第31話 一日目から落ちる雷
7/25 PM03:00
僕達がお世話になる政府直営保養所〈ゆ~ゆ~〉、上は四階、下は地下二階まであるとても大きな保養所だ。政府関係者が利用できる保養所とのことだけど、時期が早かったのか、利用しているお客様は僕達以外にはほとんどいない。
「大体お盆の時期に休むんじゃねぇかな。ま、こっちとしては予定通りって話なんだけどよ」
「そうなんだ、そこまで考えてたとは知らなかった」
「混雑してる中でダイエット企画とか、無理だろ? プールも子供達で埋まっちまうって」
部屋に荷物を置いた後、ラウンジで合流した神崎君と語る。
大きなソファが沢山置いてあるラウンジだけど、自然と皆、別れて座っていた。
僕とノノン、それと神崎君と椎木さんが近くに座り、四宮君は少し離れた場所で本を読み、諸星さんはそもそもこの場所にいない。ノノンが怖がってたから、そこら辺の確認もしておきたかったのだけど……まぁ、急ぐ必要もないか。
「じゃあ、ちと日差しがキツイから外じゃなくて、室内での運動を早速するとするか」
「室内っていうと、ダンスか何か?」
「バカ野郎、年頃の男女が揃ってるのにそんなのする訳ねぇだろ?」
「プールに行こうって言ってるのよ、彼」
ちょっとげんなりした感じで語るのは、椎木さん。
彼女の服装は泳ぐ感じではない、スパッツにウェア、まさに今から走ろうかという服装だ。
「予定にあっただろ? プールでの運動は水の抵抗もあって、通常の数倍の効果が認められてるんだ。ただ歩くだけで運動になるんだぜ? しかも冷たくて涼しい、最高だと思わねえ?」
「でも、当の本人が嫌がって居なくなっちゃったじゃないの」
「あ、それで諸星さんいないんですか」
「水着姿を見られたくないんですって」
年頃の女の子が考えそうな内容だけに、そう言われたら無理もない気がする。
ましてや諸星さんはあの体型だ、恥ずかしい以外の何者でもない。
「かと言ってなぁ、さすがにこの猛暑じゃ外での運動なんか出来ねぇし」
「熱中症警戒アラートも出てるんだから、そんなの無理に決まってるでしょ」
外の景色が蜃気楼のように揺れて見える。
さすがにこの状態でウォーキングなんかしたら死んでしまいそうだ。
「けーま、あれ何?」
我関せずで、僕に自由に質問してくるノノンが指差すもの。
それは緑色のネットがあり、室内で運動するに最適なものだった。
保養所に限らず、温泉宿には必ずといって存在する卓球台。
浴衣姿で遊べる利点もあるが、本気でやり込めば結構な運動間違いなしだ。
「卓球か、あれなら良いかもな」
「さすがノノン、良く見つけたね」
「ノノン偉い? たっきゅうって、なに?」
聞けば、ノノンはラケットすら持ったことがないという。
小学校、中学校をほとんど行かなかった弊害なんだろうけど。
そんなもの、教えればいいだけのことさ。
「いい? ラケットを持つ時は、人差し指と親指で輪っかを作るんだ」
「わっか」
「うん、それで、残った三指で背面を抑えて、ちょっと面を床に向けて打つ」
「めんを、ゆか」
物珍し気な表情で、ラケットを握り締めてるだけなのに可愛い。
しゅっ、しゅっ、と素振りしただけで、それなりに見えるのだから凄い。
髪が暴れるからという理由で、椎木さんがノノンの髪をヘアゴムで留めてくれた。
お団子にしたノノンも可愛いし、首筋のうなじがなんだか魅力的だ。
「ってゆーか、お前たちそのままで卓球するつもりか?」
「え? ああ、僕の左手を上げておくから問題ないよ」
「いや、そうは言ってもだな……まぁいいか」
鎖のことを言っているんだろうけど、卓球なら二人の距離は近い。
それに鎖自体の長さだってあるんだから、付けたままでもプレイする事は出来る。
なにより外すことをノノンが物凄い嫌がる。
絶対に外さないでって顔に書いてあるくらいだ。
「お、諸星さんも戻ってきたか。卓球やろうぜ卓球」
「……うん」
「じゃあ早速、黒崎と火野上さんペアと、俺と諸星さんペアな」
諸星綺麗さん、体重のことばっか話題にしてるけど、よく見れば顔立ちは悪くない。椎木さんも前に言ってたっけ、痩せたら美人かもって。確かに、痩せたら綺麗な二重に可愛らしい笑窪もあって、素敵な女性に変身するかもしれない。前に神崎君は「絶対に一緒にならない」って宣言してたけど、ダイエットに成功したら分からないかもしれないな。
「っとと……けーま、ボール、ラケット当たらない」
「慣れるまでは大変だよね。いいんだよ、遊びだから」
「うぅ……ノノン、動画見たい」
「ダメ、今は一緒に遊ぼ」
「だって、ボール、当たらないもん」
相変わらず諦めが早いな。
ノノンのダメな所の一つだ、彼女はとても飽きっぽい。
新しい物がすぐ欲しくなるけど、数分もすると飽きて違うことをしている。
動画を見るのは常に新しい情報が入るから続けられるけど、自分で何かするという事になると、それは壊滅的だ。鎖で繋がっている以上、ノノンは僕と強制的に一緒にいる事になるけど、こういう時も役に立つとは思わなかったよ。
当たらなくて結構、たまに当たってもネットかアウトだ。
それでも楽しめれば別に良い……と、僕は思っていたのだけど。
「……いい加減にして」
相も変わらずノノンが空振りをしていると、諸星さんが不機嫌を口にした。
「何その鎖、そんなの付けたまま卓球とか出来る訳ないじゃない!」
「諸星さん」
「私のことバカにしてるんでしょ!? お前みたいな豚は運動するだけ無駄とかさぁ!」
「そんなことないさ。ごめんね、ノノンは今日が卓球初めてなんだ」
「初めてとか、そんなの嘘に決まってるじゃない! 卓球なんて誰だって一回は触れるよ!」
これがノノンが恐れていたことか。短気、というよりも、太っていることが原因で自分に自信が持てていないのかも。気にする必要はない……とは言えないけど、そこまで卑屈になる必要もないと思う。でも、いまの僕が何を言っても無駄だろうし、ここは神崎君に任せるのが最善か。
「諸星さん、火野上さんは本当に卓球をした事がねぇんだ。っていうか違うんだろ?」
神崎君が頭をぽりぽりと搔きながら、諭すように語る。
「黒崎と火野上が仲が良いのが羨ましい、そう顔に書いてあるぜ?」
「そ、そんな訳ないじゃない! 誰があんなチビでもやしみたいな男!」
「でもま、来ない球を待ってるのも暇だしな。チームプレイじゃなくて個人戦にするか」
あくまで今回の旅の目的は諸星さんの減量だ、彼女が動かないのであれば意味がない。
「けーまぁ……」
「大丈夫、僕達だけで練習しようか」
「……うん。鎖、外す?」
「そうだね、今だけね」
パチンっと腕輪を外した後のノノンは、いつだって腕をさするんだ。
寂しい、言葉にせずとも彼女がそう思っているのが伝わってくる。
一時間程度卓球の練習をすると、ノノンもそれなりに出来る様になり。じゃあ再開しますかとチーム戦を開始し、そのままもう二時間ほど遊んだ所で、時刻は六時半近くになろうとしていた。
「飯の前に風呂入るかー」
「そうね、もう汗でびしょびしょ」
全員いい汗をかいたっぽいし、諸星さんも大量の汗をかいているから、初日としては良い感じに違いない。僕とノノンもそれなりに楽しかったけど、四宮君だけは途中で戦線離脱した。
椎木さん曰く、彼は運動を好まないから許して欲しい、との事だ。
太っている訳じゃないけど、細すぎるから彼は彼で運動が必要な気がするけどね。
「けーま、お風呂楽しみだね!」
「うん、大きいお風呂だといいね」
カチャリと腕輪を嵌めると、ノノンはニッコリと微笑んだ。
そんな僕達を見て、神崎君と椎木さんは表情に疑問符を浮かべる。
「まさかお前たち、一緒に入ろうとか考えてる?」
「え? そうじゃないの? 部屋でお風呂に入るんじゃ?」
「違うに決まってるでしょ、なんでここまで来て普通のお風呂に入るのよ」
腕を組んだ椎木さんが呆れ顏で語る。
ついで、肩を組んできた神崎君が顔を近づけてきた。
「大浴場があるんだよ。七つの温泉、せっかく来たんだから楽しもうぜ? 四宮の奴も温泉なら一緒に入るだろ? 裸のスキンシップは交友関係深めるのに必須だぜ?」
二人でお風呂に入ることしか考えてなかったから、温泉の存在に気付かなかったや。
え、というか、そうしたらノノンは僕と離れて諸星さんと温泉に入るってこと?
……椎木さんにメールを送信しておこう。
二人っきりにだけは絶対にしないように、お願いしておかないと。
§
次話『四宮君の事情』
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