第83話 すれ違い
10/13 金曜日 10:10
ノノンが学食で他の男子と楽しそうにしているのを見た日から、既に一週間が経過した。
あの日以降、ノノンは腕輪の装着を拒否している。
彼女の拒否権はあってないものなんだけど、それは彼女の尊厳を否定しているも同じだ。
だから、今の僕は、ノノンと鎖で繋がっていない。
「
「んー?」
「ノノン……僕のこと、嫌いになっちゃったんですかね」
休憩時間に居なくなることも、普通になってしまった。
でも、ノノンは
この二人なら、事情を把握していると思うのだけど。
「さぁねぇ、別に、いつも通りじゃね?」
「全然、いつも通りじゃないと、思うんですけど」
「そうかぁ? それよりも、次のテストに脳みそ使った方が有意義だと思うぜ?」
古都さんは言いながら、手にした単語メモ帳へとにらめっこを再開する。
今日は中間テスト初日、確かに古都さんの言っている事が正しいんだけど。
「っていうか、改めて見ると、酷い顔してるな」
「そうですか……そうでしょうね」
当然だろう、もはやノイローゼに近い。
ノノンが距離を取り始めて既に一か月、僕の頭は彼女でいっぱいだ。
近いのに遠い、理由もなく距離を取られるのは、本当に、息苦しく感じる。
「ん」
「……なんですか」
「ほれ、男は同級生の女の子にハグしてもらえれば、元気いっぱいだろ?」
古都さんは両手を広げて、私の胸に飛び込んで来いってしてる。
が、僕はそんな古都さんを見ても、溜息が出るだけで。
「……相手にもよります」
「お前なぁ」
これ以上、ノノンに嫌われたくないし。
ノノンにハグして貰えるのなら、それはもう一瞬で元気になるのに。
カラカラと開いた教室の引き戸、そこに立つは、赤毛の背の小さい可愛い彼女と、最近金髪のインナーカラーが認められた、日和さんの姿があった。
「もう、ノノンちゃんったら」
「えへへ、ひより、ありがとー」
教室に戻ってきたノノンは、古都さんの前にいる僕を一目見ると、それまでの笑顔を伏せて、自分の席へと戻っていったんだ。その様子を見ても、古都さんは何も言わず。日和さんも「桂馬君、そろそろ先生来るよ」と、自席に戻るよう催促するのみ。
ノノンの隣の席は僕だ、だから、普通に隣に座るんだけど。
「……」
座った途端、窓側へと顔を背ける。
ノノンだけはパソコンを起動させて、イヤホンを耳にはめるんだ。
イヤホンを耳に装着する時に、掻き上げた髪から覗く真剣な眼差し。
彼女が何を思い、今のこの行動に出ているのか。
なぜ、他の誰も、ノノンの行動に疑念を抱かないのか。
僕だけが、何も分からないままに、取り残されている感じがした。
§
10/18 水曜日 12:00
「やっとテストが終わったー! という訳で、これからはスイッチ切り替えていくよー!」
放課後、クラス委員の日和さんの号令に、皆で「おー!」と反応する。
来週の土日は花宮高校の文化祭であり、ウチのクラスの出し物はフォトスポットだ。
小物の準備は早いクラスでは夏休みからしているらしく、さっそく電動工具の音があちらこちらから聞こえてきている。話に聞くと、上級生のクラスでは教室の中にジェットコースターを造るクラスもあるらしく、その熱意は相当なものだ。
「じゃあ
「うん」
日和さんから手渡された厚紙を、カッターで窓ガラスのサイズに合わせてカットする。
フォトスポットに日光は不要らしく、当日は教室の電気も消して暗くするのだとか。
ぺたぺたと一枚貼り付け終わると、自分のいる場所が少し高いことに気づく。
窓枠に足を乗せているのだから、普通に視線が高くなるのは当然なんだけど。
「かわいい! かみのおはな、ノノン、はじめてつくった!」
教室の中央に、ノノンがいた。
他のクラスメイトと一緒になって、紙で作った花を板に糊付けしていく。
巨大な三日月のモニュメント、それがノノンの担当だと、日和さんから聞いた。
ノノンの担当はそれだけじゃない。
教室の壁に下げる黒い布や、バルーンアートにも携わっている。
文化祭という一大イベントに、彼女が深く携わるのは、とても良いことなのだけど。
「やっぱ、女子が作るものって、なんか可愛いよな」
「
僕と同じ窓係の小平君は、窓枠に腕をひっかけて、共に高い位置から教室を眺める。
「さすがに聞こうかと思うんだけどよ」
「うん」
「
高校に入ってからここまで、小平君は僕の前に座り続けている。
最初の頃からずっと見ているのだから、変化に気づかない訳がない。
「……分からないよ」
「……そっか。まぁ、アレだな、たまには野郎だけでカラオケとか、行くか?」
小平君は、多分本当に良い奴なんだ。
それはそうだろう、観察官候補だったのだから、国のお墨付きだ。
「カラオケだけじゃなくて、ボウリングもしたいかも」
「お、いいね。そうそう、たまには気晴らしとかも必要だぜ? 同級生の女の子とずっと一緒じゃ、嬉しいけど疲れちまうもんな」
本当、小平君って良い顔をして笑うよ。
ほだされて、流されそうだ。
「ちょっと待ってて」
「おう、どこ行くんだ?」
「四組、
窓枠からぴょんと飛び降りると「待て、俺も行く!」と小平君もついてきた。
目当ては
思えば、依兎さんの本来の観察官は小平君なんだよな。
ある意味相性一番良かったのかもしれない、きっと小平君だって、依兎さんに全力だっただろうし。
四組の教室からも電動工具の音が聞こえてくる。
何の音かと中をのぞくと、どうやら板にモニターを取り付けているらしい。
多分映像が流れてきて、説明とかいろいろするのだろう。結構本格的だ。
「あ、
教室の中央辺りで、模造紙にペンを走らせている舞さんの姿があった。
クセのある髪を後ろで縛った姿は、なんだか凛々しくて良い感じだ。
依兎さんは……なんだろう、教室の隅の方で包帯を身体に巻いている。
「あら、桂馬君、どうしたの?」
膝を付けて座り、前かがみな状態のまま僕を見上げる。
相変わらず綺麗だし、とても優しい感じだ。
「なぁに? カンニングしにきたの?」
「違う違う……今度、小平君と一緒にボウリングに行こうと思うんだけどさ」
「あら、いいわね。私たちも一緒に行こうかしら」
「マジっすか! ぜひ――」
「いやいや、男だけで行こうって話になっててね。それで、ノノンを預かってて貰えないかなって思ってさ。家に一人にさせるのも、今はちょっと不安と言うか」
あのセキュリティの高いマンションなんだ、ノノン一人じゃどこにも行けやしないんだけど。
多分、一人よりも舞さんや依兎さんと一緒の方が、ノノンにとっても良いことだと思うし。
「私は構わないけど……それっていつ?」
「いつ……いつだろう? 小平君、いつ遊びに行く?」
隣にいる小平君の顔を見ると、なんだか表情が険しい。
「……土曜日の午前っすね」
「だって。だから、金曜の夜から舞さん家にノノン預けても、大丈夫かな?」
「うん、大丈夫よ。たまには男の子同士っていうのも、必要よね」
にっこりと微笑んだあと、舞さんは作業へと戻った。
これで久しぶりに僕も遊ぶことが出来る。
「黒崎よぉ」
「うん?」
「もうちょっと空気読んで――――」
小平君が何かを言いかけたあと、ひゅっと言葉を止めた。
「あー! 桂馬いんじゃん! 見て見て! ミイラガールだって! エロくね!?」
全身に巻かれた包帯のせいで、ボディラインが完全に露わになった依兎さん。
両足も巻かれているからぴょんぴょんジャンプしか出来ないのに、それでもこっちに来て、そして倒れこんだ。
「あわわわ!」
「危ない!」
包帯グルグルで両腕両足動かせないのに、転んだら顔から落ちる。
咄嗟に飛び込んで体で受け止めたものの。
「依兎さん、大丈夫? 痛くない?」
見ると、依兎さんの顔は僕のお腹にうずもれている。
その体勢のまま、青ざめた顔をこちらへと向けた。
「うひぇー、危なかったぁ」
「……ケガも無さそうだね、良かった」
「桂馬のぽよんぽよんの腹のおかげで助かったぜ。……あー、良い匂い」
「馬鹿いってないの、ほら起きて」
四組の女子が集まって依兎さんを持って行ったけど、あれって結局何の役なんだろう。
「やっぱり、桂馬君ね……」
「うん? 舞さん、どうかした?」
「ううん、なんでもない。それよりも金曜日の夜、ご飯作って待ってるからね」
ありがとうって言って廊下へと戻ると、なぜか小平君に羨ましがられた。
舞さん達とは少しの間だけど一緒に住んでた事もあるし、一緒にご飯なんて日常に過ぎないと思うんだけど。
普通は、違うか。
違うよな、多分、僕の感覚がちょっとおかしいんだと思う。
「あ、桂馬君」
一組へと戻ると、既に撤収が掛かっていたらしく、数人の女子と一緒にノノンの姿があった。
教室に戻った僕を見つけて、日和さんがぱたぱたと近づいてくる。
「今日も鎖で繋がらないんでしょ?」
「うん、そのつもりだけど」
「だったらさ、ノノンちゃん、借りてっていい? たまには女子会しないって誘ったんだ」
女子会。
ノノンを見ると、髪をいじりながら視線を下へ向けたまま。
彼女の変化は、多分クラス全員が知るところなんだ。
だからきっと、任せた方がいい。
「うん、僕はこのまま家に帰るから……あ、ノノンを絶対に一人にしないでね」
「分かってるって、お家に着いたら連絡するからね」
とんっと近づくと、日和さんは小声で僕を見ずに呟く。
「あとで事情教えてあげる」
返事を待たずに彼女はパタパタと居なくなり、そして教室をあとにした。
……なんだろう、心の底から、皆の優しさがありがたくて。
ただただ、静かに頭を下げてしまっていた。
§
次話『ノノンの事情 ※小春日和視点』
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