、ノノンたちの作品、あるよ!」

「ああ、本当だ。ちゃんとあるね」

「うわー! 凄い! ノノンたちの活躍、認められてるって、こと、だよね!」


 詳細は不明だが、そういう意味なのだろう。

 読者選考という言葉をひも解けば、読者皆々様が吟味した結果、という意味に繋がる。


「うれしいな……ノノン、また賞状ふえちゃう」

「いやいや、まだ賞状貰えないから」

「そう、なの?」

「そうだよ。でも、可能性はあるんだろうね」


 選考に残った以上、受賞の可能性が残されている。

 ここから先は点数勝負ではなく、二人の努力の勝負になるのだ。


「……是非とも、最後まで残りたいものだね」

「うん、ノノンも、賞状もういちまい、ほしい!」

「そうだね、そうしたら今度こそ、ノノンが賞状貰いに行こうね」

「あー! そうだね! ノノン、前の時、倒れちゃったからなぁ!」


 二人笑みを浮かべながら、タブレットに残されたタイトルを眺める。

 可能性があるという言葉は、きっと彼らにとって何よりも重い言葉だ。


 その芽が花開くことを、私も見つめていきたいと願う。

 どうか、神の手に選ばれますようにと。

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