閑話……膝枕ロシアンルーレット②※三人称です。

※引き続き三人称です


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 さて、古都ことの提案により桂馬けいま君膝枕ロシアンルーレットが開催される運びとなったのだが、大事なのはその順番である。場合によっては一人目で終わる、むしろその可能性が何よりも高い。


 桂馬の姿勢は腕を組み、ソファに座った形でうたた寝しているに過ぎないのだ。

 膝枕をするにはここから横にしないといけない。果たして桂馬はそれでも起きないのか。


「(じゃーんけ-ん、ぽん)」


 努めて小さな声で四人はじゃんけんをした。 

 グーを出したのがノノンと日和ひよりと古都、パーを出したのはまい一人。

 声を出さずに悔しがるノノンのことを軽く抱き締めたあと、舞は桂馬の隣に座った。


 勝者の特権、もしここで桂馬が起きたとしても誰も文句は言えない。

 さすがに水着姿で膝枕をする訳にはいかないとし、ノノン以外は着替え済みだ。

 

 さて、どのようにしようかしら? 方法の幾つかを考慮していると、舞が座ったことによりソファが沈み、何もせずとも、桂馬の身体はくてん・・・と舞に倒れ込む形になった。


 腕組みをしていた手がほどけ、自然な形に指が広がる。

 崩れた前髪がまぶたにかかるも、それでも桂馬は目を閉じたまま。


「(すぐじゃ起きちゃうだろうし、二十分で交代な)」


 耳元で古都が囁くのに対し、舞は手を握り親指を立て、サムズアップの仕草で返事をする。

 今から二十分間、膝の上で眠る桂馬は舞だけのものだ。

 水着から着替え、いまは白のパンツスタイルの舞だが、それでも体温が伝わってくる。

 

 眠っている桂馬の目にかかる髪を、舞はそっと指でいた。そのあと、ゆっくりと指の間に髪をいれながら優しく撫でる。思ったよりも直毛、そして固い髪質、ヘアスタイルを変えるにはパーマをかけないといけないレベルかもしれない。


 舞が異性の髪に触れるのは、四宮に続き二人目だ。  

 ボサボサ頭だった四宮の髪を整えるのが日課だった。

 

 ふと、舞は自分の変化に気付く。


 今朝の出来事だったのに、四宮とのことが既に何カ月も前の事のように感じるのだ。


 終わった後に涙が止まらなくなるくらいに悲しかったのに、今はもう、こうして笑顔になる事が出来る。原因はきっと桂馬にあるのだろう、四宮との今後を誰よりも危惧し、舞を助けるために桂馬は誰よりも怒ってくれたのだ。 


 既に感謝は告げた、だが、想いは告げていない。

 いや、告げてはいけないのだ。

 なぜなら舞にとって、桂馬の想い人であるノノンも、大切な人の一人なのだから。


「(こーたい! つぎ、ノノン!)」


 二十分は、気付けばあっという間だった。

 舞からしたら足りないくらいだが、それぐらいがきっと丁度いい距離感なのだろう。

 桂馬を起こさないように、彼の頭を支えながらノノンと交代した。 


「(……けーま)」

  

 皆は着替えたのだが、ノノンだけは水着のままで桂馬の膝枕に臨む。

 一番の目的は桂馬に可愛いを言ってもらうため。

 だが、彼の寝顔を見ていて、その考えは頭のどこかに飛んで行く。


 既に四カ月が経過しているのだ。


 思い返せば、初日からノノンは桂馬に対し醜態を晒していた。

 生理痛に苦しむ所を見られ、半ば強引に裸にされ、断ることも出来ず身体を洗われている。

 

 あの頃のノノンは、生きてても死んでても、どちらでもいいと思っていたのだ。 

 自分に何の価値もないと思い込み、人生そのものに意味を見出せずにいた。


 誰に必要とされることもなく、両親もおらず、必要とされるのは性処理の道具としてのみ。


 何の為に呼吸をしているのか。

 何の為の喉が渇くのか。

 なぜ、自分は生きようとしているのか。


 生まれてから幸せだと思った事は一度もない。

 周り全てが敵で、怒る人しかいなくて。

 

 それは、他人だけじゃなく、自分の中の声でさえも敵であったのだ。

 もっとちゃんとしろ、やり返せ、なんでこんなの受け入れる。

 

 自分の中にいる心の声が、ノノンは嫌いだった。

 でも、それらも、桂馬と出会ってからは、聞こえていない。


「(けーま……)」


 前かがみになって、大好きな人の髪の匂いをかぐのが好き。

 手をつないで道を歩くのが好き。

 一緒にご飯を食べて、笑顔になるのが好き。

 笑った時に口元に手を当てる仕草が好き。

 朝目が覚めると、必ず隣にいるのが好き。

 自分から離れないのが好き。


 学校でたまに目を合わせてくれるのが好き。必ず先に何が食べたいか聞いてくれるのが好き。可愛い洋服を着た時に可愛いって言ってくれるのが好き。ちょっと髪の毛切っただけで気付いてくれるのが好き。一緒にお風呂に入る時に照れてくれるのが好き。肘がぶつかっただけでごめんねって言ってくれるのが好き。外に行く時に必ず玄関を開けてくれるのが好き。料理する時にちゃんとエプロンつけるのが好き。物を片付ける時にきっちり同じ場所に戻すのが好き。爪を綺麗にしてるのが好き。リビングで勉強してる顏を見るのが好き。全部……好き。


「(……大好き)」


 ノノンは誰かをここまで好きになったことは、かつて一度も無かった。

 まだキスさえしていないのに、自身の全てを捧げた感覚におちいってしまう。


 ピアノの鍵盤に初めてふれるように、指先で桂馬の頬に触れ、その手を彼の開いている手へとゆっくりと滑らせた。ノノン自身の上体も倒し、身体全体で彼を感じる。温かい、桂馬の寝息が耳に触れるだけで耳が孕みそうになる。下腹部がきゅんとなる感じに襲われて、ノノンは身体を起こした。


 耳まで熱い、危うく我を忘れて襲いそうになる。


「(ノノンちゃん、交代)」


 日和に言われて、眉を寄せながらもノノンは桂馬を譲った。

 大好きな人が別の人の膝枕で眠る、ノノンの心の中で何かがざわつく。


「(ノノンちゃん、一緒に夜ご飯作ろうか)」

「(ごはん……ノノン、作る!)」


 見ていたら心が痛くて泣きそうになる。

 なら、せめて彼のために出来ることをしよう。

 今晩のメニューは冷製パスタだと、舞は言った。

 レシピ本とは違う内容を作ると知り、ノノンの心は踊る。 

 きっと桂馬は喜んでくれる、そのためなら料理を頑張れる。

 

 怪訝な表情から一転、大好きな人の為に頑張る表情になったノノンを見て、舞もほっと胸をなでおろした。ノノンの悲しい気持ちは舞にも理解できる。きっと、舞にとっても気分転換は必要だったのであろう。


「(エプロンつけた! りょうり、おねがいします!)」


 着替えを済ませた二人は同じ想い人を心に秘めながら、キッチンへと向かうのであった。


§


次話『閑話……膝枕ロシアンルーレット③』

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