第82話 僕は、彼女との接し方を、忘れてしまった。

10月5日 木曜日 18:00


 半期報告会から半月が経過した。

 授賞式の場で言われた難題とやらは、未だお達しが来ない状況だ。

 

『準備が出来次第連絡をする。情報公開は許されていないんだ、申し訳ない』


 渡部さんからもこう言われている以上、詮索はできない。 

 難題なのだから、無理に急かす必要もないのだろう。

 それに、今はとてもじゃないけど、そんなものに挑もうと思える状況でもないんだ。


 玄関には濡れた革靴が並び、僕たちの制服も脱衣所に干されている。

 秋の冷たい雨が降りしきる花宮の街は、なんだか沈んでいるノノンの心情のように思えた。


 報告会の日以降、ノノンはふさぎ込むことが増えた。

 多分、選定者側の方で何かあったのだろうけど、その内容は秘匿される。

 だから、聞いてはいけないのだろうけど……でも、もう半月だ、気にならない方がおかしい。


「ノノン」


 濡れた制服から、モコモコした黄色と白のボーダーの家着に着替えたノノンは、ソファに座ったまま、テレビの方へと視線を向けている。テレビ画面は何も映っておらず、彼女の視線をたどると、僕が受賞した時にもらった賞状があった。


「賞状を、見ているの?」

「……」

「……あの賞状、嫌い?」

「……んーん」


 寂しそうに首を振ると、ノノンは僕の腕にしがみついてきた。

 最近ずっとこんな感じ、ふとした瞬間に元気がなくなって、気づいたら落ち込んでる。

 僕としては元気なノノンを見ていたいのに、一体全体、何が原因なのか。


§


『それで、連絡くれたの?』

「うん……ほら、依兎さんなら何があったのか分かるかなって」

『そっか……分かった、依兎さんにかわるね』


 ノノンがトイレへと向かった時を狙って、舞さんへと電話を掛けた。

 今なら鎖が外れている、話を聞かれる心配もない。

 SNSでも良かったんだろうけど、秘匿の約束を破るんだ、記録を残したくはなかった。


『よ、桂馬か?』

「ああ、依兎さん」

『ノノンの件だけど、別に気にする必要はないと思うぞ?』

「気にする必要はないって言われても……でも、現に気になっちゃってるから」

『まぁ、最近目に見えて落ち込んではいるけど、多分どうにも出来ない』

「……そんな内容なの?」

『そんな内容としかアタシは言えない。大丈夫だよ、桂馬が馬鹿みたいに、ノノン好き好き大好きって言ってれば問題解決するから』

「……こっちは真剣なのに。あ、そろそろ切るね」

『はいよ、悩み相談乗ったんだから、明日中間テストの勉強みてくれよな』


 悩み相談なんかなくても、勉強みてくれって毎日教室に来てるくせに。

 依兎さんはノノンと違って通常授業だからな、教えるのが結構大変だったりするんだけど。


「……ふみゅ」


 それよりも、今はこの塞ぎ込んでる可愛いのをどうにかしないとだな。

 トイレから戻ってきても、先ほどまでと同様にソファに座り込んで、僕の腕にしがみついた。

 鎖も繋ぎなおしたし、普段通り、ノノンから離れるって事はないのだけれど。

 

 ……一応、アドバイス通りにしてみるか。


「ノノン」

「……」

「好き好き大好き」

「……はぇ?」

「だから、ノノンのことが、好き好き大好きであって」


 きょとんとした、まん丸な目で僕を見てる。

 

「好き好き大好きだから、だから、ノノンが好きであってだね」

「……そんなにいっぱい、いわれると、ノノン、てれちゃうよ」


 お、効果あるっぽいぞ。

 ちょっとだけ頬が赤らんできた。


「でも、好きなんだ」

「けーま」

「僕はノノンしか見れない、ノノンのことを愛してるんだ」

「……うん、ノノンも、けーまのこと、あいしてるよ」

「……ありがとう」


 優しい微笑みで返されてしまうと、こっちが赤面してしまう。

 いや違う、ここで終わっちゃダメだ、振り出しに戻ってしまうじゃないか。


「ノノン」

「うん」

「最近ノノンが落ち込んでいるのが、とても気になる」

「……」

「僕にダメなところがあるのなら、言って欲しい。全部直すし、最大限の努力をするから」

「……けーま、だめなところ……なにも、ないよ」

「じゃあどうして、最近のノノンはそんなに悲しそうな顔をしているの?」


 両手を握り締めて彼女へと問うも、やっぱり返事はなくて。

 少し前は、ノノンが何を考えているのか、手に取るように分かっている気がしてたんだ。

 だけど、今の僕にはノノンが何を考えているのか、全然分からない。


 無言のままに彼女は右腕を差し出すと、僕に腕輪のボタンを見せつける。

 押して欲しい、解除して欲しいっていう、意思の表れだ。


「……腕輪、外すの?」

「……」

「今は、外していた方が、いいの?」


 静かにコクリと頷いたのを見て、僕は彼女の腕輪のボタンを押した。


『黒崎桂馬様を確認しました、開錠します』


 外れた腕輪は鎖を自動で収納し、平べったい板へと戻る。

 それを見届けた彼女は、ソファから立ち上がり、自分の部屋へと閉じこもった。

 

 権限を使えば、ノノンの部屋に入ることが出来る。

 でも、それは彼女の意に反することであり、どうにも出来ないと、そう思ったんだ。


 雨で窓が濡れている。

 あと一週間もしたら中間テストが始まり、その後は文化祭も控えているのに。

 

「……分からないな」


 ここに来て初めて……僕は、彼女との接し方を、忘れてしまった。 

 

§



10月6日 金曜日 12:15 花宮高校教室


 

「そんな理由で、今日は一日鎖を外してたんだ?」

「そんな理由って……こっちは結構深刻な問題なんだけど」


 依兎さんの茶化しでさえも、今の僕には大ダメージだ。

 これまで隣にはずっとノノンがいたのに、今はいない。 

 唇を尖らせていたら、舞さんに額をつんっと突かれてしまった。


「そんな寂しそうな顔しちゃって。ノノンちゃん、日和さんと古都さんと一緒に学食行っただけでしょ?」

「そうだけど、僕がいなくてもいなんてこと、これまで一回もなかったんだ」

「親離れする時期が来たんじゃないの?」


 親離れって、そんなの来ないし。

 二人を前に落ち込んでたら、僕をのぞき込むように一人の男が顔を近づけてきた。


「ついに、その時が来たのか?」

「上袋田君」


 無駄にイケメンになった彼は、伸び始めた爽やかな黒髪を指で掻き上げる。


「俺はいつでも狙ってるぜ? 火野上さんがフリーになる時は一番に教えろよ?」

「フリーになんてならないよ」

「そうか? 最近の彼女の心は、お前から離れているように見えるけどな」


 上袋田君ですらも、そう見えてしまうのだとしたら、やっぱり重症なんだ。

 分からない、一体僕の何がダメだったんだ……ずっとノノンしか見てないのに。

 再度、じぃっとウィンナーを咥える依兎さんを見る。


「……なんだよ」

「もう、頼れるの依兎さんしかいない」

「聞いた所で解決なんかしないし、解決方法は電話で教えただろ?」

「解決しなかったから今こうなってるんじゃないか……僕にはもう、ノノンの気持ちが分からないよ」


 馬鹿になって好き好き言って元に戻るのなら、全力で馬鹿になるさ。

 でもそんなの、正解な訳ないじゃないか。

 何がダメだったんだよ……分からないよ、本当に。

 

「ま、そんな事よりも中間テスト、そして文化祭だな」

「文化祭、桂馬君のクラスはフォトスポットだっけ?」

「……うん。舞さんたちの所は、謎解き脱出ゲームだっけ?」


 舞さんが考えた謎解き脱出とか、解決者ゼロなんじゃないかな。

 脱出できる気がしないけど、ノノンと二人で楽しめたら、それでも楽しそうなのに。


 ダメだ、二言目にはノノンがいたらってなっちゃう。

 どうしよう……もう本当に、どうしよう。


「ま、とりあえず、アレだな」

「……うん?」

「こんな所でグダってないで、学食に直接聞きに行こうか」


 ……それが一番な気もする。

 でも、本人には何度も聞いたんだよな。

 結果、今もこうして落ち込んでいる訳で。


「ほれ、行くぞ!」

 

 依兎さんと舞さんに強引に連れられて、教室から重い足取りのまま廊下へと出た。

 気が重い。ノノンの気持ちが、もし本当に僕から離れていたら。妄想だけで最悪だ。


 そんな僕が二人に連れられて学食へと到着すると。


「おんなのこいっぱい、すごいね!」

「だろ? ほら、他にもこれとかどう?」

「わ! すごいすごい! ノノン、どれにしようかな!」


 最近聞けてなかった彼女の楽し気な声と。

 クラスの男子のスマートフォンを覗き込み、花のように笑うノノンの姿があったんだ。

 

§


次話『すれ違い』

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