第88話 赤ちゃん出迎え準備。

12/26 10:00 火曜日


 結局昨日は紹介のみで、赤ちゃんとはいったんお別れ。  

 名残惜しい気もしたけど、いきなりは確かに無理だ。

 物資も無ければ知識もない、これでは赤ちゃんを迎える訳にはいかない。


 高校も冬休みに入り、部活も入っていない僕とノノンには、時間だけは大量にあった。

 ならばと、来たるべく赤ちゃんとの生活に備え、まずは家の中の大改造を始める。


「けーま、柱にぽよんぽよんしてるの、つけたよ」

「ありがとう、ベビーベッドも届くみたいだけど、どこに置こうか?」

「んー、ねんねこの場所は、ノノンたちと同じでいい、かな?」

「そうだね、灰柿さんのことも心配だし、同じ部屋でいいか」


 調べると、一歳の赤ちゃんは立って歩くことが出来るらしい。走るようになるのも早いみたいだから、柱の角やテーブルにぶつかっても大丈夫なように、緩衝材を取り付けた。床に落ちている物は何でも口に入れちゃうみたいだから、極力何も残さない。


 加えて、家にはベビーカーや、部屋に置いておける赤ちゃん用の椅子も配達されてきた。

 食器や離乳食、まだ粉ミルクも必要みたいで、消毒用のセットなんかもある。


「赤ちゃんを迎えるって大変なんだね」


 いろいろなものを開封していると、くいっと、ノノンが僕の袖を引っ張った。

 彼女はもじもじとしながら、二、三回ほど、僕を見上げる。


「……ノノンの時も、がんばってね」

「そ、そうだね……予行練習、かな」


 思わず頬を染めてしまう。

 そうか、ノノンが妊娠したら、同じことをするのか。

 いや、同じことが出来るようになってないとダメなんだ。

 あと二ポイント貯めて、絶対に公務員、保護観察課の職員として入職しないと。


 一人決意を新たにしていると、テーブルに放置してたスマホが鳴動を始める。

 手に取ると、メッセージの着信であり、それは渡部わたべさんからだった。


「なになに……えっと、オムツとお尻拭きは消耗品だから、いつでも買えるように僕たちで購入しておいて欲しい、だってさ。ノノン、今から下に買い物に行こうか」

「うん! いっしょに買い物、らぶらぶ♪」


 ふわふわのセーター、厚手のスカート姿のノノンは、僕の腕にギュッと絡みついた。

 腕輪は復活し、今も僕たちの間に鎖が揺れているけど。

 これも、赤ちゃんが来たら外さないとかな。


§


 シャトーグランメッセには日用雑貨はもちろんのこと、赤ちゃん用品の専門店もバッチリ備わっている。店内には赤ちゃん連れのお母さんとか、お腹の大きい女性の姿もあったりして、僕たちの姿はなんていうか、ちょっと場違いな感じがした。


 夫婦にしては若すぎる、それは当然だ、だって僕たちはまだ十五歳なんだから。

 ……十五歳。あれ? ノノンの誕生日って、そういえばいつだ?

 前に貰った身上書に書いてあったような気がする。後で確認しておくか。


「えっと……確か、おんなのこ、だよね」

「うん、みーこちゃん、だね」


 赤ちゃんは女の子、名前はみーこ。

 猫みたいな名前だなって思ったけど、どうやら灰柿はいがきさんがそう呼んでいたらしい。

 親が名付けたのであれば、僕たちもそう呼ぶべきだ。

 

 オムツコーナーで、ノノンは立ち止まって商品を眺める。

 しばらく様子を見ていたけど、泣きそうな顔になってこちらを見た。


「かんじ、読めない」

「あはは……ちょっと、難しかったかな」


 ノノン、漢字のテスト、点数悪いんだよね。

 小学四年生の漢字だから、成長してはいるんだろうけど。


 さて、女の子用と男の子用とで分かれているのか。

 おしっこの位置が違う……ああ、そう言われればそうだね。

 大きさか、一歳だからLサイズかな。

 ああそうだ、お尻拭きはいっぱい買っておこう。

 かなり消費するだろうから、十パックぐらい――――


「えええええええええええええぇ!?」


 ――――突然の叫び声に、背筋がビビビってなってしまった。 

 ノノンも驚いたのか、僕にしがみついて飛び上がる。


 店内にいた赤ちゃんは泣きだし、母親たちは一斉に顔をしかめる。


 一体何が起こったのか。

 振り返ると、肩越しに日和ひよりさんと古都ことさんの姿が見える。

 買い物に来ていたのであろう、冬の装いに身を包んだ二人がショッピングモールの通路から僕たちを指さし、ぷるぷると震えていた。


「ノノンちゃん、妊娠したの!?」

黒崎くろさきお前! やっちまったのか!?」


 涙目の古都さんに両肩を捕まれ、馬鹿野郎! ってがっくんがっくん揺さぶられて。

 日和さんはノノンのお腹を撫で始め、良かったねぇって、なんだか幸せそうな顔をしている。


 うん、僕たちまだ、キスすらしてませんから。

 大丈夫です。


「黒崎、歯を食いしばれぇぇぇッッ!」


 え、ちょっ、待っ――――


§


「んっだよ、ビビらせんじゃねぇよ」

「驚いたのはコッチです」


 フードコートで古都さんに奢ってもらったシェイクを口に含む。

 幸い口の中は切れてなさそう、ほっぺは腫れあがってるけどね。 

 ぺしんと、古都さんに何故なぜか頭をはたかれた。痛い。


「それにしても赤ちゃん来るんじゃ、お正月に集まるのは避けた方が良さそうだね」

「だな、病気うつしたら可哀想だし。黒崎にあけおめメッセージ送るだけにしておくわ」


 そういえば、初日の出どーこー言ってたっけ。

 懐かしいな、まさかあの頃は、家に赤ちゃんがいるなんて想像もできなかった。


「そんで? その母親と赤ちゃんはいつから来るんだ?」

「午後には来るよ。灰柿奈々子ななこさんって子と、みーこちゃんって赤ちゃん」

「お父さんは?」

「いないみたい」


 最悪ーって、日和さんと古都さんがハモりながら言う。


「保護観察ってことは、灰柿さんって子も高校生なの?」

「んー……いや、十四歳」


 伝えていいか悩んだけど、この二人なら大丈夫だろう。

 間違いなく味方、むしろ伝えてしまった方が安心できる。


「じゅじゅじゅっ、十四歳!? え、赤ちゃんは!?」

「一歳、かな」

「え、ちょっと待って、じゃあ十三歳で出産したってこと!? 十二歳で妊娠!?」


 え? あ、そうか、一年経ってるんだから、そういう計算になるか。

 うへぇ、十二歳で妊娠か、より一層凄い話になっちゃってるな。

 

「なんていうか、スゲェな」

「え、母親と赤ちゃん、二人を桂馬君とノノンちゃんで一緒になってお世話するってこと?」

「どうなんだろ、赤ちゃんだけだったら四月って言われてたけど、灰柿さんもとなると……」


 んー、分からないな。

 そこら辺も今日教えてもらえるのかも。

 頭悩ませていると、日和さんが「古都ちゃん、映画」って腕時計を見せる。

 時間を見て「おお、ヤベェ」と古都さんは立ち上がった。


「とりあえず、困ったら相談してくれよな。きっと日和が何でも答えてくれるからさ」

「え? 私育児に関する知識、何もないよ?」

「前から幼稚園の先生になりたいって言ってるじゃん」

「そ、それは将来の夢であって、今は別にまだ何も」

「何事も経験、だろ?」

「そんな無茶苦茶な……あ、でも、相談には乗るから! なんでも連絡してね!」


 まったねー! と二人は消えていったものの。

 確かに、僕も猛勉強中だけど、育児って覚えることが本当に沢山だ。

 表面上は出迎える準備はできたものの、本番どうなるか。


「とりあえず、僕らも家に帰ろっか」

「うん、赤ちゃん、たのしみ、だね!」


 ノノンも喜んでるし、僕も頑張ろう。

 あと、誕生日も調べないとな。


§


 家に帰り、僕はノノンの身上書を開き、愕然と膝をついた。


「え、ノノンの誕生日、九月十五日」


 三か月以上経過してる。

 大切な人の誕生日をすっぽかすとか、僕はなんて最低な男なんだ。


§


次話『十四歳の母親』

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