第51話 氷芽依兎という女性

8/3 木曜日 19:00


「けーま、よるごはん、できたよ!」


 うっ? あれ、いつの間にかリビングのソファで眠ってたや。

 洗濯物干して片付けや洗い物して、ちょっと横になった瞬間に意識が飛んだっぽい。

 家が一番落ち着くって本当だな、母さんが旅行から帰るたびに言ってたのも分かる気がする。

 

「夜ご飯出来たってよ」

「うん分かった……って、おわっ! 古都さん!」

「膝枕、気持ち良かったか?」


 なんて事だ、完全に油断してた、ノノンがいる目の前で古都さんの膝で眠るとか。

 また「浮気? けーま浮気?」って連呼されてしまうじゃないか。

 片づけでちょっと鎖外してた弊害だ、まさかこんな事態を引き起こしてしまうなんて。


「けーま、ごはん!」

「え? あ、ああ、うん」

「けーま、へんなかお、ノノンなにかあった?」


 髪を全部後ろに縛ったキュートな顔で僕を見る。

 紺色の前で縛るタイプのエプロンがとても可愛い。


 先っちょがフォークみたいになってるオタマを手にしながら、ノノンはきょとんとして。

 古都さんの膝枕じゃ浮気判定にはならないのか? よく分からないな。


「あーあ、結局夜ご飯の時まで熟睡だったかぁ」

「私達の時は気持ち良すぎて、逆に起きれなかったのかもしれないわね」

「なるほど、そう言われると納得できる。さすが舞さん!」


 キッチンの方で日和さんと舞さんとで笑いながら何か会話してるし、一体何をしてたんだ?


「訳分かんねぇって顔してるな」

「古都さん……えぇ、まぁ」

「ここにいる全員で、寝てる黒崎のことを順番に膝枕してたって話だよ」

「い?」

「誰の時で目が覚めるか賭けてたんだが、どうやらアタシの勝ちみたいだな」


 全員で膝枕ロシアンルーレットしてたってこと?

 ノノンは分かるけど、舞さんや日和さんも!?


「うふふっ、熟睡してて可愛かったわよ」

「そんな……茶化さないで下さいよ」

「けーま! よるごはん、れーせーパスタ! ノノンとマイで作ったの!」

 

 寝起きから驚かされたけど、さっきから良い匂いがしてたんだよね。


 テーブルへと向かうと、五人分のミニトマトや野菜が和えられた冷製パスタと、これまた冷たいコーンスープ、カットされたバゲットが並べられているんだけど。


「あれ? 今日のメニューってこんなのでしたっけ?」

「ううん、普通にサラダとミートスパゲッティだったけど、私の方でアレンジしたの」

「アレンジ、え、凄い、舞さんレシピ本に頼ってないってことですか!?」

「これでも女の子ですから、料理の一つや二つは出来ますよ」


 へぇー、凄いな、レシピ本無しで料理するとか。

 こういうのって誰でも出来るものなのかな。

 ちらりと日和さんを見る。


「え、桂馬君、ダメだよ私を見たら」

「そうだぜ? 日和は食べる専門だからな。ちなみにアタシは結構料理出来るほうだぜ?」

「食べ、食べる専門じゃないもん! お茶漬けくらいなら作れるし!」

「そりゃお湯注ぐだけだからな」

「ノノン! ノノンも料理できるよ! れーせーパスタも作り方おぼえた!」


 わっちゃわっちゃしながらの夕食は、なんていうかまぁ、楽しいし美味しかった。

 保養所で不知火さんが賑やかになるって言ってたのは、本当だったね。


 古都さんが料理出来るって本当かな……?


 そんな感じで、夕ご飯を皆で食べ終わる頃には、時計の針が午後八時になろうとしていて。

 時間の経過があっという間過ぎて、何だか驚く。


「はぁー食ったし笑ったし、そろそろ風呂に入るか」

「いやいや、滞在時間の期限来てるから」

「え! 今日はお泊りじゃないの!? まだサウナも入ってないよ!?」

「法務省の人が来る予定になってるから、残念だけどサウナはまた今度かな」


 やっぱり日和さん、サウナ目当てだったのか。

 しかし残念ながら入室予定には、渡部さんと水城さんの名前がある。

 ちょうど八時に入れ替わるような感じに設定してるから、もう下にいるかもしれないな。


「えー! 私この家のサウナに入るのが一番の目的だったのにぃ!」

「だったら先に入ってれば良かったじゃねぇか」

「だってこの家楽しいんだもん! ノノンちゃんと舞さんもいるし、お喋りが止まらなかったんだよぉ! あーん、失敗したぁ! こうなったら数分だけでもサウナに!」


 無理です。なぜならもう夜の七時五十五分だから。

 さすがに法務省の人達が来るのに古都さんと日和さんを同席させる訳にはいかない。

 後ろ髪を引かれる思い全力展開の日和さんを連れて、古都さんは「またな」とエレベーターに乗ってくれた。


 入れ替わりに、渡部さんと水城さんが我が家にやってくる。

 業務時間外というのに二人共ワイシャツ姿だ。

 仕事あがりそのままで来てくれたのかな?


「あれ、渡部さん、髪短くしたんですね」


 以前は七三だったのに、今は逆立つぐらいの短髪だ。

 がっしりとした体形に焼けた素肌、意外と外に出る機会が多いのかも?


「ああ、夏だし髪が長いと暑くてな」

「似合わないでしょう? 黒崎君からも言ってやって、前の方が良かったって」

「あはは、そうですね、でもなんか若返った感じがします」

「ほらみろ、黒崎君は分かってくれたぞ?」

「えー? そうですかぁー?」


 なんか、渡部さんと水城さんの距離が近い気がする。

 直属の上司と部下ってこんな関係になれるのかな。


「これ、お土産の信玄餅です」

「おお、催促してしまったみたいで済まなかったね」

「いえ、いつもお世話になってますから、これくらいは」


 渡部さん、お土産を受け取ると水城さんへとすぐに手渡してしまった。

 やったって小声で喜んでる水城さん……本当に距離近くない? まぁいいか。


 リビングへと向かうと、出迎えた椎木さんが深々とお辞儀をする。


「渡部課長、これからお世話になります」

「椎木観察官だね。いや、こちらの不手際だ、誠に申し訳なかった」


 渡部さんと水城さんの二人は姿勢を正し、より深く頭を下げた。

 顔を上げると、渡部さんに続き、水城さんからも謝罪が入る。

 

「本来あってはいけない事が起こってしまったの。椎木観察官の頑張りは私達も評価していたわ。だから、気を落とさずにね。こうして振舞ってくれているのを見ると、とても安心する」

「……いえ、私一人だったら、耐えられなかったと思います。ノノンちゃんと桂馬君……黒崎観察官がいてくれたからこその今です」


 椎木さんが頬を染めながら僕達を見る。

 僕は多分おまけかな、椎木さんの悲しみを見抜き、支えたはノノンだと思う。


「さて……本当ならこのまま談笑といきたかった所なんだが、先に要件を済ませておこうかな」


 キッチンのテーブルに二人腰掛けると、見覚えのある茶封筒を取り出した。

 機密情報の赤い角印、表紙には何も書かれず、裏には法務省のマークのみ。


「明後日から同居することになる、氷芽こおりめ依兎よりとさんの個人情報だ」

「え、僕も同席してしまって大丈夫なんですか?」

「構わない、元々この子は観察官二人で対応してもらう予定の子だったんだよ」

「二人? 元々と言うと、小平君と僕でって事ですか?」

「そうだな、だが、結果として椎木さんで良かったと、私は考えているよ」


 躊躇なく封筒を開封すると、氷芽さんの身上書を僕達へと手渡してきた。

 氷芽依兎、当然だけど僕達と同い年の女の子。


 備え付けの写真を見ると、髪の色が青く、目の色も青い。

 最初に受けた印象は氷雨ひさめ、どことなく冷たい感じがする女の子だ。 

 

「目を通す前に告げておくが、彼女は観察官を一人リタイアさせている」

「え? リタイアですか!?」

「ああ、観察官と肉体関係を持ってしまってね……そこから一気に破綻してしまったんだ」


§


次話『嵐の前の静けさ』



☆あとがき


 ここまでお読み頂き、誠にありがとうございます。

 作者の書峰颯です。


 楽しかったカクヨムコンテストも本日の11時59分をもって終了となります。


 本日午後からの一週間は読者選考期間といい、読者様が「この作品ならコンテストで戦える」と評価したのみが二次選考へと進める形となります。無論、評価とは☆の数、及び作品フォローの数、そして文字付レビューの熱意です。


 わかりやすく言います、星を下さい! 宜しくお願いします!

 読者選考を超えられるかどうかは、読者皆皆様のご尽力が全てです!

 作品ページの下部にある☆☆☆を★★★に変えて頂けるだけで、私の努力が報われます!


 泣いても笑っても今年のカクヨムコンは今日で終わりです。

 後悔のないよう全力を尽くしました。


 あとは、それに伴う結果が欲しい……! 

 

 何卒、ご評価のほど、宜しくお願い致します!


 最後に、誠に申し訳ないのですが、明日以降のストックがありません。

 投稿は遅れるかもですが、急ぎ仕上げますので、お待ちいただけたらと思います。

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