第53話 新たな同居人。

 水城さんからのお話も終わり、時刻も九時を過ぎようとした頃。

 そろそろお開きかな、という所で、渡部さんが鞄から手のひらサイズの箱を取り出してきた。


「これは、黒崎くろさき君へのプレゼントだ」

「僕へのプレゼントですか? え、なんだろう、開けていいですか?」


 手に取るも軽い、箱に刻印とかないから、オーダーメイドなのかな? 

 箱をすっと持ち上げると、中には紙の緩衝材に包まれた黒い板が二枚。

 軽いし薄い、何なんだろこれ? ん……真ん中あたりに何か膨らみがあるな。


『黒崎桂馬様を確認しました』


 ぽちっと押し込むと、それは聞き覚えのある音声を発した。

 平べったい板がググっと丸くなり、ゆっくりと腕輪へと変化をげる。


 凄い、これ、形状変化する腕輪だ。 

 しかも鎖も収納式になっているし、長さも調節できる。

 

「凄いだろう? 腕輪を日常的に装着するとは誰も予想していなくてね。黒崎君の話を技術開発に詳しい知人に相談したところ、この腕輪を開発してくれたんだ。長時間装着を見越しての肌荒れ対策や、その他スマートデバイスの機能もついていたりしてね」


 さっそく腕に装着してみるも、肌に触れてる感じがしない。

 ぐっと引っ張ってみても、ゴムのようにそこだけが伸びる、痛くない。 

 

「熱にも寒さにも強い防熱防寒仕様に加え、耐水耐圧でもある。無線充電によりコンセントを繋げる必要も一切ない、一日中装着してたって機能が失われる事がない優れモノだ」

「凄い……いや、本当に凄いです! ありがとうございます!」


 さっそくノノンにも取り付けると「ノノン、きもちいい!」と喜びの声を上げた。

 言葉にはしていなかったけど、やっぱり腕輪のある生活は少々不便だったからね。

 鎖の長さも最大十メートル以上はある、家の中なら外さずに行動できそうだ。


「ふふふっ、喜んでもらえて何より。黒崎君が好評なら、他の観察官にも配布しようかと考えていたのだが。聞けば、神崎かんざき君も鎖で繋がっているとか?」

「うわぁ……凄いな、最新式。ああ、はい、神崎君と諸星もろぼしさんも鎖で繋がってます」

「そうか……もしかしたら、観察官と選定者が鎖で繋がるのが、ある種のスタンダードになるのかもしれないな」


 ノノンは相当に嬉しいのか、鎖を出したり戻したりしてる。

 どちらの側でも伸縮出来るって便利だな、動きたい時に断らなくても済むよ。

 それにしても軽い、重さを感じない……凄いなこれ。


 笑みを浮かべながら古い鎖をバックの中に収納すると、渡部さんと水城みずきさんは席を立った。

 

「明後日の朝十時に氷芽こおりめさんを連れて来るが……いろいろと伝えたが、身構える必要はない。火野上ひのうえさんの時と同じように、時間を掛けて更生してくれれば、それで構わない。……椎木しいらぎ観察官」


 名を呼ばれ、椎木さんは伏せていた顔を上げる。


四宮しのみや君に続き、君には苦労を掛けてしまうかもしれない。だが、観察官を辞退せずに続けてくれたこと、心から感謝する」

「……はい」


 そこまで語ると、二人は椎木さんへと深く頭を下げる。


 ……そうか、椎木さんはリタイアという形を選択せずに、観察官を辞める事も出来たのか。

 四宮君の件は国のミスだ、椎木さんにはなんの落ち度も存在しない。


 氷芽さんと丁度ブッキングした形ではあるものの、椎木さんが残ってくれたのは感謝以外の何者でもないんだ。小平こだいら君が観察官候補の一人だったみたいだけど、申し訳ないけど彼じゃ氷芽さんの言いなりになりそうな気もする。


 まさに椎木さんが適任、一番良い選択肢と言えよう。


「新しい住居なのだが、今しばらく時間を要してしまうとの事だ。女性二人のセキュリティに見合うだけの物件はなかなか見つからなくてね。黒崎君との同居生活を君にまでいてしまうのは、我々としても本意ではない。この点についても謝罪しないといけないね」

「……いえ、大丈夫です」


 背筋をただし、凛とした表情で椎木さんは僕を見る。


「このまま黒崎観察官との同居でも、私は問題ありませんから」

「おや、そうかい? ……だ、そうだ、どうする黒崎君?」


 なぜに僕に判断を委ねる。


「いや、僕の方からは、そうですかとしか言えないのですが」

「……なら、こうしようか。新たな住居探しは継続しつつ、いつ引っ越すかの判断は椎木さんに任せる。例えば、氷芽さんの更生が済み次第、新居引っ越しという形をとる……こんなのはどうだろうか?」


 渡部さんの提案に、椎木さんは「問題ありません」と笑顔と共に返した。


 問題ないのか? 本当に? 

 同居人の一人であるノノンを見るも、我関せずといった感じに鎖で遊んでいる。


 酷い事をいうと、ノノンには決定権がないのだから、これが正しい姿なのではあろうけども。

 でもまぁ、ノノンのことだ、椎木さんが同居ってなったら喜ぶだけなんだろうな。


「外まで送りますね」


 話はまとまり、僕はノノンを椎木さんにお願いして、渡部さん達をエレベーターまで見送る。

 そして、ずっと聞きそびれていた事を二人にいたんだ。


「渡部さん、火野上ルルカって、ご存じですか」

「……火野上さんのもう一つの人格、だったかな」

「はい、四宮君に強引に誘われたノノンは、ルルカとなって彼を襲いました」


 気を失っていたノノンは、ルルカとなって暴れた事を覚えていない感じだった。

 その後、一度も表に出て来ていない以上、だからどうした、という問題ではあるものの。

 言葉に詰まっていると、渡部さんの方から言葉を紡いでくれた。

 

解離性かいりせい同一性どういつせい障害しょうがいは、強いストレスから本体を守る為に発生する現象だと言われている。彼女の過去を見れば、そうなっていてもおかしくはない。ただ、だからと言って更生の見込みがないかと言えば、そうではない。事実、保護されてからの彼女は、一度足りとてルルカになったことはないのだからな。それこそ、黒崎君の側にいる間は、ルルカになることは無いとも言えよう。ただ……」


 そこまで言うと、渡部さんは言葉を止めた。

 腕を組み、水城さんと目だけで会話をする。

 

「……いや、これはまだ確定していないからな、やめておこう。とにかく、火野上さんとの接し方は、これまで通りで構わない。彼女も全幅の信頼を黒崎君に寄せているからね。彼女の期待に応えられるよう、これからも頑張って欲しい」


 何か引っかかる感じで終わったものの、ルルカの存在が問題になっているかと言えば、現状NOだ。むしろ四宮君からノノンを護ってくれた、彼女専属のボディガードともいえる。これ以上食い下がった所で何も出ないだろうし、食い下がる必要もない。


「では、明後日、宜しく頼むよ」


 こうして、久しぶりに再会した渡部さんと水城さんはマンションを後にし、僕はノノンと椎木さんが待つ部屋へと戻った。新しい鎖を手にしたノノンは喜びながら、僕のことを一緒に入ろうとお風呂へと誘う。椎木さんの視線が妙に痛い感じがしたが、久しぶりのノノンとのお風呂を堪能した僕は、いつも通り彼女と二人で寝床に着いた。


 翌日は届いていた椎木さんの荷物開封や、その他もろもろの片付け、またしても遊びにきた日和さんと古都さんと一緒に、マンション周辺や花宮はなみや高校までの道のりを散策したりして、あっという間に一日が終わってしまった。



8/5 土曜日 10:00



 そして迎える、新たな選定者。

 四カ月前と同じ、武器になる可能性がある物は見える場所には置かず。

 出来る限り家の中を掃除をして、可能な限り僕達も正装し、襟を正した。


 インターフォンと共に、彼女はわが家へと足を踏み入れる。

 椎木さんとノノン、そして僕を見た後に、彼女は会釈をした。

 

「……どうも」


 不満げな表情だけを携えた青髪の少女。

 氷芽依兎、その人だ。


§


次話『部屋を破壊し、裸で性欲にまみれた彼女が、僕を誘う』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る