第80話 お前、いま幸せか? ※氷芽依兎視点

「今回、観察官は成績発表があるけど、私たちの方は単なる交流会だから」

「そうなんですか。まぁ、選定者の成績発表とか、どうやって査定してんのって感じではありますけどね。ワースト一位はアタシでしょうし、無くて良かったです」


 埼玉担当の水城みずきさん。

 指輪もしてないし、おっとりとした感じだけど、多分この人結婚してる。

 仕草とか、雰囲気とか、男に対する接し方とかで、何となくだけど。


「そういや、綺麗きれいって人がいるんだろ? ノノン、どんな人か見れば分かる?」

「うん。きれいは、おおきいから、すぐわかるよ」

「大きいか……太ってるって事かな」


 選定者ってのは、基本的にまともな生活を送っていない人間ばかりだ。

 病的に痩せているか、豚みたいに肥えてるかの二択と言っていい。


 けれども、既に保護観察が始まって半年。

 肉体変化があってもおかしくはない時間が経過しているけど、それでも分かるものなのかね。

 目の前で揺れてる大きいのも、これ以上成長するのかな? ちょっと触っておこっと。


「ノノンのも大きいよな」

「あ……だめ、ノノンのおっぱいは、けーまだけなの」

「そう言うなって、こんな大きいの、触らないなんて損だぜ」

「だめ、だめなの。よりと、ノノンおこるよ!」


 可愛い顔を膨らませても、より可愛くなるだけで。

 喋らなかったらこの子が選定者だなんて、誰も思わないだろうな。

 それだけに、過去が凄まじいのは、アタシも理解してる。

 自分以上の人間がいるだなんて、想像もしたこと無かった。

 

「ノノン」

「うん」

「お前、いま幸せか?」

「……うん。けーまとであってから、ずっとしあわせ、だよ」


 信じられるか? 地獄の底を歩いてきた人間が、こんな優しく笑える未来が来るんだぜ?

 青少女保護観察とかいう連中を、最初はうとましい奴らだと思ってたけど。


「そうだな、桂馬けいまは凄い奴だもんな」

「うん……とったら、だめだよ?」

「とらねぇよ、とったらルルカに殺されそうだ」


 凄いことしてる奴等なんだなって、今なら思える。

 アタシの最初の観察官も、本当はこうしたかったんだろうな。


「ノノンちゃん!」


 会場に入るなり、背の高い女が一人駆け寄ってきた。

 最初のノノンの感じじゃ巨漢ってイメージだったけど、そこまでじゃなくね?

 痩せてはいないが、大柄な女って感じ。

 

「きれい! ひさしぶりなの!」

「久しぶりだね! ノノンちゃん何にも変わらない!」

「きれいは、ほそくなったね!」

「ありがと! 引き締まったって感じかな、実は、体重はあまり変わってないんだ」


 完全に日に焼けてて、どこかの国でカカオとか作ってそうな風体してる。

 贅肉が筋肉に変わったのか、そりゃよっぽどの努力をしたんだろうな。

 へぇーって感じで眺めていると、向こうから手を差し出してきた。


「貴方が、四宮しのみやの次の選定者?」

「四宮?」

「ああ、そっか、知らないか。椎木しいらぎさんの選定者ってこと」

 

 そういう事になるのかな? っていうか、まいの前の奴とか聞いたことないし。

 

「ああ、氷芽こおりめ依兎よりとだ。アンタが綺麗さん?」

「ええ、諸星もろぼし綺麗よ。黒崎くろさき君と椎木さんには、とてもお世話になったから、是非と貴女とも仲良くしたいと思ってね」

「……アタシも、桂馬と舞には相当にお世話になった。もう、返しても返しきれないほどにね」


 あの二人がいなかったら……ううん、ノノンも合わせた三人がいなかったら、アタシは今ここにいない。お父さんが亡くなっていた事にも気づかずに、延々と送金だけして、自己満足だけして人生が終わってたかもしれないって思うと……ちょっと、怖いかもね。


「良い顔してる」

「……は?」

「私、依兎さんとお友達になれそうな気がする」

「……そりゃどうも」

「私もね、前は短気でさ、ノノンちゃんにも怒鳴っちゃったりしてたんだ」

「そんな感じには見えないね」

「黒崎君と神崎かんざき君に、叩き直されちゃったから」


 ピンっと、何か引っかかる所を感じた。

 ノノンに聞かれないように、そっと耳打ち。


「アンタ、桂馬に惚れたクチだろ?」

「……分かる? でも、今は違うよ。ちゃんと振られたし、そもそも間違ってるって教えてくれたしね」

「振られたって、告白したんだ?」

「無謀だよね。黒崎君、ノノンちゃん一筋なのにさ」

「……いや、大したもんだよ」

「……もしかして、依兎さんも?」

「……そんな感じ。アタシも諦めてるけどね」

「振られた者同士、仲良くできそうね」

「そうだな」


 グーにした手を差し出すと、綺麗さんもこつんと拳を当ててくれて。

 アタシの人生、まだまだ捨てたもんじゃないなって、改めて思えるよ。


「ノノンも、なかまにいれて!」

「はいはい、アンタを入れないと桂馬に怒られるからね」

「ノノンも! ぐーたっち、するの!」

「はいはい」


 三人でグーにした拳をこつんと合わせると、なんだかちょっと照れ臭かった。

 友達か、これまで一人もいなかったし、欲しいとも思わなかったけど。

 ……案外、悪くないかもね。


「ねぇ、貴女が火野上ひのうえノノンさん?」

 

 急に知らない女が話しかけてきたけど。

 態度から察するに、ノノンも綺麗も知らないって感じだな。

 眼鏡かけた委員長タイプに見えるけど……精神関係かな、長袖で腕見えないようにしてるし。

 他にも二人、偉そうにふんぞり返ってるのと、小さいのがその女にくっついてる。

 

「ノノンはこいつ、急になに?」

「ごめんなさい、貴女、観察官と鎖で繋がれてるんでしょ? ……選定者は基本的に何も断れないけど、嫌だったら担当課員に伝えた方がいいよって思って……」


 この子、長い黒髪で目を合わさないようにしてる。

 対人恐怖症、でも、精一杯頑張って話しかけてる辺り、改善されてるのかな。

 どいつもコイツも、保護観察官の努力が垣間見れて、泣けてくるね。


「大丈夫、アタシも鎖で繋がれてるけど、そんなに悪い気はしないよ?」

「ああ、私も神崎君と繋がってるけど……むしろ嬉しいだけだよね」


 綺麗さんも繋がってるのか、神崎ってのもいい男っぽいな。

 ってゆーかこの感じ、綺麗さんめ、神崎って男に惚れてるな?

 視線に気づいたのか、頬を赤くしちゃって……まぁ可愛いねぇ。イジリ甲斐がありそ。


「そうなの? 七光ななひかり君は、これは絶対にダメだ、愚策だって言ってたから……」

「へぇ、まぁ、読み取り方次第じゃないかな。っていうか、名前、どうやって知ったんだよ」


 選定者は基本的に選定者同士の情報が公開されない。

 だから初対面の場合、本当に初見って感じなんだけど。


「……七光君は全員分の日報を読んでて、私にも読ませてくれるから」

「読ませていいのかね……まぁいいや。ちなみにアタシは氷芽依兎、アンタは?」


 胸元の薄い眼鏡の子は、おどおどとしながらも、髪をかき上げ素顔を晒した。

 

佐塚さつか狐子きつねこ……」


 火傷? 頭から左目、更には鼻のほうに掛けて皮膚がノノンの背中みたいになってる。

 虐待もあったのかな? やだやだ、酷いのばっか集まってるじゃん。


「アタイは白雪しらゆき志乃子しのこ! 観察官は金馬きんば君だ!」


 ふんぞり返ってるのが急に喋りだした。

 外跳ねの長い金髪、瞳が蒼いけど、もしかしたらハーフかも?

 名前が純和風だから、それはないか。

 んー、空気読めてなさそうだから、コイツは多分イジメかな。

 背が高くて無駄にナイスバディって感じだけどね。


 っていうか金歯って誰? 金歯……虫歯の治療かな?


「ウチ……元毛利もともうり小町こまち……です」


 その金歯……じゃなかった、白雪の陰に隠れてる小さいのが、小町ちゃんか。

 黒髪のおかっぱ、身長140センチくらいしかないんじゃないかってぐらいに小さい。

 しゅんってしてて可愛い、なんで選定保護されたのか分からないレベルだ。

 

「ノノンは、ノノンだよ!」


 喋らなければ一番選定保護理由が分からないのが、元気いっぱい挨拶してくれた。 

 多分これまでの会話も理解してないだろうね、なんか嬉しそうにしてるし。


「きつねこ、しのこ、こまち! ノノン、おぼえた!」

「あ……あの、えっと」

「きつねこ、ノノンといっしょに、おはなし、しよ!」

「う、うん……」


 あー、こりゃ完全にノノンのペースにはまってるな。

 このまま適当に時間潰して、終わりでいいか。


「なぁ、依兎」


 と思ったのに、ふんぞり返ってる志乃子ってのが話しかけてきた。

 しかも呼び捨て。ノノンが呼び捨てにしてるからかな……まぁ、いいけど。


「なに?」

「お前ら、プログラムが終わると、選定者と観察官が別れるって話、知ってるか?」

「……選定者と観察官が別れる?」

「アタイも狐子から聞いたんだけど……」

「とりあえず、アタシは知らないね。綺麗さんは?」


 話を振ると、綺麗さんは返事をしないままに、静かに頷いた。

 知ってるのか、じゃあそれなりに知れ渡ってる話なんだろうね。


「でも、アタイ、金馬が大好きでさ。どうすればいいかなって悩んでるんだ」

「金馬……観察官だっけ。いいんじゃない? 好きなら猛アタック掛けとけば」

「でも、それはダメなんだって、狐子から言われてるんだ」

「……どういう意味?」

「選定者と観察官は、違うから。最終的に苦しむのはアタイらだから、ダメなんだって」


 適当な悩みかと思ってたけど……結構真剣な話らしい。

 志乃子さん、目にいっぱい涙を溜めてる。

 ……じゃあ、ちゃんと聞いてあげようかな。

 

「いいよ、話したいことがあるなら、全部聞いてやるよ」


 このアタシが人の悩み相談とか。

 桂馬が聞いたら驚くだろうね。


§


次話『釣り合わない自分』

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