第50話 三人での生活と二人の来訪者

「素敵、このマンションが二人の住まいなの?」

「うん、シャトーグランメッセ、一番上のフロアが僕とノノンの部屋だよ」


 車から荷物を下ろしながら、地上三十階の我が家を見上げる。

 相変わらずの豪邸だ、この家に普通に住める人達ってどんな職業してるんだろ。


椎木しいらぎさんの住んでた場所も、こんな感じだったの?」

「そうね、横浜駅のすぐそばだったからか、こんな高い建物じゃなかったけど」

「あ、横浜だったんだ、神奈川エリアだったんだね」

「そういえば黒崎君には言ってなかったかもね。ちなみに神崎君は千葉よ」


 へぇー、知らなかった。

 言われてみれば千葉って感じがするかも。

 

「けーまぁ、ノノンたちは、どこ?」

「僕達は埼玉だよ」

「さいたま? ……さいたま、どこ?」

「ノノンがいたのは滋賀の方だっけ、埼玉は遠すぎて分からないかもね」


 などと会話していると、僕の名を呼ぶ懐かしい声が聞こえてきた。


「お! ほらいるいる! おーい黒崎ぃ!」

「桂馬君、ノノンちゃん、お久しぶりー!」


 声だけで分かる。

 小春こはる日和ひよりさんと、風蔵かぜくら古都ことさんだ。

 

 日和さん、上は日焼け対策に長袖を着用していて、下はレギンスとミニスカート姿で、見ているだけで夏って感じがする。セミロングな黒髪がちょっと日焼けして茶髪に見える辺り、多分夏休みを古都さんと二人で楽しんでるんだろうな。


 対して古都さん、なぜに貴女は金髪になっているのでしょうか。しかもなんか髪が伸びてるし、エクステつけ毛って奴か? 日焼けなんか知るかって感じのオフショルダースタイルで、下はレギンス無しのミニスカート、ちょっと目のやり場に困る。 


「ひよりー! ことー! お久しぶりなのー!」

「きゃー! ノノンちゃん日焼けしてるー! かわいいー!」


 ノノン、日和さんと手をつないでぴょんぴょん跳ねてる。 

 で、古都さんは僕の肩にずしっと寄りかかってきた。


「黒崎、ただいまは?」

「……ただいま。で、急に何の御用でしょうか?」

「いやぁ、久しぶりに高い場所に登りたくなってね」

「そうですか、山にでも?」

「まったくもう、冗談キツイぜ」


 バンバンって背中を叩かれている。なぜだろう。

 

「そのお二方は、ご友人?」


 予想していなかった二人の襲撃を前にして、すっかり紹介するのが遅れてしまった。

 

「ああ、はい、そうです。同じクラスの小春日和さんと風蔵古都さんですね。日和さん、古都さん、この方、僕と同じ観察官の椎木舞さんです」


 ノノンとつないだ手を離すと、日和さんは椎木さんの手をぎゅっと握る。

 

「え、女の子の観察官なんているんだ! 凄い! 私、小春日和っていいます!」

「初めまして、椎木舞と申します。二学期から同じ学校に通うことになると思うから、宜しくね」

「えー! なにそれどういうこと!?」

「そのままの意味、クラスまでは分からないけどね」

「え! え! 凄くない!? ウチの学校観察官二人になるんだ!」


 さすがはコミュニケーションお化け、相変わらずの勢い全開だな。

 

「アタシは既に紹介された通り、風蔵古都だ。宜しくな」

「ええ、宜しく。それにしても……」


 チラリと椎木さんが僕を見る。なんぞ?


「黒崎君って、二人のことを下の名前で呼ぶのね」

「いっ? いや、別に特別な理由がある訳じゃないんですけどね?」

「じゃあ、私も桂馬君って呼ぼうかしら。私のことは舞でいいからね」

「いぇ? さすがにそんな、観察官同士で下の名前で呼び合うのはちょっと」

「ダメなの?」

「……ダメじゃあ、ないです、けど」


 いいのか? 神崎君のことだって僕は沙織とは呼ばないんだぞ。

 それに椎木さんを下の名前で呼ぶのって結構抵抗があるというか。


「はい、じゃあ一回言ってみようか」


 なぜに古都さんは嬉しそうにしてるんでしょうか。

 彼女の肩に回された手に力がこもっている。

 

「……じゃ、じゃあ、舞さん」

「うん、桂馬君……なんか、照れるわね」


 ほら見ろ、古都さんや日和さんとは違って、普通は照れるんだよ。

 っとぉ! 今度は後ろから抱き締められたんだが!


「……え、ノノン?」

「……けーま……うわき」

「してない! してないから! あああ、余計な言葉覚えちゃったよもぉ!」


 そんな感じで談笑しつつも、夏の日差しは容赦がない訳で。

 そもそも旅行から帰ってきてまだ荷物すら片してないのに、一体何しに来たのよ。


「ん? さっき言っただろ、高い所に行きたいんだよ」

「花宮の街で一番高い所って言ったら、ねぇ?」


 僕達の家に行きたいと。

 前にも言ったと思うけど、事前申請が必要なんだよね。

 警備兼コンシェルジュの人に聞いた所で、きっとダメだって言われておしまいなのに。


「以前入られたお嬢様方ですよね、今から申請していたければ入室可能です」


 え、入れるの。

 やったー! 久しぶりのシャトーグランメッセだー! って喜んでるけども。


「そちらの方は、椎木舞様で宜しかったでしょうか?」

「はい、間違いありません」

「では、椎木様に関しましてはこちらのカードキーをお持ちください。黒崎様と同等の権限が付与されれおりますので、紛失等なさらぬよう、ご注意下さいませ」


 おお、さすがは国の仕事だ、対応が早い。

 

「へぇー、ってことは、舞さんもこのマンションに住むの?」

「ええ、しばらくの間、桂馬君の家に厄介になる予定よ」

「へぇー…………へぇ!? 舞さんも同居するんですか!?」


 日和さんが変な声で叫んだけど、そりゃ驚くよな。

 僕だって驚いた、けど、今の椎木……舞さんを一人にする訳にもいかないし。


「黒崎ぃ、アタシも一緒に住まわせろよ」

「あ、じゃあ私も一緒に! 毎日楽しそうだし!」

「みんないっしょなのー! ノノンまいにち、たのしいでいっぱいだねー!」


 無理です。

 確かこの後さらにもう一人追加で来るんだから、二人が住まう部屋なぞございません。

 そういえば……氷芽こおりめ依兎よりとっていったっけ。

 彼女はいつからウチに来るのだろうか。


§


「わぁ……綺麗な景色」

「本当、心が洗われますよねぇ……」

「そうだな、あ、ほら、舞さん、あそこのカーテンが開いてる部屋が日和の部屋ですよ」

「わー!!! なんで私の部屋のカーテン開いてるの!? お母さん掃除したー!?」


 賑やかだなぁ、こちとら旅行後の洗濯物やら、風呂掃除やらで大変なんだが。

 ノノンとの腕輪だって付ける暇もないし、一体いつになったら落ち着けるのやら。


「黒崎ぃ」

「なんですか」

「お土産は?」

「……信玄餅、買ってきてありますよ」

「お、さんきゅー!」


 まるで我が家のようにキッチンでお土産広げて、まぁまぁ楽しそうな事で。


「ねぇ桂馬君」

「はい、どうかしました?」

「私の部屋、なんか変な臭いがするのよね」


 舞さんの部屋、つまりは最初期のノノンの部屋だ。

 嘘だろ、まだ臭い残ってんのかよ。

 確かにしばらく開かずの間と化していたけど。


「すいません、すぐに空気清浄機かけますね」


 ばたばたばたと、もーなんか忙しいな。


 ――ピッ、空気清浄機、強で作動します―― 


 ふぅ……これでいいかな。

 あー、なんか、疲れた。


「ん?」


 背後からふわり・・・と抱き締められた。

 ノノンかな、一体いつのまにこの部屋に来たんだか。


「……桂馬君」


 ……え、舞さん? 舞さんなの⁉

 う、意識すると、背中に触れる胸の感触とかが。


「まだ、感謝の言葉、伝えてなかったから」

「ええ、ああ、いや、そんな、いいですって」

「ううん……あの時、一番怒ってくれて……嬉しかった」


 そりゃまぁ、ノノンの件しかり、四宮君の態度しかりでしたし?


(……みんなが惚れるの、わかるなぁ……)


「……舞さん? なにか言いました?」

「……なんでもない。ありがとうって言いたかっただけ」

「そうですか……あの、部屋の臭い気になるなら、もう一つの部屋がありますけど」

「ううん、大丈夫、桂馬君来てくれたから、もう平気」


 ぱっと離れると、舞さんは部屋から出ていってしまった。

 ……何はともあれ、元気そうで良かった。

 それにしても部屋、臭うかな。


§


次話『執筆中のため仮題:氷芽依兎という女性』

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