青少女保護観察官に任命された僕と、保護された彼女~幸せを知らない彼女との日々はドキドキすることばかりで、僕はそんな彼女に振り回されっぱなしです~
第67話 アタシとノノン、どっちかって言われたら、どっちを選ぶんだ?
第67話 アタシとノノン、どっちかって言われたら、どっちを選ぶんだ?
8/13 月曜日 ※
「依兎さん、依兎さん!」
「……ぐっ、がっ、がっ、……がっ、あげ……」
一体何を飲み込んだんだ。
白目むいちゃってるし、口から泡がたくさん出てる。
全身が痙攣しちゃって、いくら呼び掛けても反応がない。
このままじゃ死んじゃう、依兎さんが死んでしまう!
「
「え? 羽交い締め?」
「早くしろ!」
ルルカにせかされて、とりあえず言われた通り依兎さんの上体を起こして、後ろから羽交い締めにする。
「踏ん張れよ黒崎ッッ!!!」
「え?」
ルルカは一歩を踏み込むと、強烈なボディブローを依兎さんへと叩き込んだ。
衝撃が伝わって、僕まで吹っ飛びそうになる。
「げふぅ!」と叫んだのは僕だ。
「まだだ、もう一発!」
ルルカが何をしようとしているのか理解した。
理解したけど、これって服毒の対処法としてあってるの!?
そんなことはお構いなしと、依兎さんの肩に手を置いて、ルルカは容赦ない一撃を叩き込んだ。
「ぐへぇ!」
むしろ僕の方が悲鳴を上げてしまう。
ルルカの一撃がほぼほぼ依兎さんのお腹を貫通し、なんて言うかしんどい。
「うっ……げふっ!」
とたん、羽交い締めにしていた依兎さんが、大量の吐しゃ物をまき散らした。
人の胃液ってこんな色なの? ってぐらい真っ白で洗剤の泡みたいな液体が、床を濡らす。
「はぁっ、はぁっ、……良かった、吐き出したか」
「こ、これでもう、大丈夫なの?」
「わからねぇけど、昔これで助かってるのを見たことがある」
しばらくして誰かが呼んだ救急車が到着して、結局依兎さんは搬送されることになったんだけど。救急隊員へと吐しゃ物の件を伝えると、次に到着した警察がそれらを回収、本堂へは入ることが不可となり、僕らは駐車場にて事情聴取となった。
住職さんたちも出てきてホシさんたちと話し合いをしたり、こんな状況で新盆を続行させるなんて不可能だろうなといった声が親族から上がる中で、誰かが叫ぶ声が聞こえてきた。
駆けつけてみると、それは
彼女が救急隊員相手に、胸に手を当てながら必死に叫んでいるところだった。
「私は実の姉ですよ!? それなのに付き添うことが出来ないんですか!?」
「青少女保護観察選定者が付き添うことが出来るのは、保護観察官のみです」
「そんな、私たちって、私たちって一体何なんですか!」
「……家族が見放した存在、それが選定者です。その愛情を、もっと早く与えていれば、こうなる事もなかったでしょう。では、失礼します」
法によって選定者は保護されている。
その対象は無論、見放した家族も含まれるんだ。
結局、月美さんは付き添うことはできず。
代わりに同乗したのは、依兎さんの保護観察官である舞さんのみであった。
「僕たちも心配だから、依兎さんの病院へと向かおう」
ルルカへとそう伝え、僕たちも車へと向かおうとした、その時だ。
駐車場へと一台の車が入り込んできて、僕たちの車の横に停まった。
黒塗りの高級車は、渡部さんたちが使う公用車に似ている。
新盆の参列者だろうか?
そんな空気が流れていたところに、車を降りた初老の男性がホシさん達に声をかけたんだ。
シルクハットに黒のスーツ姿は、法事の場としてはあまり相応しいようには見えない。
「失礼します、
「……そうですけど、どちら様でしょうか?」
「私、
皆の視線が、初老の男性へと集まる。
聡兎さんの遺言状? そんなものが存在していたのか。
「主人が残した遺言状? そんなものがあったのなら、どうして私じゃなくて弁護士なんかに」
「お母さん、それよりも中身の方が大事だよ。もしかしたら私たちの知らない遺産とかがあるのかもしれないよ?」
遺産目当てかよ……なんとも卑しい一族だな。
というか、そういうのは聞こえない風に言えばいいのに。
「かしこまりました。ご確認ですが、この場に氷芽ホシ様、長女日出様、次女月美様、三女依兎様、ご家族皆様はお揃いでしょうか?」
「依兎は今さっき救急搬送されてしまいましたけど……」
「左様でございますか。では、依兎様のご快気をお待ち次第、遺言執行と移らさせて頂きます」
「そ、そんな、依兎なんていてもいなくても変わらないでしょ!? いま遺言状を見せてよ!」
日出さんが柳井さんの手を掴もうとするも、彼は避けて「失礼」と首を垂れる。
「ご家族の皆様が揃った場で、というのが聡兎様が残された条件になります。よって、依兎様が不在の今、遺言執行を行うことは出来かねます。ご了承ください。依兎様が快気なされましたら、こちらまでご連絡のほど、宜しくお願いいたします」
名刺を日出さんへと手渡した柳井さんは、シルクハットを片手に挨拶すると、車へと乗りこみその場を去ってしまった。
遺言状の執行条件が依兎さんの快気であるならば、僕たちの知らない場所で勝手に明かされることはないだろう。ならば、僕たちもこの場に残る必要はない。搬送されてしまった依兎さんが心配だし、ここは病院へと向かうのが最善の選択だ。
「月美さん」
「黒崎君……」
「依兎さんが回復したら、月美さんに連絡を入れます。ご安心ください」
「……うん。ごめんね、私の方こそ、謝らないといけないのに」
「いえ、大丈夫です。というか、僕たち月美さんの連絡先しか知りませんから」
月美さんへと一礼したあと、僕たちも車へと乗りこむ。
搬送先病院に関しては、渡部さんにも連絡が来ていたらしく、すぐに設定することが出来た。
渡部さんも病院へ来るんですか? って質問するも、向かわないのだとか。
いや、向かえないが正しい言い方なのだろう。
僕たちが選定者の保護者なのだから、渡部さんが向かってはいけないんだ。
車の後部座席に座った途端、どっと疲れが襲う。
お尻から根が生えて、もう一歩も動けませんって感じだ。
「ふぅ……なんだかいろいろな事があって疲れた」
「……そうだな。っていうか黒崎よ」
「うん?」
ルルカは僕の肩に手を置くと、顔を近づけて頬に優しく触れた。
チュッと音の鳴るそれは、まぎれもなくキスであって。
「助けてくれたお礼、してなかったからさ」
「……え? え、え、えぇ!?」
「なんだよ、もう二回目だろうに」
「に、ににに、二回目!? いや、一回目の記憶なんかないよ!?」
「そうなのか? なんだよ、もったいねぇなぁ」
にひひって笑顔になると、ルルカは離れて「はぁーあ」と伸びをするんだ。
「なぁ、黒崎」
「な、なに」
「アタシとノノン、どっちかって言われたら、どっちを選ぶんだ?」
突飛な質問に、一瞬時間が止まった気がする。
すでに車は走り出し、流れる風景は時速四十キロに到達しようとしているのに。
「……ん?」
足を組んで上体を倒し、髪をかき上げながらルルカは僕を上目遣いで見る。
仕草がとても大人っぽくて、ノノンじゃ出せない色香が溢れ出ているように感じるんだ。
正直、ドキドキした。でもそれは、結局のところノノンの仕草でもある訳で。
「まぁ、ノノンに決まってるんだろうけどな」
「……ルルカ」
「でもよ、ノノンと付き合うってことは、そういう意味だからな?」
ノノンと添い遂げる選択は、ルルカとも添い遂げるという意味でもある。
完全に別人格であるルルカは、やっぱりノノンとは違うんだ。
「まぁ、女たらしの黒崎なら、一人や二人増えても変わらねぇと思うけどよ」
「女たらしじゃないし」
「そうかぁ? まぁ、浮気したら殺すけどさ。……じゃ、そろそろお別れだ」
「ルルカ」
僕が彼女の名を呼ぶと、ルルカはとんっと、片足を僕の膝の上に乗せた。
つま先を立てて、僕の太ももをすーっとなぞる。
こそばゆいのを我慢していると、彼女はイタズラっぽそうに笑うんだ。
「なんだよ? アタシがいないと寂しいのか?」
「……違うよ。ありがとうって、言いたかっただけ」
わずかの間、顔を伏せたルルカは、乗せていた足を戻した。
「別に、アタシは好き勝手暴れたに過ぎねぇよ」
「それでも、依兎さんを助けてくれた……ありがとう」
ま、そう言われるのも悪くはねぇな。
そう言い残すと、彼女は瞼を落とし、眠るように安らかな顔になったんだ。
数秒すると、落ちていた瞼が上がり、優し気な表情の彼女へと戻る。
……んだけど、下がった眉が持ち上がっていき、それはレの字の形になった。
あれ? なんか、怒ってます?
「けーま! うわきした!」
「え?」
「ルルカとキスしてた!」
「え? え? ノノン、見えてるの?」
「みえてる! けーまうわき、うわ、うわっ、うっ、びええええええええええええぇ!」
なんてことだ、見えてるのかよ。
どうなってんだノノンの身体の中。
というか、この号泣を止めないと。
「ノノン」
「うわき! ノノンよりもルルカのほうが、えっ、えっ」
「僕は、最初からノノンしか見てないよ」
本気で泣いている彼女の頬に触れると、今度は僕から音が出るようにキスをしたんだ。
浮気されて悲しい、そんな可愛い発想で泣いちゃうノノンが、僕はやっぱり大好きで。
「僕からしてるのは、見たことないでしょ?」
「……ひっく…………うん……」
「僕が好きなのはノノンだけ、嘘じゃない」
「…………けーまぁ」
「うん」
「ルルカ、にかいしたって、ひっく、いってた」
思わず苦笑い。
じゃあ反対側にってもう一回キスをすると、ようやくお姫様は納得してくれた。
ノノンは僕の膝の間に座り込むと、体をそのまま僕に預ける。
お姫様抱っこのような形だけど、僕の負担は少ない。
ノノンと一緒になるということは、ルルカと一緒になるという意味でもある。
どちらかを選ばないといけない、という状況に、果たしてなるのだろうか?
「けーま」
「……うん」
「ノノンもね、いっぱいかんがえて、やくにたつ、からね」
「……うん。まずは夏休みの宿題、頑張ろうね」
「うん!」
べったりくっついたままのノノンと二人で病院へと向かい、舞さんと合流した僕たちは依兎さんの回復を待った。医師が言うには、胃の洗浄が間に合ったものの、体内へと入り込んだ毒素が抜けきるまで丸一日を要するのだと説明を受け、僕たちは舞さんを残し家路につくことに。
「私が彼女の保護観察官だから」
そう語る舞さんの目は本物の観察官の目をしていて。
なんだか四宮君の時よりも、その瞳が輝いているように、僕には見えたんだ。
『依兎ちゃんが回復したわよ!』
舞さんからその連絡を受けたのは、騒動から一日経過した八月十五日のこと。
「依兎さん、もう動けるの?」
『ええ、体の毒素が抜けきったみたいで、もう普通に動けるって』
「わかった。じゃあ、僕から氷芽家に連絡するね」
連絡するも、退院即は依兎さんの身体に悪いからと、一日あけることにし。
翌日の八月十六日、世間でいうところのお盆最終日に、僕たちは再度集まる事になったんだ。
「こちらは公正証書遺言と呼ばれるものになり、故、氷芽聡兎様直筆の遺言状になります。立会人は
「……はい」
「では、遺言状の執行に移ります」
柳井さんと証人二人が同席した場で、ついに遺言状が明かされることになったのだけれども。
その内容は、僕たちの想像の範疇にないものばかりであった。
§
次話『お父さんの遺言状』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます