第85話 僕の周りの優しい人たち。

10/21 土曜日 10:00


 相も変わらずノノンの態度は冷たい。

 まいさんの家に昨晩預けた時だって、表情ひとつ変えなかった。 

 前だったら「けーま! いっしょ!」とか言ってくれてたのに。


 腕輪の付いていない左腕が寂しい。 

 報告書を渡部わたべさんに送るも「そういう時期もあるからな」の一言で終わってしまった。 

 大人が考えることは分からない、ノノンが考えることも分からない。

 ないない尽くしで、何が最優秀賞なんだか。


「おっす、お待たせ」

小平こだいら君……それに関根せきね君と石田いしだ君も」

「俺もいるぜ」


 え、なんで上袋田かみふくろだ君もいるの。

 なになに、もしかして今日って僕にヤキを入れる日だったりする?

 細くなったのに筋肉しかない今の彼だったら、多分僕なんて瞬殺だ。


「今日遊ぶって話したら上袋田も来るって言っててよ。あれ? お前ら仲良いんじゃねぇの? たまに二人だけで話してんじゃん」


 仲良くないですね。

 恋敵であり、一方的に敵視されてる関係かな。

 

「そ、俺たち仲良いの。な、黒崎くろさき

「……表面上はね」

「なんだよ、ビジネスライクとか言いたそうじゃねぇの」


 ビジネスでお付き合いしたら間違いなく僕が搾取される側だよ!

 いいや、公務員になって税金搾り取ってやるからな! 覚悟しとけ!


「ははっ、ま、同じクラスメイトなんだし、二人とも今日を契機に仲良くしようぜ」


 知ってるかい小平君。

 水と油は混ざらないんだよ。

 僕という水は、永遠に上袋田君とは混ざらないんだ。


 っていうか、気晴らしに遊びに来たのに……秒で帰りたいんだけど。

 でもまぁ、小平君たちに申し訳ないし、お付き合いするかぁ。


§


「で、ここに来るんだ」

「当たり前だろ? シャトーグランメッセは遊びの宝庫だぜ?」


 あれ? 小平君たちにはまだ僕の家って教えてなかったっけ? ゲームセンターで一緒に遊んだ記憶があるけど……確か、依兎よりとさんたちと同棲って話で終わってたんだっけか。この上に住んでるのは確かバレてなかったはず。だよな。うん。


 顎に手を当て考え事をしていたら、ずんって肩に上袋田君が寄りかかってきた。


「なに考えてるんだよ、黒崎」

「別に、この上に住めたら楽しそうだなって思っただけ」

「そうかぁ? 俺の住んでる家の方が広くて静かだぜ?」


 はいはい、御曹司さんは良かったですね。

 親の力って最高ですよね、僕も国の力凄いって毎日思ってますよ。

 あーあ、ここに来るんならそのまま家に帰ろうかな。

 でも、上に行ってもノノンいないんだよな……寂し。


「そういや黒崎ってボウリングしたいんだっけ?」

「あ、うん。実は結構得意でさ」

「へぇ、そうなんだ……なぁ黒崎」


 小平君と会話していると、寄りかかったまま上袋田君が顔を近づけてきた。


「その得意なボウリングで、俺と勝負しねぇか?」

「勝負?」


 上袋田君は僕から離れると、腕組みしながら垂れ目な瞳を僕へと向けてくる。


「ああ、勝ったらお前が欲しがってる情報をくれてやるよ。最近俺ってば女子から人気あってな、火野上ひのうえさんに関するとある・・・情報を握ってるんだ」

「へぇ……」

「その代わり、負けたら火野上さんと一日デートさせろ。得意なんだろ? いいよな?」


 ノノンに関する情報だって? 

 それって多分、最近のノノンの変化に関係することなんじゃ。

  

「おい黒崎、やめとけって。火野上さんもいないんだし、そんな勝手に決めても」

「……いいよ」


 日和ひよりさんも結局何も教えてくれなかったんだ。

 喉から手が出るくらいに欲しい情報には、きっとその価値がある。

 僕の返事を聞いた上袋田君は、口をニヒルに歪ませた。


「男に二言はねぇよな?」

「うん」

「一日って言ったんだ、もちろん二十四時間だからな?」


 後から言いたい放題だな。

 二十四時間一緒だったとしても、ノノンは何も変わらないと思うけど。

 誰よりも慌てたのは、ほぼほぼ無関係の小平君だった。


「ダメだろそんなの! 黒崎、上袋田は一晩で決め込むつもりだぜ!?」

「無理でしょ、人の心がたった二十四時間で変わるとは思えないよ」

「寝取られとか知らねぇのか!? あり得るぜマジで!」

「それ、漫画の読みすぎ」


 それに、上袋田君がボウリング得意って言っても、まだ腕前見てないしね。

 はったりなのか本当なのかは、実際に見てみないと分からないもんさ。


 上機嫌な足取りの上袋田君と共に、僕たちはマンション施設内にあるボウリング場『グランボウル』へと到着した。最新型のボウリング場みたいで、オンライン対戦マッチとか、画面いっぱいの映像とかで、見学だけでも楽しめそうな造りをしている。


 上袋田君は店の中にあったボールをひとつ掴み上げると、得意げに振り返った。


「使うボールは店の物のみ、腕にはめるリスタイの使用も禁止、オイルコンディションはそのまま、後は通常のルールで構わないよな?」

「うん、っていうか、無駄に細かいね」

「当然、俺はこの勝負に人生を懸けているからな」


 アプローチに立つと、彼は16ポンドのボールを勢いよく振り上げる。

 凄いな、一番重いサイズのボールをあんなにも軽々と持ち上げるのか。

 

 凄まじい勢いで投げられたボールの速度は六十キロと表示されていた。

 通常が三十、速い人でも四十五キロと言われているから、相当に速い。


 ッズガゴッゴオオオオォォ! という、おおよそボウリングとは思えない爆音が響き渡った。

 無論、音によろしく、ピンは全部倒れている。


「黒崎」

 

 伸びた前髪を垂らし、不敵に微笑みながら、上袋田君はこちらを振り向いた。


「俺の最高スコア263点なんで、そこんとこ宜しく」


 自信があるわけだ、263点って言ったら、ストライクとスペアのみのスコアじゃないか。

 しかもこんな適当コンディション、マイボールでもなくその点数が出せるのだとしたら。


「やべぇぞ黒崎、上袋田に勝てねぇって」

「おい小平、これは俺と黒崎の勝負なんだ、口出ししないで貰えねぇかな?」

「だがよ……なぁ黒崎、今からでもハンデ貰おうぜ? 絶対無理だって」


 慌てる小平君たちを他所よそに、僕はボールを一個手にする。

 お店のボールは基本使い込まれている、思い通りに投げられるかは分からない。 


「ハンデ? いらないよ」

「はぁ? 今の見て分からねぇのか?」


 だって、本当にいらないもの。


「ああそうだ、黒崎、お前の最高得点いくつよ?」

「最高得点っていうか……」


 アプローチに入り、僕は小学校、中学校と続けてきたフォームでボールを置くように投げる。

 無回転からの高速ロール、そこから抉るようにポケットに吸い込まれるんだ。


 ッカコオオオオオォォォォンンンンン……


 うん、ボウリングはこの音だよね。


「僕、最近だとスコアで数字、見たこと無いから」

「は?」

「蝶々、綺麗だよね」


 昔を思い出すなぁ、初めてパーフェクトを取った喜びは今でも思い出せるよ。

 今日は結構なオイリーレーンだから、回転に期待させないようにしないとかな。


「まぐれストライクで随分と嬉しそうじゃねぇの……」 

「……ストレートしか投げれないボウラーごときに、僕が負けるとでも?」

「――――ッ! 上等だよ黒崎、俺は負けねぇからなッ!」


§


「269点……だと」

「パーフェクトゲーム逃しちゃった、初めての店だとダメだね」


 思っていた以上に回転掛けすぎちゃったよ。

 次は気を付けないとだな。


「まぁいいか、上袋田君も211点、頑張ったほうじゃない?」

「……っ」

「じゃあ約束の情報、教えてもらおうか?」


 後で小平君たちに教えてもらったけど。

 この時の僕は、相当に悪い顔をしていたらしい。

 

 ボウリングをプレイしている小平君たちを他所に、僕と上袋田君は飲み物片手に休憩エリアに移動し、そしてノノンに関する情報を教えてもらったんだ。


「……え? 今回の文化祭、ノノンが設営の指揮執ってるの?」


 意外な情報過ぎて、思わず復唱してしまうほどだった。

 だって、今回の文化祭は日和さんがほとんど指揮を執っていて、ノノンが出る幕なんて無かったはずなのに。


「ああ、俺がクラスの女子から聞いた話では、そういう事らしいな。なんでも凄い男の横に立てるように、自信を付けたいんだとか? 文化祭でも頑張れば努力賞みたいなの貰えるからな。そういうので喜べるとか、本当可愛いっていうか……なんだよ黒崎、急に涙目になって」 

 

 上袋田君に言われるまでもなく、目頭が熱くなるのは分かっていた。

 最近のノノンが冷たい理由、全部理解したよ。


「……いや、なんでもない」

「とにかく、秘密の情報らしいからな、俺から聞いたって言うなよ?」

「言わないよ、言うはずないじゃないか……」


 言ってしまったら、ノノンが頑張ってる意味がなくなってしまう。

 僕が最優秀賞を受賞してしまったから、それがノノンのプレッシャーになってしまった。 


 そんなの気にする必要なんてないのに……でも、彼女は僕と一緒にいるために、こうして努力する道を選択してくれた。それがなによりも嬉しくて、これが泣けない訳ないじゃないか。嬉しくて、受賞した時よりも嬉しいって感じてるよ。


「黒崎……」

「上袋田君、多分君は、これを伝えるために今日来てくれたんでしょ?」

「……そんな訳ねぇだろ」


 嘘だ。そうじゃなきゃ、わざわざ休みを潰して僕たちと遊ぼうなんてしない。 

 

「もう一ゲーム、しようか」

「……もう賭けのネタはねぇぞ?」

「いいよ、普通に上袋田君と遊びたくなっただけだからさ」


 思っていた以上に、僕の周りは優しい人たちばかりみたいだ。

 

§


「お前! こういう時は普通、負ける流れなんじゃねぇのか!?」

「上袋田君も、頑張れば引き分けには出来るって」

「パーフェクトはなァッ! 引き分け以外が全部負けなんだよ! ふざけんな!」


 久しぶりに心の底から笑えた気がする。 

 思えば同じ人を好きなんだから、上袋田君と僕は相性良かったのかもね。


「もう一ゲームするぞ!」

「いいよ、何回でも受けて立つからね」


§


次話『鎖と共に』  

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