第41話 嘘偽りのない真実の言葉

8/1 火曜日 20:20


 神崎かんざき君たちが出発してから十五分が経過した。

 もう彼らの懐中電灯の明かりも見えないし、僕たちが出発する時間でもある。


「けーまぁ……」

「大丈夫、肝試しの間だけだからね」


 うぅ。と低く唸るように声を残すノノンとのつながりを解除する。

 今回の旅行で結構な時間腕輪が外れているから、僕としても落ち着かないのが本音だ。


 とはいえ、仲良く四人で歩いてしまっては、肝試しの醍醐味が損なわれてしまう。

 それは肝試しではない。ただの散歩だ。


四宮しのみや君、ノノンのこと宜しくね」


 はい。と返事をしてくれた彼の目は、この旅行の中で一番輝いているように見える。

 四宮君も男の子なんだな。

 頼れるのは自分だけ、そういう状況になった場合、無駄に張り切っちゃうよね。


「それじゃ、行こうか」


 懐中電灯一個持って、僕と綺麗きれいさんとで出発する。

 道に迷うって事はないだろう、一本道を進み、右手にある階段を上るだけのコースだ。

 ただ、夜の山とあって街灯の間隔は広く、懐中電灯がないとほとんど何も見えない。

 

 ……こんな道を毎晩神崎君は走ってたのか? 凄いな。


「あの、桂馬けいま君」


 呼ばれて振り返ると、綺麗さんが歩みを止めていた。 

 虫刺され防止に長袖のシャツに大き目のカーゴパンツ、肌の露出はほとんどない。

 けれども、妙な色っぽさを彼女からは感じる。

 既に入浴も終え、乾かした髪を下ろしているからだろうか。


「手を、つないでくれませんか」

「ああ、怖かった? ごめん、気付かなかった」


 手を繋ぐと、素直に指を絡めてくる。

 人差し指から小指まで、全てを重ねると、柔らかく握ってくるんだ。


 ノノンの手は冷たいけど、綺麗さんの手は温かい。

 それを言葉にしようと思ったけど、喉元で止めた。

 多分、言葉にしてはいけない気がする。


「お……あそこを曲がるのかな」


 五分ほど道を進むと、神崎君の言う通り、山道の奥に階段が見えてきた。

 アスファルトで舗装されていない獣道のような足場、その先にある階段。


 明かりの一切がない山の階段というだけで、僕達の恐怖心はどこまでも高まっていく。

 神崎君たちとすれ違わなかったって事は、多分どこかで隠れているのだろうか。

 肝試しの醍醐味だもんな、驚かすの。


「あの、ちょっとだけ、いいですか」


 繋いでいた手を引き寄せると、彼女は僕の手にあった懐中電灯を奪い、その光を消した。 

 途端に暗闇が全てを支配し、遠めにある街灯だけの明度へと下がる。


 うっすらとしか諸星さんが見えず、足元すらおぼつかない。 

 まるで宇宙空間に立っているかのような不安定さが、僕を襲った。


「他の人に聞かれたくないんです。急にこんなことして、ごめんなさい」

「……別に、構わないけど」


 繋がっている彼女の手、その感触だけが、妙にリアルに伝わってくる。 

 汗ばんだ感じ、緊張しているのか、力が入ったり入らなかったり。


「黒崎君は、火野上さんのことが、好き、ですか」

「……うん」

「そこに入り込む隙間って、ないんですか」


 手をつないだままだからか、彼女の感情の変化が手に取るように分かってしまう。

 素直に答えよう、例えそれが残酷な答えであったとしても。


「ない。と、思いたい」

「……え?」

「僕とノノンが鎖で繋がっている理由は、まさにそこにあるんだ」


 喋っていいこと、喋ってはいけないこと。

 それらを頭の中で整理して、きちんと伝える。


「彼女の過去、綺麗さんも一緒にお風呂に入ったのならば、なんとなく分かるでしょ? とても人に言えるような過去じゃない。果たして僕はそんなノノンのことを受け入れることが出来るのか。実はね、僕はそのことについて、以前に神崎君に相談したんだ」

 

 下手に綺麗さんを気遣う返答は、逆に傷つけることになる。

 今の僕とノノンの現状を嘘偽りない形で伝える、それがきっと一番だから。


「そうだったん、ですか」


「うん、神崎君から試してみればいいって言われてね。それで別々に寝ていた部屋を、一緒に寝るようにしたんだよ。……そして、多分誰もが想像したと思うんだけど、ノノンと僕は危うく一つになりかけた」


「なりかけた?」


「そう、なりかけた。僕は火野上ノノンという女性が好きだ、彼女も僕のことを大好きだと言ってくれている。でも、今の僕達がそういう行為を求めていいのか? 責任が取れるのか? もしかしたらこれは一時いっときの気の迷い、衝動的なものなんじゃないのか? 何よりも、これまで彼女をいたずらに傷つけてきた、見知らぬ男達と何ら変わらない行為なんじゃないのか?」


 将来的に、僕がノノンを嫌いになる可能性があるんじゃないのか。

 結局の所、それは完全にふっしょくされた訳じゃない。

 この問題を完全に消すためには、言葉に意味を持たせるには、時間が必要なんだ。


「僕達の間に繋がった鎖は、それら疑問を打ち消すためにある。いつかは外す、でもその時は、僕とノノンが結婚する時か、別れを選択した時だ。無論、後者を選択するつもりは一切ない」


 鎖の代わりになるもの、それは結婚指輪しか存在しない。

 僕とノノンが夫婦となった証、今は、その代わりを鎖が補完しているに過ぎないんだ。


「わかり、ました」


 ここまで語ると、綺麗さんは自ら繋がっていた手を離した。

 暗闇にも慣れてきた目が、彼女の歪んだ表情を僕に教えてくれる。


 眉間にシワを寄せ、目端に涙をためながらも、口元は薄ら笑いを浮かべる。

 懐中電灯を手にした手が震え、空いている手は長袖のシャツを握り締めていた。 


「……私、黒崎君の為になら、頑張れると思ってました」

「僕は、綺麗さんの想いを受け止められない」

「別にいいんです、それでも。片思いでもいいんです……私を否定、しないで下さい」


 否定するつもりはない、でも、ずるずると引きづるつもりもない。


「綺麗さんには神崎君がいるじゃないか」

「あの人は私を見ていません。黒崎君は私の過去を知っていますよね? 私を襲った叔父、アイツも私を見ていませんでした。いつだって叔父の目には兄である私の父がいたんです。父が苦しむ姿しか見ていない、一番ひどい目にあっているのは私なのに」


 報告書には全て目を通したから、無論把握はしている。

 綺麗さんの叔父さんは最低最悪の人間だ。

 一人の女性の人格を破壊したにも関わらず、本人は謝罪すらしていない。


「神崎君は、綺麗さんを見ていましたよ」

「見てない! 見てるはずがない! あの人は私を痩せさせて、それで終わりにしようとしている! その後なんてどこにもないんです! そんなので終わるなんて、私がこのプログラムに参加している意味って何なんですか!? 桂馬君、教えて下さいよ! 貴方だって観察官なんでしょ!? 将来を約束された、上の人間なんでしょ!?」


 神崎君はよく口にしていた、俺はこのプログラムが終わったら諸星綺麗さんとは別れると。

 九十%の確率で観察官と選定者は別れを選択している、別に珍しい事じゃない。


 でも。


「綺麗さん、貴女は勘違いをしている」

「勘違いってなんですか」

「僕達は上の人間なんかじゃない……特に、神崎君は違うと考えているよ。それに、彼は間違いなく君を見ている」


 報告会の時に椎木さんが見せた悲し気な表情。

 世間から言われる『良い子』が集まっているという言葉の後、彼女は眉を下げたんだ。

 その本当の意味を、僕は神崎君の口から聞いた。


「綺麗さん、よく聞いて欲しい」


 彼女の両腕を握り、見上げるようにして僕は言った。


「僕達観察官は、国から夢を諦めさせられた人間なんだ」


§


次話『新しい鎖』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る