第49話 旅行の終わり、四宮君が連行される日

8/3 木曜日 06:00 


 警察が被疑者を逮捕する時って、早朝を狙う事が多いと何かで読んだ。

 まだ人が動き出す前の時間に終わらすことで、被疑者のプタイバシーも守るのだとか。


黒崎くろさき君、起きて」

「……ふぇ?」

四宮しのみや君が連行された」

「……え?」


 諸星もろぼしさんに起こされて、僕の意識は一瞬で覚醒する。


 昨日の今日で? そんなことあり得るのか? 

 慌てて飛び起きると、着の身着のままで僕は部屋を出る。

 廊下に出た途端、ワイシャツ姿の大人たちの視線が僕へと注がれることに。 


 渡部わたべさんと同じ雰囲気がする、多分、法務省の人達だ。


「黒崎桂馬君、だね」

「……はい」

「青少女保護観察課の不知火しらぬいだ。渡部課長へと報告した内容は、こちらも把握している。急ですまなかったね」

「いえ、大丈夫です」

「上層部、及び政府AI判断により、四宮鉄平君の保護は解除となった。我々は観察官保護のため迅速に動く必要があったんだ。楽しい旅行の邪魔をしてしまい、誠に申し訳ない」


 頭を下げた不知火さんに対して、僕も一緒に頭を下げる。

 護るべきは僕達であり、その為なら一秒でも早く動く。

 国の力か……相変わらず凄いな。

 

「あの、椎木しいらぎさんは」

「椎木観察官は車内にて事情聴取を受けている最中だ。事実確認の後、すぐにでも解放される。見ていて可哀想になるくらいに落胆していてね、恐らく、このまま彼女を一人にさせる訳にはいかないと思う。その件で黒崎観察官に一つお話があるのだが……いいかな?」


 人に聞かれていい話ではないのだろう。

 不知火さんと共に僕も保養所の外へと向かい、停まっていた車へと乗り込む。


 ぶぅん…… ふぉぉぉぉぉぉん…………


 その時、一台の車が走り出し、中に座る四宮君の姿を見る事が出来た。

 肩を落とし、どこでもない場所を見ていた彼の目が、とても印象に残る。


「既に話は聞いていると思うが、椎木観察官には新たな選定者が割り当てられる事が決まっている。だが、その人物は元々他の観察官に割り当てられる予定の子だったんだよ」

「他の観察官、ですか」

「ああ、小平こだいら大河たいが君って、知っているかな?」

「え、小平君……彼が観察官になるんですか!?」


 ノノンを心の底から羨ましがってた、僕の前の席に座る同級生じゃないか。

 にんまり笑顔の小平君が目に浮かぶようだ。 


「ああ、いや、予定だった子だね。今は違う」

「そうですか、残念」


 意気消沈しながら小平君が消えていった。


「ともかく、黒崎観察官の通う学校へと転校する事が決まっていた所での今回の出来事であってね。学校への諸々の手続きは完了し、後は小平君へ説明をという所までは話は進んでいたのだが……ところで、今回の件で一番心配なのは椎木観察官だと、我々は考えているんだ」


「はい」


「彼女の精神もだが、何よりも住居が四宮鉄平君にバレているのが不味い。このまま同じ場所で保護観察を開始してしまっては、彼の凶刃が椎木観察官や新たな選定者に及ぶ可能性がある。そこで我々が出した決断なのだが、黒崎観察官」


「はい」


「君の住居に、椎木観察官、及び選定者である氷芽こおりめ依兎よりとさんの二人を住まわせたいと考えている」


「……はい?」


「無論、長期間ではない。椎木観察官の新たな住居が選定されるまでの期間だけでいいんだ。今の椎木観察官を一人にする訳にもいかない。黒崎観察官と共に過ごし、彼女の受けた傷が落ち着くための療養期間と受け取って貰っても構わない。確か、君の住居には空き部屋が二つあったはずだ。そこをそのまま彼女たちの部屋として利用させて頂きたい」


 椎木さんと、新たな選定者が僕の家に住む?

 でも、言いたいことは分かる。


 四宮君を最後まで守ろうとした彼女の決意が、頑張りが全て無駄になってしまったのだから。

 そんな状態で「じゃあ次お願いしますね」は、さすがに無茶ぶりが過ぎる。


「……分かりました。椎木さんはなんと?」

「黒崎観察官が了承して頂けるのならば……とのことだ」


 椎木さんらしいな、常に一歩引いて言葉を紡ぐんだ。

 

「大丈夫です、と伝えて下さい」

「ありがとう。少々賑やかになってしまうが、火野上ひのうえさんを更生した君ならば問題ないだろう」

「別に、まだ更生したって決まった訳じゃ……」

「謙遜する必要はない。彼女は特別・・だったからね。さて、では早速、椎木観察官の引っ越し準備に取り掛かる。学校も一緒だ、良ければマンション周辺や、通学路の案内等もしてもらえると助かる」


 トンッと書類を揃えると、不知火さんはようやく頬を綻ばせてくれた。

 優しいお父さんのような笑顔に、見ていてどこか心が落ち着いてしまう。


 車を降りて保養所に戻ると「けーまぁ!」とノノンが飛びついてきた。

 目が覚めて僕がいなかったから不安だったのかな、ラウンジには皆の姿が揃っていて。

 

「とりあえず、朝食にすっか」

「……そだね、最後だし、ダイエットなんか忘れてドカ食いしようかな」

 

 そんな事を言ったら、バシンと背中を諸星さんに叩かれた。


「やめてよ黒崎君! せっかくこの十日間で体脂肪率がかなり減ったんだから!」

「へぇ……確かに諸星さん、綺麗になってきたもんね」

「ふふっ、もう惚れないからね? 私の相手は決まってるんだから」


 ポージングした諸星さんは、確かに十日前と違うように見える。気がする。

 来た時と比べて一人減ってしまったけれども、旅行の最後ぐらいは笑顔で過ごしたいと思う。

  

 談笑していると、車の扉が閉まる音が聞こえてきた。

 羽織っていたパーカーの襟元を右手だけ握り締めながら、椎木さんが僕達を見る。

 

「椎木さん」

「……黒崎君、しばらくの間、宜しくね」

「ううん、今度は良い人だといいね」

 

 いつも整っていた髪も寝ぐせが残り、肌のハリと艶もない。

 この二日間で相当に悩んだであろう椎木さんは、僕の目には少しやつれて見えた。

 自分の全てを懸けて臨んでいた相手の裏切り行為は、間違いなく彼女の心を傷つける。

 

「なんだぁ、椎木さんと黒崎、なんかあるのか?」

「ああ、うん、僕と椎木さん、同居することになったんだ」

「……へ? マジ?」

「と言っても、ちょっとの間だけだけどね」


 神崎君と二、三言葉を交わす間も、椎木さんの表情は曇ったまま。

 無言のまま、悲し気な笑みを浮かべた彼女は、これまで隣にいた人を想う。

 少なくとも椎木さんは全力だったんだ、その想いが故に、彼女だけは最後まで四宮君の味方であった。

 

「マイ」


 生気を失った瞳の彼女に、ノノンが近づいて両手を握る。


「マイは、がんばった、よ?」


 ノノンはきっと、誰よりも感受性豊かで。

 その時一番欲しい言葉を、伝える事が出来る子なんだ。


 死んだ瞳に光が戻るのと同時に、一気に涙が溢れて来る。


「……っ、ひっ……うっ……うううぅっ」


 ノノンに手を握られながら、椎木さんは膝から崩れ落ちた。

 そんな彼女のことを、ノノンは包み込んで、抱き締めるようにしながら頭を撫でる。


「よしよし、いいこ、いいこ」


「うっ、ううっ、ヒック、……私、私……頑張ったのに……うぅっ……あああぁ、うわあああああああああああああああぁッ! ずっと、毎日、アダジ、あっ、あっ……っ、うぐっ、うっ、うわああああああああああああああああん! あああああああああああぁん!」


「うん……がんばった、よね」


 声を上げて泣き続ける椎木さんを、ノノンはいつまでも抱き締める。

 そんな二人を見ていたら、気付いたら僕まで泣けてきてしまっていた。

 

 ハンカチが何枚あっても足りない。

 諸星さんも椎木さんを抱き締めて、優しく背中をさする。

  

「……ほんっとによぉ……」

「……神崎君も、ハンカチ使う?」

「いいよ、男が泣いていい時ってのは限られてんだからよ」

「ははっ、別に、強がらなくてもいいのに」


 どんなに権利を与えられても、どんなに大人びた感じでいても。 

 僕達はまだ十五歳なんだ。悲しければ泣くぐらいは、誰だって許されるもんだよ。


§


「それじゃあ……いろいろあったけど、またな」

「うん、神崎君も、いつでも連絡待ってるからね」


 握手を求めると、神崎君は力強く握り返してくれた。

 きっと僕達の関係は観察官同士の仲間であり、親友と呼べる間柄なのだろう。


「黒崎君……本当にありがとう」

「諸星さんも、楽しかったよ」


 いろいろとあったけど、諸星さんは心のわだかまりが無くなり、これからは純粋に神崎君を信じて進んでいくのだと思う。きっと想像以上に綺麗になるんだろうな。次に会う時には別人になってるかもしれないね。


「楽しかったー! またねー!」


 両手を上げて手を振ると、車内から二人も手を振ってくれて。

 神崎君と諸星さんを乗せた車を見送ったあと、僕達も自分の車へと乗り込む。

 

「マイ、ねむっちゃった、ね」

「そうだね……いろいろあったからね」


 椎木さんは自宅には戻らずに、このまま僕達と共に花宮のマンションに移り住むらしい。

 荷物は全て業者が今日中に運ぶって聞いてるから、今日は今日で忙しくなりそうだ。


 四宮君のことは残念だったけど、彼だっていつかは大人になる。 

 今回の出来事だって、いつか笑い話になる日が来るんだと、そう信じているよ。


「それじゃあ、出発、お願いします」


 ピピッと反応して、車が無音のまま動きだす。


 遠くなっていく保養所を眺めながら、僕はノノンと手を繋いだ。

 高校一年生の夏の日の思い出は、きっと失われることはないのだろうな。


 何にしても楽しかったし、とても疲れた。

 僕も、ちょっとだけ眠ろうかな……。


§


次話『三人での生活と二人の来訪者』

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