第78話 受賞者発表。

『お待たせしました……成績発表、及び表彰式へと参ります』


 これまでの人生で、表彰された事なんか一度もない。

 壇上に上がるのはいつも〝誰か〟であって、それは僕じゃないんだ。

 

 憧れが無いと言えば嘘になる。

 でも、表彰者をねたむほどに努力をしていないのだから、諦めしかなかった。

 買っていない宝くじを悔しがるような、愚か者にはなりたくない。


 今回だってそう、僕の名前が呼ばれることはない。

 ノノンを鎖で束縛し、四宮しのみや君を激昂させ、依兎よりとさんを自殺未遂に追い込む。

 これのどこに褒められる部分があるよ。


 隣を見れば、自信あり七光ななひかり君の顔があった。

 他の人のいい部分だけを取り入れてる、とか言ってたもんな。

 

 さっきは彼の手法はダメだって思ったけど、それだって選定者の為を思って行動したに過ぎない。多分だけど、彼も僕と同じ奥手の人間なんだ。自分じゃ異性に対してどう接していいのか分からない、だから調べる選択をして、他での成功策を真似していく。 


 それはきっと間違いじゃない。

 正しい選択肢の一つだ。


『では、法務大臣特別賞の発表を行います。宮ノ内みやのうち法務大臣、壇上にお願いします』


 え、法務大臣が来てるの?

 テレビでも見たことあるけど、生で見るのは初めてだ。


 何人ものSP警備員に護られながら、髪型をシニヨンお団子にまとめた女性が檀上へと上がる。

 淡いベージュ色のスーツに身を包む、物腰柔らかそうな女の人だ。

 特に何か喋るでもなく、大臣は僕たちに一礼する。

 

『では、発表します』


 スクリーンに映る全国の観察官も、皆が武内ぶない本部長へと注目する。

 もしかしたら自分が、そんな気持ちが、どうしても湧いてきてしまうのだけど。




『半期保護観察官報告会、法務大臣特別賞受賞……椎木しいらぎまい観察官』




 ――――!!!!


 皆の注目が一斉に舞さんへと集まった。

 当の本人も顔を真っ赤にしながらも、それでもきちんと背筋を正して前を向く。


『名を呼ばれた観察官は、前へ』

「はい」


 何故だろう、僕が名前を呼ばれた訳ではないのに、心臓が痛いくらいにドキドキする。

 なんていうか、知り合いが受賞するって心の底から嬉しい。

 純粋に、力いっぱい拍手したくなる。

 まだ、みんな静かにしてるからしないけど。


 法務大臣と正対すると、舞さんは一礼する。


『青少女保護観察官、椎木舞殿、貴殿の保護観察官としての柔和な振る舞いは、他の者への模範となるべきものでした。度重なるアクシデントにも耐え、選定者との前向きなコミュニケーションを諦めない貴殿の姿勢は、表彰に値すると判断し、ここに法務大臣として、特別賞を授与いたします』


「ありがとう……ございます」

 

『頑張ったわね』

  

「……はい」


 舞さん、多分泣いちゃってるんだ。

 でも、その涙は四宮君の時とは違う。

 彼女の努力の成果、そうとしか言えない。


 万雷の拍手は、彼女の涙をもって迎え入れられるものだ。

 誰よりも努力し、誰よりも誠実に対応したのは、舞さんしかいない。


 賞状と胸にリボンを付けた舞さんは、鳴りやまない拍手の中、僕たちのもとへ戻る。

 

「良かったね舞さん!」

「うん……桂馬けいま君、桂馬君……!」


 泣き顔のまま、舞さんは僕の胸に飛び込んできた。

 しっかと受け止めて、僕も舞さんのことを抱きしめる。


「ありがとう……本当にありがとう」

「舞さんの努力の成果だよ。前に言ったでしょ、誰よりも見てるのは舞さんだって」

「……うん、本当だった。全部、本当だったね……」


 舞さんが報われて良かった……本当に。

 しばらくして拍手が鳴りやむと、舞さんも「ごめんね」と言いながら僕から離れる。

 謝る必要なんかないし、むしろ受け止めたのが僕なんかでゴメンって感じだ。


『こんなにも喜んで頂けると、表彰し甲斐があると言うものです』


 コミカルな笑いを含ませると、武内本部長は次へと切り替える。


『さて、続きまして優秀賞の発表となります。宮ノ内法務大臣より表彰されますので、大臣はそのままでお願いします』


 壇上を降りようとして、あら? まだだったのね。といった感じに檀上へと戻る。

 意外な一面が見れた気がして、なんかちょっと可笑しかった。


「次は黒崎くろさきかもな」

「それはないでしょ」


 神崎かんざき君の茶化しに、眉を下げて首を振る。

 舞さんは事件の当事者だ。

 保養所での涙を知る身としては、彼女が最優秀賞であってもおかしくない。


 優秀賞か、一体誰が選ばれるのかな。

 壇上の武内本部長が溜めに溜めてくれたお陰で、会場を必要以上の沈黙が支配する。


『では、発表します』


 この緊張感は、多分慣れることはないな。

 ついさっき舞さんの発表が終わったのに、すでに手に汗握ってしまう。


『半期保護観察官報告会、優秀賞受賞…………大阪、番場ばんばほむら観察官です』


 番場焔観察官。

 聞いたことのない名前だけど、スクリーン上で悲鳴のような歓声が巻き起こっていた。

 

『やったなぁ番場ちゃん!』

『おおきに、おおきになぁ!』

『今度タコ焼き奢ってぇ!』

『ええでぇ! 粉モンたらふく食べさせたる! 覚悟しぃや!』


 赤黒い髪を内巻きにカールした、活発な、それでも可愛い系の女の子だ。

 特別賞と優秀賞、両方とも女の子のダブル受賞か……でも、なんか凄い人気者だな。


「僕の予想では、彼女が最優秀賞だったんですけどね」

「七光君……」


 隣に立っていた彼は、腕組みしたままスクリーンから視線を外さずに語る。


「報告書を見ましたが、彼女が抱えている選定者の背中には、一面に入れ墨が刻まれていたそうです。多分ハグレ者、選定保護という形でグループを抜けた彼に制裁を加えるべく、番場さんと選定者は何度も襲われたと書かれてありました。警察、保護観察課の面々と協力して、選定者を今も護り抜いているらしいですよ」


 背中に入れ墨、そんな選定者もいるのか。

 しかも番場さんは女の子だ、か弱そうな彼女がハグレ者を護り抜く。

 一体どれだけ苦労したのか、想像も出来ないな。


「後で報告書を見ることをおススメするよ」

「うん。でも、どうして急に?」

「下の人間にアドバイスを送るのは、上の人間の務めさ」

 

 保護観察官に上も下もないだろうに。

 今回の表彰だって功労賞みたいなものなんだから。


「それに、黒崎くろさきと仲良くしないと、また空舘そらたちに怒られる」

「三人、仲良さそうだもんね」

「……まぁね。さて、最後の発表だ、身だしなみを整えておかないとかな」


 見れば、番場さんの表彰式も終わり、檀上には武内本部長のみとなっていた。

 照明が落ち、映画が始まる直前のような、妙な静けさが会場を包み込む。


 それは他の会場も同じで、先ほどまであれだけ賑やかだった大阪会場ですらも、水を打ったように静まり返っていた。 


『では、発表します』 


 スポットライトが、檀上の武内本部長を照らし上げる。

 先の二つと違い、会場にてドラムロールが打たれ始めた。

 乱打される音と共に、僕たちの心臓も高鳴りを覚えていく。

 

 もし、僕が受賞したら、ノノンは喜んでくれるだろうか。

 真夏の太陽みたいな、ヒマワリみたいな笑顔で、すごいねって言ってくれるだろうか。

 

 それが見られるのだとしたら、その為だけでも、受賞したいと僕は思う。

 ノノンの相方は、大好きな人は、こんなにも凄い人なんだぞって、思って欲しい。


 だから、今になって願う。

 僕の名前が、呼ばれますように。




『半期保護観察官報告会、最優秀賞受賞者はッ!』




 たっぷりと、たっぷりと時間を溜めて、壇上の武内本部長は周囲を見る。

 スクリーンに映る観察官一人一人を、会場にいる僕ら全員を。


 そして、泳ぐ本部長の目が、僕を見ながら止まった。

 上がる口角と共に、受賞者名が書かれているであろう、手にした紙を畳む。

 マイクへと口を近づけ、叫ぶようにしてこういったんだ。




『埼玉、黒崎桂馬観察官ですッ!』


§


次話『捕食者の目』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る