第52話 観察官の最大の目的。

 ――――氷芽こおりめ依兎よりと、幼い時からの英才教育により、ピアノ、ダンス、英会話、バレエ等々、ありとあらゆる習い事を受けるも、その全てにおいて結果は出せず。挫折するたびに両親からの虐待とも取れる激が飛び、家では笑わない子として忌み嫌われる存在となっていた――――


 ――――長女に六つ上の日出ひので、次女に三つ上の月美つきみがおり、長女は学問のトップを走り続け、医師になるべく医大を現役合格している。次女は依兎が成し得なかったピアノでの成功をおさめ、また、ダンスにおいてもジュニアオリンピックに選出される程の、文武両道の才能を見せていた。そんな環境とあってか、依兎は家庭内に居場所がなく、そのほとんどを部屋に引き籠っていたという――――


 ――――小学校五年生の頃から不良仲間と付き合うようになり、依兎は家に帰らない日々が続いた。友達から貰った薬物にも手を出し、オーバーOドーズDで救急車に運ばれる回数も一回や二回では済まないほど。中学校二年の時、病院へと迎えにいった両親が依兎に対し怒鳴り散らし、強烈に何度も殴打しているのを現場にいた医師が目撃し、通報。父親は児童虐待で検挙されるに至った――――


 ――――父親の逮捕により、氷芽家は没落の一途をたどる。医大に通っていた長女も学費が支払えなくなり大学を中退、その後は中途採用にて一般企業に入社し、現在は会社員として働いている。次女はスポンサーの支えがあり活動を継続しようと試みるも、依兎の件でSNS上で誹謗中傷を受け、それに激怒。結果としてスポンサーは降りてしまい、次女の芸能活動も終止符を打たれるに至る――――


 ――――家庭崩壊の原因となった依兎は家には戻らず、一人身体を売って生計を立てるようになっていた。その相手は金さえ持っていれば誰でも良く、例え相手がホームレスであっても受け入れたと記録には残っている。彼女が保護されたのは、闇医者によって臓器を売り払われる直前であった。古ぼけたアパートの一室、腹は切られ、依兎は気絶した状態での保護であったという――――


§


 相変わらず、選定者の身上書は読むだけで気分が滅入めいる。

 渡部さんから頂いた氷芽さんの資料は、ノノンに負けない程の苛烈な人生が書いてあった。

 隣に座るノノンは「?」といった表情をした後、鎖の音を鳴らしながら僕の手を握る。 


「目を通しました。それで先の言葉ですが、肉体関係を持った後の破綻とは?」


 僕が質問すると、舞さんも資料をテーブルに置いて、真剣な眼差しで渡部さんを見る。


「その前に大前提を改めて二人に伝えるが、このプログラムにおいて観察官と選定者の肉体関係を、我々は問題視していない。責任を取り、目的を果たしてくれればそれで構わないのだ。例えそれが高校一年の春であったとしても、何も問題はない。極端なことを言うと、子供が出来たとしても問題はないのだ。我々にはその子供を預かり育児する準備が整っている。このプログラムの最大の目的は少子高齢化の波を食い止めること、それが最優先される」


 繋いでいたノノンの手に力がこもる。

 実は僕達が性行為に及び、最悪ノノンが妊娠したとしても何も問題はない。

 出産に掛かる費用は今現在全て無料だし、お祝い金だって国から支払われている。


 無論、母体にかかる負担や学校生活がある以上、子供と一緒にはいられないなどの問題点は数多にあげられるし、僕がこれらを再認識したとてノノンとの生活を変えようとは思わない。けれども、渡部さんの言葉がノノンにどのような影響を与えてしまうのか、少々不安が残る。


「まさか、氷芽さんは妊娠したのですか?」

「いや、妊娠はしていない。しかし性行為は間違いなくあり、それを機に保護観察官と選定者の立場が完全に逆転してしまったんだ」

「逆転、ですか」

「ああ、分かりやすく言うと脅迫だ」


 氷芽さんは観察官の男の子と肉体関係をもつや否や、教室で強引に襲われたと言いふらしてやると脅したらしい。


「許可は出ている、行為に問題はない。だがしかし、それは表面を取り繕った言葉に過ぎず、氷芽さんが学校で観察官に襲われたと言ってしまえば、そこに事実関係があった以上、彼女の言い分が学校中に広まってしまう」


 法的にはそれらが認められており、観察官は当然の権利であるとし、氷芽さんを抱いたんだ。 

 一時の気の迷いなのか、覚悟を決めて臨んだのか……多分、前者なのだろう。


「そうなってしまうと、観察官と言えど立場が悪くなる。実際に性行為があった女性が被害を訴え、かたや行為はしたけど同意だったと求める男性、クラス内での自分の立ち位置を考えた保護観察官は、氷芽さんの要望に全て応える選択をしたんだ」


「要望ですか」


「ああ、タブレット、及びスマートフォン、インターネット環境の構築、夜間の自由外出、生活費の譲渡、学校への不登校……それ以外にも私生活において、観察官は彼女の言いなりになっていたらしい。家事はもちろんのこと、何時間も続くマッサージや、氷芽さんの見ている前で自慰行為をさせたりな。君たちは観察官だ、包み隠さず全てを伝えるが、気を悪くしないで欲しい」


 完全に言いなりになっていたという事か、そして肉体関係を持ってしまった以上、断ることも出来ず、四カ月目で観察官はリタイアを選択したと。


「……氷芽さんが、四宮君のように保護選定解除になることはないのですか?」


 椎木さんが覗き見るような目で質問するも、渡部さんは「ない」と断言した。


「四宮君は保護観察に入る条件を偽証していた、だからこそ選定解除になったが、彼女は違う。もともと我々も、保護観察官もそういう子が選定者として来ると説明をしている。同じ資料を前任の子も目を通し、氷芽さんがどういった人物かを把握した上で臨んでいるんだ。誘われた段階で担当者に連絡しても良かった、だが、それすら行わずに彼は氷芽さんを抱いてしまったんだ」


 だから、椎木さんが担当者になって良かったと言っているのか。

 椎木さんは女性だ、どうあがいても肉体関係を持つには至らない。

 最悪、持ったとしても椎木さんも女性だ、同等の権利を彼女も保持している。

 

 会話が止まった所で、大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 そんな僕らを見て、沈黙していた水城さんが口を開く。


「このプロジェクトの最大の目的は少子高齢化を食い止めること。でもね、生まれる子がどんな子でも良いとは我々は考えていないの。生活保護受給を当たり前だと思っているような子供はいらない、国が望んでいるのは、この国の礎になってくれるような子供達なのよ」


 性欲だけなら猿のように誰でも持っているんだ。

 それら欲望に任せれば、それこそ数だけは人口が増えるのだろう。


 けれども、まともな教育も受けず、両親からの愛も注がれなかった子がどうなっていくか。

 言いたくはないが、ノノンや氷芽さんを見れば、それは一目瞭然なのだろう。


「その為には子育てに良い環境が必要だし、シングルマザーではなく両親揃っての育児が最適であると、政府AIも判断しているの。貴方達観察官に求めているのは、選定者の更生。それが第一であることを、絶対に忘れないでね」


 水城さんの言葉を受けて、ふと、保養所で出会った不知火さんの言葉を思い出した。

 不知火さんはノノンのことを「更生した」と言っていたが、何を基準にしたのだろうか。


§


次話『新たな同居人』

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