第21話 涙と共に語る後悔の言葉

 シャトーグランメッセと呼ばれる超巨大マンションは、一階部分に生活に必要なもの全てが集約し、住民は二階のエントランスから入場するのが基本となる。円形の自動扉の一枚目を抜けると、すぐさま二枚目が出迎える。そして脇にあるのはパスワードとカードタッチのパネルだ。


「うわ、マジで多重ロックなんだね」

「毎日じゃ面倒そう……」


 ローマ字と数字の組み合わせのパスワードを入力して、カードを当てる。

 無音で開くエレベーター、ただそれだけなのに、二人は「おー」と声を上げた。

 

「さっき渡したキーホルダー、持ってるよね」

「うん、大丈夫」

「OKだよ」


 事前申請すると貰えるゲスト専用キーホルダー、複製する事は出来ないらしく、したとしても効果を発揮するのは今日限りの代物。つまり複製するだけ無駄って事だ。


「ごめん、食材持って行くから、エレベーター呼んで待ってて貰えるかな」

「え、毎日ご飯自炊してるの?」

「自炊っていうか、宅配だからレシピ本通りに作ってるだけだよ」


 青い発泡スチロールの食材箱……なんか、いつもよりも重い気がする。


「それでも凄いな……私だと宅配放置して腐らせそう」

「日和っち意外とズボラだからなぁ」

「いいもん、古都ちゃんに面倒見て貰うから」

「はいはい……ノノンちゃんも、ご飯作ってる感じ?」


 エレベーター操作盤の前でどこかそっぽを向いていたノノン。

 急に話題を振られて、わたわたしてる。

 

「えと、うん、ノノンも料理、出来るよ」

「そか、じゃあ今日作って貰おうかな!」

「え、えと、うん! ノノン、作るよ!」


 風蔵さんって面倒見の良い姉御肌的存在なんだなって、側にいて初めて分かった。小春さんも「古都ちゃん」って頼り切ってるし、ノノンにもちゃんと話を振って一人にさせないようにしてくれている。気配りが最高だ。


 このまま仲良くなってくれたらいいな。

 女の子にしか分からない悩みとか、絶対にあるだろうし。

 

「え、三十階なの⁉ マジで言ってる!?」

「一番上じゃん……つまり、シャトーグランメッセの中でも一番高い部屋だよね」


 そうなんだと思うけど、実際のお値段が幾らかは不明だ。

 僕じゃ逆立ちしたって住まうことが出来ない家なのは間違いない。

 高速エレベーターであっという間に到着すると、手慣れた感じで玄関を開ける。


「三重で自動ロック、マジか」

「あ、ねぇねぇ古都ちゃん! 景色凄いよほら!」

「こら、日和! お邪魔しますって言わないとだろ! ……うわ、なにこれ、凄くない?」


 玄関から一直線の廊下、突き当りの扉を抜けた先にあるリビングで、二人は動きを止める。

 僕も最初に見た時は感動で思わず声を上げたもんだ、さすがに最近は見慣れちゃったけど。


「あ、見て見て! 花宮高校が見えるよ!」

「ほらあれ、アタシの家じゃね? 日和っちの家も見えるじゃん!」

「うわぁ! 本当だ! 黒崎君の家から私の部屋丸見えじゃん!」

「覗き放題だったんだな……今度からカーテン閉めとこ」


 今まで開けてたのか、それは結構無防備なのでは。

 賑やかな二人をそのままにして、冷凍庫にチルド物をしまってと。

 今日の夜はビーフシチューオムライスか……あれ? 既に四人分ある。


 まさか、友達を呼んだ時間設定に合わせてご飯の量も変わるのか?

 凄い……久しぶりに国の力っていうものを思い知ったよ。


「あ、ノノン、脱いだ制服とかちゃんと片さないとダメだよ」

「やだ、ノノンいま忙しいの」

「忙しいって、いつも通りソファに座って動画見てるだけじゃないか」

「桂馬片づけるの、ノノンしないもん」

「小春さんたちも来てるのに……あ、ごめんね、変なとこ見せちゃって」


 相も変わらず制服を脱ぎ散らかしたノノン。

 リビング到着直後に着替えて、既にいつものルームウェア姿で動画を眺める。

 お洒落に興味があるんだろうね。それ系を延々と見続けているのをよく見かける。


 窓からの景色を眺めていた二人が顔を見合わせると、僕の側に静かにやってきた。

 ニヤニヤした感じで二人とも僕を見ているけど……なんだろう?

 

「えと、喉でも渇いた?」

「あーいや、ううん、違うの」

「……なに、どうかした?」

「その、黒崎君、家だと火野上さんのこと、ノノンって呼ぶんだね」


 にひひと嬉しそうな顔をして、二人して僕のことを肘でつんつん突く。

 ……しまった、完全に気が抜けてた。

 学校では火野上さんって呼ぶようにしてたのに。

 途端に体温が急上昇しているのが分かる、耳がホカホカし始めてヤバイ。


「い、いや、これは、その」

「いいよぉ、丁度いいから、私達のことも日和と古都でいいからね?」

「そんな、女の子を下の名前で呼ぶとか」

「大丈夫だって、彼女付きの男は別枠に入ってるからさ」

「彼女付きって、僕とノノンは違うから」

「いいっていいって、さてと、それじゃあノノンちゃん」


 名前を呼ばれて「ほえ?」って感じで振り返ったノノン。

  

「さっそくガールズトークと参りましょうか!」

「え、ノノン、動画見る、いま忙しいの」

「それ忙しくないから。さっさと行こうか! 黒崎君、ノノンちゃんの部屋ってどこ?」

「玄関から見て、左側一番目の部屋」

「OK、それじゃあレッツゴー!」

「え、えー? ノノン、ノノンー! けーま、けーまぁ!」


 人さらいにあったみたいに姿を消したノノンだったけど……まぁ、いいか。

 友達来てるのに動画に夢中になるとか、人付き合いとして零点でしょ。

 今のうちに飲み物とか、お菓子買いに行ってこようかな。



☆小春日和


 ノノンちゃんの部屋、かなり広いなぁ。っていうか物がほとんどない。

 ベッドと着替えと制服、それと最低限のコスメしかないのか。

 人形とか沢山持ってそうなイメージだったのに、これは意外だ。


「さてとノノンちゃん、昨日の続きなんだけど」

「……?」

「ノノンちゃんって、黒崎君のこと好きなんでしょ?」

「けーまのこと、大好きだよ」


 当然のように好きって言える、そこは羨ましいかも。

 クッションだけが数個床にあったから、それを下に敷いてと。

 ローテーブルを囲むようにして、私達は会話を続けた。


「ノノンはさ、黒崎のことが好きなんだろ?」

「うん」

「それなのに、一つ屋根の下で告白すら出来ずにいる」

「……うん」

「でもさ、さっきの黒崎を見るに、アイツもノノンに惚れてるぜ?」

「……」

「分かってて告白出来ないのって、やっぱり何か事情があっての事なんだろ?」


 しんみりとした感じ、古都ちゃんってこういう系の相談、結構上手なのかも。

 しばらくの間の後、ノノンちゃんはキュッと手を強く握り締める。


「あのね……ノノン、二人に聞きたい」


 絨毯にぺたんと座ったノノンちゃんは、意を決したように私達を見る。

 よし、どんな質問でもきちんと答えてあげよう、そしてノノンちゃんの信頼を勝ち取るんだ。

 何ていったって私はクラス委員長だからね、クラスメイトの悩みは全力で応えてあげないと。


「二人は、セックスしたこと、ある?」


 …………。


「好きな人となら、セックス、する?」


 ……。


 あ、やばい、どうしよう、どう答えていいのか分からない。

 いや、分かるっしょ、答えはした事ないだ、これしかない。


「ノノン」

「……」

「例えその人が好きでも、大好きでも、私はセックスしない」


 古都ちゃんが真っ直ぐな瞳で、ちゃんと答えている。

 一切の茶化し無し、本音での返答だ。


「ノノン、セックスはね、愛を確かめる方法の一つでしかないの。でも、私たちにはその結果がどうしてもやってくる。セックスってね、子供を作るってことなんだよ。私もノノンも、もう生理が来てる、赤ちゃんが出来る身体なの。まだ高校一年生の私達に、子供を育てることが出来る? 一円すらお金を稼いでない私達が、赤ちゃんの面倒を見て、学校に行かせて、大人になるまで面倒を見る事が出来る? 出来ないんだよ、私達じゃまだ、セックスをするだけの責任を取る事が出来ない。だから、私は絶対にしない」

「……ノノン、難しいこと、分からない」

「分からないなら尚更しちゃダメ。黒崎君が別の部屋で寝るって決めてる以上、それに従った方がいいよ」


 古都ちゃんの意見は、とても真っ直ぐな正論だった。

 もちろん私だって同意見だ、その場の勢いで許していいものではない。


 けれど、彼女は目に涙をいっぱい貯めて、ううん、ぽろぽろと溢しながら言葉にした。

 沢山の涙と共に語られた言葉は、間違いなく後悔からの言葉だ。


「でも、でも……ノノン、他の人といっぱいしちゃった」


§


次話『見知らぬプレゼント。』

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