第73話 愛してる、けーま。

 我が家のサウナ、日和さん絶賛の個室サウナは結構広く、大人が十人は余裕で入れる広さを誇っている。正面の耐熱ガラス内にテレビも備え付けられていて、温度系に湿度計もあり、座る場所も上下二段。その形式はまさに温泉スパにあるサウナそのものだ。


 日和さんは温泉スパでは出来ない、座る場所で横になってサウナを楽しんでいるのだと、古都さんから聞いたことがある。サウナの中で寝るのが夢だったんだ~、寝るだけでダイエットとか最高だよね! と言いながら横になって、誰かの太ももを枕にして寝るんだとか。


「ひよりはね、ノノンの太ももがすきなんだよ」

「へぇ、そうなんだ」

「うん。でも、ひよりのかみ、あっついってなってるから、ノノンちょっとにがて」


 サウナの温度は九十度だからね、濡れた髪も時間が経てば熱湯だ。

 ノノンの足にまで火傷が出来ないか心配になるよ。

 

「ばすたおる、まくの?」

「うん。サウナに入る時はタオル一枚持って入るけど……女子は使わないの?」

「ノノンたちは、そのままだよ? あたまにタオルまくけど、それだけ」

 

 そのまま、つまりは裸のまま、という意味だろう。

 我が家のサウナは浴室からしか入ることができない。

 つまり言い換えれば、裸で入るのが正しい入室方法だとも言っているに等しい。


 とはいえ、僕はさすがにサウナでまで目をつむっていたくもない。


「バスタオル体に一枚巻くこと、これが条件」

「たおる。わかった!」


 温泉スパとかだと腰に一枚タオル置くけど、女子は使わないのかな?

 髪を抑えるタオルのみか、女子のサウナスタイルとか気にしたことなかったや。


「けーま」

「うん」

「はい、ぬがして」

「うん?」


 赤くて長い髪を持ち上げたノノンは、こちらに背を向け、肩幅に足を開いて固まった。

 脱がすの? 僕が? 

 これまで一緒に何回かお風呂入ったけど、脱がせたのは最初の一回っきりだぞ?

 しかもあれは強引に脱がしたから、脱がし方なんて微塵も覚えてない。


「いや、服は……」

「……ぬがして」


 見れば、ノノンの耳が真っ赤に染まっている。 

 それはもう、こじんまりとした耳朶までしっかりと染まっているではないか。

 

 恥ずかしいんだ。

 でも、僕に脱がして欲しいとお願いしている。

 甘えなのか、僕にだけそういう事をして欲しいと願っているのか。

 

 なら……僕も少しは応えないと男じゃない。

 恥ずかしいという感情を持ったノノンが僕に脱衣を求める。

 それはとても勇気のいることであり、彼氏彼女の関係ならして当然のことなんだ。


「じゃ、じゃあ、脱がすよ」


 ノノンは無言のままコクリと頷く。

 一度深呼吸をして、ゆっくりとノノンの重ね着していたシャツの裾に触れる。

 

 これまで幾度となく触れたはずなのに、彼女の服に触れる感触が、なんだかヤバイ。

 自発的に脱いでいるのを見るのと、僕が脱がすのでは全然違うんだ。


 でも、脱がさないと、何もかも始まらない。

 体温が残るシャツを親指と人差し指、中指の三指でつまむと、それをゆっくりと持ち上げる。

 

「……んっ」


 途中、シャツが引っかかってしまって、彼女の脇腹に指が触れた。

 それだけでなまめかしい声を上げて、身をよじらすんだ。


「ご、ごめん」

「いいの。けーまだけ。ぜんぶ、いいの」


 あらわになっていく彼女の背中を、僕はこんなにも間近で見たことがあっただろうか。


 思えば、どこに行くにも長袖を着用していて、一緒にお風呂に入る時には目をつむり、どんなにラフなスタイルであっても、背中をしっかりと見た記憶はあまりない気がする。


 右肩から背中にかけて残る火傷の跡がとても目立つけど、それ以外にも彼女の背中には傷が多数残されていて。でも、左肩付近とか、背骨に沿った部分とか、肩甲骨の内側とかは綺麗なまま。とても肌触りが良くて、すべすべとした感触と、暖かな体温が心地いい。


「両手を、挙げてくれる?」

「……うん」


 一番上まで持ち上げたシャツを、彼女の腕から抜けるように脱がす。

 髪の毛が暴れて彼女の背中を覆い隠すようにするけど、でも、きっと見て欲しいんだ。

 ノノンは脱衣所に置いてあったゴムで髪をまとめると、それまでのように背中を僕に晒した。

 

 細くてスタイルのいい背中を見ているだけで、胸がドキドキしてくる。

 上半身に残るは、白いブラジャーのみ。

 肩紐のついたそれは、彼女の大きな胸を支える重要な役割を、今も果たしている。


「ブラ、外すね」


 返事もないし頷きもしない、でも、それを僕は肯定と判断した。


「……あれ? なんだこれ」


 ブラジャーの三段ホックを外そうとするも、なかなか上手くいかない。

 引っ張っても摘まもうとしても、全然取れる気配がしないんだ。


「もっと、つよくても、へいき」


 ノノンに言われて気づく。

 傷つけてはいけない、そんな気持ちがあってか、力を入れるのをどこか拒んでいたのだろう。

 かぎ爪のようなホックの上をぐっと持ち上げて、輪の方を下げると、それは一気に外れた。


 純粋無垢な、何もない背中を前にして、生唾を飲む。


 背中に残るブラジャーの跡が、僕の目を引いた。

 なんとなしに、それを指でなぞる。


「くふふっ、くすぐったい」

「ごめん……もしかして、このブラジャーってサイズがあってない、とか?」

「ん-ん、こんなものだよ」

「そ、そっか」


 無知なんだなって、改めて思い知る。

 肩ひもを外してあげると、ノノンは下着を手に取って、簡単に畳んで脇に置いた。

 

「……下も?」

「……うん。きょうは、きれいだから」


 今日は綺麗の意味が僕にはよく分からないけど、彼女が言うんだからいいのだろう。

 色白の肌を若干締め付けるハーフパンツとショーツの間に、指を入れる。

 女の子のお尻ってとても丸くて、触ると弾力があって、ぷるんとはじき返してくるんだ。

 鷲掴みにしたら多分、全部の指が幸せで溶けちゃうような、そんな感じがする。


 太ももまで下げると、ハーフパンツは自然と床まで落ちてしまった。

 それを見たノノンは、僕にお尻を突き出すようにしゃがんで、それを拾う。

 瞬間、彼女のお尻が僕のとぶつかって。僕は自分を悟られまいと、一歩後ずさった。


「けーま……」

「気に、しないで。ノノンが魅力的なだけだから」

「……うん」

 

 嬉しそうに、とても嬉しそうに目を細めて笑顔になるんだ。 

 性的欲求を持ってくれる。それだけでも、ノノンからしたら喜ばしいことなのだろう。


 これまでがそうだったから。

 自分と相手を繋ぐものが、それしかなかったから。

 ある意味、彼女の最大の武器だから。


「下着も、脱がすからね」


 返事はない、でも、今度は無言で頷く。

 両手で自分の肘を握るようにし、ノノンは僕へと再度、背中を向けた。

 白い下着へと指を入れると、それだけで彼女の過去が垣間見える。


 火傷のあと、タバコを押し当てられた無数の跡が、僕の目に飛び込んでくるんだ。

 ここから先は、性的欲求の極致。

 醜い大人たちの願望を生身で受け止め続けた、ノノンの過去がある。

 

 下着を下げるだけで、無数の傷跡が目に飛び込んでくるんだ。

 きっと治らない、この傷跡は一生涯残り続ける。


 日和さんが泣いてしまったほどに。

 依兎さんが怯えてしまったほどに。

 古都さんが驚いてしまったほどに。


 多分、諸星さんや舞さんも、ノノンを見て驚いたのだろう。

 彼女を見た誰もが驚き、悲しみ、憐みの目を向けてしまう。


 何を言えばいいのか、どんな言葉が一番喜ばれるのか。

 触れないことがいいのか、どのように触れればいいのか。

 

 そういった悩みでさえも、きっと彼女の心を傷つけてしまうんだ。

 だから、これらの逡巡を一瞬で終えて、僕は彼女の下着を下までおろした。

 

「……けーま」


 きっと、言葉なんていらない。

 愛くるしい姿になった彼女を、後ろから抱きしめること。

 それが一番の正解だって、僕は知っているから。

 

「綺麗だよ、ノノン」

「……けーま…………ノノン、そんなこと、いわれたことないよ」

「僕が言ってるんだから、嘘じゃない」

「……うん。ウソでも、うれしい」

「嘘じゃないって言ってるだろ? わがままだなノノンは」


 背後から抱きしめていると、僕の手が自然と彼女の胸にあたっている事に気づく。

 お尻よりも柔らかくて、けれども弾力があって、熱を持つように熱くて。

 

「ごめん、胸、触っちゃった」

「いーよ、もっとさわって」

「ダメだって」

「さわってもらえると、うれしいだけだよ?」

「そんなこと言われても……」


 くるりと振り返ったノノンに気づいて、僕は目を閉じた。

 僕の左手が、彼女の右手によって引っ張られ、大きい乳房に触れる。

  

「ありがとう、けーま。ノノンのこと、だいじにしてくれて」

「……当然だろ。なに言ってるんだよ」

「うれしい……愛してる、けーま」


 愛してる。という言葉は、やっぱり魔法の言葉なんだと思う。

 言われた瞬間に何もかもが許された気がして、心の奥が熱くなって。

 なんでかな、僕の目から涙があふれて来ちゃったのは。

 

「けーま?」

「ごめん……なんでだろう。多分、嬉し泣きかな」


 価値がないなんて言わせない。

 ノノンは誰よりも優しくて、誰よりも愛が深い女の子なんだ。

 うっすらと開いた視線の先にいるのは、とても可愛い、裸の、僕の世界一大切な彼女。


「ノノン」

「うん」

「ずっと、一緒にいようね」

「……うん」


 裸の彼女をしっかと引き寄せて、お互いの鼓動を静かに受け止めあう。

 キスも何もまだまだな僕たちだけど、愛情の深さだけはそこいらの夫婦にも負けない。

 そんな自信と共に、これからも一緒に生きていくんだ。

 

「じゃあ、バスタオル巻こうか」

「えー、ノノン、はだかでいいのに」

「ダメだよ、僕が耐えられない」


 くるくるくると、彼女の細身の体にバスタオルを巻く。

 ボディラインがそれでもくっきりと浮かび上がって、なんだかとてもエッチだ。


「じゃ、じゃあ僕もバスタオルを」

「けーま」

「何?」

「けーまは、ノノンがぬがすね」

「い?」

「はい、ぬがしますよ」


 ノノンは一気に僕のズボンを、しゃがみながらトランクスごと床に引きずりおろした。

 当然ながら僕のは最大限にまで育ってしまっているし、我慢ができる状態にない。

 目の前に現れたものを見て、ノノンは瞳をキラキラと輝かせる。


「……おおぉ」

「だだだ、ダメ!」


 一緒にお風呂に入ってるから見られてはいるんだろうけど、この状態のは見られたこと無かったのに。平常時と臨戦態勢のを見られるのとでは、やっぱり訳が違うんだ。慌てて隠してバスタオルを腰に巻いて、一目散にサウナへと突入する。


 こういう時の対処方法は、自らの体に負荷を掛ければいい。

 サウナの熱で僕の股間はあっという間に平常時へと戻るんだ。


 縮こまったのを見届けたノノンは、上の段へと移動する。


「べつに、ノノンきにしないのに」

「ノノンは気にしなくても、僕は気にするんだよ」

「けーまのおおきいから、じしん、もっていいよ?」

「何の自信を持つんだよ……」


 言いながら彼女の方へと振り返ると、そこには体育座りをしたノノンがいた。

 足の隙間から、彼女の見えてはいけない部分が丸見えの状態で、そこにある。

 

「……あ」

「……え? ……あ。……けーまの、えっち」


 視線に気づいたのだろう。

 それはそうだ、僕の下半身が正直になってしまったのだから。

 ノノンは足先を交差させて見えないようにするも、それですら僕の煩悩は爆発しそうになる。


 今日のサウナはやけに暑い。

 普段よりも早めに出た方が良さそうだ。


§


次話『閑話 生まれつつある新たな問題』

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