第16話 それぞれの報告会
地下駐車場からエレベーターに乗って地上四階まで上がる、降りてすぐ目についたのは『保護観察官報告会はこちら』と書かれた簡素な看板だった。会場の扉前に設けられた受付へと
「これを首から下げて欲しい」そう言われて手渡された僕の写真付きのカードと、
「あー、あの時の写真だー!」
「そうだね、綺麗に撮れてて良かった」
「うん! えっへへー、ノノン可愛い!」
以前の彼女は「ノノンは綺麗だから」と言って色々な事を拒否してきたけど、そこから察するに相当な自信が既にあったのかもしれない。数多の男が彼女のことを求め、全てのワガママを許してしまっていたのは、彼女の美貌が原因だったのかも? なんて。
「来たわね二人とも」
「あれ、
いつも通りのパンツスーツ姿にポニテ。
G駆除以降もちょこちょこと我が家に遊びに来てくれる、保護観察課の水城さん。
「火野上さんの担当は私だからね、彼女は別会場なのよ」
「別会場? てっきり一緒に行くのかと」
「えー! ノノン、けーまと一緒がいい!」
「わがまま言わないの、ほら、一緒に行きましょ」
「けーま! けーまぁ!」
子供のように泣き叫びながら、火野上さんは連行されていく。
彼女は華奢な体つきだから、抵抗したところで引きづられて行っちゃうんだけどね。
「ほら、保護観察官報告会って事はさ、彼女の過去を知る人達が集まる訳だから」
「……ああ、傷つけないように、っていう配慮ですね」
「そうだね。ついで、彼女は別室で、同じプログラム選定者との顔合わせをする事となる」
「え、それって大丈夫なんですか?
知り得た情報の限りでは、まともに会話が出来る人達じゃないと思うけど。
「彼女たちが苦しんだのは基本的に人間関係だ。イジメや暴力、親からの恫喝、迫害。今回プログラムに選定された子は、みんな被害者なんだよ。そして、被害者にしか理解できない苦悩や苦痛は確かに存在する。火野上さんが向かったのは、黒崎君にだって言えない悩みがあるかもしれない、それを
僕にすら言えない苦悩や苦痛……か。
「さ、到着だ。黒崎君も好きに語るといい。保護観察官報告会へ、ようこそ」
☆火野上ノノン
けーまが側にいないと、不安で泣きそうになる。
なんでノノンの側にいないの、やっぱりこの女は嫌いだ。
「さ、火野上さんもカードを当てて、ここが選定者報告会の会場よ」
知らない場所、知らない人、男の人、女の人、人、人、人。
きもち悪くなってきた、ノノン桂馬の側に帰りたい。
椅子に座らされた、帰れないのかな。
桂馬に会いたい、桂馬の側にいたい。
知らない人、全部、怖いよ。
「えー、会場にお集まりになった皆さん、初めまして。今回の進行役となります、青少女保護観察課の主任、
なにかむずかしいこと言ってる。ノノン、わかんない。
けーまは全部おしえてくれる、けーまは優しく教えてくれるのに。
「ノノンちゃん、ほら、オレンジジュース」
「……いらない、桂馬のとこ、帰りたい」
「ちょっとだけ頑張ろ、すぐに終わるから」
「……」
ノノンが帰りたいって言ってるのに、帰らせてくれない。
桂馬なら一緒に帰ってくれるのに。桂馬……けーまぁ。
「では、まずは皆さん自己紹介から始めましょうか。なぜここに集まったのか、どういった経緯があったのか。喋りたいこと、喋りたくないこと、いろいろとあると思いますが、お好きにしてもらって構いません。では、最初は――――」
「あの、ちょっといいですか」
「はいどうぞ、諸星さん」
なんか、大きい女の人が手を上げて、ノノンを睨んでる。
「この子、どう見ても健常者じゃないですか。しかも全然、普通に可愛いし。なんでこんな子がこの場にいるんです? どう考えてもおかしいじゃないですか。私みたいに摂食障害に苦しんでる様子もないし、他の子みたいに悲壮感が漂ってる感じもしない。セーターにロングスカート? どこのファッション誌から出てきたのって感じの子じゃないですか。化粧までして……こんな子まで守る必要ってあるんですか?」
ノノンのこと、せめてる?
ノノンのこと、怒ってる?
「うつむいて可愛い子ぶっちゃって、何か言ったらどうなんです?」
「諸星さん、この子はね――――」
ノノン、怖い、桂馬のとこ帰りたい。
こわい、怒られるの嫌だ、いやなのに。
「かえりたい……」
「なによ」
「ノノン、桂馬のとこ、かえりたいよ……」
「桂馬って……ああ、資料で見たけど、アンタの保護観察官の黒崎桂馬のこと?」
くろさきけーま。ノノンが何をしても怒らない。ノノンをずっと大事にしてくれる人。
ノノンがだいじにしたい人、ノノンの、ノノンのいちばん大好きな人。
「ノノン、桂馬の事が好き……大好き、桂馬のとこ、帰りたい、ひっく……怖いの、やだぁ」
「なんで、急に泣くのよ」
いっぱい、いっぱい涙が溢れてくる。
これまでの嫌なのもいっぱい、全部いやだ。
また叩かれる、また怒られる、また嫌なことされる。
「ノノン、もう怖いの全部ヤダ、幸せなのがいい、ノノン、幸せになりたいよぉ……ふぇぇぇ…………えっ、えっ……ふええええぇぇぇぇ……ひぐっ、えええぇぇぇぇぇん……」
けーまの側なら大丈夫なのに、けーまがいないと何もできない。
安心できない、不安になる、怖い、全部、なにもかも、怖い。
「ふええええええええ……もう、かえりたい、ノノン、痛いのも、やだ、怖いの、こわい」
「ノノン、大丈夫、大丈夫だから」
「えっ……ひっく……えっ、えっ……ぐすっ」
ポンポンって背中をたたかれる。
落ち着かない、涙、とまらない。
「私も……保護観察官になってくれた人が、好きです」
「あ、僕も、椎木さんの事が好きです」
「私も、佐伯君の事が好き」
「俺も……鈴口さんのこと好き、っていうか、ずっと好き」
「私、野原君のこと、好き……」
知らないひとたちが、手をあげて好き、好きっていってる。
大きい女の人、ののんじゃなくて、他の人、みてる。
「ノノン、桂馬が好き、一番大好きなの……優しいの、いっぱい、ノノンのこと、全部」
「分かった! もう分かった! ごめんね! 私が間違ってた!」
ぱぁんって、手を叩いて大きな音がした。
びっくりして、その大きい女の人を、みちゃった。
「この場にいる全員が、担当になった保護観察官が好き! よぉく分かった! なら、私達は彼の、彼女の為に出来る事をしよう! 私達は高校卒業までの間、大好きな人の側にいる事が出来る! この時間全部を使って、大好きな人に大好きになってもらおう!」
凄い大きい声だ。
だけど、あまり怖くない。
「……えと、ノノン、桂馬、好き?」
「そうよ! 黒崎桂馬に大好きになってもらおう!」
「……うん! ノノン、桂馬が好き! 大好きになって欲しい!」
「私だって神崎沙織が好きだー! さおりん超好きー!」
「僕も、椎木さんに好きになって欲しい! そうなれる男になる!」
「私も佐伯君が好き! すっごいカッコ良くて優しくて、大好き!」
「野原君のこと、私だって大好きなの! 他の人に取られたくないって思ってるからー!」
わああああああぁって、みんなが好きって言ってる! 叫んでる!
なんかたのしい、ノノン、ちょっとだけ楽しいになってる!
「青白君……どうなっちゃうの、これ」
「どうなっちゃうんでしょうね。水城さん、とりあえずお茶でも飲みますか」
「まぁ……暴動とか、そういうのじゃないから、いいか」
はやく桂馬に会いたいな、怖かったけど、たのしかったよって、桂馬に伝えたい。
桂馬は何してるのかなぁ……桂馬、ノノン、けいまの事が大好きだよ。
大好きって伝えて、いっぱいくっつきたい……大好きだから、くっつきたいよ、けーま。
☆黒崎桂馬
「黒崎君ね、もう資料見てると思うけど、
「こちらこそ宜しくお願いします。女性の保護観察官って聞いて最初は本当に驚きました」
波打つ髪型が特徴の椎木さん、女性特有の丸みを帯びた身体つきなのに、藍色の瞳に宿る力がとても強い。精神的に強い女性、そんな感じに見える。
「他にも何人かいるみたいだけど、この会場だと私だけかな。そもそもせっかく集まったのに、保護観察官十人って少ないよね」
「本当、そう思うよな。どうも、
「え、報告書だと綺麗な男性ってイメージがあったんですが……結構、男らしいんですね」
神崎君、身長百八十くらいあるスマートな体型の持ち主だ。首筋から見える筋肉から察するに結構なスポーツマンかな? 思えば、百四十キロ相手に道具を使用していないのだから、相当な力持ちなんだろう。切れ目の瞳に刈り上がって逆立つ毛がカッコいい。
「必要最低限な事しか書いてないからな。俺が部屋で筋トレしてるのとか、書く必要ないだろ? まぁ、こんな男だから、諸星さんが振り分けられたんだろうけど」
「諸星さん……大変そうですね」
「大変も大変よ。油断するとすぐに何か食べるんだからな」
やれやれって首を振りながら両手を上げる。
僕が諸星さんじゃなくて良かった……っていうか、割り振りとか決まってた感じなのかな。
「ふふふっ、女の子とダイエットは切っても切れないからね。ウチはまだ静かな子だから、支えてあげれば大丈夫かなって思うけど。それよりも黒崎君よ、貴方の担当の子」
「火野上さんですか?」
「そうそう、火野上さん。多分、あの子が一番大変だろうなって私思ってるんだけど」
火野上さんが一番大変? どういう意味だろう。
その後、椎木さんの口から出てきた言葉に、僕は思わず目をシロクロさせた。
「彼女、性依存症でしょ?」
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