第47話 彼女が出した答えと、僕が出した答え。
8/2 水曜日 15:00
「うー!」
「ノノン、バタ足、凄すぎるから、ちょっと抑えて」
「うー!!! う! はぁはぁ、ノノン、泳げた!」
「……そうだね、三センチくらいは進んだかな」
人が増えてきた保養所内にあるプールにて、僕達は
水着姿を見られたくないって言ってた諸星さんも、最終日とあって一緒に参加だ。
服装はノノンと同じ、上下共に長めのラッシュガードだから、体型はそんなに目立たない。
「ノノンちゃんらしい、良い泳ぎっぷりだったな!」
「さおりー! ノノン、泳げた!」
「おう! ちゃんと見てたぜぇ!」
流れるプールを泳いだり歩いたりしてるだけのプランだけど、これはこれで結構な運動量になりそうだ。
現に、
引き締まってきたとはいえ、彼女の体重はまだまだ多い、努力が必要だ。
「けーま、けーま」
「ん? どしたの?」
「さおりとけーまのおなか、ちがうね」
「……神崎君のは割れ過ぎなんだよ」
八個に割れた神崎君の腹筋と、僕の陰キャオタク生活全開だったお腹を比べないで欲しい。
しかし凄い腹筋だな、腹筋板チョコならぬ、腹筋ちぎりパンだよ。
「僕も少しは鍛えた方がいいのかな……お腹の皮が伸びちゃうもん」
「ううん! ノノン、けーまのほうが、すき!」
「……ありがと」
「ほんと! うー、ノノン、つよいひと、こわいから、きらいなの」
「……それって喜んでいいのかな?」
「けーまは、このまま、ね!」
必死になって僕のお腹を撫でないで欲しい。
ノノンはスタイル抜群だから、並んで立つには僕もちょっとは頑張らないとかな。
神崎君の横にノノンが立つと、悔しいけど美男美女すぎて勝てないもん。
「お、上に
神崎君に言われ、視線を二階、ガラス張りのプール見学者用フロアへと向ける。
小さく手を振る椎木さんの横に、暗い表情の
「俺達もそろそろ終わりにして、椎木さんの所いくか」
「うん、そうだね……ノノンと諸星さんはどうする?」
「一緒でいいだろ、寂しい連呼されるのも堪えるしな」
プールから上がった僕達は、保養所の空いているミーティングルームへと足を運んだ。
白い壁に茶色い木製の床は、どこはかとなく学校の教室を連想させる。
扉を閉めた後、椎木さんと四宮君は教壇のように、一段上がった場所に立った。
薄手のシャツにパンツスタイルの椎木さんは、一見すると先生のようにも見える。
そんな明るめな椎木さんに対して、四宮君はフード付きのパーカーを羽織り、顔が半分以上見えないくらい目深にフードをかぶっている。手はポケットに突っこんだまま、この場に来たのも自主的じゃなさそうだ。
僕達はそんな彼を見ながら、なんとなしに一番前の席に座る。
「うー……」
四宮君を見るなり、ノノンは僕の腕にしがみついた。
僕達は約束を守り、昨晩のことをノノン達に伝えていない。
伝えた所で空気が悪くなるだけだ、そう語る神崎君の言葉もあってのこと。
個人的には、
「けーまぁ……」
聞いた所で分からないで終わりそうだし、一応約束もあるしね。
帰ってから渡部さんに質問するって事で、その点に関しては決着をつけた。
そんな僕達を見た後に、椎木さんは柔らかな笑顔を浮かべて語り始める。
「皆にはちゃんと話しておこうと思って……なんだか
「……別に、椎木さんは何も悪くないですよ」
「ううん、それを認めてしまったら、私が観察官である意味が無くなってしまうわ」
外で選定者が悪事を働いた場合、観察官に責任が及ぶ。
そうさせない為のマンションセキュリティであり、腕輪であり手錠だ。
分かってはいるけど、今回の一件で椎木さんに落ち度があるなんて思いたくもない。
「四宮君のしたことは、確かに許されることじゃない。でも、恋愛感情をもってして暴走してしまうというのは、若気の至りとして考える事が出来るんじゃないのかなって、私は思うの。何よりも、一番身近にいる異性として、私がそれらを受け止めないとダメだったのよ」
ため息と共に足を組みなおした神崎君が、椎木さんへと意見する。
「それは……自己犠牲が過ぎるんじゃねぇか?」
「ううん、だって伝えたでしょ? 彼が最初に撮影していたのは私だったのよ?」
何百枚とあったという盗撮画像。
それが意味する所は、最初の四宮君の
「……それで、どうするつもりなんですか? このまま誰にも何も言わず?」
「いいえ、観察課の課長さんには連絡するわ。虚偽は私達の唯一の武器である信頼を失くす。連絡した上で、私は私なりのケジメをつけるつもり」
ケジメ? 一体なんのことだろう。
神崎君も不安げに眉を寄せた。
「私も、彼と鎖で繋がることにするわ」
椎木さんと四宮君が、鎖で?
「いやいや、それは無理じゃねぇか? 四宮が襲うのは目に見えてるだろ?」
「僕達と同じに考えちゃダメですよ、椎木さんだって盗撮されて嫌がってたじゃないですか」
普段温厚なノノンが人格を変えてしまう程の責め苦を、四宮君は実行できるんだ。
それに根本的に卑怯者だ、盗撮し、誰もいない所で弱者をいたぶる。
そんな彼と椎木さんが鎖で繋がる?
椎木さんは頑固だけど、これだけは譲る訳にはいかない。
「私達に求められている事は、彼ら選定者を普通の存在に戻すことなの」
僕たちの意見に封をするように、声量を上げて椎木さんが反論する。
「四宮君が卑怯なのは百も承知よ、だって三か月間も一緒にいたんだから。一緒にご飯を食べて、一緒に勉強して、一緒に学校に通って。彼がどういう人間かだって私だって理解してた。さすがに盗撮されてるとは思わなかったけど……でも、それだって私が対象なら、それでもいいかなって思ってたのよ」
「でも、今回、四宮君が襲ったのは椎木さんじゃない、ノノンだ」
「……ええ、その点に関しても確認したわ。観察官と選定者はほとんど別れるって事も彼は知っていてね。三年後を見据えて、私じゃなくて火野上さんを選んだみたいなの。今からその種を撒いておこうって考えたみたい……火野上さんには、本当に申し訳ないことをしたと思ってる。でも、これからは大丈夫だから。今後はずっと、私と四宮君は繋がってるから」
三年後に捨てられるのが分かってるから、ノノンを脅したって言うのか。
そんな四宮君のために、椎木さんはその身を犠牲にすると。
「……椎木さんは、それでいいんですか」
「……だって、他に方法がないじゃない」
「方法はありますよ。彼を見捨てればいい」
僕の発言を受け、椎木さんは表情を険しくする。
「そんなの、それは私の人生を捨てるのと同じじゃない! 貴方たちだって分かるでしょ!? この道を選んだ以上、もう他はないんだって! ……っ、今更、どの面下げて元の場所に帰れるって言うのよ……他に何もないんだから、私が犠牲になるしかないじゃない!」
一人の女の子にここまでの事を言わせている。
その渦中の人間が、未だ何も発言していない。
多分、僕の中の何かがキレたんだと思う。
無言で席を立ち、四宮君の前に立った。
「四宮君」
「……なに」
「椎木さんがここまで君を庇い続けてるんだ、何か言ったらどうなんだ」
「……別に」
ノノンとの鎖を外しておいて良かったと、心の底から思う。
感情の爆発を止めていられるほど、僕は大人じゃない。
甲高い音が室内に木霊した。
ポケットに手を突っ込みながら不貞腐れていた四宮君の身体が宙に浮き、そして倒れる。
途端、僕を止めるべく神崎君が両肩を掴んだ。
「おい、黒崎!」
「神崎君、僕は前に言ったよね」
「ああッ!?」
「暴力で解決する事もあるって……とりあえず四宮君には言っておきたい事がある」
殴られた頬を抑えながら、震える眼で僕を見る彼に対して、僕は言い放つ。
「人の女に手を出したんだ……ただで済むと思うなよ」
§
次話『制裁』
カクヨムコンも終わりますので、今日の午後五時にもう一話投稿します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます