第46話 許す精神と燻る感情

 四宮しのみや君、お腹が痛いのは本当そうで、布団から上体を起こすだけでも辛そうにしている。


「観察官がお揃いで……なに? 痛み止めならもう飲んだよ」

「ああ、そうじゃねぇんだ。聞きたいのは昨日の事なんだけどよ」


 瞬間的に、四宮君の目が泳いだ。

 手が指遊びを始めると、気まずそうに彼は黙り込む。


「そんなに脅えるなって。とりあえずこれ、聞いてくんねぇかな」


 面倒臭い遠回りはせずに、神崎かんざき君はタブレットの再生ボタンをタップした。  


『こ、壊れてる!? おいお前! これ政府から支給された大事な物資なんだぞ!?』

『うるせぇ! テメェが盗み撮り重ねて、本体を壊しちまったのが原因だろうが!』 


 四宮君、音声を聞いた途端に頬に力が入った。

 眉根を上げながら、あからさまに警戒心を増しながらも、唇は硬く閉ざす。


「これ、四宮の声なのは分かるんだが、会話してる相手って誰だ? あと、本体って?」


 物腰柔らかに神崎君が質問するも、四宮君は黙ったまま。 

 疑問に思う、なぜ沈黙しているのだろう?

 素直に喋れない理由って、一体なんだ?


「四宮君」


 黙ったままの彼の前に、今度は椎木しいらぎさんが立った。


「このデータがある以上、他も私達は把握してる。もちろん分かってるわよね?」

「……」

「その上で、私達はこれを最優先しているの。その意味、理解出来るでしょ?」

「……」

「一体この声は誰なの? ノノンちゃんだとしか思えないけど、彼女はこんな風に絶対に喋らないの。私たちが肝試しをしてる時に、貴方達に一体何があったというの?」


 努めて優しく、椎木さんは問いかける。 

 けど、それでも四宮君は口を閉ざしたままだ。

 そんな彼を見て、僕達は目を合わせ、静かに頷く。


「分かった。じゃあ四宮君、残念だけど、私達はデジカメを警察へと提出します」

「……え」

「被害者は私、盗撮された写真の中には下着姿もあったのだから、証拠としては十分よね」


 デジカメの中にあったデータが既にタブレットにあるんだ。

 データは既にコピーされていると、四宮君だって理解するはず。


「いいの? 貴方の青少年保護観察としての人生が終わっちゃうのよ? 保護観察中の逮捕はそのまま人生の終わりを意味する。もうまともに生きていられなくなるの、分かってるでしょ?」

「……なんで、そんなに知りたいんですか」

「重要だからよ。この中に記録された音声データがノノンちゃんだった場合、黒崎君が彼女と接する際に絶対に気を付けなきちゃいけない項目が一個増えるの。これまで彼はその事に気付けずにいた、その事実を踏まえると、もしかしたら不要な事かもしれないけど」


 項目って、なんだろう。

 渦中の僕が一番何も理解してない可能性があるぞ。


「……わかり、ました。あの、一個だけ、約束して下さい」

「ええ、いいわよ。なに?」

「僕が喋ったって、火野上さんには言わないで下さい」


 ノノンに対して脅える? あんな貧弱を形にしたような女の子に? 

 四宮君は布団からは出ずに、ぼそぼそと喋り始めた。


 ノノンは知らず知らずの内に男を引き寄せてしまう。

 その事実を、僕は改めて認識させられる事となった。


 その日、四宮君がしたこと、これまで四宮君がしてきたこと、盗撮の件も全て。

 四宮君の話を聞き終わった後、僕は冷静にはいられなかった。


「ノノンを脅したって言うのか」

「……」

「僕と諸星さんの写真を盗み撮りして、それをネタにノノンに迫ったって言ってるのか」

「……そうだよ」

「最低だよ四宮君。今こうして、怒鳴りつけずにいるだけで精一杯だ」


 全てに嘘をついて逃げようとし、あまつさえノノンを傷つけておきながら自分は何食わぬ顔をして悪態とも取れる態度をとる。警察を脅しにしてようやく語る内容がコレか、こんな内容、いの一番に言うべきなんじゃないのか。


 何よりも、四宮君はまだノノンに謝罪すらしていない。

 語ると全てがバレるから出来なかったのかもしれないけど、そんなのって卑怯だ。


「黒崎君、まだ、彼の話が終わってないから」

「分かってます、大丈夫ですよ」


 全然大丈夫じゃない。

 あの日、彼女が味わったであろう悲しみを想像すると、殴りつけたい衝動に駆られてしまう。  

 呼気を荒げるも口元に手を置き、必死に自分を抑える。

 そんな様子の僕を野暮ったそうに見たあと、四宮君は俯き話を続けた。


「それから、彼女は急に呻き出して、猛烈に頭を搔き始めたんだ」

「……それで?」

「次に僕を見た時には、完全に人格が変わっていた。自分のことを〝ルルカ〟って名乗ったんだ。身上書にはそんな記載なかったのに……」


 ルルカ? 確かに僕もそんな名前聞いた事がない。


「身上書って、まさか私のタブレットを盗み見したの?」

「ごめんなさい、リビングにロック解除の状態で置いてあったので、つい」

「……呆れた、そんな事までしてたなんて……」


 ベッドに座り込むと、椎木さんは額に手を置いて悩み始める。

 僕は僕でやり場のない怒りの矛先を思考に回すので精一杯になっていた。


「なるほどな。それで? なんで火野上さんにそこら辺の話をしたらダメなんだ?」

 

 喋れずにいた僕達に代わって、神崎君が質問する。

 黙っていた理由なんて、罪を問われるのが嫌だからなんじゃないのか。

 けれども、四宮君はこれまでで一番脅えた目をしながら、布団を力強く掴む。 


「あの人は、ルルカは凄いんです。力が男の僕でも全然かなわなくて、それこそ神崎観察官のように強くて。……見て下さい、僕のお腹に残る痣を。みぞおちに拳の痕があり、脇腹辺りにも蹴りの痕があります。叩きつけられた時には肩も強打して……しかも、ルルカは僕の股間を掴み、潰そうとしてきました。喋ったら潰す、その言葉が脳裏にこびりついてしまって離れないんです。今こうして喋っている事がバレたら、間違いなく彼女は潰しに来ます。だから、怖くて、僕……」

「デジカメを壊したのも、そのルルカって女の子なのか?」


 四宮君は無言で頷いているけども。

 ノノンがそんな馬鹿力だったなんて信じられない。 


 歯医者に行く時だって全力で拒否してたけど、今でもしてるけど、ノノンの力はせいぜい小学生低学年レベルのはずだ。身長が僕と同じぐらいの四宮君と蹴り飛ばし、投げた? ノノンにそんなこと出来るはずないだろうに。


「……二人共、ありがとう。後は、私と四宮君の問題だから」


 ベッドから立ち上がると、椎木さんは申し訳なさそうに頭を下げる。 


「ノノンちゃんのこと、本当にごめんなさい。四宮君の話が本当だとしたら、彼女、多重人格……解離性同一性障害の疑いがあるわ。劣悪な経験を前にして、自分を保てなくなる……彼女の過去を考えれば、あり得なくもない話なの。法務省の人と相談するのもいいし、それらを全て受け入れて前に進むのも、選択肢の一つだと思うから」

「椎木さん……椎木さんは、どうするつもりなんですか?」

「……今は、まだ、ちょっと考えたいかな」


 いつかの時と同じように、眉を下げながらも、彼女は微笑むんだ。

 結果としては、四宮君は全てを正直に話してくれてはいる。

 でも、今回彼がした事は、なかなかに受け入れがたい出来事でもあるんだ。


 部屋を出て食堂に向かえば、幸せそうなノノンと諸星さんがいる。

 果たして今の僕達が素直に笑えるのだろうか。疑問符が浮かんでしまうよ。


§


「椎木さん、どうすんだろうな」


 部屋を出た神崎君と僕は、食堂へは向かわずにラウンジへと向かった。

 ソファに座り込み、増えてきた来客を眺めながら、神崎君は呟く。


「リタイア……するんじゃないかな。隠し撮りされて、しかも他の選定者に手を出していたんだ。やり方だって脅しだよ? 許せるものじゃないよ」


 ノノンの別人格が出てしまう程に傷つけられたんだ。

 僕個人としては絶対に許せないレベルにまで感じてしまう。


「まぁ落ち着けって」

「これでも十分落ち着いてるよ」

「そうは見えねぇから言ってるんだよ」


 神崎君はだらりと座っていた体勢を起こし、ソファの奥に座り直す。


「俺はな黒崎、今回の件で観察官と選定者の差って奴を痛いほど理解したつもりだ。諸星さんも俺の覚悟を知らなかったし、四宮が暴走したのも九十%の事実を知っていたからこそだ。そこにある溝の深さを、もっと理解する必要があったんじゃねぇのかな」


「理解する必要?」


「ああ、なぜなら俺達は観察官で、彼女たちは選定者なんだ、絶対に同じじゃない。俺達にはもっと許す精神ってのが必要なんじゃねぇかな?」


 四宮君のことを許せって言ってるのか。

 当事者じゃないから勝手なことを……と、口にするほど僕は子供じゃない。


 僕達は国から選定された青少女保護観察官なんだ、与えられた権限の多さは、普通の十五歳が持てるレベルのものではないと理解している。選定者が歩んできた人生は僕達とは違うし、彼らの暴走を防ぐための道具も用意されている。


 親が子にする〝しつけ〟のような行為を、僕達は同世代の子にする事が許されているんだ。

 神崎君が言わんとする事を理解出来るだけの頭脳も持ち合わせている。


「黒崎だって、ノノンちゃんがする事なら全部許しちまうだろ?」

「……まぁね」

「その心意気を、四宮の奴にもくれてやらねぇとなんじゃねぇかな。無論、奴は今後も何か企んじまうんだろうけど、俺たちに与えられた権利を駆使すれば、それらは事前に対処が可能なんじゃねぇかな? と、俺は考えるんだけどな。ま、無理強いはしねぇけどよ」


 果たして僕は神崎君と同じレベルにまで成長出来るのだろうか。

 そう思ってしまう程に、彼の思考回路が大人びていて、素直に頷けずにいる。

 

「それじゃ、そろそろ食堂に行くか」

「……そだね、腕輪がないって怒りそうだ」

「そうだな。そういや黒崎よ、この腕輪ってかなり痒くならねぇ?」

「ぴったりすぎるんだよ。調節可能だから、指一本くらい入る隙間あった方がいいよ?」

「お、マジか、助かったぜ。後で綺麗にも教えてやらねぇとな」


§


次話『彼女が出した答えと、僕が出した答え』


次、黒崎君がキレます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る