第19話 第三者から見た二人の気持ち。

小春こはる日和ひより


 六月十五日、木曜日。


 体育祭、中間テストというハードスケジュールを無事こなし、どこか落ち着いた雰囲気の花宮高校一年一組の教室。廊下側の最後尾では、いつも一人で小説を読みふける黒崎君の姿がある。


 青少女保護観察官という特殊な職業に就きながら、兼務で学生……気にならない方がおかしいって。隙あらば見ちゃうもん。火野上さんの関係とかも気になるし。


「日和っち、また黒崎君を見てるのかい? 惚れちゃった?」

古都ことちゃん……また、そんなんじゃないって」

「でもさ、気になる気持ちも分かるよ。同い年で同棲、気にならない方がおかしいって」

「ぷっ」

「なにさ」

「ううん、古都ちゃんと私って、考え似てるなぁって思ってさ」

「何年親友やってると思ってんの? それじゃあ、さっそく情報収集に行く?」

「え、そんな、黒崎君本読んでるのに」

「と言いながら、アタシよりも早く席を立ったのは、どこの誰かな?」

「えへ?」


 だって気になるじゃん。花も恥じらう十五歳、あ、古都ちゃんは十六歳だっけ。

 とにかく、恋愛話に関しては情報と鮮度が大事なのだ。


「ねぇねぇ、黒崎君」

「……なに?」

 

 う、ちょっと不機嫌かも? 読書の邪魔しちゃったらダメだったかな。

 なんて思っていたら、古都ちゃんからズバッと質問してくれた。


「火野上さんと黒崎君って、同棲してるんでしょ?」

「初日に先生が発表した通りだよ」

「じゃあさ、もう一か月を超える訳じゃん?」

「そうそう、夏服になって制服も透ける感じになってきたし」

「……何が言いたいの?」


 面倒くさそうに本を置くと、彼は半眼で私たちを見る。

 うわー、男子からこんな目で見られたの初かも、ちょとビビる。


「付き合ったりとか、そういうのはないのかなって」

「……ないね」

「ないの?」

「ないの」

「え、だって、一か月だよ? 火野上さん、あんなにラブコールしてるのに。ねぇ古都ちゃん?」

「うん、誰が見ても分かるくらいアピールしてるじゃん。それに応えないのは、男としてどうかと思うなぁ」


 そうなのだ、火野上さんは今でこそ別教室で授業を受けているけど、お昼や特定の授業になると教室に戻ってきて、黒崎君に甘えに甘えた姿を私たちの前で披露してくれている。それはもう、一個前の席の小平君が「先生! 席替えを所望します!」と血涙したくらいだ。


「こっちの事情も知らないくせに……」

「なにその言い方」

「……じゃあ、聞かれてばかりもなんだから、僕から質問してもいい?」

「いいよ、なに?」

「今お付き合いしている人がいるとして、その人と結婚すると思う?」


 今お付き合いしてる人、そんなのいない。古都ちゃんもいないはず。というか、この質問の意図ってなんだろう? わざわざ異性である私たちに聞いてきたって事は、同性に聞いた所で意味のない質問ってことかな。となると、どういう答えを望み、黒崎君は私たちに質問してきたのか。長考する必要がある……けど、休み時間は短い。ううむ。


「えと……私の個人的な答えになっちゃうけど」

「うん」

「今お付き合いしてる人はモチロンいないよ? でも、いたとしても結婚までは考えてないと思う。今はいいかもしれないけど、大学生になったらもっといい人と出会うかもしれないし、社会人になったら更にいい人と出会うかもしれない。だから、どこか一線引いた付き合い方をしちゃうんじゃないかなって、そう思う。ごめんね、黒崎君が望んだ答えじゃないかもしれないけど、私はこういう風に考えちゃうな」


 率直な意見だ。もちろん、この答えは相手によるという含みもある。

 

「でもさ日和っち、最初っから別れる予定で付き合うカップルっていなくない?」

「そう言われると、そうかも」

「好き同士で付き合う訳じゃん? そりゃあもちろん結婚まで考えちゃうもんだと思うな。あ、別に日和っちの意見が間違ってるって訳じゃないけどね? アタシは、そう考えちゃうってだけで」


 先陣きっといてなんだけど、古都ちゃんの意見が正解な気がする。

 嫌いだったら付き合ったりしないもんね、好き好きだから一緒な訳で。

 でも、好きって感情って冷めやすいとか、私は思っちゃうんだよね。

 燃え上がれば燃え上がるほど冷めやすい、みたいな。


「……別れる予定で付き合うカップルはいない、か」

「黒崎君?」

「ありがとう、二人の意見、とても参考になったよ」

「そう、ですか」

「次の授業体育だけど、いいの? 他の女子はもう教室出たよ?」

「え? あ、ヤダ、本当! 古都ちゃん!」

「あはは、ありがとね黒崎君、またねー」


 話しかけた時と違い、黒崎君の表情はとても柔らかなものに変わっていた。

 火野上さんの事を考えていたのかな? ちょっとだけカッコいいって思ったのは、内緒にしておこう。


「次の授業、体育ってことはさ」

「うん……あ、火野上さんが来るね」

「じゃあ、今度はそっちに聞いてみよっか?」

「にひっ、古都ちゃんも悪よのぉ」

「日和っち程じゃありませんよぉ」


 体育祭前はかなりハードだった体育の授業も、最近はどこか緩い。

 チームに分かれてバスケの試合、休憩時間も多いから色々とチャンスなのだ。


「……」

 

 無言のまま体育館へとやってきた火野上ノノンちゃん。赤くて長い髪は光沢があって艶々で、何回か触ったけど肌触りがシルクのそれだ。西洋人形のように整った顔立ちの彼女は、別教室で授業が必要な子には見えないくらいに可愛い。


 だがしかし。


 教室で黒崎君に甘える時は子供みたいに甘えるのに、それ以外では一口も語ろうとしない。

 常に怯えている感じがして、こうして体育館に来たとしても、隅っこの方に離れてしまう。


 夏服になったのに、ずっとジャージ姿。

 登校してる時も長袖のスクールシャツの下に、さらに長袖のシャツを着てる徹底ぶり。

 日焼けしたくないのかな? 火野上さん、羨ましいくらいに色白だもんなぁ。


 そんな彼女と会話する時は、やはりこちらからのアプローチが必要になる。

 古都ちゃんと二人、小休止中に体育館の隅っこに座る彼女の所へ。


「ノノンちゃん、お疲れ」


 声を掛けた途端、ビクっと震える。 

 小動物か何かかな? 私たち怖くないよーって、声掛けしたくなっちゃうくらいだ。

 遠慮なく隣に座ると逃げようとしたから、反対側に古都ちゃんが座る。包囲網完成。


「あはは、一歩も動いてないのに、お疲れも何もないよね」 

「日和っち、それイジメっぽい」

「え、そんなつもりは一切ないんだけど」

「ほら、休憩時間も短いんだからさ、とっとと聞いてみようよ」


 三角座りするとそのまま小さくなって、どこか運べそうな程にコンパクトに畳まれる。

 そんなノノンちゃんだけど、おっぱいは大きいんだよなぁ。どうしてこの体にこれが?

 っと、いけないいけない、思わず羨ましくって見ちゃった。


「……」

「あ、あのね、ノノンちゃんと黒崎君って、一緒に暮らしてるんでしょ?」

「……けーま?」


 あ、やっぱり黒崎君の話題なら反応するんだ。可愛い。

 コンパクトの極みだったノノンちゃん、途端にまん丸な瞳を輝かせ始める。


「そうそう、黒崎桂馬君。ノノンちゃんって、やっぱり黒崎君のこと好きなの?」

「うん。ノノン、桂馬のこと好き」

「それってやっぱり、家に帰ったらもっと好きって感じになるの?」

「もっと好き……?」

「うん、黒崎君に、好きー! って、言ったりしてるのかなって」

「……ノノン、桂馬に好きって言ったこと、ないよ」

「え? そうなの?」


 これは意外だ、あんなにくっついて桂馬桂馬言ってるのに。

 

「どうして、好きって言わないの?」

「だって……もし、嫌いなったら、怖いから」

 

 思わず古都ちゃんの顔を見る。くっきりとした可愛い口角が上がり切っていて、笑える。

 これは、間違いなく二人とも一線を越えていない、両片思いなのに越えていないんだ。

 これは……推せる!


「ね、ねぇ、じゃあさぁ、家だと黒崎君ってどんな感じなの?」

「家の桂馬? うーん……料理したり、片付けしたり、お勉強したり、お話したり、だよ」

「あ、じゃあじゃあ、一緒にお風呂入ったりとかは?」

「おふろ? けーまと一緒は、最近ない」

「最近ない……え、一緒に入ったの!?」

「うん。けーまが洗うと、痛くないの。優しいから、もっと洗って欲しかった」


 どいうこと!? 古都ちゃんの顔見ても激しく首振ってて分かんないってしてる!

 

「じゃ、じゃあ、夜寝る時は?」

「寝る時は、別々の部屋なの。けーま、一緒に寝よってノノンが言っても、ダメってする。一回だけいいよってなったけど、ノノンが他のことでいいよってしたから、なくなっちゃった。それから、ずっとダメになってる」

「なくなっちゃった? つまり一回も一緒に寝てないってこと?」

「ノノンは、けーまと一緒に寝たいなって思うのに……」

「あははっ、なんだか、可愛いことしてるんだねぇ」

「古都ちゃん」

「ねぇノノンちゃん、今日、ノノンちゃんの家に行っても大丈夫かな?」


 え、ノノンちゃんの家ってことは、黒崎君の家ってことでしょ?

 行っていいの? 私たち、行っていいものなの?

 どうしよ、お土産も持たずに人の家に上がったら失礼だよね、急いで買わないと。


§


「国家プロジェクトですので、僕達の家に誰かを入れる事は出来ません」

「え、そうなの? そんなこと言わずに、私たちノノンちゃんの友達だから」

「物理的に無理なんです。僕が持ってるカードキーと、火野上さんが持ってるキーホルダーがないと入れない仕組みになってますから。すいません、これで失礼します」


 仕組み的に不可能なのか、残念。 

 っていうかあの二人どこ住んでるの? そんなセキュリティ厳しい場所ってどこ?


「ねぇ日和っち」

「古都ちゃん、残念だったね、せっかくお土産用意したのに」

「あの二人、このまま尾行しちゃおっか」

 

 尾行。

 そんな探偵めいた素敵な言葉に、十五歳の私のハートはあっさり撃ち抜かれる。

 部活は休むと伝えて、古都ちゃんと尾行すること僅か二十分。


「マジか」

「え、あの二人、シャトーグランメッセに住んでるの!?」


 これは、確かに入る事が出来ない。億ションでの同棲。

 国家プロジェクトという言葉に、私たちはただただ打ちのめされる事となったのであった。


§


次話『嫉妬という厄介な感情』

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