第33話 人の価値観 ※椎木舞視点
『報告会の時に揉め事があったらしく、諸星さんの事をノノンが怖いと先ほど僕に伝えて来ました。申し訳ないのですが彼女たちから目を離さないよう、宜しくお願いいたします』
黒崎君からのメッセージに目を通し、タブレットをスリープにする。
なるほどね、それで火野上さんがさっきから私にくっついている訳か。
服の袖をずーっとつまんだまま、私から離れようとしない。
かと言って、このままじゃ状況悪化にしかならないし、改善しないとなんだけど。
「お二人共、脱がないんですか?」
既に半裸状態の諸星さんが、怪訝な表情で問いかける。
「え? ああ、ごめんなさい、ちょっと業務連絡が入っていたものでして。ほら、火野上さんも、洋服脱がないとお風呂に入れないわよ?」
「うぅ……けーま、怖い、ノノン……うぅ」
完全に脅えた子羊みたいになってるじゃないの。でも、こういうのって怖がられてる対象からしたら、火に油を注ぐのと同じ、より一層相手を怒らせちゃう結果に繋がっちゃうのよね。諸星さんが今以上に怒りを覚える前に、私がなんとかしないとなんだけど。
「……あの」
「ああ、ちょっと待ってね、今脱がすから」
「いえ、私、以前も火野上さんのこと怖がらせてしまったんです。さっきも怒鳴ってしまったし、こうなったのも私が原因です。すいません、同じ過ちを繰り返してしまいました」
私がどうこうするよりも早く、深々と頭を下げてくれた諸星さん。
火野上さんは私と諸星さんを交互に見て、納得したのかようやく私から離れてくれた。
諸星綺麗さん、摂食障害により肥満化が進み、それと共に暴力的になってしまった可哀想な女の子の一人。報告書には肉親、同居していた叔父から性的虐待を受け、彼女は逃げるように家出を繰り返したと書かれていた。大きな農場の一人娘だったことから過保護に育てられた結果が、肉親の裏切りじゃあ
叔父からの暴力に反抗出来なかった自分に嫌気がさした事による肥満化、身体が大きくなった事により性的虐待は無くなったものの、今度は諸星さんが叔父を虐待するようになり、殺人未遂にまで至ってしまった。
結果、彼女は選定者として保護されるに至る。
目元や顔立ちを見れば、諸星さんは痩せたら美人なのは一目瞭然だ。
やり直し甲斐のある人物の一人である事に、変わりはないわね。
「火野上さん、諸星さんもこうして謝ってくれたのだから、もう大丈夫でしょ?」
離れてくれはしたものの、服を脱ごうとはせず。
火野上さんは相も変わらず俯いたままだ。
しょうがない、さっそく秘密兵器に頼るとするか。
カゴの中に入れておいたタブレットを手に取って、火野上さんの前で起動する。
「黒崎君も心配してるんだよ? ほら、こうしてメッセージまで私に送ってくれたんだから」
「メッセージ……? けーま、心配してくれたの? ノノンのこと?」
「うん、諸星さんも火野上さんと一緒にお風呂入りたいって言ってるし、ね?」
「……うん、わかった。ノノン、お風呂入る」
黒崎君からのメッセージを見た後、目を閉じて嬉しそうにタブレットを抱き締める。
はぁ、これは相当べったりね。べったりというか、依存レベルに近い。
これは黒崎君が責任を取らないと、この子の将来はお先真っ暗間違いなしね。
とはいえ、あの鎖を見ている限り、依存しているのは黒崎君の方なのかもしれないけど。
何はともあれで私も自身の洋服に手を掛けると、今度は諸星さんの驚く声が耳に入った。
脱ぐ手を止めて、彼女の方へと視線を向ける。
「……っ」
絶句してしまうのも当然だろう。
私も火野上さんの素肌を直に見るのはこれが初めてだ。
報告書で内容を知っている私ですら、思わず息を飲んでしまう。
肩から背中に残る大きな火傷、皮膚がひきつった感じに変色し、手術したとしてもこれだけの広範囲の火傷跡を治せるのかどうか。それだけじゃない、腰付近に残るタバコの押し付けられた後、胸の方もそれらが沢山残っていて、火野上さんの人生が生半可なモノじゃないって語らなくても分かる。
よく見れば、前髪で隠していたから気づけなかったけど額にも傷跡があって、腕には四宮君と同じ数えきれないぐらいの自傷の跡が確認できる。
諸星さんはそんな彼女を見て目を見開き、何も言えなくなってしまっていた。自分よりも凄惨な目にあった人がいる、その事実を目の当たりにして、彼女は言葉を失ってしまったんだ。
「……?」
そんな私達に気付いたのか、火野上さんは前髪を下ろし、傷跡をタオルで隠した。
「びっくり、するよね……ごめんなさい」
「う、ううん、そんなことない」
「ううん、いいの。ノノンの身体見た人、全員驚いてるの。ノノン、知ってるから」
驚くなってういう方が無理だ。
普段の黒崎君とイチャイチャしてる雰囲気からは想像も出来ない。
「汚いって、みんな言ってたから。こんな傷だらけなんだもん、人間じゃないって、言われたこともあるよ。でも、ノノンバカだから、身体を売る事でしか生きていけない、誰も側にいてくれないって、そう思っちゃった結果だから……もう、変えられないから」
とても辛くて悲しい言葉、でも、ほのかに彼女の口元には笑みがこぼれる。
「でもね、こんなノノンでも、けーまは綺麗だって言ってくれた。嘘じゃないって言ってくれたの。一緒にいてくれるって、ノノン、生きてていいって。けーまと出会えたから、だから、今は、とっても幸せ。もう、これ以上の傷は、きっと増えない……だって、けーまは優しいから」
想像以上だ、これはきっと依存というレベルを超えている。
もし、なんて口にしなくとも分かる。黒崎君が別れを選択した瞬間に、火野上さんは死を選択する。生きる希望がそのまま黒崎君であり、最低限のライフラインが彼になってしまっているんだ。この状況、普通なら歓迎すべきじゃない……でも、彼もそのつもりで受け入れているのだとしたら、それはきっと、私には出来ない選択だ。
「火野上さん」
「……うん」
半裸状態になった火野上さんへと、諸星さんは頭を下げる。
さっきみたいな会釈じゃない、最敬礼の九十度だ。
「ごめん、私、貴女のこと、可愛いだけの女の子だとばっかり思ってた。報告会の時に泣き始めた時も、なに可愛い子ぶってんだって頭のどこかで考えてたんだ。だけど、貴女だって私と同じ。人には言えないレベルの過去を背負ってたんだね」
「……そう、かな」
「ううん、その身体を見て、綺麗って言える人って少ないと思う。場合によってはいないかもしれない。でも、それでも黒崎君は火野上さんの側にいるって、好きって言ってくれたんでしょ? ……私ね、自分の価値って何なんだろうって、ずっと考えてたんだ」
顔を上げた諸星さんの表情は、とても柔らかく優しいものへと変わっていた。
「綺麗でなくちゃいけない、可愛くなくちゃいけない。このプログラムが始まってからずっとそう思い込んでたの。主たる目的がダイエット、なんて言われたら、そう思っちゃうでしょ? 結局男の為に可愛くなるのかって、かなり反発もしてたんだ。……でも、違うんだよね。火野上さんを見て、それらが違うってようやく理解した」
「違う……?」
「ありがとう。私は私の為に努力するよ。いつかこんな私でも、きっと受け入れてくれる人がいるって、そう気づかせてくれたから。火野上さんに比べたら、きっと私の過去なんて大したことない。まだまだ甘えん坊なんだって、そう思えたからさ」
必死になって頭の中をフル回転させる。
いま、諸星さんの理解はどっちに向かって傾いているの?
間違えた方に向かってなければ良いのだけれど。
「椎木さん」
「え、あ、ええ、そうね、そろそろお風呂に入りましょうか」
気付いたら二人共裸になっていて、下着姿なのは私だけになっていた。
急いで脱いで綺麗に畳んで……あら、火野上さん洋服畳まないのね。
ちょっと気になるから直しちゃおうかな。
「それにしても、椎木さんもかなりスタイル良いですよね」
「……一応、それなりに努力してますから」
「羨ましいです、私も昔の自分を取り戻さないとかな」
「ノノン! ノノンもおっぱい大きくしたい!」
火野上さんがこれ以上大きくなったら、多分奇乳の仲間入りだと思う。
きっと今のサイズで十分黒崎君は喜んでいるから、現状維持に務めなさいな。
さてと、とりあえず仲直りは出来たっぽいし。
黒崎君へのメッセージは温泉を堪能した後でいいかな。
私も楽しみたいしね。
§
次話『嘘つきと臆病者』
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