第86話 鎖と共に
10/27 金曜日 06:00
約一か月半、僕とノノンは別々の部屋で寝るようにしている。
でも、
彼女は彼女なりに、僕との将来を考えて必死に行動してくれているんだ。
目を見て語り合うのがカップルで、二人で将来を見るのが夫婦なんだと言う。
多分僕たちはもう、夫婦に片足を突っ込んでる状態なんだと思う。
まだ、キスすらしていないのに。
「ノノン、朝だよ」
部屋をノックすると「おはよう」と彼女は部屋から出てきてくれた。
見れば、既に制服姿だ、髪型も
「今日、ノノン、はやいから」
「うん、わかった」
「あのね、けーま……」
「……うん」
「……なんでもない」
たくさん泣いているのだろう、ノノンの目の周りは腫れぼったくなっている。
でも、その涙の理由も分かるから。だから、僕も何も言わずに背中を押せるんだ。
一緒にエントランスまで降りると、そこには
「いってらっしゃい、後でおにぎり持っていってあげるからね」
「
「
「はいはい……ノノンは?」
眩しい太陽に照らされながら、ノノンは小さく「おかか」と言葉を残していってくれた。
愛おしい人の頑張りに応えるために、僕も出来ることをしようかな。
「さてと……おにぎり、二十個ぐらい作っていきますか!」
§
文化祭を翌日に控えた今日は、授業も二時限で終わりだ。
窓も目張りで真っ暗だし、机も積みあがっていて、何もないのになんだか可笑しい。
この空気感が文化祭なんだろうな、既にわくわくしている。
「よし! じゃあ最終的に組み上げるよ! みんな気を付けてね!」
「はいちばしょは! まえに決めたとおり、です! よろしく、おねがいします!」
授業の終わりと共に、クラスは学びの場からフォトスポットへと姿を変える。
ノノンが指揮を執っているのを見るのは、なんだかとても新鮮な気持ちだ。
「あー! その三日月は、もうちょっと、こっちー!」
「はーい!
「あー! あー! うん!
設営開始から四時間が経過して、僕たち一年一組の教室は、見事なまでのフォトスポットへと変化を遂げるに至ったんだ。
まずは教室の入口、白の花で作られたゲートには黒いカーテンが設けられていて。
中に入るとそこは暗闇、とてもSNS映えしそうな星々の空間が出迎えるんだ。
椅子も設けてあるから、まずはそこで写真を一枚。
次に教室の左手に現れるのが、黒板アートを活用した第二のスポット。
巨大な天使の羽が描かれたそこには、ミラーボールが映えを意識させてくれる特別な場所だ。
突きあたりまで行くと、波打つ幻想的な風景に心打たれる事だろう。
輝く宝石のような小石が散りばめられたカーテン、一枚一枚が銀河の海だ。
そこを抜けると一番の大広場へと出て、巨大な三日月のモニュメントが出迎えてくれる。
ライトアップされた三日月には座ることも出来て、最大で二人、カップルには最適だ。
そして一番の最後、教室の前方に位置する教壇には、天使が幸せのラッパを吹く絵が描かれていて。アーチ状に造られた幾つもの星々のゲートが、最終的な二人のスポットを演出し、フォトスポットは終わりとなる。
「こうして完成したのを見ると、なんか感慨深いね」
日和さんがポロって言ったのを契機に、女子数名は泣き始めてしまって。
けれど、配置の指揮を執っていたノノンだけは、泣かずにその場に立っていたんだ。
「まだ、さいごの仕事、のこってるよ」
「最後の仕事? ノノンちゃん、何かするの?」
「……見本、つくらないと」
そうか、フォトスポットだもんな。
こういう写真が撮れますよっていう見本が必要か。
すると、日和さんが髪をいじりながら、ノノンと僕を見据える。
「ノノンちゃん、実はね、それはもう用意してあるんだ」
「用意、してあるの?」
「うん。とはいえ撮影はこれからなんだけど……ちょっと奥行こうか」
「おく?」
「あ、桂馬君はここにいてね」
ノノンは女子に囲まれて、教室の奥へと消えてしまった。
隅の方に担当者が休めるスペースがあるんだけど、どうやらそこへ向かったらしい。
ここに残れと言われた以上、僕も何かするんだろうけど。
「おーい、桂馬くーん」
黒い布の隙間から、日和さんがこっちに来いってしてる。
「なんか、真っ暗だから生首に見えるね……」
「そっかぁ、でもお化け屋敷は禁止だから、惜しかったね。それよりも、ほら」
黒いカーテンの先は、やっぱり黒い厚紙で日光が遮られているのだけれども。
今だけは窓を開けて、そこだけが明るく照らされていて。
「けーま……」
僕の周りから、酸素がなくなる。
そこには、天使がいたんだ。
思わず息を飲んでしまう程に可愛くて、触れてはいけないような気がしてしまって。
「……綺麗だ」
思いは、気づけば言葉になり、彼女の頬を染める。
ドレス、でも、ノノンの傷を意識した肌の露出が少ないそれは、長袖のフリルがついた可愛い純白のドレスは、見る人が見たらウェディングドレスと呼んでもおかしくない程に素敵だった。
長袖の手袋を物珍し気に伸ばしながら指を立てる仕草も、恥ずかし気に指を絡める仕草も、何もかもが愛おしい。波打つスカートは床に付いてしまう程に大きくて、数名の女の子が結婚式の子供のように裾を持ち上げている。
本当に、綺麗だと思った。
「でしょー? 演劇部にはこの手の衣装が沢山あるみたいでさ、私から一着貸してってお願いしてあったんだ。とはいえ当日は使うから、前日の今日しか借りられなかったんだけど」
日和さん、貴女ナイスすぎる。
とりあえず、鼻息荒く全力でサムズアップだ。
「お? おう。でも、借りられたのこの一着だけでさ、桂馬君悪いんだけど、制服のままで相手役やってくれないかな?」
「え……僕でいいの?」
「当然、ウェディングドレスだよ? 他の人に譲っていいの?」
ダメだ、そんなのダメに決まってる。
全力で首を横に振って、座っているノノンの手を取るんだ。
「けーま……」
「行こう、ノノン。いっぱい思い出を作ろう」
「……うん。ありがとう……」
飛び込んできたノノンは、僕の頬に熱い唇を添えるんだ。
さすがにそれはフォトスポットのお手本には出来なかったけど。
「はい、にっこにっこ……にっこー!」
「それタイミング分からないから!」
「あー! いいよぉ! 自然な感じがして最高!」
日和さんめ……でも、悔しいことに口元はにやけてしまう。
隣には純白ドレスを着こんだノノンがいるんだ、口元はダダ下がりだ。
そんな感じで各スポットで撮影をしていると、ノノンは僕の袖をくいっと引っ張った。
「けーま……ノノン、腕輪、つけたい」
「腕輪? だって、鎖で繋がったお手本とか」
学校のクラスメイトや先生たちは理解してくれるけど、文化祭には他校の生徒や親御さんたちも来るんだ。鎖で繋がった僕たちを見てなんて思うか。
「あー、いいかもね。ノノンちゃんが三日月に座って、桂馬君が床で立膝とか」
「……確かに、二人の関係が一目瞭然で、悪くないかもな」
日和さんも古都さんも、クラスの女子も良いアイデアだって褒めてくれて。
「けーま」
言われた通り、僕は彼女に腕輪をはめて、僕の左腕にも装着してみる。
月の女神にあこがれる王子様、みたいな雰囲気があって、確かに良いかも。
三日月に座りながら、ノノンは僕を見て微笑む。
二人して手を伸ばしているのに、指が触れ合えなくて。
でも、僕たちの間には鎖がある。
間違いなくそれだけは、繋がっているんだ。
「ふふっ、たのしい、ね」
とても柔らかい笑顔に、数えきれないほど心を奪われそうになった。
愛してるって叫びたい、彼女の唇を奪いたい。
でも、歯がゆい思いは我慢してこそ意味があるんだ。
「はいOKー! じゃあノノンちゃんそれ脱ぐから、こっちー!」
ものの一時間もせずに撮影会は終わり、衣装を返しがてら撮影した写真を演劇部の人たちにも見てもらい、そこでまた談笑する。口に手を当てて笑うノノンの姿は、誰がどう見ても普通の女子高生で。成長したなって、親心のような感情を、彼女へと抱いてしまう。
どの立ち位置で言ってるんだかって、苦笑しながら。
「これ、うちのクラス、何か賞でも狙えるんじゃね?」
「古都さん……当然でしょ、これだけ頑張ったんだから、絶対受賞だよ」
ノノンの頑張りが形になるのかどうか。
ダメでもこの経験があれば、
でも、欲張りな僕たちは、やっぱり最高の結果を目指してしまうんだ。
§
10/29 日曜日 17:00
土曜日の生徒だけの文化祭、そして日曜日の一般参加者を迎えた文化祭も、終わりを迎える。
想像以上の来場者に、僕たちは大慌てな対応が必要とされていたんだ。
入りすぎた来場者が黒のカーテンを外しちゃったり、カップルが全然移動してくれなくて大渋滞が発生しちゃったりと、それはそれは面倒臭いものばかりで。
「お手本の子がいる! 可愛いー!」
「あの、あの、頑張ってつくりました! よろしく、おねがい、します!」
「すいません、あの鎖って撮影オプションじゃないんですか?」
「あ、あの、鎖は、ノノンとけーまだけの、特別でして」
「特別だって、可愛いー! ねぇねぇ、スマホのケーブルで真似しない!?」
受付に座るノノンも呼び子として人気を博し、皆の予想通り、鎖で繋がった僕たちの見本写真も大絶賛を受け、そして――――
『一年の部、努力賞は……多数の来場者を記録した、一年一組のフォトスポットです!』
無事、ノノンが制作指揮を執った初めての文化祭は、一つの形として残ることが出来たんだ。
最優秀賞である功労賞は逃したけど、努力賞だって立派な成果だ。
「ノノン! おめでとう!」
「ノノン……受賞、したの?」
「そうだよ! ほら、壇上に行かないと!」
クラスの代表として賞状を受け取りに行かないといけないのに。
ノノンはその場で大粒の涙を流すと、目を閉じ倒れるように僕に体を預けるんだ。
「ノノン……?」
数秒もせずにノノンは瞼を開くと、静かに僕を見た。
「本体、いま気絶中」
「え?」
「ダメだ、身体動かないから、他の奴行かせてやってくれ」
「わ、分かった」
これ、多分ルルカなんだ。
ノノンが気絶しちゃったから、それを伝えるために出てきたのか。
やむなし、事情を説明し、日和さんが賞状を受け取りに行っているのを、二人で眺める。
「……凄いよな」
「うん。ノノンの頑張りが、この結果に繋がったんだと思う」
「本当、以前の本体からは想像も出来ねぇよ」
一番近くでノノンを見ていたのがルルカなんだ。
ノノンのお姉さんみたいな存在、この結果に誰よりも満足しているのも、ルルカなのかもしれない。
「なぁ、桂馬」
「うん?」
「アタシからもお願いなんだけどよ」
「……うん」
「アタシ達のこと、最後まで面倒見てくれよな」
「……」
「もう、裏切られるのは、辛いんだ。多分、本体にとって、次は存在しない。こういうのを言うと、重い女って思われるかもしれないけど……アタシ達は、そういう女だからさ」
口調が違くても、ルルカって呼んでても、大本はノノンなんだ。
背の小さい彼女のことを、両腕で包み込むように抱きしめる。
石鹸の香りがしてきて、それはやっぱり安心する匂いで。
深呼吸一つした後、僕は耳元でささやくようにして伝えるんだ。
「そのために、僕がいるんだよ」
「……桂馬」
「大丈夫、何があっても、側にいるから」
「……信じてる、からな」
「うん」
すっと瞼を落とし、涙を一筋頬へと流すと、ルルカも眠りについてしまったらしく。
周囲から心配されたけど、眠ってるだけだからと、僕は彼女を抱きかかえ立ち上がった。
「うわぁ……お姫様抱っこだ」
「いいなぁ……」
周囲から聞こえる声は、僕たちの耳には入らない。
誰にも渡さない、誰にも譲らない。
こんなにも小さいのに、誰よりも努力して、頑張って、僕の隣に立ってくれているんだ。
「愛してるよ……ノノン」
きっと目を覚ましたら、彼女のことだ、しょうじょうは!? とか慌ててしまうのだろう。
だから、きちんと全部伝えてあげよう、そして全力で褒めてあげよう。
彼女が望むことならば、全力で叶えてあげるんだ。
そして、二人で今後を見据えて話をする。
夫婦になる、第一歩として。
§
次話『難題、到来』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます