第32話 四宮君の事情
さすがに貸し切り……という訳にはいかなかったみたいだけど、それでも広い温泉になんだかワクワクしてしまう。ぱぱっと身体を洗い終わりどの温泉に入るか悩んでいると、同じく身体を洗い終えた四宮君の姿があった。
ちょうどいい、彼との交流を深めるチャンスだ。
そう考えた僕は、てくてくと彼に近づき声を掛けた。
「どの温泉から入ろうかな。四宮君はどれにする?」
「……え、い、いや、僕は……適当に、入りますので」
「そう? じゃあ一緒に着いて行こうかな」
「そ、そんな、気を使わなくとも。観察官同士で一緒にしてた方が、きっと有意義ですよ」
一歩引いた感じで語る。
そっか、そういえば四宮君と僕達は観察官と選定者で立場が違うんだった。
でも、だからと言ってそこで差別するのも違うと思うし、もっと仲良くなってもいいはず。
「観察官じゃなくて、黒崎桂馬、だよ」
「……でも、やっぱり」
「同い年なんだ、立場なんてそんなに変わらないさ。僕ね、この微粒子のお風呂って好きなんだ。真っ白に見えるの全部泡なんだよ? 雲に触れてるみたいな湯気も良いし、炭酸水みたいで健康に良さそうだと思わない? という訳で、入ろっか」
半ば強引に四宮君の手を取って、湯舟に浸かる。
強引に行く方がきっと彼の場合都合がいい。
長く語った所で進展はなさそうだし、無理矢理ぐらいが丁度いいさ。
「ほら見て……透けたでしょ?」
手でかき混ぜると透けるのだから、本当に単なるお湯なんだって分かる。でも、すぐに泡で真っ白になって何も見えなくなってしまうんのだから、驚きだ。それに、裸の付き合いをしているけど、このお風呂なら大事な場所は自然と隠せる。
四宮君の腕にもノノンと同じ傷跡があった。
きっと、あまり見せたいものではない。
そんな事をしていると、鍛え上げた肉体を惜しげもなく晒した神崎君が僕達の前に立った。
トレーニングの成果が顕著化するのは足の筋肉だと、僕は思う。
神崎君のヒラメ筋の発達に、太もものすんごい切れ目の入った筋肉は、さすがの一言だ。
「お、なんだこんな広い温泉なのに二人でくっついて入ってんのか?」
「うん、ほら、四宮君と僕って雰囲気似てない? 仲良くなりたくてさ」
「そうかぁ? 黒崎と四宮じゃあ、全然違うと思うけどなぁ」
言いながら、神崎君もお風呂に入ってきた。
頭の上に渇いたタオルを置いて、
はぁーと息をつく辺り、雰囲気は温泉を楽しむオジサンそのものだ。
「僕も、違うと思います」
「そう?」
「全然……違いますよ」
失礼します。そう言い残すと、四宮君は温泉からとっとと出て行ってしまった。
追いかけようか悩んだけど、こちらもこちらで焦る必要はないか。
距離感を詰めすぎると逆に嫌われたりするもんね。
四宮君の姿が完全に見えなくなると、それを流し目で見ていた神崎君が僕を見ずに語る。
「アイツ、中学の時にスゲェイジメにあったんだと」
「報告書で一応把握はしてるけど。リストカットの痕があったね」
「ああ、机に罵詈雑言は日常的、花が飾られてた事もあったらしい。主犯格に問いただすも本人も楽しんでましたの一点張り。今は教室に監視カメラが義務付けられてるだろ? その映像を見返すも、確かに四宮は笑ってたんだ。……でも、その笑みは心からの笑みじゃねぇ」
防衛本能から出る笑み、顏で笑って心で泣いて。
イジメられて心の底から笑う人間なんているはずがない。
「主犯格が四宮をイジメた理由は『なんとなく』だとよ。そんな理由で人を傷つけて言い訳ねぇだろうに、思い出しただけでイライラするぜ。あー腹立つ、そんな奴が身近にいたらぶん殴ってやんのによ」
「暴力で解決する事もあるからね」
「お、さすが黒崎、話が分かる」
「でも、全部が解決するとは思ってないよ?」
「当然だ、今のは俺のアンガーマネジメントに過ぎねぇよ」
学校内でのイジメ、幸い僕の学校ではそういう事は起きなかったけど、実は僕が見えていないだけで、見えない場所で何かしらの問題は起きていたのかもしれない。全てに手が回るほど万能じゃないし、僕に出来る事なんてたかが知れている。
僕に出来る事はたった一つ、ノノンを護る、これしかない。
一人決意を新たにしていると、神崎君から「サウナ行かね?」とのお誘いが入った。
断る理由もないし、連れられて入ってみると、まぁまぁ暑い。
誰もいないサウナも珍しいと思いながらも、神崎君の隣に座る。
「そういや黒崎さ、今日って火野上さんと一緒にお風呂入る予定だったんだろ?」
「うん」
「って事はさ、見てるんだろ? 彼女のおっぱいとか、そこら辺とか」
室内温度九十度、体温の二倍以上の暑さの中、タオルを頭にかけた神崎君が僕に質問する。
質問内容がいつかの日和さんと古都さんを思い出させる内容で、ちょっと可笑しかった。
熱い空気を吸い込んで、僕は応える。
「正面からは見てないよ」
「正面から? 背中だけ見てるってことか?」
「うん、互いに背中を向けて交代で洗ってるんだ。たまに僕が目を閉じてるのを条件に、頭を洗ってくれたりもするけどね」
「頭を洗う……火野上さんが?」
「そうだよ? 結構洗うの上手でさ、指を立てて洗ってくれるから気持ちが良いんだ」
ノノンは将来美容師さんが向いてるかもって伝えたら、ノノン喜んでたっけ。
美容関係にも興味あるみたいだし、天職かもしれないね。
「……で、腕輪は?」
「腕輪は最後に外して洗うよ、さすがに嵌めっぱなしだと汚いしね。でも、洗い終わったらすぐに嵌めるんだ。付けないと安心しないとか言っててさ……ノノン、可愛いよね」
腕輪付けた時に口元がだらしなく
そんなお惚気を口にしたら、神崎君は大袈裟に仰け反って溜息をついた。
「はぁーあ、お熱いこって。そんで、湯舟に入る時も背を向けてるのか?」
「うん、マンションのお風呂広いからね」
「寝る時は?」
「もちろん嵌めっぱなし」
「そうか。その、よ……性処理とか、どうしてんのよ?」
毎日隣に可愛いのがいるんだ、理性を保つために定期的な処理は必須となる。
「トイレで済ますよ」
「……だよな」
「うん」
「悪い、踏み込んじまった」
「他の人にも聞かれたことあるから、別に気にしなくていいよ」
「へぇ……誰よ?」
「クラスの女子」
「女子? お前、女の子にもこんなの喋ってんのか!?」
クソ暑いサウナ室で神崎君が叫ぶ。
「さすがに性処理の部分は僕じゃなくて、ノノンが聞かれたんだよ」
くすくすと笑いながら答える。
あーおっかしい。
神崎君の顔が真っ赤になってて「そ、そうか! そうだよな!」って答えてんの。
いっつもクールな感じなのに、何か意外な一面を見た感じだよ。
ちなみに聞いてきたのは古都さんだ。
僕がいない時に聞いてきたらしく、ノノンが後でこっそり教えてくれた。
トイレ云々は流石に伝えてないけどね。
「神崎君ってさ」
「あん?」
「結構ピュアだよね」
「んだそれ……くそ、俺が黒崎に笑われるとはな」
顏に手を当て、白い歯を見せながら笑顔になる。
神崎君って本当にイケメンだよな、男の僕が憧れるくらいにはカッコいいや。
「まぁ、笑いのツボも似てたって事で」
「……そだな、まぁ、悪い気はしねぇ」
「どういたしまして」
「じゃあそろそろ出るか、四宮の奴も腹減ってるかもしれねぇしな」
サウナの後に水風呂に浸かり、身体を整えた後、館内着に袖を通して食堂へと向かう。
さりげなくスマホを確認するも、椎木さんからの連絡は特になし。
ノノンは上手く諸星さんとやれてたのかな……ちょっとだけ心配だ。
§
次話『人の価値観 ※椎木さん視点』
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