第25話 論争

 日和さんの絶叫で始まった土曜日は、午前中に四人でマンションの探索へと向かい、家に戻りお昼を食べ、その後一階のゲームセンターで遊び、再度家に戻ってくる辺りでお開きとな……るはずだったのに、ここにきて日和さんが駄々をこね始めた。


 今日だけで日和さんは三回ほど我が家の浴室を利用している。

 理由は簡単、ミストサウナの存在だ。どうやら身体が整うらしい。


「私、この家に永住したい」

「だとしたら、相当な玉の輿狙わないとダメなんじゃない?」

「うー、黒崎君頑張ってよぉ」

「いや、僕が住めるのも高校生の間だけだから」

「じゃあ三年間、私この家から学校行くー」

「ダメ」


 この言葉は僕の言葉ではない。

 僕の腕を掴んだまま、ふくれっ面になったノノンの言葉だ。


「んふふっ、そうだよね、この家はノノンと黒崎の愛の巣だもんね」

「愛の巣って……また変な表現して」

「とにかく、そろそろ帰ろうか。あんまり長居したらノノンが怒るよ?」

「はーい、でも、また遊びに来てもいいでしょ?」

「サウナ目的じゃなければいつでもどうぞ」

「桂馬君の意地悪」

「ウチはスーパー銭湯じゃないんで」


 最後まで日和さんはぶーたれてたけど、実際にはノノンの相手をしてくれるのならいつだって大歓迎だ。ノノンはサウナ嫌いみたいで、全然、一秒も入ろうとしてなかったけどね。


「じゃあまた月曜、学校でね」

「うん」

「上袋田の件、問題になりそうだったらいつでも手伝うから」

「ありがと……むしろ、送迎の方、宜しくお願いします」

「了解、それじゃ、またな!」


 二階のエントランスまで二人を見送った後、僕達は家へと戻った。

 二人だけの空間になった家は、なんだかいつもと違ってぎこちなくて。


「けーまぁ……くふふ、けーまぁ」

「くっつき過ぎだよ」

「ノノン、ひよりとこと、楽しかった!」

「良かったね、思い出し笑いしちゃったの?」

「うん! ひよりはね、イビキ凄いの」

「そういうの、僕だけにしておこうね」

「うん!」


 いつも以上に僕にくっつくノノンと二人、日常という名の平和をのんびりと享受する。 

 日曜日もそつなく二人で過ごし、そして月曜日がやってきた。


 六月十九日、月曜日。

 

「上袋田君、今日どこでもいいんだけど、時間あるかな」


 登校してすぐに、僕は教室の窓際に座る上袋田君へと声を掛ける。

 すぐに意図は伝わったのだろう、彼は「昼休みに」とだけ返事をした。


 身長百六十七センチしかない僕よりも、身長十センチぐらい上の上袋田君。

 柔道部所属の坊主姿、ノノンが身体が大きいって言うぐらいには、筋肉がついている。

 力じゃどうあがいても勝てない、言葉で何とかするしかない。

 

 流河先生には日和さん、古都さんとで話をして、送迎に関してはOKを貰える事となった。

 上袋田君の名前は出していないらしい、ノノンと仲良くなったから、というていにしてある。

 無駄に警戒心を煽る必要はないと思う、角の立たない最善の方法だ。


 お昼になり、僕は人気ひとけの一番少ない場所、花宮高校の別館へと向かった。

 別館の三階、まだ積み上げられた机や椅子が残る空き教室。

 内容が内容だけに、上袋田君も他の人には聞かれたくないだろう。


 僕が教室に入ってから五分もせずに、彼は一人でやってきた。

 大きい身体、半袖のシャツから覗く太い腕に、僕の倍ぐらいある胴回り。 

 まだ距離があるのに、威圧されそうになる。


「来たけど、……なに?」

「上袋田君、これ、全部君からのプレゼントでしょ?」

 

 リュックに入れてあったノノンへのプレゼントの数々。

 それを机の上に並べる。


「今後、こういう事は止めてもらいたいんだ」

「……なんで?」

「なんでって、火野上さんはプレゼントの意味とか、そういうのは理解出来ないんだよ。プレゼントされたら受け取る、そこにある悪意なんて見抜くことすらできないんだ。上袋田君の苗字すら火野上さんは覚えていなかったんだよ? ハッキリ言って意味がない。金額だって相当だよね? いずれ無反応な火野上さんに対して怒りを感じるかもしれない、そうなる前にヤメて欲しいと思って言ってるんだ」


 別の言い方があったかもしれない、でも、嘘はダメだと思うから。

 ノノンが嫌がったかどうかで言えば、間違いなくNOだ、あの子は笑顔で受け取る。

 けど、それは親から玩具を与えられた子供の様な態度でしかないんだ。

 それを説明する、言葉で理解してもらうしかない。


「別にいいよ、俺が好きでしてるんだから」

「迷惑だって言ってるんだよ」

「迷惑? ノノンちゃんが一言でもそう言ったのか?」

「彼女は言ってない、僕が言ってるんだ」

「だったら構わないじゃないか。……黒崎、お前、青少女保護観察官なんだよな?」


 それまでとは変わり、上袋田君は斜に構える。 


「調べたんだよ、青少女保護観察プログラムの対象になった女の子と、保護観察官のその後って奴をさ。高校三年間、衣食住を共にした二人が結婚した割合、僅か十パーセントにも満たないって書いてあったぜ? 大抵の保護観察官は卒業と同時にパートナーを見捨てて、保護観察官同士で結婚するんだってよ。途中でお見合いみたいなのもあるんだろ? 報告会か? 黒崎、お前もそこで女の子と知り合ったんじゃねぇの?」


 椎木さんの顔が、一瞬だけ浮かんだ。

 上袋田の顔が、それ見たことかと歪む。 


「お前はその子と一緒になればいいじゃねぇか。いい子なんだろ? その子は保護対象の奴と一緒になるって言ってたか?」

「……」

「とにかくだ、俺は火野上さんを幸せにする自信がある。そのプレゼントを見れば分かるだろ? 財力だってあるんだ。彼女のためにスマホアプリをガチャ限コンプまで廃課金しても、それだけのプレゼントを買うだけの資産があるんだよ。だから安心して、保護観察官のお役目終了って事にしておけよ、な、黒崎」


 巨体を揺らしながら近寄ってきた上袋田君の手が、僕の右肩に乗る。

 何故だろう、ノノンが過去相手にしてきたクズが想像出来て、猛烈に怒りを感じた。


「財力だって? それって君が株か何かで稼いだ金なのかい?」

「あん? なんだっていいだろ別に」


 コイツはダメだ、僕の本能が拒否している。


「なんだって良くない。僕は火野上さんの保護観察官だ。全て法務省へと報告し、上袋田君が火野上さんに相応しいか吟味する必要がある。現状、君の言動、行動は好ましくない点が多い。僕の目を盗んで彼女にプレゼントを渡し、それを盾にして彼女の好意を釣ろうとする。手段としては悪手極まりない。火野上さんが欲しいのなら正々堂々と僕の見ている前でやれ、もっとも、今の君に火野上さんを預けようなんて、僕は微塵も思えないけどね」


 ぐっと肩に乗った手に力が入り、僕の身体はバランスを崩して床に落ちた。


「お前、彼女の何なんだよ」

「僕は青少女保護――」


 倒れていた僕のことを、襟首掴んで一気に持ち上げた。

 足が床から離れる、バカ力にも程があるだろ。


「ノノンちゃんはお前の物じゃねぇ、一人の女の子じゃねぇか。なんでお前が判断するんだよ。この国は自由恋愛だろ? 学校だって恋愛大歓迎ってパンフに書いてあったじゃねぇか。ただ単に選ばれただけのお前が決めてんじゃねえよ、俺だったら間違いなくノノンちゃんを幸せに出来るって言ってんだ、納得すりゃいいじゃねぇか」


 ドスのきいた声で僕を脅すか。

 本当、やってることがクズそのもの。


「出来ないね、こんな事を火野上さんがされるのを想像したら、とてもじゃないが無理だ」

「テメェ……」


 彼女の傷を、これ以上増やす訳にはいかないんだ。

 暴力だなんだは、全部僕が代わりに受けやる。

 だから、彼女を諦めろ。


「……ちっ、分かったよ」


 意外にも、上袋田君は殴ったりせずに、僕を下ろすと制服の埃を手で払ってくれた。

 

「ここで俺が殴ったりしたら、絶対に俺の立場が悪くなる。それが分からないほど馬鹿じゃねえ。だがな、火野上さんのことを簡単には諦めたりしないぞ。俺の人生で俺に優しく話しかけてくれたのは、彼女だけなんだ」


 置いてあったプレゼントの数々を袋に入れると、上袋田君は再度僕と相対する。


「お前もどっちかって言うとコッチ側の人間だったんだろ。女子と全く縁のない、奥手でオタクで、女子と会話するだけで緊張するようなタイプだったんじゃねぇのかよ?」

「……そうだね」

「へっ、だったら俺の気持ちも少しは理解しろよ。保護観察が終わる卒業の時に、お前たちが別れていることを心の底から願ってやるからな」


 無茶苦茶な言動だけど、筋が通ってて何も反論出来なかった。 

 ガラガラと音を立てながら教室を後にする彼を見送り、僕は一人窓辺に佇む。


 十パーセントにも満たない、か。

 神崎君も諸星さんとは付き合わないって言ってたもんな。


 椎木さんはどうするのかな。

 四宮君を立ち直らせた後、彼と一緒になったりするのかな。

 

 十パーセント……つまり、保護観察後に一緒になった人達がいるって事でもある。

 渡部さんに、その人達がどうなったのか、一回聞いてみるか。


§


次話『僕が本当に知りたかったこと』

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