閑話……目に見えない場所で起こっている問題。
☆渡部将司
未だ減らない非行に走る子供たち。子供の数自体が少ないはずなのに、それらを先導する馬鹿者の存在が、火野上さんのような選任者を毎日のように生み出している。古くはトー横キッズと呼ばれた新宿に住まう家出少年少女たちの集い。アレですら元をたどれば、彼らを囲う大人の存在が見え隠れしていたに過ぎないのに。
しかし、家庭内暴力や子供同士のイジメ問題は、そんなに分かりやすく表面化したりはしない。国内の学校全てが国有化した今であっても、学校はポイント稼ぎに必死で、問題自体を隠そうとする隠蔽体質のままだ。
何も変わらない。
未来永劫、この国は真綿で首を絞めるような政策しか打ち立てられないのだろうな。
「まぁ、別にそれでも構わんけどな」
「急にどうしたんですか? 小難しい顔して」
思わず口をついてしまった独り言に、水城が反応する。
「何でもない。それよりも日報の確認は大丈夫か? 新人君たちも三か月が経過し、各々明暗が分かれてくる頃だ。落ちそうな子がいないか、入念なチェックが必要だぞ?」
「関東県内の子達は優秀な良い子が多いですから、問題無さそうです。地方は既にリタイア者が発生していますね……可哀想に」
リタイア、つまりは青少女保護観察官としての責務を放棄すること。
これが発生した場合、我々には大きな仕事が二つ課せられる事となる。
まずは原因究明、観察官と選定者、どちらに問題があったのか、それらを報告し選別システムの改善要求を実施しなくてはならない。場合によっては我々にも責任が及ぶ場合もある。虚偽報告なんかしたら一発で終わる案件だ、叩いて埃が出ないようにしないといけない。例えば、相談したかったのにそういう空気を作ってくれなかった、とかだな。
「都会と違い、個々の距離が近しいからな。火野上君の出身も近畿地方だったか。まぁ、彼女の場合、出身と言っていいのか怪しいものだが」
「ああ、そういえばあの子たち、六人で山梨の保養所に行くみたいですね」
「そう報告を受けているな。主な目的は諸星さんのダイエットと記載されているが」
席を近づけながら、彼女は微笑ましい笑顔と共に自身のお腹をさする。
「あそこに行ったら逆に太りそうですけどね」
「ご飯が美味しいからな、名物のほうとうに信玄餅、太る要素満載だ」
「私達も行きません? たまには子供たちの面倒を見るんじゃなくて、二人で」
「公私混同は宜しくないな、休暇の話は稼業時間外にするべきだ」
青少女保護観察官と選定者は、九十パーセントの確立で
そこから更に半数以上の者たちは、報告会で知り合った観察官同士で一緒になる事が多い。
互いに公務員、稼ぎの心配もないし、言い換えれば保護観察官は国が認めた人材でもある。
同じレベル同士というのは、想像以上に気楽に触れ合えるものだ。
会話レベルも同じ、思考回路も似ている。
三年間の保護観察官をやり遂げた事により、馬鹿に出来ない臨時収入も互いに保持している。
外見、性格、収入、貯金、将来、結婚条件のほとんどが整っているのだ。
青少女保護観察プログラムの神髄は、保護観察官同士が出会う為にあるのだと俺は考える。
なぜなら、俺自身がそうしたからだ。
「そういう所に惚れたんですけどね。夫婦での仕事が認めれられる、最高の職場です」
「……そうだな」
「じゃあ、山梨の保養所、今度行きましょうね」
「ああ、プランニングしておくよ」
「やった。それじゃあ青少女保護観察課、水城香苗、選定者との顔合わせに行って参ります」
夫婦別姓も、そう珍しい事じゃない。
それに、青少女保護観察官同士という事は、同じ傷を抱いた者同士とも言える。
――大好きだったのに! 私を裏切るんですか!――
まだ、脳裏に三年を共にした彼女が残っている。
火野上さんの様な、人生の全てを諦めていたような、そんな女の子だった。
青い髪をした可憐な少女、当初、あばら骨が浮く程に痩せていたのを覚えている。
――信じてたのに……将司以外、愛することなんて出来ないのに――
三年間を彼女に費やした結果、彼女は女性としてとても美しく、立派に育ってくれた。
俺も彼女と人生を共にしようと、心に決めていたのに。
俺は、周囲からの反発に負け、彼女を見捨て、より近い存在だった水城を選択した。
プログラムに選別されてしまった以上、彼女は何かしらの問題を抱えている。
親としては息子にそういう子と、一緒になって欲しくはなかったのだろう。
――出会わなければ良かった……このプログラムは、最低なプログラムです――
俺が選択した道は、彼女からしたら全てを否定する、最悪の選択だったのだろう。
結果として、彼女は自死を選択し、この世からいなくなってしまった。
誰もいない部屋で一人、俺への恨みつらみを書き残して。
青少女保護観察プログラムは、この国にとって優秀な家庭を育むことを目的としている。
保護観察官と一緒になれなかったとしても、選定者同士で一緒になる事も可能なのだ。
九十パーセントで袂を分かつことになったとしても、その半数以上は結果として、今も仲睦まじい夫婦として生活している。三年間を共にしているのは保護観察官と選定者だけではない、報告会を通し、選定者同士も苦難を共にしているのだ。
保護観察官に好意を寄せている以上、ほとんどの選定者は失恋を経験する事となる。失恋後、我々は意図的に彼、彼女たちに対して再会の場を設けるのだ。傷心の時に艱難辛苦を共にした相手との再会は、想像以上に受け入れやすい。事実、選定者同士が夫婦になる確率は、保護観察官同士を遥かに超える。
更に言えば、このプログラムを経験した若者達が他の異性と結婚した確率も、九十パーセントを超えている。老人の中には「若者は全員このプログラムに組み込んでしまえばいい」と言っているぐらいだ。これらの事実が、少子化問題最大の課題であった『恋愛をしない若者達』への決め手となっている。
……言い訳だな。
そんな逃げ道があるからと言って、彼女と別れるべきではなかったのだろう。
俺が逃げたから、彼女はこの世界からいなくなってしまった。
そうなるって、最初から分かっていたことなのに。
「……さてと、仕事をしないとだな」
いつまでも後悔していても、何も変わらない。
地方ではリタイア者が発生してしまったと、水城が言っていたな。
まだ日の浅い彼等には、きっと荷が重い仕事だろう。
少しぐらい、手伝ってやるとするか。
『はい、青少女保護観察課の
「ああ、不知火君か……水城から話は聞いたよ」
『渡部先輩ですか! うわぁ、マジで助かります、いや、助けて下さい!』
リタイア者が発生した場合の、もう一つの大きな仕事。
それは、新たな保護観察官を選任する事だ。
選定者をそのままに出来るほど、我が国の財政は甘くない。
失敗は許されないのが、青少女保護観察プログラムだ。
『こっちの学校なんてほとんどが廃校で、生徒がいないんですよ』
「そうだな、ただでさえ人口不足なんだ、そう都合よく適任者がいるはずがない」
『九学年合わせても生徒数六人とかなんですからね、それなのに青少女保護とか、無茶過ぎます』
「まぁ、そう言うな。それで、選定者の受け入れ先は決まったのか?」
『いえ、全然。でも、渡部先輩が連絡してくれたって事は』
「……そうだな、コッチで受け入れる事も可能だ」
『本当、助かります。これで潰れちゃった観察官のケアに専念する事が出来ます』
幸い、花宮高校は生徒数が多い。
現時点で青少女保護観察官として相応しい子は……この子、かな。
黒崎君という先輩もいる、きっと彼なら大丈夫に違いない。
俺みたいに、失敗する事も無さそうだしな。
『先輩?』
「……ああ、いや、大丈夫だ。さっそく受け入れの日取りを決めようか。ちょうど夏休みだしな、保護観察官としての心構えを教え込むには、最適とも言えよう」
さてと、これで俺ものんびりとしている訳にはいかないな。
大人の夏は、忙しいばかりだ。
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