閑話 四宮君のその後

 深い眠りからいきなり起こされると、寝ぼけまなこの僕に見覚えのない大人がこう言った。


「四宮鉄平君だね。上層部、及び政府AI判断により、君の保護は解除となった」


 夢じゃなかったんだ……昨日のことは、何もかも。

 ちらり視線を泳がせると、離れた場所に僕を睨む神崎の姿があった。

 コイツ、一晩中寝ないで僕を監視してたのか。

 

「イジメ加害者であった生徒たちに再度事情聴取を行った結果、君が証言した内容と食い違う点が数点確認された。結果、政府AIは君に対して偽証罪の可能性があると判断し、裁判所に変わり身柄を拘束するよう令状を交付するに至っている……言っている意味が分かるかな?」


 終わった、何もかもが終わってしまった。

 欲張りすぎたんだ、何もこんなにも焦る必要はなかったのに。


「……うむ、八月三日、午前六時〇〇分をもって、青少年保護観察法第二十条に基づき、対象者の保護選定を解除とする。今後裁判となるが、君には黙秘権がある。喋りたくない事は、何も言わないでいいからな……では、一緒に行こうか」 


 多分、あの時に僕は火野上さんに惚れてしまったんだと思う。

 春の報告会、諸星さんに問い詰められて思わず泣いちゃった女の子。


 諸星さんは火野上さんに嫉妬していたのだろう。

 それもしょうがないと思えるぐらいに綺麗で、ありえないぐらい可愛かったんだ。


 白いセーターに負けないくらい、雪のように真っ白で透明感のある肌に、くびれた腰つきはまるで高貴な猫のように見えて。すっと落ちる首筋から伸びる、細く華奢な鎖骨がとても病弱に感じるのに、そんな貧弱な風体とはアンバランスなまでに大きな乳房が揺れているんだ。


 火野上ノノン、彼女の名前は一度耳にしたら忘れることが出来なかった。

 報告会が終わった後も、僕の頭の中には常に彼女の存在があったんだ。


「凄いわ四宮君、一学期の期末テスト、クラスで十位ですって!」

「……椎木観察官は一位ですけどね」

「それは当然、私が先生なんですからね! ……なんてね」


 椎木さんはとても綺麗で、僕よりも遥かに頭が良くて。


 初めて紹介された時は、こんな綺麗な人が僕と同棲してくれるのかって、内心飛び上がる程に嬉しかったんだ。毎日側にいてくれて、教室に行きたくないって嘘泣きしたら抱き締めてくれて、手を繋いでくれて。


 でも、椎木さんと僕は決して繋がることはない。

 何枚も盗撮したけど、オカズにしかならないんだ。

 

 観察官と保護選定者は九十%の確率で別れを選択する。

 その証拠に、椎木さんは結構な頻度で他の観察官と連絡を取り合っていた。

 

「えぇ……私? もちろん、一緒にはならないと思うけど」


 濡れた髪を乾かしながら、スマートフォン片手にリビングで語る。

 誰と喋っているのか分からないけど、椎木さんは確かにそう言っていた。

 一緒にはならない、その言葉の意味は、僕とは三年後に別れるということ。

 

 つまりは椎木さんが僕に見せている笑顔は、全てが演技なんだ。

 良い点数をとっても、毎日学校に通っても、言われた通りに課題をこなしても。

 彼女は、心の底からの笑顔を僕に向けている訳じゃない。

 だからだろう、僕が火野上さんへの憧れの炎をより一層激しく燃やしてしまったのは。

 

「四宮君、保養所に行かないかって誘われたんだけど、行く?」

「……三人でですか?」

「ううん、神崎観察官と、黒崎観察官、それと諸星綺麗さんと、火野上ノノンさんが一緒よ」


 僕達選定者には自由が少ない。

 火野上さんと自由に会うことすら出来ていないのだ。

 けど、保養所に行けば彼女に会える、あわよくば僕の本心を伝える事が出来る。


 行くしかないと思った、そして火野上さんの心を何とか奪えないかと毎日画策していた。

 結果……僕は完全に墓穴を掘ってしまったんだ。


 言わなくてもいことを、黒崎は僕に言わせやがって。

 揚げ足を取ったことで神崎に相手が変わり、僕は自白せざるを得なくなったんだ。

  

 調べられたら間違いなく僕の嘘がバレる。

 イジメ被害は確かにあった、でも、謝罪を受けた段階で終わってたんだ。


 保護選定者になるには足らない。

 もっと、もっとと、僕は自分で自分にイジメを仕掛け続けたんだ。

 

 監視カメラの目を盗んで下駄箱にゴミを入れ、上履きに画びょうを仕込む。

 全てがイジメ加害者のせいになった、アイツ等がやってないって言っても誰も信用しない。


 更には過去の話しも盛りに盛ってやったんだ。

 アイツ等バカだから嘘か本当か分かんないって顔してて、本当におかしかった。


 だが、それらが完全に仇になり、今の僕を苦しめている。

 逃げ道が、完全にふさがれてしまった。


§


 僕を乗せた車はそのまま警察署へと向かい、しばらくして母親が迎えに来ることになった。

 身元引受人という呼称をされた母親は、僕を見るなり頬を叩く。

 

「ずっと信じてたのに……なんで嘘なんかついたの!」

「……嘘じゃない部分だってあったんだ」

「じゃあそれを言えばいいじゃない! なんでなの、なんでっ!」


 泣き崩れる母親を見て、面倒だなって思った。

 イジメられたのは事実だ、そこにちょっとアレンジしたに過ぎない。


 実家に連れ戻された僕を、父親は何も言わずに迎え入れてくれた。

 いや……いない人間として対応しているのだろう。

 目も合わさず、声も掛けず、僕のために何かしようともしない。

 

 相変わらずのクズだ、僕がイジメられてた時にも無理矢理に学校に行かせやがって。

 両親は何も分かっていない、僕には学校なんて不要なんだよ。

 いつか僕の才能を見出す人物が現れるはず、なんて言ったって一度は国を騙したんだ。

 才能はある、芽が出るまで待てばいい。


「夕ご飯は? ……ちっ、なんだよこの張り紙」


 リビングに鉄平進入禁止って張り紙があった、本当にウゼェ。

 こんなことを実の親がするかよ、クソじゃねぇか。

 よく見たら玄関に千円札一枚だけ置いてあった、これで飯を食えってことか。


「千円じゃ足りないんだけど!」


 叫ぶも反応はない、テレビの音や笑い声が聞こえるけど、完全に無視だ。

 大事な大事な一人息子なんじゃないのかよ……本当に腐ってるな、ウチの両親は。


 近くのコンビニまで徒歩でニ十分もかかる。

 椎木さんと住んでたマンションは良かったな。

 何でも一分圏内にあって、いつでも椎木さんが側にいてくれて。

 

「ありがとうございましたー」


 安いおにぎりとジュースを飲む自由は無かったけど、何もせずとも料理してくれてたんだ。

 良い香りがするリビングで、毎日勉強して、隣には笑ってくれる椎木さんがいて。


「うっ…………ヒッ……ひぐっ…………」


 なんで、僕はあんな事をしてしまったのだろうか。 

 あの日、あの時に、火野上さんに手出しさえしなければ、こんな事にはならなかったのに。

 

 青少女保護法の悪用は懲役刑だってありえる。

 続く者がいないよう通常の罪よりも重い、見せしめだ。

 

 ……クソ、クソっ、クソォ!


 絶対に許さないからな、黒崎桂馬!

 僕が味わう苦しみを何百倍にしてアイツに仕返ししてやる!

 絶対に、絶対に……ッ!


「くそがっ!!」


 おにぎりの包み紙を放り投げたら、ちょうどコンビニに入ろうとした人物が僕の方を見た。


「あれ? お前、四宮じゃねぇか」


 声を掛けられ見上げると、そこには数人の男の姿があった。

 髪を金髪に染めたり、だらしなく着崩してたりするけど、見覚えがある。

 ヤバイ、こいつら、中学の同級生だ。


「ちょうどいいや四宮、話しがあるんだよ」

「……な、なんですか」

「お前の嘘、ようやく明るみに出たな」

「……」

「辛かったぜぇ? 俺達はやってないって言ってるのに、誰も信じてくれねぇの」


 逃げようとしたら囲まれた、強引に肩を組まれ、妙に顔を近づける。

 臭い息だ、出来る限り近づいて欲しくない、可能ならば今すぐ死んでくれ。

 誰も信じてない? 当然だ、実際にお前たちは僕をイジメたんだからな。


「おい四宮、聞いてんのかよ」

「……なんだよ」

「なんだよじゃねぇよ、お前の嘘のせいで俺らがどうなったか、分かって言ってんのか?」


 そんなの知るはずが無い、僕は保護されてこの街を去ってたんだから。

 何があったとしても全部お前たちの自業自得だろ。


「謝罪したのにまだイジメてんのかって言われてよぉ、内申点ボロボロ、推薦もお断り、俺ら全員高校に行けなかったんだけど? 中卒で働けって言われたんだけどッ!? 誰のせいか分かってるよなぁッ!」


「ヒッ」

「俺らお前のお陰でそっち系に属してんだよな。お前、身体売れよ、その金で俺らに謝罪しろ」

「い、いやだ」

「断れると思ってんのか? テメェのせいで俺らの将来お先真っ暗なんだけど?」

「いやだ、いやだぁ!」


 組まれていた腕を振り払って、必死になって逃げる。


「あ、アイツ逃げたぞ! 追いかけろ!」


 相手は自転車、それに原付バイクまで使って僕を追い回し始めた。

 捕まったら殺される、絶対にアイツ等は僕を許しはしない。

 だって、僕のついた嘘で、アイツ等の人生だって変化せざるを得なかったのだから。


 でも、それでも、僕だって必死になって考えた結果なんだ!

 全部が全部僕が悪い訳じゃない! 盗撮に気付いたあの女が悪いんだ!

 全ての元凶はあの女、僕が悪い訳じゃない!


「逃げんなよ四宮ぁ!」

「ひっ……くっ、くっそぉ!」


 ダメだ、今はそんなことを考えてる場合じゃない!

 逃げないと……そうだ、警察、ここを曲がれば交番があったはずだ!


「お巡りさん! 追われているんです! 助けて下さい!」

「な、なんだ君は、どうかしたのか?」


 警察官を前にして、急に頭がクリアになった。

 助かってどうする? アイツ等は間違いなく解放されて、また襲われるに決まってる。

 家には僕に無関心な両親しかいない、いつかはアイツらに捕まって終わりだ。


 ……だとしたら、僕の安全な場所は牢屋の中しかない。

 どうせ懲役刑なんだ、最近は年寄りが亡くなって刑務所も空いてるって書いてあった。

 十五歳でも極悪人なら刑務所に入れる。 


「おい、お前の拳銃を寄こせ!」

「なに⁉ 誰が渡すか、このっ!」

「ちっ……面倒くせぇなぁ!」


 黒崎がしたみたいに、握りこぶしを作って警察官を殴った。

 頭の毛が薄い警察官が驚いた顔をしながら、それでも一気に僕を制圧する。

 

「警察官を舐めるなよ。一体何があったのかは知らんが、公務執行妨害、現行犯逮捕する」


 さすがは警察官だ、手を取られた瞬間に身体が倒されてしまった。

 直後、後ろ手に手錠が回される。金属のひんやりとした感触が手首を包みこんだ。


 途端、自分が何をしたのかを改めて認識する。

 ただでさえ青少女保護法違反で立場がヤバいのに。

 公務執行妨害? 一体僕は何をしているんだ。


「ばーか! 俺ら普通に学生だし!」

「お勤め頑張ってきてねぇー!」


 交番の外から僕を馬鹿にする声が聞こえてくる。

 少ししたらパトカーのサイレンの音が聞こえて来て、僕の嗚咽の全てをかき消していった。


 多分、外に出て来るのは十年以上先になってしまうのだろう。

 バカなことをしたとしか思えない……でも、もう、これで襲われる心配はない。


 これでいいんだ……これで、僕は、絶対に間違ってない。

 間違って……ないんだ。

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