第26話 僕が本当に知りたかったこと。
上袋田君との論争のあと、教室に戻ると古都さんと日和さんが目で訴えかけてきた。
同じクラスなんだ、どうだった? なんて聞かれただけで上袋田君のプライドが傷つく。
出来てサムズアップ、それも上袋田君に見えないように、こっそりと。
それを見た二人は小さく嘆息を付き、胸に手を当てて良かったを表現してくれていた。
けれども、その嘆息は放課後の報告会であっさりと霧散してしまう事に。
古都さんはいつも通りのイチゴミルクを飲みながら、僕に突っかかってきた。
「なんにも解決してねぇじゃねぇか」
「でも、プレゼントは返したし、一応の理解はしてくれたと思うよ」
「ノノンちゃんの事を絶対に諦めないって言ってたんでしょ?」
「うん。でも、三年後に僕とノノンが別れていたら、その時再度告白するって感じだったけど」
「三年も待てる人なのかな。上袋田君って短気な感じがして、ちょっと怖かったりしない?」
日和さんが言う通り、怒ったら僕の首根っこ掴んで持ち上げるくらいには短気だ。
「そうだね……力じゃ絶対に勝てないから、痴漢用のスプレーとか用意した方がいいかも」
「もっと手っ取り早い方法があるけどな」
「もっと手っ取り早い方法? 何それ古都ちゃん」
目だけで訴えて来る。
お前が一緒になればいいんだろって、そう言ってるんだろ。
分かってるよそんなの……。
「けーまぁ」
「ああ……二人ともありがとうね。そろそろ帰らないとだから」
「アタシも部活行かないとか。微妙に腑に落ちねぇけど、納得するしかないか」
「あ、そうだ、私も役員会議あるんだった。じゃあまたね! 何かあったら連絡頂戴ね!」
上袋田君の件は、これで一旦の終わりを迎える。
けれど、古都さんの言う通り、根本的な問題は何一つ解決していない。
ノノンは自然と男達を誘惑してしまう何かがある。今回は話が通じる相手だったから良かったものの、もしこれがプレゼントではなく、最初から襲うつもりだったらどうなっていたか。
嫌な妄想しか出来ない、ノノンには防犯ブザー系のアイテムを常備させているものの。
どんな便利な道具も、使う人次第でゴミになっちゃうからな。
果たしてノノンに使いこなせるかどうか。
やっぱり、嫌な妄想しか出来ない。
帰宅後、僕は今回の件を報告すべく、リビングで渡部さんへと連絡を取った。
『なるほど、彼の要望を黒崎君は断ったんだね』
……? なんだか、ニュアンス的に僕の想像と違う気がする。
『黒崎君、上袋田君という人物がどういった人間か、君なりに調べたのかな?』
「……いえ、何も」
『ふむ。あまり個人情報を漏らしてはいけないのだが、クラスメイトだからね、特別に教えてあげよう。上袋田君の実家はAI関連、それこそ自動車の自動運転や、飛行車両に関わる会社の役員をしているんだ。つまり、かなり実家が太いと言える。そのプレゼントの類も、彼ならば小遣い程度の感覚で買えてしまうのだろうね。現場を実際に見た訳ではないが、激昂したにも関わらず数秒で我に返り、黒崎君の申し出を許諾している。大人の目で見た場合、彼と火野上さんが一緒になることに関して、特別問題があるとは思えないんだ』
予想外の言葉が出てきて、僕は思わず自分の顔を手で覆った。
『青少女保護観察プログラムの最大の目的は、この国にとって利益のある家庭を築くことにある。上袋田君と火野上さんが一緒になった場合の幸福指数は、一般人と一緒になるよりも高いと言えるだろうね。何せ、彼は将来を約束されているようなものなのだから』
「……分かり、ました。以後、気を付けたいと思います」
『彼女を守ろうとした気概は認める、ただ、君は単なるお姫様を守る騎士ではないんだ。あくまで全ては火野上さんの幸せの為、これからも頑張って欲しい。報告は以上かな? それじゃあ、これで電話を切るからね』
全てはノノンの幸せのために。
それが最重要項目であり、最優先しなければいけない事である。
通話が切れた後も、僕は一人リビングから街を眺め続けた。
不思議と、聞こえないはずの街の騒音が耳に入ってきて、なんだかいつもと違う感じがする。
胸糞悪い感じ、認められない感じ、自分の正義が曲がっていく……そんな感じだ。
「けーま、ノノン……」
「……」
「ノノン、お部屋、いるね」
雰囲気を感じ取ったのかな、自発的に部屋に行くなんて彼女らしくない。
本当なら、一緒になったカップルのその後とか、渡部さんに聞きたかったのに。
水城さん……はダメだよな。同じ部署なんだし。
神崎君なら、何か知ってるかな。
『よう黒崎、久しぶりだな、急にどしたい?』
相変わらずな感じの声に、感情が緩む。
「いや……ちょっと聞きたい事があってね」
『おーおー相談事か、いいぜ、何でも相談してくれよ』
ざわつく気持ちのまま連絡してしまったのに、彼は当然のように接してくれた。
本当にありがたいと思う。一呼吸して、混ざってないコーヒーみたいな頭の中を吐露する。
「ありがとう。神崎君は、青少女保護観察官の役目を終えた人達がどうなったかって、調べたことある?」
『当然だろ? 公務員になってどうこうって話、前にしたじゃねぇか』
「ああ、そっちじゃなくて、パートナーと一緒になる割合とか」
『十パーセント以下って奴だろ。まぁ、俺も九十パーセントの方に入る人間だと思うけどよ』
やっぱり知ってるんだ、僕だけだな、無頓着なのは。
「聞きたいのは、その十パーセントの人達って、その後どうなったのかなって部分なんだけど」
『そんなの、担当の人に聞いた方が早いんじゃねぇの? 俺は知らねぇぜ?』
「……最近、ちょっと失敗しちゃってさ。聞きづらくって」
『じゃなきゃ、俺なんかに聞かねぇか』
そういう意味じゃ……いや、そういう意味か、神崎君に失礼だったかな。
「ごめん」
『いいよ、SNSで繋がるって、どんな状況でも一人にならないっていうのが大事だからな。っていうか、十パーセントの人達うんぬんじゃなくてよ。黒崎が聞きたいのは、自分が火野上さんと一緒になったらどうなるのか、果たして大丈夫なのかって事なんじゃねぇの?』
図星だ、僕はその先輩方と自分を重ねて、未来予想図を描こうとしたに過ぎない。
『俺から言えることは、椎木とも話題にあった内容だけど、性依存症についての事だな。あの子は間違いなく黒崎との愛のあるセックスを求めて来る。それも一回や二回じゃない、依存症なんだ、一晩に何十回と求めて来る可能性がある』
「……うん」
『その時に、お前は間違いなく過去の男達がチラつく』
「……」
『彼女を抱いた男は二桁じゃきかねぇ、それも人体実験染みた事もされている。黒崎からしたら、火野上ノノンって女は初めての女の子かもしれねぇが、彼女から見たお前は何百と抱いた男の中の一人でしかねぇんだ。その事実を受け止められるか、そこが一番重要なんじゃねぇかな』
何もかもが図星で、心臓の動きが早くなっていくのを汗と共に感じる。
一番怖いこと、それは僕がノノンのことを嫌いになってしまうかもしれないと、心のどこかで考えてしまっている事だ。それは結果として、彼女にとって最悪な形での死を迎える原因にもなりえる。愛のあるセックスをした後に、彼女を裏切ることは出来ないんだ。
人生の伴侶として彼女を迎え入れる。
その自信が、僕にはない。
『そこまで思い悩んでるならよ、一回試してみたらどうだ?』
「一回試す? 何を言ってるんだ」
『セックスじゃなくても、いろいろと試す事は出来るぜ?』
「……例えば?」
『添い寝とか』
「添い寝?」
『まだ一緒になって寝たことないんだろ? いきなりセックスじゃなくても、二人で協力しあって試すことは幾らでも出来るんじゃねぇの? 俺達は青少女保護観察官だ、客観的に見て暴力行為とみなされない限り、プログラム対象者には全てが許される』
段階を踏んで、じっくりと……か。
言われてみればその通りだ、いきなりセックスとか考える方が間違ってる。
「神崎君」
『お、声が明るくなったな』
「うん、ありがとう。本当に相談して良かった」
『そう言ってくれると、相談に乗った甲斐があるってもんよ。じゃあな、頑張れよ』
渡部さんにも言われたけど、神崎君の頑張れの方が、ずっと心に響く。
みんな正しいことしか言葉にしていないのに、この差は何なんだろうな。
試す……か、それは、ノノンにとって酷い事かもしれない。
一度、ちゃんと説明しないと。
リビングから廊下へと行き、彼女の部屋の前に立つ。
心臓が、また違うドキドキを伝えてくる。
扉をノックする手が、震える。
初めて女の子をデートに誘うみたいで、緊張してしょうがない。
「ノノン、部屋に入るよ」
「……けーま、うん……」
静かな声だ、でも、可愛い声だ。
部屋に入ると、ノノンは一人、机に座り勉強をしていた。
教材は持って帰れないから、日和さんと古都さんが作ってくれたお手製の問題用紙。
最近ご愛用のグレーの部屋着、半袖で、ハーフパンツよりも丈の短いパンツスタイル。
彼女の肌がかなり露出されていて、傷や火傷の痕が嫌でも目に入ってくる姿。
けど、彼女はそれらから目を逸らさずに、僕の前に晒してくれている。
これが私なんだよって、言葉にせずに伝えているんだ。
「ノノン」
「うん」
「今日は、僕からお願いしたいことがあるんだ」
「……うん」
「ノノン……今晩、僕と一緒に、寝てくれないかな」
頭の中に心臓があるんじゃないのかってぐらいに、鼓動の音が聞こえてくる。
静寂が音になって耳を襲う、ノノンをこれでもかという程に、異性として意識した言葉。
彼女の返事がこれ程までに怖く、待ち遠しいと思ったことは、過去一度としてなかった。
時計の針の音、空調の音、心臓の音、彼女の吐息。
そういったオノマトペに潰されそうになりながら返事を待つのは、結構しんどかった。
時間にして数分もない間のあと、ノノンはやや伏せた目を開き、嬉しそうに僕へと告げる。
「……わかった」
§
次話『僕は、非行少女と鎖で繋がる。』
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