第34話 嘘つきと臆病者
7/25 PM08:00
「おせーよ、一時間以上も入ってるんだったら連絡くれよなー」
「ごめん、三人であちこち堪能したら楽しくなっちゃって」
神崎君の愚痴に椎木さんが答える。
お風呂上りのノノン達は予定よりもかなり遅く食堂に現れた。
内心喧嘩でもしてたのかなって気が気じゃなかったけど、どうやらそうじゃないらしい。
「女三人寄れば
「かしま? ノノン、分からないけど、楽しかった!」
僕を見つけるなり「けーまー!」ってお人形のように抱き締められる。
心配していた不仲も解決出来たっぽい。
椎木さんがウインクしてくれたから、何かしてくれたのかも。
「私? 何もしてないわよ」
「え、そうなんですか?」
ダイエット食である豆腐コースを食べ終えた後に椎木さんに感謝を述べるも、こんな風に返されてしまった。ちなみにノノンと諸星さんはトイレへと席を外し、四宮君は一人部屋へと戻り、軽く走るのが寝る前のルーティンなんだと、神崎君は一人外へと向かってしまっている。
つまりは食堂に二人きりの状態、だから丁度いいと思ったのだけど。
「ノノンちゃんの身体を見てね、諸星さんが勝手に改心しただけよ」
「はぁ、そうですか」
「それはともかく……黒崎君、私から一点、確認したい事があるんだけど」
「……どうぞ」
「黒崎君、貴方、火野上さんと生涯を共にする覚悟があるって事でいいのよね?」
急な問答に、思わず口をつぐむ。
「なんで即答しないの」
「即答する必要はありません、僕には僕のやり方があります」
「そんな悠長なこと言ってる状態じゃないと思うんだけど? 火野上さんが貴方へと抱いている感情はもはや隷属に等しいレベルよ? 過去、青少女保護観察プログラムが終了した後に自殺した子だっているの。観察官に裏切られたって遺書を残してね。……何が言いたいか、貴方なら分かるでしょ?」
分かる、ノノンは僕が別れる選択をしたら最後、間違いなく死を選択するだろう。
出会った時から人生の終着駅にいたような子なんだ、きっかけがあれば消えるのは容易い。
「既に手遅れのようなものだけど……高校卒業の時に、彼女が泣かないことを祈っているからね。最悪、保護観察官の交代って手段もあるんだから。彼女の何が一番幸せか、きちんと考えて行動してよね。それこそ、別れることも視野にいれるべきだと、私は忠告しておくわ」
優柔不断な行動を取っている訳ではないのだけれど、こう面と向かって言われると断言できない自分がいる。即答しても別に構わないんだ、でも、その言葉を今クチにしてもとても軽い気がしてならない。
説得力がない、感情に押し流されただけの薄っぺらい言葉。そんなものでノノンとの生涯を約束するなんて、これまで彼女が接してきた男達と何ら変わらない気がしてならないんだ。
もっと濃密な言葉で彼女と一緒にいると誓いたい。
でもその為には、もっと時間が必要だ。
「お待たせしました。そろそろ寝ましょうか」
ぱたぱたぱたと、ノノンと諸星さんが戻ってきてくれた。それまでの剣呑とした空気が一転、良い匂いのノノンに後ろから抱き締められて、何もかもが吹っ飛ぶ。
「けーま、ん」
「うん、今付けるからね」
いろいろと考える必要があるのかもしれないけど、今の僕にノノンと別れるなんて選択肢はどこにもない。
この感情を時間を掛けて育んでいけばいいんだ。
好きという感情を、愛しているという感情に成長させる。
どれだけの時間が必要なのかは分からないけど、変わるまでずっと一緒にいればいい、それだけの事だ。
「あら? 腕輪付けたって部屋は別々よ?」
「え? だって、201号室が僕達の部屋なんじゃないの?」
マンションだって同じベッドで寝てるんだ、保養所だからって変える必要はないだろうに。
「201号室は男部屋、202号室が女部屋よ?」
「うそ」
「ほんと。普段から黒崎君と火野上さんは同じ部屋で寝てるのかもしれないけど、私達は部屋が別々なんだからね? これだけは譲れないわよ……と言う訳で火野上さん、私達と一緒に部屋に行きましょ」
言われてみれば確かに、僕達だって一緒に寝るようになったのはほんの一か月前の事だ。
それまでは別々の部屋が当たり前だったのだから、保養所も別々の部屋が基本か。
「けーま……」
「ごめん、そこまで考えてなかった」
「うぅ……でも、ノノン、我慢する」
「ほんと、ごめん」
生涯の別れみたいな感じで、ノノンは椎木さん達に手を引かれていなくなってしまった。
まさかの独りぼっち。
試しに201号室に入ってみると、部屋は暗く、四宮君の寝息が聞こえてくる。
寝る……って時間でもないんだよなぁ。まだ九時過ぎたあたりだし。
しょうがないから、ラウンジで日報でも書くか。
タブレットを片手に一階のラウンジへと向かう。
もとより人の少なかった保養所の玄関は、カウンターも無人となり閑散としている。
無料の自販機からブラックコーヒーのボタンを押し、一人ソファに腰掛けた。
……なんだか、久しぶりな気がする。
以前はノノンが部屋に向かった後に、こうして一人コーヒーを飲みながら日報を書いてたっけ。彼女が側にいる時は幸せを感じるけど、集中したい時はやっぱり一人が最適だ。日報を書き終えた後、送信してそのまま読みかけの電子小説を開く。
耳に入る雑音が皆無で、とても集中出来て読書には最適だった。
たまには一人の時間があってもいいかも……なんて、今は考えてしまう。
「お、なんだこんな場所にいたのか」
「神崎君……いま終わった感じ?」
「ああ、汗も流したし二度風呂もしたし、そろそろ寝ようかと思った所だ」
言いながら、僕の横にドカッと座る。
胸元
「それ日報?」
「いや、日報はもう送ったんだ。小説読んでるだけだよ」
「そっか、俺も送らねぇとなぁ……なぁ、黒崎」
「うん?」
「今日さ、諸星さんと火野上さん、何があったんだと思う?」
神崎君は足を組んで、つま先をぷらぷらと揺らし始める。
「昼間は間違いなく敵視してたんだよな、火野上さんのこと。なのに今は完全に親友レベルで仲良くなってるんだ。何か裏があるような気がしてならねぇんだよな」
「椎木さんから聞いた話によると、ノノンの身体のことを知って、それで仲良くなったって言ってたんだよね。ノノンの傷とか火傷ってかなり酷いから、同情しての事なんじゃないかな?」
知ってる情報としてはそれぐらいだけど。
けれども、神崎君の表情は曇ったまま。
「同情なのか見下してるのか。まだ三か月しか一緒にいねぇけどさ、俺が諸星さんに嘘つかれたこと、何回あると思う?」
「報告書のしか知らないけど、二回くらいご飯関係であったよね?」
勝手に調理したのと、勝手に食べちゃったの二件。
「ハズレ、既に百回近い」
「へ?」
「アイツ典型的な嘘つきなんだよ。嘘つきが嘘を付く時ってなぁ大体保身だ。自分を護ろうとして誰でも見抜けるような嘘をぽろっと吐くんだよな。食べたのに食べてないとか、冷蔵庫の中身が減ってるんだからお前以外いねぇだろうが! って状態でも嘘を付くんだ」
「そりゃまた、随分だね」
「だろ? 正直参っちまっててさ。今回の保養所の件、黒崎と椎木さんが了承してくれてマジで助かったと思ってるよ。俺一人じゃあ彼女を真っ当な人間に出来る気がしねぇんだ」
弱音を吐くようなタイプには見えない神崎君が、僕に対して弱音を吐いている。
相当重症なんだろうな……でも、僕は僕で椎木さんにいろいろと言われた後でもあり。
「出来る事はするよ」
という、ありふれた言葉しか伝えることが出来なかったんだ。
§
次話『上手くいかない』
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