第76話 懐かしい顔と、新しい顔。

 青少女保護観察官、半期報告会。


 ホテルの大広間を借り切ってのそれは、テーブルの上に美味しそうなオードブルが並ぶ、立食パーティの形式へと変わっていた。煌めくシャンデリアの下、グラスを片手に談笑するのは、やっぱり学生服姿の保護観察官たちであって。


 大人な場なのに学生がメインの違和感、そこに自分がいるという事実。

 なんだかちょっとだけ場違いな気がして、もどかしい感じで背中がもぞもぞする。


「おお、黒崎くろさき! それに椎木しいらぎさんも!」

神崎かんざき君、保養所ぶりだね!」

「本当、マジで久しぶりだな……にしても、随分と真っ白なこって」


 場違いな場でも、顔見知りがいれば落ち着くことが出来る。

 色黒になった神崎君は腰に手を当てながら、いつもの笑顔で感想を述べた。


「マンションから出る必要がないからね、夏休みのほとんどを家にいたよ」

「もったいねぇなぁ、夏と言ったらアウトドアだろ? 火野上ひのうえさん連れて山なり海なり行けば良かったのに」


 海とか山とか連れていけたら良かったのだろうけど。

 夏休み初めから保養所で缶詰にされて、その後は依兎よりとさんの一件で丸潰れ。

 残る夏休みは山のように残った宿題だけで終わっちゃったんだよね。

 

 海とか連れてったら喜んだだろうけど。

 ま、それは来年のお楽しみってことで。

 

「そういや椎木さん、四宮しのみやの次の選定者、結構大変だったんだって?」

「……いろいろとね。私一人だったら今も大変なままだったと思うわ」

「報告書を読んだが、黒崎と火野上さんが頑張ったみたいだな」

「ノノンっていうか、ルルカだけどね」

「ルルカってぇと、あの四宮を投げ飛ばしたって奴か」


 ルルカはあれから一度も表に出てきていない。

 表に出るような事があってはいけないのだと思うけど、全くゼロなのも少し寂しく感じる。

 

――アタシとノノン、どっちかって言われたら、どっちを選ぶんだ? ――


 あの質問の意図を考えるに、彼女が完全に消えるってことは無いと考えるべきだ。

 ノノンの中にルルカがいる以上、彼女との付き合い方も考えながら行動すべきなのだろう。

 今朝の依兎さんの一件とか、ルルカにバレたら大変なことになりそうだ。

 

「……あ、ちょっと外すわね」


 スマートフォンを見たまいさんが、ぱたぱたと会場を後にする。


「何かあったのかな?」

「トイレだろ? それよりも黒崎、椎木さんとの同居生活、どうだったんだよ」

「どうって言われても……報告書に載せた通りだよ」

「初日から裸で家を破壊してたって奴か? 残念だよな、何もなければ楽しめただろうに」


 僕の報告書に依兎さんの詳細は載せた記憶はないけど……舞さんが載せたのかな?

 この場における会話は選定者には秘匿されるから、別に喋ってもいいんだろうけど。

 なんとなくね、依兎さんが悲しみそうだから、沈黙を選択する。


「失礼、黒崎君と神崎君でいいのかな?」


 飲み物を口に運んでいると、僕たちに話しかける声があった。

 見れば制服、前回も同席していたと思うけど、残念ながら名前は憶えていない。

 どうもと会釈をすると、相手から自己紹介をしてくれた。

 

「前回もご一緒してたんだけど、喋る機会がなかったものでね。僕の名は七光ななひかり五条ごじょう。こっちは福助ふくすけ金馬きんば、もう一人が空舘そたらち秋斗あきと。各々栃木、茨城、群馬の保護観察官さ」


 七光君、目にかかる程度の長めの七三、僕よりも背が高く、神崎君よりも低い。中肉中背、痩せてもないし太ってもない、標準って感じの子だ。前回も軽く挨拶だけした記憶があるけど、この三人はすぐに仲良さそうにしてたから、ちょっと距離を取ったんだっけ。


「紹介に預かりました、福助金馬です。福ちゃんでも福助でもどちらでもお好きに呼んで下さい。観察官って後に付けられると、ちょっと恥ずかしいので、それは勘弁で」


 福助君はぽっちゃり系の男の子だ。お腹周りがたぽんって感じがして、雰囲気的に優しそう。頭は坊主、多分バリカンで済んじゃう系かな。細い目をしてるけど、謀略系キャラじゃなくて、多分目を開いても怖くない系な感じだと思う。


 そして最後。


「空舘です……よろしく」


 空舘秋斗君、差し出された手に拳ダコが出来ていて、間違いなくボクサーか何かをやっていたんだと思う。角刈りにどこか角ばった感じの肉体は、脱がなくても分かるくらいに絞られていて。……でも、だからこそ分かる。彼も神崎君と同じ、夢を諦めた一人なんだ。


「黒崎桂馬です、こちらこそ宜しくお願いします」


 三人と握手をし終わると、七光君が会場の扉へと視線をやった。


「先ほどまでいたのが、神奈川の椎木舞さん、ですよね」

「うん、今は何か呼ばれたのか、席を外しているけど」

「彼女、可哀想ですよね」


 舞さんが居なくなった扉の方から視線を外さずに、七光君は可哀想と言った。


「可哀想……ですか?」

「だってそうでしょう? 一人目は選定偽証者、二人目はリタイア者、ハズレをあてがわれてしまったんだ、可哀想以外の何者でもない。僕が彼女だったら担当を怒鳴りつけてる所ですよ」


 どこに寄りかかるでもなく足を崩し、彼は周囲にいる観察課の大人たちを睨みつける。


「僕たちは貴重な高校三年間を潰して保護観察に臨んでいるんだ、それなのに選定偽証なんて、完全に保護観察課、強いて言えば国のミスじゃないか。リタイアだってそう、事前調査と教育が足りてないから発生するんだ。もっとちゃんとやって欲しいものだね」


 七光君の言葉に、福助君も「そうだよね」と同意する。

 言われてみればその通りなんだけど、なんとなく、同意出来ない自分がいた。

 

「僕がハズレじゃなくて本当に良かったよ、黒崎君もそう思うだろ?」

「……内容はともかく、ハズレって言葉は良くないと思うよ」


 四宮君はともかく、依兎さんは事情あってのことだ。

 彼女のことを何も知らないままに〝ハズレ〟呼ばわりするのは、ちょっと気に入らない。


 ピリッとした空気が一瞬張り詰める。

 目にかかる髪をかき上げながら、表情を歪めながら彼は続けた。

 

「そうか、あのハズレを黒崎君も兼任してたんだっけ、裸を見て同情しちゃった感じかな?」


 イラっとした。

 一歩近づこうとした瞬間、神崎君に腕を捕まれる。


「まぁ待てって、観察官同士での喧嘩なんかご法度もいいとこだぜ?」

「七光も止めておけ、お前のことは好きだが、そういう所は直した方がいいと思うぞ」


 神崎君が僕を抑えたように、七光君のことを空舘君が抑える。

 うん、この僅かな対話で理解したよ。僕、こいつ嫌いだ。


§


次話『明かされるポイント制度』

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