第30話 集まった保護観察官と選定者たち。
『目的地に到着しました。政府直営保養所〈ゆ~ゆ~〉です』
……ん、もう目的地に到着したのか。
完全に寝てた、昨日遅くまで準備してたからかな。
というか、僕は一体どういう状態で眠っていたのだろうか? ノノンと二人で映画を観ていた記憶はあるのだけど、気付いたら眠ってしまい、今の僕の視界は真横を向いている。頬に当たる熱を帯びながらも柔らかくてスベスベとした肌色の脚は……これ、ノノンのふとももだ。
身体を動かさないように視線だけを上に向けると、赤い髪がはらりと落ち、僕の方に顔を向けたノノンの寝顔がそこにあった。所為、膝枕である。眠ってしまった僕を気遣ってノノンが自分のふとももを枕にしてくれていたのか。
一体何時間? 談合坂から目的地までだって結構あったと思ったけど、その間ずっと膝枕を? これは申し訳ない事をしたと身体を起こすと、接着していた僕の頬とノノンのふとももがくっついて、お餅みたいに一瞬だけ伸びた。
その反動で、閉じていたノノンの瞼もゆっくりと開いていく。
赤い瞳、煌めく宝石のような瞳で僕を見ると、その眼を細めた。
「けーま、おはよう」
「おはよう、ごめん、膝枕させちゃった」
「んーん、いいの。ノノン、幸せだったよ?」
心が洗われるような笑顔に、ドキッとする。
「寝てるけーまの、頭撫でたり、ほっぺぷにぷにしたり、したの」
「え、そんなことしてたんだ」
「うん。でも、けーま起きなかった。その内ぽかぽかになって、ノノンも寝ちゃった」
触られた記憶はないけど、されてたんだとしたら嬉しい。
やっぱり僕はノノンのことが好きなんだな、なんて、分かり切った事を再認識してしまう。
「……目的地、ついた、の?」
「あ、ああ、うん。到着したって言ってたね」
「じゃあ、降りる?」
「うん、降りよっか」
両手を座面に付けて、見上げる仕草で僕を見る。それだけで僕の胸はドキドしてしまうし、嬉しくて頬が熱を帯びてしまうんだ。車を降りる時も鎖は繋がっている。引っ張ることのないようにゆっくりと車から降りた後、ノノンの手を取って彼女をエスコートした。
「ノノン、お姫様みたい」
お姫様にだって負けてないくらいに可愛いよ。
心の中でそう思いながら、扉をパタンと閉じる。
「へぇ……凄いな」
車を降りて真っ先に目を引くのは、視界のどこまでも広がっていく草原だ。見れば草原の中に木の板だけで出来た遊歩道もあったりして、あそこを歩いただけでも空気が美味しくて、なんだか楽しい気持ちになれそう。
くるり振り返ると、円形の屋根が出っ張った木造の建物があり、沢山の窓、それに手入れのされたお庭が僕達を出迎えてくれていた。建物の造りは曲線を意識したものであり、庭も円形の花壇、出っ張った屋根も丸く、建物自体も丸を基調としているのが分かる。
「神崎君たちは、もう中に入ったのかな? 暑いし、僕達も中に入ろうか」
「うん、ノノン、暑いの苦手」
涼し気な風景とは裏腹に、外気温は四十度に近い。
立っているだけでも汗が出て来るのだから、これはダイエットに最適と言えるのだろう。
『黒崎桂馬様を確認しました。ようこそいらっしゃいました、長旅お疲れ様です』
顏認証システムかな、近寄っただけで僕の名前が読み上げられ、自動扉が開いた。
ノノンの名前が読み上げられなかったという事は、ここもそういうシステムなのだろう。
保護観察選定者は、自分の意思だけでは外を出歩くことが出来ない。
観察官と選定者は、一緒にいるけど同じじゃないんだ。
「お、やっと来たか! こっちだこっち!」
「神崎君……それに椎木さんも」
保養所入ってすぐのラウンジには、二組の男女のカップルがあった。
神崎君と椎木さん、それと諸星さんと四宮君かな。
アロハシャツにハーフパンツ、ちょっと高そうな運動靴を履いた神崎沙織君。相変わらずの逆立った髪は耳の後ろに稲妻模様に刈りこまれていて、知ってる人じゃなかったらちょっと近づくのを躊躇しちゃう風体だ。
かたや、女性らしさあふれる笑顔で迎えてくれたのは椎木舞さん。肌にフィットするカラフルなシャツを重ね着し、スパッツと短めのパンツを重ねた姿を既にしている。髪を縛ったらジムとかにいそう。形から入るタイプなのか……いや、普段からきっと運動しているんだろうな。
諸星さんの体型は、想像よりかは痩せている感じがするけど……言葉にしたら失礼かもしれないけど、やっぱり太り過ぎな気がする。百三十キロ前後だったっけか、側にいるだけで圧を感じるし、何もしてないのに怒ってる雰囲気がする。運動用のジャージですらはち切れそうなのだから、減量は大変そうだ。
四宮君はメカクレ系の髪型をした男の子だ。多分Sサイズのシャツなんだろうけど、それでも袖口とかが余っているから、相当な痩せ型だ。椎木さんと同居って聞いて最初は大丈夫かなって思ったけど、彼相手なら椎木さんの方が力で勝てそう。
「ごめん、途中サービスエリアに寄ったら遅れちゃって。えと、四宮君と諸星さんだよね。黒崎桂馬です、こちらは火野上ノノン、今日から十日間、宜しくお願いします」
ペコリとお辞儀をして、二人の様子を伺う。
「四宮鉄平です……宜しくお願いします」
「……ふん」
四宮君は挨拶を返してくれたけど、諸星さんはどうやら機嫌が悪そうだ。
ダイエット企画って事は、主たる目標は彼女の減量、気の良い話ではないよね。
「まぁ、なにごとも焦らず行こうか。俺達はここで待ってるからさ、部屋に荷物おいてこいよ」
「うん、じゃあノノン、行こうか」
「……うん」
……? なんだろう、ノノンが沈んでる気がする。あれかな、知らない人と僕が仲良さそうにしているのを嫌がっているのかも。部屋に行ったら説明してあげないと……と思ったけど、受付で案内を貰い、エレベーターに乗り込むなり、ノノンから理由を説明してくれた。
「諸星さんが、怖い?」
「……うん、ノノン、前にあの子に、怒られた、から」
「怒られたって、どういう?」
「わかんない。ノノン、あの時怖くて、泣いちゃって」
互いの報告会の内容は極秘だ。僕がその場で何を語っていたのかはノノンは知ることは出来ないし、ノノンが報告会で何があったのかを僕は知ることが出来ない。僕の記憶に残るのは、報告会後のかなりご機嫌なノノンだったと思ったけど。
「でも、今は何があっても僕と一緒だから」
「……うん、この鎖、安心する」
「怒られることがあったら、僕も一緒に怒られるからね」
「うん、けーま……大好き」
抱き締めるだけで互いに安心する。
エレベーターの中なんだ、ハグくらいしても平気だろう。
報告会で何があったのかは、きっと聞いた所で意味がない。その時、その場の雰囲気っていうのもあるし、聞いた所で逆上させてしまう事だってあるんだ。だったら特に何もなかった現状のままでいればいい。何も起こってないのに悩み続けるよりも、今を楽しんだ方が賢明だ。
僕達の部屋は201号室、部屋の壁は黒を基調としたシックな感じだけど、おしゃれモダンな照明が雰囲気を柔らかくし、更に言えば、この時間は外からの明かりが今は眩しいぐらいに室内を照らし上げている。外から見た景観と同様に、部屋の中は丸い造りをしていて。大きな窓も湾曲し、風景を一望出来るといった、デザイナーズマンションを彷彿させる造りとなっていた。
「ノノン、見て」
「うわぁ……富士山、大きいね!」
「なんだか見てるだけでワクワクするよね」
「うん! けーま、ノノン幸せ! 一緒にお布団で寝よ!」
寝ないよ、これから下に行って皆と一緒に一日目を過ごさないといけないんだから。
……でも、ちょっとくらいならいいかな。
何せ僕とノノンは鎖で繋がっているのだから、怖いも楽しいも、全部一緒に過ごさないとね。
彼女がぽふんと横になると、僕もベッドで一緒に横になる。
家で寝るのと同じ、シングルベッドに二人。
どうしても距離は近くなるし、互いが互いを意識する距離だ。
「けーま、くふふ、お布団気持ちいいね!」
「うん、そうだね」
「旅行っていいなぁ……すっごい楽しい。けーま、ありがとう」
「どういたしまして。待たせちゃうとダメだから、そろそろ下に行こ?」
「うん! けーまと二人、何も怖くない!」
ぴょんと飛び上がった彼女と二人、期待に胸を膨らませながら部屋を後にする。
不穏な空気は、何もない。
けれども、保護観察官と保護選任者との旅行が、何もないはずがなかったんだ。
§
次話『一日目から落ちる雷』
すいません、カクヨムイベント毎日投稿の為に、急遽一話のみ公開しました。
ノノンちゃんの物語は書き溜め六万文字は欲しいので、続きはもう少々お待ち下さい。
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