第84話 ノノンちゃんの事情 ※小春日和視点

 話は一か月ほど前のことだ。


「ひよりー、ことー……。ノノン、ふたりに、相談したいこと、あるの」


 女子トイレに行くなり、ノノンちゃんはしょんぼりとしながら、私たちに相談を持ち掛けてきた。その日は朝から元気がなくて、私たちも「ノノンちゃんどうしたのかな?」とは思っていたので、彼女の相談に二つ返事で乗ることにしたんだけど。


「凄い人と一緒になるのが不安だって? いうほど黒崎くろさきは凄い男じゃねぇだろ」

「でも、けーま、賞状、もらったって」

「賞状?」

「よりとも、きにするなって……でも、ノノン、不安になって、だから」


 古都ことちゃんが言うように、桂馬けいま君は凄い男とは言えないと思う。

 良い人だとは思うけど、別に勉強で一番じゃないし、運動だってそこそこ。


 でも、ぼろぼろ泣き始めたノノンちゃんを見て、これは不味いと思った私たちは、その足で四組の椎木しいらぎさんと氷芽こおりめさんの所に向かったんだ。彼女たちも桂馬君と同じ観察官であり選定者なんだ。きっと私たちよりも、ノノンちゃんについての詳細を知っているに違いない。


 というか、ノノンちゃん片言で喋るから、ちょっと理解が難しいっていうのもある。

 氷芽さんたちはそこら辺スムーズだから、手っ取り早いっていうのが一番の理由だったり。


「気にするなっていう内容ほど、気になるものよね」

「相手が桂馬だもんなぁ……」


 ノノンちゃんを連れて四組で話し合いをすると、二人はすぐさま理解してくれて。

 どうやら桂馬君、先日保護観察官として最優秀賞とやらを受賞したらしい。

 よく分からないけど、モチベーションアップの為に設けられた新しい制度なんだとか。


「アタシもそうだけど、アタシ等選定者の過去は普通じゃない。小春こはる日和ひよりっていったっけ?」

「私?」

「アンタ、まだ処女だろ?」


 いきなり処女かどうかを教室で聞かれて、一瞬で顔が熱を持った。

 男の子もクラスにはいるんだ、聞かれてしまわないよう言葉にはしなかったけど。

 でも、それだけで伝わったらしく、氷芽さんは腕組みしながら話を続けた。 


「アタシもノノンも違う。何なら売春だって普通にしてきたし、ノノンの場合は……」

「依兎さん、ここ教室」


 椎木さんがぴしゃりと止めた。

 ノノンちゃんの過去は、教室で語っていい内容じゃない。


「……分かってるよ。でも、それだけ対等じゃないって、アタシ等には根付いちまってるんだ。劣等感的なものかな、とにかく、アタシ等は普通じゃない。将来一緒になる相手が上の人間であればあるほど、その差を嫌ってほど味わわないといけないんだ。釣り合わない自分が嫌になってくるんだよ。もしかしたら、隣にいるだけで迷惑かもしれない、とかね」

 

 釣り合わない自分、か。

 私たちはまだ高校生だし、まだ誰も稼ぎなんてない状態なんだ。


 つまり言い換えればフラット、成績での差異はあるかもだけど、それだって努力次第でコロコロ入れ替わる。誰もが上に立てるし、誰もが下になれるんだ。だから、釣り合わない自分、なんて考える必要はないし、考えたこともない。


 なんだか、ノノンちゃんと氷芽さんが随分と大人っぽく感じる。

 実際、大人な経験を沢山してきたのだろうけど。


 大人な体験か……多分、男の人と、アレだよね。

 凄いなぁ、私なんか手をつないだだけで緊張しちゃうのに。

 桂馬君に下着見られたりとか、膝枕で大変なことになったりとかしたけど。

 

「日和、妄想ストップ」

「してないし!」

「顔真っ赤」

「してないから!」


 古都ちゃんめ、自分だって未経験のくせに。

 未経験……だよね? まさか古都ちゃん、経験済みな彼女とか――


「ウチの可愛い日和が赤面しちゃって止まらないから、ここまでにしておくわ」

「古都ちゃん!」

「相談乗ってくれてありがとうな、何か解決策がないか、ちょっと考えてみるわ」


 見れば、時計の針は休憩時間の終わり間近を示していた。

 ノノンちゃんが何を悩んでいるのかは分かった、でも、解決策が見つからない。

 桂馬君と一緒にいても大丈夫な自分になる、つまりは自信の問題だろう。

 何をすれば自信がつくか……ちょっと、スマートフォンに相談。


 ①短所探しをやめる。

 ②一日で達成できたことを見つける。

 ③気分転換の方法を見つける。

 ④成長を喜ぶ。

 ⑤他人との比較をやめる。

 ⑥筋トレをする。

 ⑦休む。


 ううん……インターネットでもこんな程度のことしか書いてないのか。


 ノノンちゃんに筋トレ勧めるのも違う気がするし、桂馬君が二十四時間一緒の状態で気分転換なんか出来るはずがない。成長を喜ぶったって、既にノノンちゃんのおっぱい育ちきっちゃってるし、短所を見つめてる気もしない。


 最後は、達成できたことを見つける、か。

 達成できたこと……勉強とか? でも、ノノンちゃんは算数勉強してるしなぁ。


 結局、何の解決策も見つからないままに、私たちは再度四組へと足を運ぶことに。

 そこで椎木さんが出した解決策のひとつが、文化祭に関することだった。 


「ノノンちゃんに出し物とか、設営を任せてみたらどう?」

「ノノンちゃんに? だってもう役割分担とか決めちゃったよ?」

「レイアウトとかなら、今からでも変えられるんじゃない? 花宮高校には文化祭功労賞とか、学年ごとに表彰とかもあるし。場合によっては、ノノンちゃんの自信に繋がるんじゃないかなって思うんだけど」


 確かに、部活とかでも結果を出せば自信に繋がる。

 文化祭の内容ではなく、レイアウトとかならノノンちゃんでも出来そう。

 それに表彰か、桂馬君が貰ったのと同じものを貰えば、自信に繋がるかも。


「ノノンちゃん、やってみる?」

「やってみたいと……思う、けど。……いいの、かな」

「全然、問題ないね。何ならクラスの女子全員集めて相談してみようぜ?」


 古都ちゃんの言う通り、放課後クラスの女子に残ってもらい、皆の意見を聞くことにした。

 ノノンちゃんの事情、黒崎君の隣にいたいという可愛い願い。

 

「いいよ」

火野上ひのうえさん、頑張ってね」

「サポートするから、何でも言ってね」


 いつだって私たちは乙女なんだ。

 恋に頑張りたいっていう女の子を、応援しない子なんて一人もいない。

 

「ノノン……ノノン、がんばります!」

 

 クラスの教壇に立って、みんなの前で頭を下げるノノンちゃん。

 拍手で彼女の誠意に応えていると、クラスに来ていた椎木さんが最後にこう付け加えたんだ。


「じゃあ、このことを男子には内緒にしておきましょうね」


 椎木さんの言葉に、古都ちゃんと氷芽さんも続いた。


「確かに、黒崎が知ったら、ノノンのこと手伝っちまうもんな」

「それは言えてる。隣に立てる自信をつけなくちゃいけない以上、黒崎君の支えがあったらダメだもんね」


 その日以降、ノノンちゃんは桂馬君から意図的に距離を取るようになった。

 レイアウト変更に関して、流川ながれかわ先生の許可も得てしまった以上、もう後戻りも出来ない。


 多分、これまでがこれまでだったから、桂馬君にバレないようにするっていうのが相当に難しいのだろう。まるで嫌いになってしまったかのように、ノノンちゃんは桂馬君を無視するようになってしまったんだ。


 なんていうか、ノノンちゃんには匙加減が難しいんだと思う。

 一瞬でも気を緩ませたら、子猫のように甘えてしまうから。


 文化祭まであと一週間となった今日も、ノノンちゃんは私の胸で号泣している。

 女子会という名の、ノノンちゃん慰め会だ。


「うえええぇぇぇ……ひっく、ひっく、ノノン、つらい、けーまに嫌われてそう」

「大丈夫だって、桂馬君は間違いなくノノンちゃん大好きだから」

「だって、だって、もう、ずっと……嫌われたくないよぉ……ぐすっ」

「大丈夫、大丈夫。文化祭終わったら、きっと桂馬君も褒めてくれるから」

「でも、でも……びえええええええええええええええぇぇぇぇん!」


 本当に可愛い。

 そして桂馬君の寂し気な顔がまたグッとくるんだ。

 間違いなく相思相愛、こんな二人が悩む必要なんて、ないと思うんだけどねぇ。


 でも、間違いが起こったら不味い。 

 桂馬君とノノンちゃんは普通じゃないんだ。

 可愛いノノンちゃんの頭を撫でながら、みんなへと問う。


「提案なんだけど、桂馬君にちょっとくらいバラした方が良くない?」

「あー……さすがにな、黒崎の奴、ノイローゼになりそうとか言ってたし」


 知らなかった、大好きな人に素っ気ない態度取られてたら、ノイローゼになるんだ。

 いいなぁ、私もそれぐらい誰かに好きになって貰いたいかも。


 どこまで伝えるかを皆で検討して、まとめた内容を伝えるべく桂馬君の家へ。 

 マンションの中に入ることは出来ないから、エントランスで待つこと数分。


「ありがとう……あの、日和さん」


 頬がこけた桂馬君、私にこっちに来いってしてる。

 全部伝えちゃったら、ノノンちゃんのこれまでの頑張りが意味無くなっちゃうもんね。

 だから、最低限の言葉だけで、桂馬君に伝えるんだ。


「桂馬君」

「……うん」

「ノノンちゃん、頑張ってるから、応援してあげてね」

「……うん?」

「じゃあね!」

「え、ちょっと、それだけ!?」


 これだけでも大ヒントなんだ。 

 何も言わなくても来週には結果が出る。

 だから頑張って、二人とも!


§


次話『僕の周りの優しい人たち。』

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