第63話 貴女は、ここに来ちゃダメだよ。

8/13 日曜日 07:30


 ようやく顔を出した太陽も、長く続いた長雨のせいで本調子になれずにいる。

 そんな印象を受ける日曜日の朝は、何もなくとも気分を陰鬱とさせるんだ。

 

 今日、僕達は氷芽こおりめ家の御盆に参列しに行く。

 お焼香だけでは終わらない、その後は依兎よりとさんのご両親との話し合いがあるんだ。

 多分、その場には長女の日出ひのでさんもいるのだろう。

 次女の月美つきみさんもいてくれると、とても助かるのだけれど。


『そうか……我々観察課の人間は、観察官、選定者であっても、個人情報保護を最優先させる。我々が伝えた方が良いと思っていても、伝えられないのは法令順守の為だと、理解して頂きたい。その上で、黒崎君と椎木さんが決めたことが正しいかどうかは、私には分からない。ただ、君たちの考えが、全て選定者である氷芽さんの為だという熱意は、間違いなく本物だ。その結果がどうあれ、君たちの熱意が、彼女の心に響くと信じているよ』


 昨晩、渡部さんに今日のことを報告した時に、言われた言葉だ。

 氷芽家の御盆に参列すると伝えると、渡部さんは明らかに態度を変えた。


 伝えなくてはいけない事がある、けれど言えない。

 心の底からの葛藤、そんなものを感じる。


「準備出来たわよ、桂馬君も大丈夫そうね」


 花宮はなみや高校の制服に袖を通した三人。

 見慣れてはいるものの、やっぱり制服となるとまた違う魅力がある。

 白のスクールワイシャツって、どうしてこうも可愛く見えるのかな。

 ノノンに合わせて三人とも長袖、下は冬用と同じ柄の、チェックのスカートだ。


「依兎さん、大丈夫?」

「大丈夫、何を言われてもお守りがあるから平気」

「お守り?」

「そ、だから安心して、出発しましょうか」


 いつの間にお守りなんか手に入れたんだろう?

 僕の知らない間に、舞さんとお参りに行ったのかな?


 問いただした所で意味はないし、大丈夫というのならばその言葉を信じよう。

 

「けーま、電車、のる?」

「今日は乗らないよ。渡部さんが車を手配してくれたからね」

「くるま、ノノン、くるまのほうが、すき!」


 氷上ひかみ寺って場所を調べたら、駅から歩いて行ける距離じゃなかったんだよね。

 その事も合わせて報告したら、渡部さんが車を手配してくれる事になったんだ。

 真夏の太陽の下を歩かないで済むのなら、それに越したことは無い。


「そういえば、香典とかいるのかな?」

「昨日の内に私の方で用意しといたから、大丈夫よ」

 

 車に乗り込むなり、ハンドバッグの中から香典袋を取り出す舞さん。

 僕達も用意した方が良かったのかなって相談すると、グループで大丈夫でしょと。

 やっぱり舞さんいると勉強になること多いなぁ……単純に気配り凄いや。

 こんな彼女を泣かせたんだ、四宮君はやっぱり許せない存在だね。


 ……今頃、何してるのかな。

 逮捕されてたりして? さすがにそんな訳ないか。



8/13 日曜日 09:30


 

 セミの鳴き声がうるさい雑木林は、皆で行った保養所を思い出させた。

 あれから十日が経過し、僕達は新たな局面を迎えようとしている。

  

 水上寺、氷芽さんの御実家の御盆の開催場所だ。

 

「到着したけど……車とか、少ないね」

「お葬式ではないから、親族だけしか来てないんだと思うけど」


 見た感じ、車が数台停まっているだけの、閑散とした駐車場だ。

 看板も案内も何も出てないんだけど、本当にあってるのかな?

 もしかして日出さんに騙されたとか、そんな可能性があったりるする?


「え、なんで貴方達がここにいるの!」


 突然の声に一同驚く。


「びっくりした、月美さんか」


 砂利の駐車場を喪服姿で駆けてくるのは、依兎さんのお姉さんである月美さんだった。

 彼女は依兎さんの両肩を掴むと、鬼気迫った顔で叫び続ける。

 

「びっくりしたのはコッチのセリフよ! どうして今日ここに来たの!?」

「どうしてって、日出さんに言われて……」

「ダメよ依兎が来たら! 今日がどういう日か分かってるの!?」


 そこまで月美さんが語ると「私が呼んだのよ」と、お寺の方から日出さんが姿を現した。

 

「日出姉さん……」

「私が呼んだの、家族全員に謝罪がしたいって言うんだから、今日しかないでしょ?」

「そう、かもしれないけど……お母さんには言ったの?」

「言ってない、言ったら来るなって言うに決まってるでしょ?」


 同じく喪服姿の日出さんは、僕達の方へと近づくと依兎さんの前に立った。

 凄い目だ……自分の妹なのに、ここまで悪意を込めて見ることが出来るのか。


「来なさいよ、まだ法事は始まってない。今なら家族全員と会話できるから」

「……」

「なに? 怖気づいたの? また逃げたいのなら逃げてもいいわよ?」

「……行く、行くわよ。その為に来たんだから、逃げる訳ないじゃない」


 依兎さんは強がりながらも、きゅっと握った手が震えていて。

 泣きそうな目で僕を見たから、ノノンと繋がっていない、右手の小指をそっと握らせた。 

 

 日出さんと共に氷上寺の玄関へと入り、下駄箱を見る。

 結構な数の革靴があるな……それに子供用の靴も数足ある。

 予想していたよりも、このお盆に参加している人数は多いみたいだ。


 氷芽家って結構大きいのか? そんな事を考えながら寺の奥へと入ると、そこには広間があって、喪服姿の大人達が談笑している姿があったのだけど。


「……依兎、ちゃん?」


 その内の一人が依兎さんに気付き名を呼ぶと、全員が一瞬で静まり返った。

 空気が凍る、僕達のような他人が来たからとか、そういうのじゃない。


 僕達は、そこで……いや、日出さんがここに来いと言った段階で、この事に気付くべきだったんだ。家族全員に会うには今日しかないという変な言い回し、味方だったはずの月美さんが慌てていた理由、渡部さんが態度を変えた意味。


 ヒントは、至る所にあったんだ。

 けれども、僕達はそれらの真意に気付けなかった。


「貴女は、ここに来ちゃダメだよ」


 誰かが言った。


「お父さんが自殺したのは、依兎ちゃんのせいなんじゃないの?」


 突き刺さる言葉の刃が、依兎さんの心を穿つ。


 ――――っっ!


 途端、依兎さんは走り出し、法事の会場であろう本堂へと向かった。

 慌てて僕達も追いかけると、ほんの数秒で本堂へは到着出来てしまって。


「……依兎?」

「……っ、うそ、でしょ」


 そこには、遺影の中で微笑む依兎さんのお父さんと。

 それを見て涙する、依兎さんのお母さんの姿があったんだ。


§


次話『親子の縁を切ってしまいたい。』

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