第20話 嫉妬という厄介な感情
「え、友達を家に入れることって出来るんですか?」
『火野上さんの最優先事項は人間関係の構築にある、友達が出来たのであれば歓迎すべきなんじゃないかな。ちなみに入室申請はタブレットから出来る、ただし一度に招けるのは三人まで。それ以上は入室出来なくなっているから、申請の際には気を付けるんだぞ』
渡部さんにそれとなく聞いてみたら、あっさりと入室OKの返事が来た。
むしろノノンの事を考えて、率先して招きなさいと。
毎日日報を書いているタブレットを起動して、さっそく入室申請とやらを調べてみる。
来訪予定日時、氏名、目的、退室予定時刻……かなり細かく書かないとダメなんだな。
「けーまぁ、何してるの?」
隣にぴょんと座ると、ノノンはタブレットを覗き込んできた。
僕が何かするとすぐにこうやって側に来る、猫みたいで可愛い。
「小春さんと風蔵さんって、分かる?」
「えと……今日、体育の時、ノノン、少しだけお話した、よ?」
「うん、その二人がね、家に遊びに来たいって言ってたんだ」
「お家?」
「お家。ノノンの友達って言ってたし、ノノンの人間関係を構築するのに、友達って必要だと僕も思うからさ。僕とはこうして会話できるけど、ノノン、教室で誰とも会話しないでしょ?」
しゅんっとした感じになって、足をパタパタさせてる。肌触りの良いグレーのルームウェアに身を包んだノノンは、雑誌から飛び出してきたみたいに可愛い。ぱたぱたさせてる素足は見れば、ちゃんとネイル処理されていて、キラキラと輝いててとっても綺麗だ。
「だって、ノノン、けーまとだけお話したいもん」
「それだと高校卒業した後が大変でしょ? ずっと一緒にいられないんだから」
「いやだ、ノノンずっと一緒にいる。桂馬とずっと一緒、卒業しても一緒!」
ぎゅーっと抱き締められて、イヤイヤを繰り返す。
柔らかくてどこかヒンヤリしてる、女の子ってこんな感じなのかな。
座ってたソファの端まで追いやられて、彼女はそのまま僕の上に馬乗りになって叫ぶ。
「一緒なの!」
「分かった、分かったから」
「けーまとずっと一緒!」
「分かったって。とりあえず明日、二人に家に来るか聞いてみるけど、ノノンはそれでいい?」
「……ノノンと、一緒?」
「一緒だよ」
「なら、ノノン我慢する」
「我慢って……」
友達を呼ぶこと自体が壁なんだろうな、友達というか、僕以外の人間をって感じだけど。
過去が過去だからな、必要以上に警戒するのは、むしろ良い事か。
手続きまでして気付いたけど。小春さんと風蔵さん、来てくれるのかな? 曲がりなりにも僕は男子だし、僕の家に来てくださいって、なんか微妙な気もする。それに結構邪険にしちゃった感じもするし……いや、ノノンの為だ、土下座してでも来てもらわないと。
翌日、六月十六日、金曜日。
僕は登校するなり、二人の席へと向かった。
黒髪セミロングの小春さんと、茶髪のポニテの風蔵さん。
二人はいつも一緒で、仲良さそうにしているのをクラスでよく見かける。
小春さんは初日にクラスメイトをまとめようとしただけの事はあり、立候補即でクラス委員長に抜擢されたコミュニケーションお化けの女の子だ。誰にでも優しく、常に笑顔を絶やさないムードメーカーでもある。
風蔵さんは、そんな小春さんと常に一緒にいるボーイッシュな感じの子だ。テニスラケットを持ち歩いているのを見かけた事があるから、多分テニス部なんだろう。ノノンの為に事前情報を抑えておきたかった所だけど……あいにく渡部さんの事前調査通り、僕は奥手だ。女子の情報なんか把握しているはずがない。
朝日眩しい教室、賑やかで誰が誰と会話をしているか分からないような空間。
今なら大丈夫……と、既に緊張している心臓を抑えながら、二人に声を掛ける。
「あの、小春さん、風蔵さん」
「ん? なに? どしたの?」
真っ先に返事をしてくれたのは、やはり小春さんだ。
風蔵さんはストローをさしたパックのイチゴミルクを咥えて、黙ったまま僕を見る。
「昨日あの後、僕の上司……っていうのかな、法務省管轄の人に、二人を家に呼んでいいか確認したんだ。そしたら、火野上さんの為にも是非って言ってて、それで……」
「え、私達が黒崎君の家に行っていいの!?」
ばんって立ち上がって、小春さんは顔を思いっきり近づけた。
一瞬で賑やかだった教室が静かになり、注目が集まる。
けれどもそんな事は意に介さず、小春さんは風蔵さんの手を取ってぴょんと跳ねた。
「やったね古都ちゃん!」
「う、うん、日和っち喜びすぎ」
「だってだって!」
「分かったから、ハウスしてなさい」
「くぅーん……」
おでこにぽすっと手刀を喰らって、日和さんは静かに席についた。
それを見たクラスメイトも会話を再開させ、教室は元の喧噪へと戻る。
「じゃあ、放課後」
「うん、楽しみにしておるよぉ!」
「日和っち、変な喋り方しないの」
「そう? 古都ちゃんも真似していいよ?」
「真似しないって……」
本当に仲が良いんだろうな。遊ぶ約束をした後、僕はノノンが待つ自分の席へと戻った。
しかし、二人が家に来てくれるとなると、何かしらお菓子とか用意しないとダメだよな。
一階のお店で買えばいいかな、その間に女子三人で会話とかしてくれたら、それで良し。
そんな事を考えていると、ノノンは僕の袖口をきゅっと摘まんだ。
「……けーまぁ」
「あれ? どしたの? なんか元気ないけど」
「ノノン……桂馬、他の子と……会話……」
「……どうしたの?」
「……なんでも、ない」
ぎゅうっと摘ままれた袖口を見る限り、何でもなくはないと思うんだが。
困ったな……と教室を見回すと、小春さんと風蔵さんがこっちを見て、ごめんねってしてる。
二人には分かるのかな? 僕には何がなんだかサッパリなんだけど。
放課後、金曜日とあってかクラスの引けは思っていた以上に早かった。
部活のない子はすぐさま教室から居なくなり、部活の子も各々の場所へと向かう。
そんな、ほとんど誰もいなくなった教室にて、僕達四人は風蔵さんの電話が終わるのを待った。
「あはっ、先輩すいません、今日も部活休みますー。それじゃ、失礼しまっす」
「古都ちゃん、テニス部、そんなに休んじゃって大丈夫なの?」
「平気平気、どうせ大会優勝とか狙ってるような部活じゃないし。部員の半分以上が男目当ての部活だよ? 可愛いだけが取り柄の部活なんて、頑張る必要ないない。それよりも、今日は楽しい楽しいお出かけの日だからねぇ、こっち優先間違いないっしょ!」
そんなものなのだろうか。
というか、今日もって言ってたけど、風蔵さんって結構不真面目だったりする?
「さぁって行きますか、シャトーグランメッセに!」
「楽しみだねぇ、古都ちゃん!」
「……あれ? どうして二人、僕達の家を知ってるの?」
颯爽と前を歩こうとした二人が、一瞬で石化した。
僕とノノンが住む家は、誰にもバレないようにしていたつもりだったのに。
「え、えーっと、た、たまたま、ね、日和っち」
「う、う、うん、たまたま、ほら、私達もあそこでよく遊ぶから、たまたま見かけて、ね」
焦りながら必死に弁明してる。
たまたまか……確かに、普通にウチの高校の制服見かけるし、知ってる人は知ってるのかも。
二階に入る時だけは注意してたんだけど、それだって完璧じゃないって事か。
「あそこ、巡回してる流河先生見かけたことありますから、気を付けた方がいいですよ」
「え? あ、あー! そうなんだ! 黒崎君ありがとうねー!」
「次から気を付けようね、古都ちゃん!」
クラスメイトが遊んでるの見つかると、無駄にホームルームが長くなるからな。
部活サボって遊ぶとか、やっぱり、人は見かけによらないね。
というか、さっきから一言もノノンが口を開かないんだけど、どうしたのかな。
朝と一緒、僕の袖口を目一杯摘まんでる。
「……にひ、ごめんねノノンちゃん」
「黒崎君がアタシ達と会話してると、嫌なんだよね」
え? そんな理由なの?
だって、二人はノノンの友達なんじゃ。
「……そうなのか?」
「…………うん……」
目に涙いっぱい貯めながら一言だけ返事をすると、ノノンは僕の両袖を掴んだ。
相対する、僕よりも背が低い彼女は、ゆっくり倒れ身体を僕に預ける。
思わぬ所で我慢してたりするんだな。っていうか、なんで僕が二人と会話するのが嫌なんだ?
女の子は分からない事が多い。
後で調べてみようかな。
§
次話『涙と共に語る後悔の言葉』
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