青少女保護観察官に任命された僕と、保護された彼女~幸せを知らない彼女との日々はドキドキすることばかりで、僕はそんな彼女に振り回されっぱなしです~
第59話 好きな人の過去を詮索するような、野暮な男じゃありません。
第59話 好きな人の過去を詮索するような、野暮な男じゃありません。
8/7 月曜日 11:00
数種の路線が入り混じるターミナル駅でもある花宮の駅は、平日のお昼であってもそれなりに人が多い。コンコースから改札を通り、エスカレーターにてホームへと降りる。それだけでも
思えば、ノノンと一緒に電車に乗るのは初めてのことだ。
シャトーグランメッセに住んでいると、そこだけで生活の全てが完了してしまう。
「えへへ……なんか、わくわく、するね」
ぎゅっと僕の手を握って、ノノンはやや興奮気味に語る。
旅行の時も愛用していた長袖のシャツワンピースに袖を通し、中に半袖を一枚、下は白のパンツスタイルの裾をロールアウトした、足首だけ涼し気なスタイルだ。元気の良いノノンにピッタリの装いは、見ていて僕の心もウキウキさせてくれる。
「それにしても、二人が鎖で繋がっているようには見えないわね」
「新しい腕輪のお陰です。伸縮自在だから、手を繋いでいるようにしか見えないですよね」
夏の暑さの中でも普通に装着していられるし、この腕輪をタッチするだけで改札も通れてしまう。多機能な上、傍から見たら揃いのブレスレットを着用した恋人にしか見えず、その観点からも渡部さんには感謝だ。
それにしても。
「……なに?」
「いや、別に」
思わず依兎さんから視線を逸らす。
とまぁ、そんな可愛いどころ三人と電車に乗るなんて、これまで一度も無かった訳で。
電車の中で無駄に注目を浴びる僕は、一人下を向きながら何故か落ち込むのであった。
「……けーま」
「……ノノン?」
俯いていると、ぎゅっと、僕の手を握る力が強くなった。
見ると、ついさっきまで元気いっぱいだったはずの彼女の目には、なぜか涙が浮かぶ。
「どうしたの?」
「……ううん、なんでも、ない」
なんでもなくは無いだろう。
それなりに混んだ車内、ノノンの異変に気付いた舞さんは、彼女の身体を支えるよう、腰に手を添えた。
「一回降りましょうか」
「そうだね、人混みで体調を崩したのかも」
そう提案する僕達に対して、ノノンは首を振った。
「だいじょうぶ。ノノンね、むかし、おもいだしただけ、だから」
「……昔?」
「うん……むかし、電車で、なぐられたの」
ぐっと、息が詰まる感じがした。
最近のノノンは生活範囲がとても狭かったんだ。
それはつまり、過去との接点が無かった事を意味する。
電車というキーワードに触れたことで、嫌な過去を思い出させてしまった。
「だいじょうぶ、だから。こういうの、なおさないと、ね」
「無理はしない方がいいよ、とりあえず一回降りよ」
依兎さんもこう言ってくれて、僕達は一度電車を降りる選択をした。
駅に到着するなり、ノノンは鎖を外してと僕にお願いし、トイレへと駆け込む。
「私も一緒に行くね」
舞さんもノノンと一緒にトイレへと消え、駅のホームには僕と依兎さんだけが残った。
心の傷は、そう簡単に癒えるものじゃない。
荒療治はむしろ、傷口を深く
「……アタシ、あの子のことあんまり知らないんだけどさ」
ホームのベンチに腰掛けると、依兎さんも隣に座る。
「多分、あの子の人格っていうか、精神っていうか……一回、破壊されてるよね」
「……」
「アタシよりも酷い人生があったんだなって思うと、ちょっと怖い」
彼女は神妙な面持ちになりながら、神に祈るように両手を握りしめる。
僕は依兎さんの言葉には何も返さずに、ただただノノンが消えたトイレを見つめ続けた。
十分もしたら二人は戻ってきて、ノノンはペコリと頭を下げる。
ハンカチで口元を拭いている……戻しちゃったのかな。
「めいわく、かけちゃって、ごめんなさい」
「いいよ、大丈夫?」
「うん。……あの、けーま」
「うん?」
「電車のるとき、ぎゅーしてても、いい?」
ノノンの提案に、僕は素直に頷いた。
周囲を見ないように、僕の胸に顔を沈めるようにくっつく。
彼女の吐息がふわっと温かくなったりして、ちょっとだけくすぐったかった。
しばらくすると、すっかり顔色が良くなったノノンが僕を見上げて、にっこりと微笑む。
「けーまのにおい、あんしんする」
「……良かった」
人間、匂いの記憶が一番消えないものなんだと、ネットに書いてあった。
人と機械が入り乱れた電車独特の匂いが、彼女の記憶を掘り起こす。
ならば、僕が包み込んでしまえば、少しは和らいでくれるのだろうか。
「けーま」
「うん」
「……くふふ」
さっきまで泣きそうな顔してたのに、もう笑顔になってる。
そんなノノンを見て、舞さんも依兎さんも、ほっと胸をなでおろした。
目的の駅に到着し、お化粧が気になるからと、ノノンは一人トイレへと向かった。
誰か一緒に行った方がいいのかな? と思ったけど。
舞さんも依兎さんも、ノノン一人で大丈夫だろうと、この場に残る。
「それにしても、桂馬君ってやっぱり凄いわね」
「……何がです?」
「普通だったら、ノノンちゃんに何があったのか、聞いてしまうものよ?」
それはそうかもしれない。
電車の中で殴られた、なんて、普通は何があったのか気になる所だ。
「聞いた所で、何も変わらないですからね」
「……その通りなのよね。聞いた所で傷口を開いてしまうだけ、何も変わらないの」
「アンタは今のあの子しか見ていない。アタシの知ってる男に、そんな奴は一人もいなかったなぁ」
腕組みした依兎さんに「やるじゃん」と肩を叩かれた。
なんだろう、二人に褒められてる気がする。
「ノノンの過去に何があったって、それは僕と出会う前の話ですから。出会ってからいろいろとあったら、それは僕だって怒りますし、質問しまくると思いますよ?」
「うん、そうね、それが一番正しいと思う」
「ま、そんなこと、今のあの子を見てる限りじゃ、何もないだろうけどね」
ごくごく自然な一般論を述べているだけだと思うけど、そんなにかな?
舞さんも神妙な顔をしながら頷いているし、依兎さんも僕の脇腹をツンツンしてくる。
褒められて悪い気はしないけど、褒められる為にノノンと一緒にいる訳じゃない。
「一緒にいたいから、一緒にいるだけですよ」
「……あら、お惚気?」
「お好きに受け取って下さい」
それでも、僕はノノンと鎖で繋がっているのだから。
トイレから戻ってきた赤毛の可愛いのを出迎えると、僕は差し出された腕に腕輪を嵌める。
変形するそれがキッチリと僕達を繋ぐと、彼女は笑窪を作りながら微笑むんだ。
「おまたせ、しました」
「うん。可愛くなったね」
「……ありがと。けーまだけ、ノノンのこと褒めてくれる」
「僕は自分に正直なだけだよ?」
「……うん、うれしい」
お化粧したてのはずなのに、僕にぎゅーっとくっついてしまって。
そのことに気付いたのか、ノノンはサッと離れて、服についた化粧痕を指でさする。
「あ、ファンデ、くっついちゃった」
「あはは……大丈夫だよ」
「けーま、ノノンのって、かんじがする」
「マーキングか、そんな感じかもね」
「じゃあ、じゃあ、まいにちノノンのファンデ、ようふくにつけるね」
それは勘弁して欲しいかも。
笑いながら、四人で遊びにきた感覚で見知らぬ街を進み。
「ここか」
目的地である、依兎さんのお姉さんが勤務するスポーツジム。
バルクアップへと、到着するのであった。
§
次話『依兎……お姉ちゃんの顏、見れない?』
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