閑話……膝枕ロシアンルーレット③

※三人称です

※閑話はこれで終わります。


――――・――――・――――・――――


 さて、第三走者となった日和ひよりだが。

 彼女は彼女で初めての出来事に戸惑いを隠せずにいた。


 日和はこれまで異性に膝枕なぞしたことがない。あるはずがない。

 何故なら日和はこれまで一度も彼氏など出来た事がないのだから。


 コミュニケーションを取るのは好きだ、そこに男女の壁はあってないものだと日和は考える。

 小学生、中学生と、ずっとそれで過ごしてきたのだから、疑う余地はない。

 けれども、高校生ともなると周囲に変化が訪れる。

 第二次成長期を経て、子供から大人へと進化していくのだ。


 カップルという言葉が普通になり、少なからず一人や二人は恋人同士になってしまっている。いま、自分の目の前で眠っている黒崎くろさき桂馬けいまも、火野上ひのうえノノンの彼氏という立場であり、だからこそ日和もこうして自身の膝を枕にさせているのだが。


 何か……間違っているんじゃないか?

 なぜ、私まで膝枕をさせているの?


 別に失うものは何もない、膝枕程度ではまさしく何もないのだ。キスをする訳でもない、胸に触れるでもない、一つになる訳でもない。だからこそこうした茶番に付き合っているのだけれども、果たして自分がここまで身体を張る必要があったのだろうか?


 先ほどまで膝枕をしていたノノンに全てを委ねるのが正解だったのでは? 

 そう考えるも、ノノンは舞と二人でキッチンに立ち、何かしらの料理を始めている。


 既に誘える状態にないか……そう思っていた矢先、眠っていたはずの桂馬が動き出した。

 しまった、このままでは起きてしまい、自分が勝者になってしまう。


 勝者になった所で何も得るものはない、というかロシアンルーレットって当たったら負けなのでは? 銃に一発だけ弾丸を込めて、トリガーを引いて勝負するのがロシアンルーレットであり、弾が出たらそれは敗北ではないのか。


 そんな下らない思考を巡らせていたら、眠っていた桂馬の身体が反転した。

 それまでテレビの方を向いていた顔が、自分の股間の方を向いている。


 寝息が股間に当たる生暖かさを実感しつつ、これは不味いと日和は焦り始めた。

 日和の服装はミニスカートであり、桂馬の顏がスカートの中にある。

 スパッツもあったのだが、先の着替えで脱いでしまい、穿き直していない。


(ちょちょちょ! 不味まずいってこれ!)


 ミニスカートの中は下着であり、やべぇぐらい温かい寝息がダイレクトヒットしている。  

 必死になってどうしていいか悩んでいると、桂馬の手が動き出し、日和の胸を掴んだ。


(ぎゃああああああぁ!)


 股間に顔をうずめながらスーハー息をし、手はおっぱいの辺りをまさぐっている。

 これは不味い、何かを失ってしまう、先の二人と違って日和に桂馬に対する恋愛感情はない。

 いや、桂馬の名誉の為にいっておくと、日和は異性に対する恋愛感情がないのだ。

 まだ子供であると自負している以上、恋愛感情を持ってはいけないと思っている。

 

 その子供である自分が、股間の匂いを嗅がれ、おっぱいを揉まれている。

 いや、確かに胸はない、ノノンや舞のようにはち切れんばかりのものはない。

 けれども、あるのだ、イマジナリーおっぱいが日和の胸には存在するのだ。


 Aをかっ飛ばしてBを奪われ、Cに行かんとしてる。

 猫の手のように両手を挙げて、にぎにぎと空中を掴んでいると、その手を誰かが掴んだ。


「(日和、何してんのさ……まさか日和まで桂馬を?)」


 手を掴んだのは誰でもない、第四走者である風蔵かぜくら古都ことだ。


「(ちちちちっ、違うから! 寝返り打って、それだけだから!)」


 必死である。

 だが、古都は努めて冷静であった。


 日和が桂馬のことを尊敬しているのは誰よりも理解している。

 ノノンの凄惨なる過去を受け入れ、共に前進しようとしている桂馬は尊敬に値するのだ。

 何より、古都自身が黒崎桂馬という男を認めている。

 意図的に知人の股間に顔をうずめ、胸をまさぐるような男ではない。


「(それじゃ、交代な)」


 助かった、そんな表情をした日和を送り出し、古都は自身の太ももに桂馬の顔を乗せた。

 案の定といった所か、桂馬は熟睡したまま、まだ起きる気配すらない。

 そんな桂馬の頭をわしゃわしゃと撫でた後、古都はスマートフォンを手に取った。


 疲れているのだろう、それは語らずとも分かる。

 

 古都は桂馬とノノンの存在を知り、青少女保護観察という、職業とも呼べる事柄に興味を持った一人だ。調べれば直ぐに出て来る割には、認知度が低い。古都自身、言葉は知っていても、当事者たちが具体的に何をしているかまでは把握していなかったのだ。


 保護観察官は、高校一年から三年の卒業までの全てを犠牲にして、選定者を導く仕事だ。

 並大抵の事じゃない、ボンヤリとしていた将来の目標が形になるのが高校である。

 途中で将来の目標に気付いたとしても、保護観察を辞めることが出来ない。

 少なくとも選定者、一人の人間を捨てないとそれに挑むことが出来ないのだ。


「(本当、大した奴だよ)」


 小声でつぶやきながら、古都は桂馬の髪を指で梳いた。

 古都は桂馬のことを心の底から尊敬し、また、信頼もしている。


 男女間の友情が桂馬となら築けると信じてやまない。

 敢えて密着するように仕掛けても、桂馬は一切自分に興味を示さないのだ。


 からかったら、からかっただけ笑わせてくれる。 

 そんな桂馬のことが、人として大好きであった。


 それとは別に、古都は桂馬が疲労している理由も、なんとなく理解している。

 もう一人の観察官である椎木舞が、桂馬の家に同居しようとしているのだ。 

 日和は疑問に思わなかったみたいだが、古都は違う。


 椎木観察官の選定者はどこにいった? 

 ここに住まうという事は、新たな選定者が来るという事か?

 

 きっと部外者である自分達には何も教えてくれないのだろう。

 そこまで分かりつつも、古都は密かに一つのテストを行ったのだ。

 

 桂馬に椎木舞を下の名前で呼ばせる。

 会話の流れ的に舞から仕向けた感じだが、古都はそれを後押しした。

 結果分かったのは、若干ではあるものの、舞は桂馬に好意を寄せていること。

 けれども舞とて観察官だ、桂馬とノノンの関係は現状最優先しなければならない。

 

 古都が手にするスマートフォンには、寝顔の桂馬が映し出されていた。

 それを画面越しに眺めながら、古都は心の中で桂馬へと語りかける。


(あんま、無理すんなよ……)


 一人の観察官が惚れてしまうほどの出来事を、桂馬は乗り越えてきたのだ。

 腫れあがる彼の右手が語る内容を、古都は知ることが出来ない。


 いや、知らなくてもいい。


 荒れ狂う波を乗り越えてきた船を受け入れる波止場のように、いつだってアタシが受け止めてやるからな。誰よりも優しい視線を送りながら、鼻につく良い香りと共に、胸いっぱいの感情を込めて桂馬の寝顔を撮影する。


 これからもきっと、この男は困難に立ち向かうのであろう。

 だから自分だけは、どんな局面になったとしても、この男の味方でいたい。

 それが友情って奴なんだと、古都は信じているのだから。


「(ご飯出来たから、起こしていい?)」

「(ああ、構わないぜ)」


 満面の笑みを浮かべたノノンが大きな声で想い人を起こす。 

 それを砕けた笑みで眺めながら、古都はこの空間が大好きだなと再認識するのであった。


§


→第51話へと続く。

 冒頭を読み直すと、また違った感じに楽しめますのでオススメです。


次話『観察官の最大の目的』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る