第22話 見知らぬプレゼント。
☆小春日和
踏み込んじゃいけない領域だったのかもしれない。
ノノンちゃんは青少女保護観察プログラムに選定されている子なんだ。
それは、対象者には何かしらの問題があったことを意味している。
無論、黒崎君じゃない、問題があったのはノノンちゃんの方だ。
「身体にも、いっぱい傷あるし、知らない人と沢山セックスしちゃった。ノノン、桂馬に嫌われたくない、思ってる。けど、ノノン、絶対にダメな子だから。ノノン、人間じゃないって、前に言われたから」
自分の両肩を掴んで、まるで自分を抱き締めるようにして語る。ノノンちゃんが踏み出せないのは、誰でもない大好きな黒崎君を通じて、過去の自分が犯した過ちがどれだけのものかを知ってしまったから。そこにはきっと、後悔しかないから。
「いらない子だって、言われたから。何回も何回も、死のうとしたから。だから、ノノン、知らない人と、いっぱい、セックスしちゃった。ダメなことだって、知らなかった。ノノン、知らなくて……えぐっ……、こんなノノン、じゃ、桂馬きっと嫌いになる。だから、一緒にお風呂も入らないし、一緒に寝ないし、卒業したら、一緒いない、言われたしっ……ひっく……うぅ……」
過去の失敗というものは、新たに出会う人には打ち明けたくないものだ。
いずれ忘れ去られる自分の負い目を、なぜ他の人に言わないといけない。
でも、ノノンちゃんはそういう訳にはいかなかったんだ。
青少女保護観察プログラムという条件のもと、黒崎君と一緒にいる。
大好きな人と一緒にいるのに、相手は自分の過去の全てを把握しているんだ。
本当なら知られたくない過去、それを全て把握されている状態での同棲。
……私だったら、結構きついかも。
知られたくないよね、そんな過去とか。
「ノノン」
「……ひぐっ……うぅ、うん、うぅ……」
「今日さ、本当はちょっとノノンをからかって、すぐに帰るつもりだったんだ」
「……ひっく……っ……うっん……」
「だけど、気が変わっちゃった。明日土曜日だし、泊まっていこうかな」
「え、古都ちゃん泊まっていくなら、私も泊まるよ?」
「じゃあさ、三人で目一杯お話しよっか。一緒にお風呂にも入って、三人で一緒に寝よ?」
「……うっ、ひっく、うん……うん、ノノン、一緒、好き」
「よしよし、ほらおいで」
「うん」
肩を震わせながら泣いていたノノンちゃんは、古都ちゃんの胸の中に飛び込んで、抱き着きながら沢山泣いた。大好きな人に嫌われているかもしれない、そう考えただけで泣いちゃうとか、本当に可愛らしい乙女なんだなって、ちょっと憧れちゃうくらいだ。
告白……出来ないよね、もし失敗したとしても、一緒に暮らさないといけないんだから。
告白するにしても、卒業まで待たないとなのかな。
ノノンちゃんを見るに、そこまで我慢できそうにないけど。
「さてと、それじゃあ家主に泊まっていいか、お伺いを立ててみますか」
「あ、じゃあ私から聞いてみるよ、ノノンちゃん落ち着くまでそうしててね」
ぎゅーって抱き締め合ってる二人、あは、なんか姉妹みたいで可愛い。
部屋を出て黒崎君を探すけど……あれ、どこかに出掛けちゃったのかな。
どこにもいないや。それにしても大きい家だね、一戸建てのウチよりも大きいじゃん。
リビングにあるL字型のソファに腰掛けて……うわぁ、座り心地良すぎ。
ソファと絨毯、そしてありえないぐらいに大きなテレビ。
こんなの家具店のモデルルームでしか見た事ない間取りだよ。
そんな感じで何となく家の中をぐるり回ってから、ノノンちゃんの部屋へと戻る。部屋の中では泣き止んだ彼女と古都ちゃんとで楽しげにお話していて、どこか穏やかな雰囲気だ。
「なになに、何の話してたの?」
「ノノンが別教室でどんな授業してるのか聞いてみたの、そしたら今は三桁の引き算をしてるんだってさ」
「引き算?」
「うん。でも、ノノンには難しいんだって話をしてたんだよ」
マジか、そのレベルだったのか。確かに話してて、会話にぎこちないなぁ……とは思ってたけど、そのレベルだったとは思わなかったな。
「ノノンちゃんってさ、ご両親とか、どうしてるの?」
ここまでだと家庭環境が気になる。聞いたらダメかなって思ったけど、そもそもが色々とおかしいんだ。高校生の男女が二人きりで同棲なんて、普通ありえない。だから、ちょっと突っ込んで聞いてみることにしたんだけど。
「ノノン、ママもパパも、いないよ」
「二人とも、いない?」
「うん。ノノン、生まれた時から一人だったんだって」
死別、かな。
でも、そんな考え自体が甘いんだって、次の言葉で思い知った。
「ノノン、トイレで泣いてたって、施設の人が言ってた」
「……トイレ?」
「生まれた時から、ママはノノンいらなかったんだって。だから、トイレで生まれて、そのままだったって教えてもらった。いらないなら、生まなきゃ良かったのにね」
微笑みながら言うことじゃないよ。
何それ、ノノンちゃん何も悪くないじゃん。
環境が劣悪とか、そういう以前の問題だ。
「あ、そっか、ノノンみたいな子を生まないために、セックスしないってことか。ノノン理解出来たよ。偉い?」
「……うん、偉いね」
「えへへ……ノノン、褒められると、嬉しい」
私、バカだ。
知らない人に抱かれた彼女の事を、心の中で軽蔑してた。汚らしくて、全部自業自得じゃないって、どこか馬鹿にしてた。算数の話もそう、こんなに頭悪い子がどうやって大人になるんだろうって……私、嫌な人間だ。絶対に原因ってどこかにあるんだ、それを知ろうともしないで勝手に踏み込んで、勝手に軽蔑して勝手に見下して、蔑んで……本当に嫌になる。
「日和っち」
古都ちゃんが視線だけで、私にノノンちゃんの腕を見ろって合図してくる。
……なにこれ、リストカットの痕、それも凄い数。
そう、だよね、死にたくなるよね、生きてる価値がないって思っちゃうよね。
「ハンカチ、使う?」
「……うん、ありがと」
涙、出ちゃった。
黒崎君が必死になって守ろうってしてる気持ち、分かる。この子には誰かが必要なんだ。守ってあげないと、どこまでも自分の命を軽いと考えてるこの子は、すぐに消えていなくなっちゃうから。そうならない為に、ずっと付き添って、ずっと褒めてあげて、人として接してあげて。
黒崎君って、凄いことしてたんだな。
私に同じことが出来るかって聞かれたら、素直に頷けないよ。
「じゃあ、ノノンちゃんのお勉強みてあげようかな」
「……ノノン、別に、大丈夫」
「だーめ、私達二人とも、先生になってあげるからね」
「え、ノノン、先生たくさん、いらない、よ?」
ノノンちゃん、勉強嫌いなんだろうね。
でもダメ、私達の庇護欲に火が点いちゃったから。
「じゃあ、まずはリュックの中の教材を確認してと」
「ノノン、勉強したくない、です」
「ダメダメ……って、何これ、スマホ?」
ノノンちゃんのリュックの中身、ぐしゃぐしゃになったプリントとかで一杯なんだけど、それ以外に何個か、包装紙に包まれたプレゼントみたいな物が入ってた。極めつけはスマートフォンの箱だ、しかも結構新しい型のタイプ……まだ開封してないのかな。
「ノノンちゃん、スマホ持ってるんならSNS一緒にやればいいのに」
「それ、ノノンのじゃ、ないよ」
「へ? ノノンちゃんのじゃないって、どういうこと?」
「なんか、たまに男の子がくれるの」
「……たまに、くれる?」
「うん。ノノンが一人で学校にいると、男の子きて、あげるって。でも、ノノン、スマートフォン持ったらダメって言われてるから、使わないでいたの」
どういうこと? ノノンちゃんが学校で一人でいる時ってほとんどないよね?
あるとしたら、別教室での授業が終わった後か、体育とか、そういう特別な授業の後だけど。
わざわざそこを狙ってノノンちゃんにプレゼントをあげてる男子がいるってこと?
「返しちゃえばいいじゃん」
「……でも、貰ったから」
「ノノンちゃん、そういうプレゼントは貰ったらダメだよ?」
「え、えと、ノノン、分からない、ダメ? 桂馬に嫌われる?」
「そもそも黒崎君には報告したの?」
「……ノノン、忘れちゃって、してない。……ノノン、嫌われる? 桂馬に嫌われる? 貰ったらダメだった? ノノン、ダメ? ダメなの? ごめんなさい、わかんない! ごめんなさい! ごめんなさい! 桂馬にいっぱいごめんなさいする! わからなかった、わからなかったの!」
パニックになっちゃったノノンちゃんを、古都ちゃんと二人で抱き締める。
一体誰が彼女にプレゼントを渡してるんだろう……とりあえず、黒崎君に報告しないと。
§
次話『プレゼントの送り主。』
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