第38話 青春の一コマ

7/27 木曜日 午前11:30


 怪我をした翌日からダイエットプランが変更になった。早朝五時からの十五キロウォーキング一発目で負傷者を出してしまったのだから、それもやむを得ないと言った所か。いきなりハードではあるなぁとは思ったものの、誰も意見しなかったのも悪かったのかもね。


 三日目である今日は運動ではなく休息の日だ。

 朝食を皆で済ませ、その後は夏休みの課題に取り組む。


 保養所内にある座敷を一部屋借りて、掘りごたつみたいに足を下ろしながらの勉強。

 普段と違う環境も、そんなに悪くはない。


「学校が違くても使ってる教材ってほとんど同じなのね」

「僕達は学力も近いからじゃない?」

「そうね……それにしても、火野上さんのそれって」


 椎木さんがノノンの算数ドリルを手に取る。

 小学校三年生と書かれた、ウサギが表紙の可愛いドリルだ。


「んー……みかんが、四十二個、七個にわける、と……んー」


 一瞬で解けそうな問題を、必死になって考えている。  

 難しい顔をして、頭に手を置いて考えている様子は見ていて可愛らしい。

 そして、胸が大きいとテーブルに乗るって本当なんだね。 

 ノノンはそれが楽なのか、結構な頻度でテーブルにおっぱいを乗せている。


「七かける五で、三十五、六で四十二……分かった! 正解、六だ!」


 ぽよんとおっぱいが弾けた。 

 ノートを片手にご満悦な表情で僕に迫る。


「六!」

「うん、そうだね」

「ノノン、問題解けたよ!」

「はい、じゃあ次」

「うー……」


 そしてまた、両手でおっぱいをテーブルに乗せてから、問題集と睨めっこするんだ。

 どうしよう、僕、ノノンを一日見てても飽きないかも。


「まぁ、事情ありきよね」

「あはは……そういえば四宮君と諸星さんって、学校だとどうしてるの?」


 隣に座る諸星さんの課題を見る限りでは、僕達と同じ問題を解いているように見える。


「……私は、観察官と一緒に授業を受けているけど」

「最初から?」

「うん、最初から。火野上さんは違ったの?」

「ノノンは途中まで別教室だったんだよね。鎖を付けるようになってから一緒の教室になったけど、授業内容は違うから。ノノンは隣でイヤホン付けて授業受けてるよ」


 隣に座りながら、一人イヤホンを付けてタブレットと睨めっこをしているノノン。

 学校ではそのスタイルが常になっているし、誰も馬鹿にしてきたりもしない。


 古都さんと日和さんもいるし、別の見方をすれば、上袋田君もそういったノノンの味方をしてくれている。多分、ノノンを馬鹿にしたら誰よりも怒るんじゃないかな? なんだかんだ言って大金持ちだし、身体大きいし、上袋田君がノノンに惚れてるのは一目瞭然だし。


「四宮君は?」


 声を掛けた所で、以前読んだ四宮君の報告書を思い出した。

 そういえば、教室で授業が受けれないって書いてあったっけ。

 聞いちゃいけない質問だったかな。


「僕も……今は、観察官と一緒に授業を受けています」


 良かった、解決してた。

 それにしても四宮君、前髪で視界全部塞いでるけど、あれって前見えてるのかな。

 メカクレ髪型のせいで、たまに四宮君がどこ見てるか分からないんだよね。


「そうなんだ、問題解くの早いなって思ってたんだよね」

「四宮君、クラスでも成績トップクラスなんだから」


 得意げに椎木さんが語る。

 勉強を見てあげてるのかな、椎木さんも頭良さそうだし。


 ……というか。

 

 椎木さん、結構スタイル良いんだよね。

 彼女と毎日一緒に暮らすって、違う意味で大変かも。

 背筋を伸ばしているから机に乗っけてはいないけど、ノノンレベルに近いぞ。

 

「解けた! 七! あまり三!」

「ああ、うん、正解だね」

「けーま、ノノンご褒美欲しい!」

「ご褒美か……あ、というかそろそろお昼だね」


 見れば、壁掛け時計の針がてっぺんに向かおうとしている。

 一人黙々と課題をこなしていた神崎君も、お昼という言葉に反応して顔を上げた。


「んお? もうそんな時間か。じゃあ火野上さんのご褒美じゃないけど、あれやるか、あれ」

「あれ?」

「予定にあっただろ、河原でのバーベキューだよ」


 ばーべきゅー! やるー! とノノンは飛び跳ねて、おっぱいを激しく揺らした。

 ダメだ、なんか視線がそこばっかに向かっちゃう、ちょっと落ち着こう。

 

 保養所を少し歩いた場所にある沢のほとり、地面に細かい砂利とちょっと大きい岩が転がっていて、沢を挟んで向かい側には雑木林が広がっている。直射日光も少ないし、河原も平らでバーベキューをするには持ってこいのエリアだ。


「この川、上流に行けば釣りも出来るし、ここで泳ぐことも出来るんだぜ」

「へぇ……あ、本当だ、魚がいるね。ほらノノン、お魚さんだよ」


 隣にしゃがみ込むと物珍し気に水面を眺め、そして、おもむろに手を突っ込んだ。

 ぱしゃんと水が跳ねて、僕の顔に掛かる。 


「あえー、逃げちゃったか」

「魚を素手で掴むのは無理だよ」

「うー、ノノン、お魚さん、触ってみたかったなー」


 むすーっと頬を膨らませて、川の水をぐるぐるとかき混ぜる。

 跳ねた水が掛かった髪が赤く輝いていて、なんだか女神様みたいに見えちゃうな。


 今日のノノンのコーデは、椎木さんと決めたと言っていたっけ。

 

 黒い柄物のインナーシャツに、上に薄いカラフルな長そでを一枚羽織った感じに着こなしていて、下は膝丈くらいのデニムスカートにスニーカー、珍しく生足をさらしていて、象牙のような肌が光を反射して輝いているように見える。


 長い髪も三つ編みにした後に団子になっていて、けれども前髪は垂らしている。

 子供と大人、両方が兼ね揃ったようなスタイルに、思わずため息が出てしまいそうだ。


「炭に火つけんぞー。みんな座る場所とか各々準備よろしくなー」


 はーい。と神崎君に返事をして、保養所から借りた椅子やテーブルをてきぱきと並べる。

 テントも貸りれたみたいで、袋からポイって出すと一瞬で完成した。


「けーま! 魔法みたい、だね!」

「そだね。下がこのままじゃ痛いから、中にマット敷くよ」

「うん! 一緒に寝ようね!」


 ここじゃ寝ないよ。昨日だって起こされた後に椎木さんからお小言貰っちゃったし。

 四宮君もいたの。ちょっとくらい我慢しなさい。……何の反論も出来なかったなぁ。

 

 食べる所に休む所、スマートフォンから音楽も流して、段々と気分が高まっていく。

 バーベキューか、家族以外でするのは初めてだから、何か楽しいかも。


「肉焼けたぞー! 厚切り牛タンは人数分しかねぇから、大事に食うんだぞー!」

「厚切牛タン? 美味しい、の?」

「食べてみろ、舌が蕩けるぜ?」


 神崎君に焼き立てを渡されて、レモン汁をかけて一口。


 なんだこれ、歯ごたえはあるのに肉汁が口の中に広がって半端じゃなく美味しい。噛めば噛むほど味が濃くなっていって、筋も無いし気付けば溶けて無くなってしまう。レモン汁も美味しいけど、塩を振って食べるのもまた良し。火の通りも悪くない、これはもう五つ星だ。


 ノノンを見てみると、彼女には大きすぎるのか先っちょをちょっとだけ歯で切って、もにゅもにゅと噛み始めた。途端、ルビーのように赤い瞳が輝きを増していき、言葉にせずとも感情が溢れて出てきてしまっている。


「けーま! ノノン、これ好き!」

「うん、凄い美味しいよね」

「美味しい! ……えと、えっと」


 神崎君を見ながら、ノノンが握った手を小さく上下にフリフリしている。


「ん? 俺の名前か? 沙織でいいぜ」

「さおり! さおりの肉、美味しい!」


 神崎沙織、神崎君の本名だけど、下の名前だけだと違和感が凄いな。


「神崎君、なんで下の名前で呼ばせたの?」

「ん? いやぁ、火野上さんって人の名前を呼び捨てにする所があるだろ? 神崎って呼ばれるよりも、沙織ってした方が呼びやすいかと思ってな」


 ……確かに、言われてみれば、ノノンって人の名前呼び捨てにしてるかも。

 日和さんと古都さんも、日和、古都ー! って呼び捨てだし、僕もけーま、としか呼ばない。

 意外な気づきだったな、全然気付かなかったや。


 ――どんっ


 どうでも良い事を考えていたら、誰かにぶつかってしまった。


「あ、ごめん、大丈夫だった?」


 慌てて手を伸ばすと、そこには諸星さんがいた。

 けど、僕が手を掴むと、彼女は咄嗟にその手を引っ込める。


「……?」

「あ、あの、ごめんなさい、なんでもないの。余所見してただけ」


 顔を赤面させて、どうしたんだろう。

 

「そっか、僕も考え事してた。諸星さん野菜しか食べないの? お肉美味しいよ?」

「……ダイエット、してるから」

「一枚ぐらい食べたって変わらないって。厚切牛タン、人生変わるよ?」

「人生……く、黒崎…………桂馬君がそう言うなら、食べる」

「ん、美味しいものはその時その場でしか食べられないからね。食べた方が良いよ」


 なんで苗字から名前に言い換えたのか、イマイチ分からないけど。

 細かいことを気にする暇なんて、鎖で繋がった僕には無かった。


「けーま! てっぺー、マシュマロ焼くって!」

「鉄平? ああ、四宮君か……」

「マイも美味しいって! マシュマロ、けーまも食べる!」


 全員下の名前呼びか。

 でも、不思議なことに、ノノンに呼び捨てにされて誰も嫌な顔しないんだよね。

 これも彼女の人徳がなせる技か、はたまた魅力がそうさせているのか。

 何にせよ、今はあーだこーだ言うよりも、お肉を食べることに専念しようかな。


§


次話『異変』

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