第81話 釣り合わない自分 ※氷芽依兎視点
※人数が増えてきたので、登場人物一覧 左が観察官、右が選定者です
§
改めて
十人中六人が集まったもんだから、他の四人も気になるのか、全員遠くから眺め始める。
聞きたかったら聞けばいい、多分、全員が該当する話だろうから。
「それで? 選定者と観察官が別れる、しかも無理にでも一緒になったらアタシ等が辛いってのは、どういう意味?」
志乃子に聞いても分からなそうだから、発言者である
狐子は前髪を下ろしながら視線を逸らす、でも、ちゃんと口は開いてくれた。
「……これはね、データを調べて、分かったことなんだけど」
「うん」
「選定者と観察官は、将来一緒になる確率が十%しかないんだって」
「そりゃまた随分と少ないね」
「でね、九十%の人たちが別れを選択してるんだけど、そのほとんどが、選定者から別れを告げているらしいの」
観察官じゃなくて、アタシ等選定者が断ってるの?
「所詮昔のデータだろ? 現にノノンや
「キンバ? ……ああ、
金馬って下の名前だったのか。
志乃子め、知らない男の名前を呼ばせるなよな、まったく。
「でもね依兎さん、観察官の人たちって、やっぱり私たちとは違うんだよ」
「違うって、何が?」
「彼らは将来を約束されてる。公務員になれたり、大学に通ったり、私たちとの三年間を活用して、さらに上にステップアップしていくの。中には有名人になったり、超一流企業で働くようになったりする人もいてね。……そんな凄い人たちの横に立てる自信、ある?」
狐子の長い前髪から覗く瞳は、思った以上に真剣な眼差しだ。
横に立てる自信があるかどうか……そんなの、マジメに考えたこと
例えば、桂馬がもしアタシと一緒になったとして、将来を考えた場合。
アタシの選定者としてのレッテルは、生涯外れることはないんだ。
見る人が見たら、アタシが選定者だって分かる。
それだけじゃない、そんな目で妻が見られる桂馬はどんな思いをするか。
……まぁ、桂馬なら「気にしなくていいよ」の一言だろうけど。
それはアイツの感想であって、どう受け止めるかはアタシ達の問題か。
そもそも桂馬の慰めものになっても良いとは思ってるけど、伴侶になるつもりはないし。
アイツだってそんなの望んでないし、なんか、考えるだけどんどん惨めになるっていうか。
あー、ダメだ、相手が悪い。
桂馬のクラスにいる
……小平は小平で、偉くなるイメージが湧かない。
うーん? そもそもアタシがアイツを好きになる想像が出来ないな。
ダメだ、無理っぽそ。
「別に、気にする必要ないんじゃない?」
結局、桂馬が言うであろう言葉に辿り着いてしまった。
でも、そんな気楽な問題じゃないみたいで。
「本当? 街を歩いてるだけで皆がその人に集まるんだよ? 家に帰っても仕事の話で、どれだけ凄い事をして、どこに行っても何をしても私は隣に立つことが出来ないとか……想像するだけで怖くて、一緒に居られないって思っちゃうよ」
「狐子は、今のその、七光って奴のことをどう思っているのさ?」
狐子はそれまでの眼差しをやや曇らせて、自分の膝小僧当たりを見始める。
「七光君は、とってもいい人だよ。いろいろな事を調べて、私が何をしたら喜ぶか考えて行動してくれてる。一番に私のことを考えてくれてるって分かる……でも、きっと七光君は卒業したら、もっと上に行く人だと思う。……好きだよ? 一緒にいて良くしてくれてるんだもん。こんな私のことを、人としてちゃんと目を見ながら対話してくれてるんだもん、好きにならない訳がないよ。でも、好きだからこそ、釣り合わない自分が嫌で、多分、絶対に変わらないから。一緒になっちゃダメって、そう思っちゃうんだよ」
……好きだからこそ、隣に立てない、か。
選定者ってのは、何かしら
確かに、そもそも生きる世界が違う人間同士をいきなり同居させて、更生をって言われても、やっぱり簡単なはずがない。狐子が言いたいのは、プログラムが終わった後、国の支援がなくなった後に、果たして隣にいて相応しい人物なのかって事を言いたいんだと思う。
無言のまま考えていると、狐子が俯きながらも続きを語ってくれた。
「今回この場所には男子がいないけど、前は
「……」
「さっき、データで調べたって言ったでしょ? そのデータにはね、観察官と選定者は九十%で別れるけど、その後、選定者同士で一緒になる確率は七十%を超えるんだって。長い時を一緒に生きていくのなら、ストレスを感じない、同じレベルでくっつく方を、みんな選んだのかなって。でも、それが正しい選択なんだって、今はちょっと分かるかなって……そう、思うの」
溜息ついちまうな。
一緒に生活していく以上、相手に合わせたいと考えてしまう。
相手は普通でも、アタシ達からしたらそれは背伸びなんだ。
ずっと背伸びしてたら、苦痛で休みたくなってしまう。
そして休むたびに、見上げなくちゃならない。
相手との差、釣り合っていない現実を、叩きつけられるんだ。
「やだ」
裏付けのあるデータ相手に、誰も何も言えずにいると。
沈黙していたノノンが拳を握り、一人眉根を寄せながら反論を始めた。
「ノノン、けーまといっしょになれないの、やだ」
「……火野上さんの相手は、黒崎君、だったよね」
「けーま、やくそくしてくれた。いっしょう、いっしょにいるって」
「黒崎君がどんどん上に行ってしまっても、貴女は平気なの?」
「わからない、わからないけど、やだ」
「……やめておいた方がいいと思う。最終的に傷つくのは火野上さんなのよ?」
狐子の口調はとても優しい、でも、その言葉はとても優しい切れ味の鋭いナイフだ。
痛くないように切り付けて、一番大事なものを切り離そうとする。
それが分かるから、ノノンは泣くんだ。
「けーま、いっしょじゃないなら、いきてるいみ、ない」
「……火野上さん」
「けーま、ノノンいらないっていうなら、ノノンはもう、いきていられない」
ぽろぽろ泣きながら、ノノンは想いを言葉にした。
バカみたいにまっすぐな気持ちを、世間じゃメンヘラとか、ヤンデレって言うんだろうね。
でも、アタシ達みたいな〝終わってた人間〟からしたら、それぐらいの心意気じゃないとダメなんだ。
「アタシも、ノノンの意見に賛成だね」
「依兎さんまで……でも、依兎さんは、好きな人とかいないんでしょ?」
アタシの相手が舞ってことも、知ってるんだろうね。
そう考えると、そもそもこの議題の壇上にすら上がれてないって思われそうだけど。
でも、やられっぱなしは性に合わないんでね。
足を組みなおして、組んだ腕の指を一本だけ立てながら語る。
「そりゃ好きな奴の一人や二人ぐらいいるさ。将来ソイツが大物になるんならさ、支える必要なんかなくね? だってソイツは凄いんだろ? だったら楽すりゃいいだけじゃん。ソイツが稼ぐ金で将来設計すればいい。ダメになったらパートでもして働いて、その時支えてやればいい。今にとらわれないで未来を一緒に見据える、夫婦ってのはそういうものなんじゃないの?」
ははっ、どの口が言ってるんだか。
自殺しようとしてたアタシの口に、どれだけの説得力があるのか分からないけど。
でも、ノノンが泣くところは、あまり見たくないんだ。
「こんな感じ、志乃子もさ、金歯……じゃなかった、福助ってのに全力アタックしてこいよ」
「依兎…………うん! 分かった! さっそく今日、寝床襲ってみる!」
おお、このワガママボディ、発想力とんでもないね。
さすがのアタシでも寝床は襲わなかったぞ?
青い瞳キラキラさせて、無駄に吸い込まれそうだ。
「でもまぁ……それは辞めといた方がいいだろうね。志乃子は金髪碧眼のナイスバディだから、襲われたら一発で落ちて、そのまま体目当てになる可能性が高いよ?」
「大丈夫! 金馬君もイケメンだから!」
へー、そんな男なんだ。
イケメンだから大丈夫って話でもないと思うけどね。
と思ったら、隣に座る小町ちゃんが、口に指をあてて、疑問符を顔に浮かべた。
「福助君……ぽっちゃりのお饅頭、だよ?」
「そこがいいの! 小町は分かってないなぁ!」
うーん……美的感覚は人それぞれって事か。
何はともあれ、何事もなく報告会が終わりそうで、何より何より。
だったんだけど。
§
「ノノン! 見て! 僕、最優秀保護観察官として表彰されたんだ!」
報告会の後、合流したアタシ達の前に、でっかい賞状と花束を持った二人がいて。
「けーま……おめで、とう」
「ノノン? どうしたの?」
「ううん、なんでも、ない」
多分、ノノンの中にも、僅かな溝が生まれちまったんだと思う。
狐子が言っていた釣り合わない自分。
相手が上に行けば行くほど、それは明確になってしまい、アタシ達を襲うんだ。
「ノノン、狐子の言葉、気にするなよ」
「……うん」
ったく、無駄な知識与えやがって。
何もなければ「けーま! すごいね!」だけで済んでたのに。
いろいろと助けて貰ったんだ、何かあったら助けてやらないとだな。
§
次話『僕は、彼女との接し方を、忘れてしまった。』
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