第19話 第三者から見た二人の気持ち。
☆
六月十五日、木曜日。
体育祭、中間テストというハードスケジュールを無事こなし、どこか落ち着いた雰囲気の花宮高校一年一組の教室。廊下側の最後尾では、いつも一人で小説を読みふける黒崎君の姿がある。
青少女保護観察官という特殊な職業に就きながら、兼務で学生……気にならない方がおかしいって。隙あらば見ちゃうもん。火野上さんの関係とかも気になるし。
「日和っち、また黒崎君を見てるのかい? 惚れちゃった?」
「
「でもさ、気になる気持ちも分かるよ。同い年で同棲、気にならない方がおかしいって」
「ぷっ」
「なにさ」
「ううん、古都ちゃんと私って、考え似てるなぁって思ってさ」
「何年親友やってると思ってんの? それじゃあ、さっそく情報収集に行く?」
「え、そんな、黒崎君本読んでるのに」
「と言いながら、アタシよりも早く席を立ったのは、どこの誰かな?」
「えへ?」
だって気になるじゃん。花も恥じらう十五歳、あ、古都ちゃんは十六歳だっけ。
とにかく、恋愛話に関しては情報と鮮度が大事なのだ。
「ねぇねぇ、黒崎君」
「……なに?」
う、ちょっと不機嫌かも? 読書の邪魔しちゃったらダメだったかな。
なんて思っていたら、古都ちゃんからズバッと質問してくれた。
「火野上さんと黒崎君って、同棲してるんでしょ?」
「初日に先生が発表した通りだよ」
「じゃあさ、もう一か月を超える訳じゃん?」
「そうそう、夏服になって制服も透ける感じになってきたし」
「……何が言いたいの?」
面倒くさそうに本を置くと、彼は半眼で私たちを見る。
うわー、男子からこんな目で見られたの初かも、ちょとビビる。
「付き合ったりとか、そういうのはないのかなって」
「……ないね」
「ないの?」
「ないの」
「え、だって、一か月だよ? 火野上さん、あんなにラブコールしてるのに。ねぇ古都ちゃん?」
「うん、誰が見ても分かるくらいアピールしてるじゃん。それに応えないのは、男としてどうかと思うなぁ」
そうなのだ、火野上さんは今でこそ別教室で授業を受けているけど、お昼や特定の授業になると教室に戻ってきて、黒崎君に甘えに甘えた姿を私たちの前で披露してくれている。それはもう、一個前の席の小平君が「先生! 席替えを所望します!」と血涙したくらいだ。
「こっちの事情も知らないくせに……」
「なにその言い方」
「……じゃあ、聞かれてばかりもなんだから、僕から質問してもいい?」
「いいよ、なに?」
「今お付き合いしている人がいるとして、その人と結婚すると思う?」
今お付き合いしてる人、そんなのいない。古都ちゃんもいないはず。というか、この質問の意図ってなんだろう? わざわざ異性である私たちに聞いてきたって事は、同性に聞いた所で意味のない質問ってことかな。となると、どういう答えを望み、黒崎君は私たちに質問してきたのか。長考する必要がある……けど、休み時間は短い。ううむ。
「えと……私の個人的な答えになっちゃうけど」
「うん」
「今お付き合いしてる人はモチロンいないよ? でも、いたとしても結婚までは考えてないと思う。今はいいかもしれないけど、大学生になったらもっといい人と出会うかもしれないし、社会人になったら更にいい人と出会うかもしれない。だから、どこか一線引いた付き合い方をしちゃうんじゃないかなって、そう思う。ごめんね、黒崎君が望んだ答えじゃないかもしれないけど、私はこういう風に考えちゃうな」
率直な意見だ。もちろん、この答えは相手によるという含みもある。
「でもさ日和っち、最初っから別れる予定で付き合うカップルっていなくない?」
「そう言われると、そうかも」
「好き同士で付き合う訳じゃん? そりゃあもちろん結婚まで考えちゃうもんだと思うな。あ、別に日和っちの意見が間違ってるって訳じゃないけどね? アタシは、そう考えちゃうってだけで」
先陣きっといてなんだけど、古都ちゃんの意見が正解な気がする。
嫌いだったら付き合ったりしないもんね、好き好きだから一緒な訳で。
でも、好きって感情って冷めやすいとか、私は思っちゃうんだよね。
燃え上がれば燃え上がるほど冷めやすい、みたいな。
「……別れる予定で付き合うカップルはいない、か」
「黒崎君?」
「ありがとう、二人の意見、とても参考になったよ」
「そう、ですか」
「次の授業体育だけど、いいの? 他の女子はもう教室出たよ?」
「え? あ、ヤダ、本当! 古都ちゃん!」
「あはは、ありがとね黒崎君、またねー」
話しかけた時と違い、黒崎君の表情はとても柔らかなものに変わっていた。
火野上さんの事を考えていたのかな? ちょっとだけカッコいいって思ったのは、内緒にしておこう。
「次の授業、体育ってことはさ」
「うん……あ、火野上さんが来るね」
「じゃあ、今度はそっちに聞いてみよっか?」
「にひっ、古都ちゃんも悪よのぉ」
「日和っち程じゃありませんよぉ」
体育祭前はかなりハードだった体育の授業も、最近はどこか緩い。
チームに分かれてバスケの試合、休憩時間も多いから色々とチャンスなのだ。
「……」
無言のまま体育館へとやってきた火野上ノノンちゃん。赤くて長い髪は光沢があって艶々で、何回か触ったけど肌触りがシルクのそれだ。西洋人形のように整った顔立ちの彼女は、別教室で授業が必要な子には見えないくらいに可愛い。
だがしかし。
教室で黒崎君に甘える時は子供みたいに甘えるのに、それ以外では一口も語ろうとしない。
常に怯えている感じがして、こうして体育館に来たとしても、隅っこの方に離れてしまう。
夏服になったのに、ずっとジャージ姿。
登校してる時も長袖のスクールシャツの下に、さらに長袖のシャツを着てる徹底ぶり。
日焼けしたくないのかな? 火野上さん、羨ましいくらいに色白だもんなぁ。
そんな彼女と会話する時は、やはりこちらからのアプローチが必要になる。
古都ちゃんと二人、小休止中に体育館の隅っこに座る彼女の所へ。
「ノノンちゃん、お疲れ」
声を掛けた途端、ビクっと震える。
小動物か何かかな? 私たち怖くないよーって、声掛けしたくなっちゃうくらいだ。
遠慮なく隣に座ると逃げようとしたから、反対側に古都ちゃんが座る。包囲網完成。
「あはは、一歩も動いてないのに、お疲れも何もないよね」
「日和っち、それイジメっぽい」
「え、そんなつもりは一切ないんだけど」
「ほら、休憩時間も短いんだからさ、とっとと聞いてみようよ」
三角座りするとそのまま小さくなって、どこか運べそうな程にコンパクトに畳まれる。
そんなノノンちゃんだけど、おっぱいは大きいんだよなぁ。どうしてこの体にこれが?
っと、いけないいけない、思わず羨ましくって見ちゃった。
「……」
「あ、あのね、ノノンちゃんと黒崎君って、一緒に暮らしてるんでしょ?」
「……けーま?」
あ、やっぱり黒崎君の話題なら反応するんだ。可愛い。
コンパクトの極みだったノノンちゃん、途端にまん丸な瞳を輝かせ始める。
「そうそう、黒崎桂馬君。ノノンちゃんって、やっぱり黒崎君のこと好きなの?」
「うん。ノノン、桂馬のこと好き」
「それってやっぱり、家に帰ったらもっと好きって感じになるの?」
「もっと好き……?」
「うん、黒崎君に、好きー! って、言ったりしてるのかなって」
「……ノノン、桂馬に好きって言ったこと、ないよ」
「え? そうなの?」
これは意外だ、あんなにくっついて桂馬桂馬言ってるのに。
「どうして、好きって言わないの?」
「だって……もし、嫌いなったら、怖いから」
思わず古都ちゃんの顔を見る。くっきりとした可愛い口角が上がり切っていて、笑える。
これは、間違いなく二人とも一線を越えていない、両片思いなのに越えていないんだ。
これは……推せる!
「ね、ねぇ、じゃあさぁ、家だと黒崎君ってどんな感じなの?」
「家の桂馬? うーん……料理したり、片付けしたり、お勉強したり、お話したり、だよ」
「あ、じゃあじゃあ、一緒にお風呂入ったりとかは?」
「おふろ? けーまと一緒は、最近ない」
「最近ない……え、一緒に入ったの!?」
「うん。けーまが洗うと、痛くないの。優しいから、もっと洗って欲しかった」
どいうこと!? 古都ちゃんの顔見ても激しく首振ってて分かんないってしてる!
「じゃ、じゃあ、夜寝る時は?」
「寝る時は、別々の部屋なの。けーま、一緒に寝よってノノンが言っても、ダメってする。一回だけいいよってなったけど、ノノンが他のことでいいよってしたから、なくなっちゃった。それから、ずっとダメになってる」
「なくなっちゃった? つまり一回も一緒に寝てないってこと?」
「ノノンは、けーまと一緒に寝たいなって思うのに……」
「あははっ、なんだか、可愛いことしてるんだねぇ」
「古都ちゃん」
「ねぇノノンちゃん、今日、ノノンちゃんの家に行っても大丈夫かな?」
え、ノノンちゃんの家ってことは、黒崎君の家ってことでしょ?
行っていいの? 私たち、行っていいものなの?
どうしよ、お土産も持たずに人の家に上がったら失礼だよね、急いで買わないと。
§
「国家プロジェクトですので、僕達の家に誰かを入れる事は出来ません」
「え、そうなの? そんなこと言わずに、私たちノノンちゃんの友達だから」
「物理的に無理なんです。僕が持ってるカードキーと、火野上さんが持ってるキーホルダーがないと入れない仕組みになってますから。すいません、これで失礼します」
仕組み的に不可能なのか、残念。
っていうかあの二人どこ住んでるの? そんなセキュリティ厳しい場所ってどこ?
「ねぇ日和っち」
「古都ちゃん、残念だったね、せっかくお土産用意したのに」
「あの二人、このまま尾行しちゃおっか」
尾行。
そんな探偵めいた素敵な言葉に、十五歳の私のハートはあっさり撃ち抜かれる。
部活は休むと伝えて、古都ちゃんと尾行すること僅か二十分。
「マジか」
「え、あの二人、シャトーグランメッセに住んでるの!?」
これは、確かに入る事が出来ない。億ションでの同棲。
国家プロジェクトという言葉に、私たちはただただ打ちのめされる事となったのであった。
§
次話『嫉妬という厄介な感情』
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