第40話 肝試しと、神崎君の事情。
8/1 火曜日 20:00
この時間に保養所を出るのは、今回が初めてだ。
思っていた以上に外は暗く、街灯があるのは車道のみで、それ以外は月明かりさえ届かない。
足元すら見えず、まさに一寸先は闇って感じ。
こんな状況で熊に襲われでもしたらって想像すると、それだけで背筋が凍る。
「コースは単純、保養所を出て道沿いに歩くと途中に階段があるんだ。そこを上った先に祠があって、予め俺がそこにお札を用意しておいた。それを手に取って戻ってきて終わり。直線一キロって感じだから、まぁ単純に楽しんでくれればと思う」
「途中何か仕掛けとかあるの?」
「仕掛けはねぇけど、曰く付きな話ならあんぞ?」
「え?」
ごほんっ、と咳払いした後、
すんっとした闇が落ちてきて、目の前にいたはずの神崎君すら視界から消える。
それだけでちょっと怖いのか、ノノンは僕の腕に全身を預けてきた。
「まず、
「昔からのしきたりがあったりする村の事よね」
「さすがは
若い女の子の生贄は、実際にあった話だと歴史が証明している。
水害で壊れないように橋のたもとに括り付けられたり、城が壊されないよう埋められたり。
なんとも理解に苦しむ内容だけど、実際にあったことなのだろうから、恐ろしいもんだ。
「村長は孫娘を守る為に他の村から女を寄こしたんだとよ、でもな、それまで生贄に捧げていた村の連中はそれを横暴だって思ったんだよな。考えてもみりゃその通りだ、自分の娘は生贄にされちまったのに、手前の番が来たら逃げるのかってな」
「それで、どうなったんですか?」
興味津々な顔で、
「結果として、村人は強制的に村長の孫娘を生贄にしちまったんだ。山の奥、太くて大きい御神木に括り付けて、懐に空洞化した竹やりを突き刺してな。ぶっとい注射針を刺されたようなもんだ、刺さった場所から血がどんどんあふれ出して、血の臭いを嗅いだ動物たちがわんさか集まって来る。野犬、野鳥、猪、熊……一晩で孫娘は見るも無残な姿になっちまったんだとよ」
「可哀想……」
「ああ、可哀想な話だ。だから村長は激怒した。持ちうる権限全てを行使して、孫娘を連れ去った村人を全員殺しちまったんだよな。そして、村人大虐殺の罪を問われて、村長自身も死罪を言い渡されて、結果死んじまった」
沈黙が耳に響く。
……創作なんだよね?
妙に語りが上手いせいか、本当の歴史なんじゃないかって思っちゃうんだけど。
「で、これから向かう祠が、村長の首が晒されてた場所だな」
「「「えー!」」」
「死罪打ち首ってのは大体晒し首になるんだよ。惨い話だが、結果として村長は人柱になったんだ。以来、ここら辺には水害もなく、天災が一切起きない安寧の地に生まれ変わっちまった。補足すると、孫娘が縛られてた御神木ってのも祠の奥にあるぜ?」
「え、本当?」
「行ってみりゃ分かる。俺は毎晩一人で走ってたから分かるが、ありゃガチだぜ。あの祠の方を走るだけで寒気がすんだよ。そんで、決まって人の視線を感じるんだ」
大丈夫なのかな、そんな場所で肝試しなんかして。
明朝の新聞に載るような結果にならなきゃいいんだけど。
「そんじゃあペアリングだが、どうせだから男女にすっか?」
「ノノン! けーまがいい!」
「なんだぁ? 俺とじゃ嫌か?」
「さ、さおりは、一人で逃げそう!」
「逃げねぇよ。時間が惜しいからじゃんけんで決めるか。男女に分かれて勝った者同士でペアな」
じゃんけんの結果。
「お、椎木さんか、宜しくな」
「あら、神崎君となのね。怖がる黒崎君が良かったのに」
神崎君と椎木さんペア。
「あはは、なんかこの旅行よく一緒になるね」
「う、うん。宜しく、お願いします」
僕と
「えー……」
「……宜しく、お願いします」
四宮君とノノンがペア。
え、いろいろと大丈夫なのこの二人。
「それじゃあ、一番最初に勝ち抜けたって事で、俺と椎木さんとでトップバッター決めてくるわ。往復二キロだから、俺達が出てから十五分くらい経過したら黒崎達も出発な。そんで、最後の四宮と
誰よりも楽し気な顔をしながら、神崎君と椎木さんは出発してしまった。
四宮君とノノンって、選定者同士なんだけど大丈夫なのかな。
この場から逃げる……って心配はないけど、後で渡部さん達に怒られそうな気がする。
§ 神崎沙織視点
「大丈夫なの? こんな勝手なことをして」
「当然、事前申請済みだよ」
「……そ、ならいいんだけど」
選定者同士でくっ付くことに何の問題もねぇ。
とはいえ、ノノンちゃんの相手は黒崎以外考えられねぇけど。
「四宮には丁度いい刺激になんだろ、女を守るのが男ってもんだ」
「前世代的なものの考え方ね。最近じゃ守られてる男性の方が多いって聞くけど」
「……でもよ、椎木さんだって、最後まで四宮の面倒みる訳じゃねぇんだろ?」
「……まぁね」
返事に妙に間があったな……それもそうか。
長く一緒にいれば情が移る、それは誰だって同じだ。
「それで、貴方はどうなの?」
「どうなのって?」
「気付いてるんでしょ? 諸星さんの心変わり」
「そりゃ当然、黒崎からいろいろと相談も受けてるしな」
虫の音が響く車道から外れ、木々が鬱蒼とした山道へと向かう。
少し歩くと整備されていない階段があるんだが、そこには手すりすら存在しない。
掴むか? と手を差し出すも、椎木さんはそれを拒んだ。
「最近の彼女の頑張り、どう考えても黒崎君への愛情が原動力になってるのは間違いないわ。でもそれって、絶対に叶わない恋に向かって走っているのも同じ、崖に向かってフルスロットルで走っているのも同然なのよ」
「そうだな」
「彼女は叔父を撲殺しかけている。理由はあれど、一度リミッターが外れた人間って選択肢にそれが生まれてしまうものなの。諸星さんが狙うのは黒崎君じゃない、彼の最愛の人である火野上さんが狙われる可能性がとても高いの。リタイアするつもりなら、この肝試しが終わった段階でした方がいいと思うんだけど?」
椎木さんはとても理知的な考え方をする女だなと、前々から思っていたけど。
これと決めた解決策を何の疑いもなく進言しちまう辺りは、ちょい危険だな。
「リタイアなんかしねぇよ」
「でも、今更諸星さんの考え方が変わるとは思えないんだけど」
「そこら辺こみこみで、黒崎に託してあるよ」
「託す? 何を?」
「……秘密。そろそろ祠だな、それじゃあ先駆者の特権、驚かす側に回るとしますか」
俺の情けない事情なんざ女に語りたくもねぇ。
それを託せるのは、やっぱり親友って呼べる奴しかいねぇんだよな。
§
次話『嘘偽りのない真実の言葉』
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