第24話 男女の友情。

 クラスメイトの女子三人がキッチンに立ち夕飯を作る、小平君がいたら「幸せだ」とか言ってそうなシチュエーションだけど、僕的にはずっと気まずいままだ。

 元々奥手な僕がこの状態を手放しで喜べるもんか、しかも何かあったら実名報道されるとか、渡部さん、それ脅しに近いよ。


「桂馬君、サイコロステーキ多めで大丈夫でしょ?」

「うん」

「黒崎ー、ご飯大盛りだろ?」

「ううん」

「けーま、けーま! ノノン、まっしゅぽてと作った!」

「凄いね、ノノン」

「うん! ひよりとこと、一緒楽しい!」


 ノノンの身上書に、不良仲間の女にリンチにされたってあったけど……どうやら、同性が相手でも問題なく会話とか出来るみたいだ。日和さん曰く、ノノンは体育の授業の時、誰とも会話したことなかったみたいで、彼女的にも気になっていたらしい。


 さすがはクラス委員長。

 送迎の話も「いいよ! クラス委員長だからね!」って二つ返事で引き受けてくれたし。

 小春日和、風蔵古都……二人共いい友達になってくれそうで、本当に良かった。


「しっかし、凄い夜景だな」

「ねー、ノノンちゃん、こんな夜景見ながら毎日ご飯食べてるんだね」


 シャトーグランメッセは、この花宮の街では最も大きい建物に位置付けられている。

 そこの最上階なんだ、街全体が一望できるし、遠くに見える山の稜線だって見ることが出来る。


「なんだか月が近くに見える。朝日が昇るのも見えるの?」

「うん、正面が南だから、リビングの左側から綺麗に見ることが出来るよ」

「すっごいなぁ……初日の出とかヤバそ」


 さすがに日の出は見てないけど、日の入りはほぼ毎日見てる。

 初日の出か、言われてみればそうかも。


「親公認でお泊りも出来るし。日和っち、今年の年越し、場所確定だな」

「え、そんな、桂馬君とノノンちゃんに悪いよ」


 チラッチラッて僕を見ながら言わないで欲しい。

  

「ノノンも喜ぶだろうし、我が家は歓迎しますよ」

「本当!? やった!」

「あ、でも、人数制限あるみたいなんで、呼べてもあと一人です」

「あと一人かぁ、毎年呼ぶとして誰にしようか?」

 

 三年間確定ですか……別にいいけど。

 

「けーまぁ」

「どうしたの?」

「ノノン、作ったの。あーん」

「あーん」


 スプーンの上に乗ったマッシュポテトをパクリ。

 マヨネーズがちょっと多いかも? でもご飯に合う味してて美味し。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「やったぁ! はい、けーま、あーん」

「あー…………」


 はっ、しまった、そういえばいるんだった。

 物凄い視線を感じる。隣にノノンが座る事ってほとんどなかったから、油断した。


「見てるこっちが熱くなっちゃうよね、古都ちゃん」

「本当、仲が宜しいことですな、日和っち」

「いや、普段はこういう事はしないよ? 今日はたまたま隣にノノンがいるだけであって」

「けーま、あーん」

「……あーん」


 もういいや、ノノン最優先で問題ないです。はい。


 笑いが絶えない食事も終わり、リビングで動画鑑賞やら談笑やらしている内に、既に時刻は夜の九時を回ろうとしていた。作って貰ったんだから洗う、当然のごとく僕は一人キッチンに立ち、カチャカチャと洗い物をする。


 ノノン、洗い物だけは絶対に手伝わないんだよなぁ……別にいいけど。

 と、どうでもいい事を考えていたら、突然日和さんが叫んだ。


「あ! そういえば今更なんだけど、私達寝間着とか持ってきてないね」

「おー……別に、今日のそのまま穿けばいいんじゃね?」

「いや、さすがにその発言は不味いよ古都ちゃん、桂馬君もいるのに」


 何が不味いのか知らんが、敢えて知らんぷりしてキッチンで洗い物継続中。

 四人分だとさすがに多いね、洗うだけで小一時間くらいかかっちゃうよ。

 ま、それもそろそろ終わるんだけど。


「脱衣所の戸棚開けて、中に入ってるの自由に使っていいよ」

「え、そうなの? サイズとかどんな感じなのかな」

「女の子のサイズなんて分からないけど、結構いろいろな種類入ってたよ」

「そうなんだ……使っていいの?」

「後で発注かけるから大丈夫」

「そか、じゃあ、ありがたくお借りするね」

「返さなくていいから、そのまま持って帰って下さい」

「あはー、確かに。さすがだねぇ」


 何がさすがなんだか知らないけどさ、強いて言うなら国の力スゲーってとこかな。

 

「あ、そうだ、ノノンも一緒に入るんでしょ?」

「もちろん」

「じゃあ、ちょっと伝えないといけない事があるんだけど」

「大丈夫、分かってるから」


 火傷とか、身体に残る傷跡のことを言おうと思ったんだけど。

 古都さんの目がそこら辺も大丈夫って語ってたから、僕からは何も言わなかった。


 リビングから三人が居なくなると、一気に静かになる。

 洗い物や掃除を終わらせた頃になって、ぽかぽかになった三人がリビングに戻ってきた。


「けーまぁ! ノノン、三人ぺあるっくで可愛いー!」

「うん、可愛いよ。二人ともサイズがあって良かっ……」


 日和さん、泣いてる。

 古都さんが抱き締めながら「いいから」って口パクしてて、僕も全てを察した。


「……ノノン、今日はどうやって寝よっか」

「ノノンねぇ、ひよりとことと、三人で寝たい! 本当は、けーまと寝たい」

「僕はダメ、じゃあ他の部屋から布団持ってきてあげるからね」

「うん! ノノンも手伝う!」


 男の僕でさえ、ノノンの裸を見た時には衝撃を受けたんだ。

 同性として見た彼女の傷は、日和さんにとって非現実的なものだったのだろう。

 三人の寝床を用意した後に、僕は一人で湯舟に浸かる。 

 ノノンがこうして生きているだけで奇跡、そう思えてしまうのは、悲しい事だ。


「……まだ、寝ないんだ?」


 時刻は夜の十一時を回っている。

 リビングに残る僕のもとに、古都さんが一人、姿を現す。


「日報を書かないといけないからね」

「大変だね、青少女保護観察官って」

「うん……でも、選任されて良かったって思える事も、結構あるよ」


 夜、ノノンが寝静まった後に、一人でリビングにいるのが好きだ。

 街の騒音が一切聞こえてこないこの部屋は、とても静かで、心の底からリラックスできる。

 夜の闇がとても近くにあって、星々に包まれながら飲むコーヒーは、とても美味しい。

 

「何か、飲み物でも出そうか」

「それ、黒崎が飲んでるのと同じ奴」

「ブラックだよ?」

「いいよ、私も飲めるから」


 インスタントの瓶詰コーヒーをお湯で溶いて、古都さんに手渡す。

 静かに、すするように飲んで、彼女は「ふぅ……」と一息はいた。

 

「ノノン、私達の想像以上だったよ」

「日和さん、泣いてたね」

「うん。どうして女の子にこんな酷い事が出来るんだろうって、ずっと泣いてた」

「それについては、全くもって同意するよ」

「黒崎は知ってるの? ノノンの傷とか、火傷とか」

「全部知ってる。でも、話題にするような事じゃない」


 ノノンの過去は言いふらしていいものじゃない。

 僕と数限られた人の中にだけ、閉まっておくべきものなんだ。


「なんだか、黒崎が青少女保護観察官に選任された理由、分かる気がする」

「そう?」

「ああ、アンタなら間違いなく、ノノンを幸せに出来るよ」


 目を伏せて、僕も静かにコーヒーを啜った。

 とても苦くて、思わず目が覚める味、いつもの味。


「そうだねって返事、しないんだ」

「……まだ、ね」

「まだ、か。まぁ、まだまだだよな。高校三年間だっけ?」

「うん」

「じゃあ、まだ二年半以上時間がある訳か……先は長いな、黒崎」

「そうだね」

「……なぁ、黒崎」

「ん?」

 

 古都さんは手にしたコップを、僕へと傾ける。 


「男と女の友情。少なくとも、アタシ達三人はノノンを守ってやろうな」


 口角を上げつつも、瞳には優しさが溢れる、男気溢れる女の顔だ。


「……うん、ありがとう」


 素直に彼女の誘いに乗り、コップを重ねて音を立てる。

 理解してくれる人が一人でも多い方が、間違いなくノノンにとっても良いはずだから。

 

「じゃ、お休みしようかな……黒崎も一緒に寝る?」

「寝ないよ」

「アタシ、アンタなら一緒でも大丈夫だぜ?」

「お断りします」

「草食系だな」

「奥手ですから」


 はははって笑いながら、古都さんはノノンの部屋に消えていった。

 再度訪れる静寂に、僕は三年後の自分を思う。

 僕は、果たしてノノンを受け入れているのだろうか。


「……洗濯物が止まったかな。干してから寝るとするか」


 翌朝。

 我が家に日和さんの絶叫が響き渡る。


「せ、せせせ、洗濯したの!?」

「え、うん、だってカゴの中に入ってたから」

「私たちの下着だよ!?」

「うん、ノノンのもいつも洗ってるから、別に気にしなくても」


 あわあわしてる日和さん、不味かったかな。


「私、下着に」

「あ、剥がしておいたよ」

「――――――ッッッッ!!!」


 日和さんの顔がどんどん真っ赤になっていく。

 

「黒崎」

「古都さん」

「お前、十分肉食系だわ」

「え?」

「まぁ、カゴの中に置いてっちまったのはアタシ達の落ち度だし、日和っちも事故だと思って諦めとき。とりあえず、今後洗うのはアタシとノノンのだけにしておいた方がいいと、黒崎にアドバイスしておくからな」


 そういうものなのだろうか。

 やはり女の子のことは、未だに良く分からないな。


§


次話『論争』 

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