第43話 もう一人の非行少女 ※四宮鉄平視点
火野上ノノンさん……僕と同じ選定者であり、黒崎に鎖で繋がれた女の子。
日常的に鎖で繋がれていて、彼女の自由は僕よりも無いように伺える。
でも、それを苦にした様子は見られない……おかしいだろ、そんなの。
「火野上さん、こうして二人きりになるの、初めてだね」
声をかけてみると、彼女は怪訝な顔をしたまま僕を見た。
とても綺麗だ、街灯の下、彼女の髪が赤く輝き光沢を増す。
赤い瞳もとても素敵だし、痩せてシャープなラインなのに、身体の方は全然違う。
お風呂上りにサイドポニーテールにまとめた髪型もとってもチャーミングだ。
かぐわしい彼女の色香に、思わずくらくらしそうになる。
こんなに可愛らしい女性が選定者だなんて、僕には信じられないよ。
「……てっぺー」
名前を呼んでくれた、それだけで胸がはずむ。
大丈夫、
多分、奴らは祠で驚かす役に徹している。
ここには誰も戻ってこない。
受付カウンターは無人になり、保養所も閑散としている。
多少の大声を出したとしても、なんの問題もないさ。
「ありがとう、覚えててくれたんだね!」
「てっぺー、喋るの、はやいよ」
「ああ、ごめん。嬉しくてさ、普段は余り喋らないんだけど、興奮するとどうしても早口になっちゃって。それで昔イジメられもしたんだけど、でも、今はもう随分と良くなってきたんだ。火野上さんも昔は大変だったんでしょ? どんな事があったのか、僕に教えてくれないかな?」
実のところ、僕は
危険を犯してまで得たかったもの、それは火野上さんの情報だ。
彼女が選定者になる理由が僕には全然分からなかった、彼女は知能こそ確かに幼稚だが、選定者レベルではない。選定者には選定者の情報が与えられない、それは全て報告会、及び三年経過した後に行われる、選定者同士の合同コンパの為なのだと、僕は予測する。
「……昔のこと、喋りたくない……」
「そっか、でも大丈夫、僕は黒崎みたいに君を鎖で繋いだりしないからさ」
「……?」
観察官と選定者は九十%の確率で別れを選択する。
これは少し調べれば分かる事であり、おおよそ三年後に訪れる僕達の未来だ。
だから僕は椎木さんとの輝かしい未来は諦め、ノノンさんとの未来を所望する。
それは僕に与えられた権利であり、犯罪者である僕に残された最後の自由なんだ。
「けーまとの鎖は、幸せの鎖、だよ?」
「違うね。それは単なるノノンさんを束縛する為のものでしかない」
「……だって、けーまとノノン、好き好きだし」
「これを見ても、そう言えるかな?」
僕達選定者にはスマートフォンの所持が認められていない。
けれども、他の電子媒体ならば所持を許可されている。
僕がこの旅行に持ってきたのはデジタルカメラだ。
いま僕の手の中にあるデジカメには、とある写真が映し出されている。
火野上さんが僕のものになる為の最高の一枚。
ラウンジで仲良さそうに語り合う、黒崎と諸星の写真だ。
「けーまと、きれい?」
「ああ、その通りだよ。黒崎桂馬はこの旅行中、諸星綺麗と夜ごと密会を重ねているんだ。知らなかったでしょ?」
「……知らな、かった」
女子部屋と違い、男子部屋は毎晩僕以外いなくなるんだ。
何かあると思って探ってみたら、まぁ驚いたのなんの。
僕からしたら好都合だったけどね。
毎晩毎晩浮気写真が撮影できるんだ、興奮してドキドキが止まらなかったよ。
「ほら、見てごらん、お互い手を握り合っている。これなんか動画で保存してあるんだ……仲良さそうだよね。僕が思うに、これはもう二人は付き合っているんじゃないのかな?」
「そんなはず、ないよ」
「じゃあ、どうして二人は手を繋いでいるのさ」
「うわき……してない、けーま、ノノンと、一緒」
認めないか、なら、どんどん証拠をぶつけていくのみ。
情報は新しければ新しいほどいい、今さっき撮影したものだってあるんだ。
「ああ、そういえばさっき二人が肝試しに向かったけど……ほら」
「……」
「途中から手を繋いでいるんだ。僕達から離れた途端これなんだよ?」
「……うそ」
「こういうのを、浮気っていうんだよね。ああ、ほら、二人仲良さそうにくっついちゃってさ」
「…………うそ……うそだよ…………ノノン、だって……」
彼女の赤く輝く瞳が、画面に吸い込まれそうな程に目を奪われていた。
信じられない。目だけでもそう語っているのが分かる。
「わざわざ僕達から見えなくなってから手を繋いでいる。浮気は悪いことだ、それを分かっているから火野上さんの見えない所でしてるんだろうね。最悪だと思うよ? 僕だったら絶対に、こんな酷いことなんか出来やしないさ。人として最低だね」
彼女の潤んだ瞳から涙が零れ落ちる。
写真と動画のダブルコンボだ、疑う余地なんかない。
「ねぇノノンさん、こんな浮気魔よりも、僕との交際を視野にいれてくれないかな? 三年後、僕達は保護観察プログラムから解放されると同時に、出会う事が約束されているんだ。その時まで我慢し続けなくちゃいけないのは苦痛だけど、きっと僕達なら我慢する事が出来る」
うっ………… ううっ…………
ひっく、……うっ ぐすん…………
すすり泣きながら、頭を抱えて蹲る。
相当にショックだったんだろうね。
悔しいことに、それだけ信用していたって事なんだろうけど。
「僕は絶対に浮気しない。誓うよ、君の為なら死んでもいい……ノノンさん」
「いや……見たく、ない……」
「逃げちゃダメだ、これは全部真実なんだよ! ほら、昨日も、一昨日も、その前だって!」
一日、また一日と日付を変えるごとに、彼女の涙はどんどん溢れていく。
いやだ、いやだって言いながら嫌がる彼女に無理矢理でも真実を押し付けるんだ。
しゃがんでいる彼女の肩に手を置いて、強引にモニター画面を視界にいれさせる。
抵抗するも貧弱な彼女の力では、僕でさえも強引に出来てしまうんだ。
無駄に興奮する、いまこの瞬間ですら愛しいと思える。
こんな彼女を僕が自由に出来たのならば。
「毎晩毎晩、きっとこの後もあるんだ。僕の目が届かない所できっと二人はもっといろいろな事をしてる。火野上さん、君は裏切られたんだ、捨てられたんだよ。だって、君の過去を好きになる人は、もういないんだから……黒崎だって、無理に決まってる」
「……うっ、うっ、うっ……うえぇ……ひっく、えぐっ」
地面を濡らす彼女の涙を見るのが心苦しい。
本当ならもっと時間を掛けて、じっくりと僕に惚れてくれれば、それでも良かった。
でも、鎖とかいう理解に苦しむ物で、奴は火野上さんを拘束している。
きっと毎晩二人は楽しんでるんだ、そんなの、許せない。
あの日――――
黒崎と一緒に寝ている君を見てから、僕はこうする事を決めた。
天使のような寝顔の君に、僕の心は完全に奪われてしまったんだ。
「一緒にいるのも辛いかもしれない、でも、僕が君を守るから」
「……はっ……はっ、はっ、はぅっ……」
過呼吸のように呼吸が早くなっていき、火野上さんは自身の胸に両手をあてがう。
口元から涎が溢れ、涙と共にそれは多量に溢れていった。
「苦しいよね、火野上さん……」
「ううっ、ううううううううううううううぅ!!!」
ゆっくりと立ち上がる彼女の身体を、僕が支える。
彼女は膝を曲げたまま、凄い勢いで頭を掻きむしった。
とても激しいその行為で髪を留めていたゴムが外れるも、それは止まらない。
……落ちたな。
あとはキスの一つでもすれば、この子は僕の言う通りになる。
中学の時にも僕は好きな子を盗撮をして、それがバレてクラス全員からイジメられた。
別にそれを使って何をしようとした訳じゃないのに、気持ち悪いって言われ続けたんだ。
あまりにも酷いイジメを受けて、僕は加害者から被害者へと立場を変える。
それまで僕をイジメていた生徒は軒並み罰を受け、全員が頭を下げることになったんだ。
『……四宮君、ごめんなさい』
盗撮された被害者であるはずの子も、僕に対して頭を下げる。
気持ちが良かった。それと同時に、絶対に許さないとも思った。
結果として、僕は保護される事となり、今はこうして椎木さんとの二人暮らしを満喫しているけど……彼女は僕と一緒になる事はないだろう。僕みたいな男が十%に入れるはずがないんだ。だから、僕は多少生活が大変であろうとも、九十%を確実なものにしたいと思う。
「火野上さん」
火野上さんは僕のことを上手く説明できないはずだ。もし出来たとしても、今回はれっきとした証拠が残っている。例え黒崎と諸星の関係が間違っていたとしても、勘違いしてしまう程の距離感だったことに違いは無いんだ。
僕が責められることは無い。
だから、とことん行ってしまおう。
「火野上さん、そういえばこの写真なんだけど」
「…………うっせぇなぁ……」
なんだ、今の言葉は? 彼女が発したのか?
火野上さんは肩を上下させるように呼吸をしながら、僕のことを睨みつける。
赤い髪の隙間から見える瞳が、血のように滲んで見えた。
……誰だ、この女は。
§
次話『火野上ルルカ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます